最強…覚醒直前。(1991)

ご好評を戴きました入場シリーズ。

中邑真輔(参照:クネりの花道)、

アントニオ猪木(参照:極上の予定調和)、

田村潔司(参照:「水」のち「お辞儀」ときどき「小太刀」)と来て、

私としては“しんがり”はこの人しかいません。

“最強”を賭けて闘った高田延彦です!!
高田入場@1991.12.22~1

通常の試合とは明らかに一線を引いた試合、

格闘技世界一決定戦(参照:プロレスとプロボクシングとルール最強ノ男、覚醒スル。)に臨む、

まさに“覚醒直前”の入場シーンです。
高田入場@1991.12.22~2

これまでにない緊張感の中、

通路で何度もステップを踏み、
高田入場@1991.12.22~3

遂に館内に姿を見せると、

地鳴りの様な大声援に包まれます。
高田入場@1991.12.22~4

既に90年代では珍しくなっていた、

オールドスクールのロングガウン。

高田は世界ヘビー級王座奪取(参照:スーパースター誕生)以降、

何種類かのロングガウンを披露しましたが、

原点はこの“黒”ですね。
高田入場@1991.12.22~5

団体の存亡を賭けた大一番ながら、

スパーリングで肋骨を折るアクシデントに見舞われ、

まさしく絶体絶命の高田でしたが、

この入場時には達観したかの様な境地に入っていました。

最強の名のもとに
 最強の名のもとに より

高田
試合当日、リングに続く花道を歩く自分を見て、あとでみんなはひとかけらの迷いもない闘う男の顔になっていたと言ってくれた。さすがに自分ではどういう顔をしていたかはわからないが、今までに感じたことのない空気に包まれていたことは確かだ。闘志は半端じゃないほど漲っていた。しかし、相手をブッ潰してやるというようなただ熱いだけのテンションの高まり方とは違う。冷静さは失っていなかったし、神経は極限近くまで研ぎ澄まされている。肉体的なコンディションは最悪だったにもかかわらず、自分がただ闘うためのサイボーグになれたのは奇跡としか言いようがない。


気負いではなく、

ただシンプルに目の前の相手を倒す事だけを頭に描き、

一歩一歩、歩を進める高田の顔には、

邪念の欠片も見えませんでした。

リング上のトレバー・バービックが視界に入った瞬間、

その表情が一変します。
高田入場@1991.12.22~6

リングインの寸前で、

付き人の金原から“塩”を受け取り、
高田入場@1991.12.22~7

自分の足元に振り撒きます。
高田入場@1991.12.22~8

さらにバービックを視界に入れながら、

塩を摘むと、
高田入場@1991.12.22~9

リング下へ撒きます。
高田入場@1991.12.22~10

国技館という場所柄ともマッチしていますが、

田村における“水”と一致していませんか?

この辺りもやっぱりつながってるんだよなぁ…(参照:“覚悟”の表れ)

最後に塩をひと舐めして、
高田入場@1991.12.22~11

一気にリングインすると、
高田入場@1991.12.22~12

まっすぐに相手コーナーへ。
高田入場@1991.12.22~13

しばし睨みつけるいつもの流れですが、

この日はファイティングポーズ付き。
高田入場@1991.12.22~14

クルッときびすを返して自陣コーナーへ戻ります。
高田入場@1991.12.22~15

リングアナのアナウンスの中、

ガウンを脱ぎ捨てると、
高田入場@1991.12.22~16

何やらバービックの雰囲気がおかしいです。
高田入場@1991.12.22~17

この期に及んで下半身への攻撃…ローキックへのクレームです。

それを激昂するでもなく、

静かな眼で見据える高田。
高田入場@1991.12.22~18

国歌吹奏の際も静かに日の丸を見つめて、
高田入場@1991.12.22~19

『君が代』が終わると、

小さく「よしっ」とだけ呟きます。
高田入場@1991.12.22~20

参謀・宮戸優光から顔にたっぷりワセリンを塗られて、
高田入場@1991.12.22~21

選手コールです。

「高田ー! 延ー彦ぉーーー!!」
高田入場@1991.12.22~22

ゴング直前、

高田にまでローキック禁止を告げるバービックに、

高田は毅然と「NO!」
高田入場@1991.12.22~23

瞬き一つもせず握手を交わして、
高田入場@1991.12.22~24

試合開始のゴングです。
高田入場@1991.12.22~25

試合内容の方は過去に振り返っています(参照:本当の意味での真剣勝負)ので、

そちらをご参照下さい。

改めてこの入場シーンを振り返ると、

団体の全てが賭かった興行のメインにおいて、

しかも最悪と言っていいコンディションの中、

異常なまでに落ち着き払った眼が怖いですね。

高田の入場シーンの感動度からいうと、

PRIDE.1(参照:顔を見る、感情を見る。)の右に出るものはありませんが、

あの日の高田にこの眼はありませんでした。

この眼から高田とUインターの神懸かった3年間が始まったのです。

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tag : 高田延彦 格闘技世界一決定戦

comment

Secret

No title

この大会って、テレビついてましたっけ?

あれ?でもガッツの解説を聞いたような記憶も。。。


もうすでに入場曲はトレーニングモンタージュになってたんでしたっけ?

No title

塩を足元に巻くのを見て
「お、田村だ」
と思ってたらやっぱりそうですね。
その後のセオリーも…
田村の中にある
『一番いい時の高田さん』
がインプットされて自然とそうなったのか、意識的なものなのか・・・
それは分かりませんが、リングスにPRIDEに”高田”を持ち込んだのはやはり意識的なものはあるでしょうね。

新日との対抗戦、ヒクソン戦・・・
高田が使う『トレーニングモンタージュ』というテーマには映画のロッキーのそれとは裏腹にやたらと悲壮感が漂うイメージがありましたが、この入場を見ていると
映画のイメージと同じように”勇壮”な逞しい感じがします。

ここで読んだのか、どこで読んだのか
「気分が乗ってる時と、乗ってない時で強さが全然違う」
という話を見たことがありますが、これだけ分かりやすく”強そう”に見える高田だったら、武藤戦、ヒクソン戦、・・・坂田戦(笑)も勝敗は分からなかったですね。

>スパさん

この大会って、テレビついてましたっけ?<どうでしたっけ?
もちろんこっちではありませんでしたが、この大会の後援が確かテレビ東京でしたよね。

もうすでに入場曲はトレーニングモンタージュになってたんでしたっけ?<これもどうでしたっけ???
私、観戦した9月の札幌では『クロスファイアー』でしたね。

ロングガウンなので、トレモンが似合うんですけどね…。

>ナリさん

田村の中にある『一番いい時の高田さん』がインプットされて自然とそうなったのか、意識的なものなのか<高田に対する思いと言うのは一番濃いと思います。
輝いた時代を見て、しかもそこから公に反発する訳ですから。

この入場を見ていると映画のイメージと同じように”勇壮”な逞しい感じがします<本来そういう意図で使用されたはずなんですよね。
ただやっぱり記事にも書きましたが、ヒクソン戦の印象があまりに強くて、悲壮感がイメージされちゃいますね。

「気分が乗ってる時と、乗ってない時で強さが全然違う」<よくいう表現ですね。
新生Uの後半なんか本当に強さに対するモチベーション低かったですもんね。
いろんな意味で最も気分が乗っていたのがバービック戦だったのかも知れません。

No title

当時のビデオを詰めたブルーレイを探してみましたが、Uインターの地上波は高田オブライトの横浜アリーナからだったんでテレビはなかったようですね。

ガッツは確か東スポかなんかで解説してたんじゃなかったかな?

高田がトレーニングモンタージュを使い始めたのがいつなのかハッキリしないのも、すべてクエスト版でしか入場シーンが確認できないからなんですね。



いやしかし、バカボンパパと同い年にもなると、すべての記憶が曖昧になりますな(笑)。

>スパさん

当時のビデオを詰めたブルーレイ<スパさんはもう全て移植完了ですか?
私、なかなか滞っています。

Uインターの地上波は高田オブライトの横浜アリーナから<TBSとガッチリ組んでましたね。
そういやスパさんは『ファンキーバナナチャンネル』って覚えています?

ガッツは確か東スポかなんかで解説<案外Uインターとも関りありましたね。
格闘技世界一決定戦では試合前の激励によく姿を見せていました。

高田がトレーニングモンタージュを使い始めたのがいつなのかハッキリしないのも、すべてクエスト版でしか入場シーンが確認できないから<いつからでしたっけねぇ…。
ゲーリーに最初に敗れたときはドヴォルザークの『新世界』でしたね。

バカボンパパと同い年にもなると、すべての記憶が曖昧になります<♪41歳の夏だっから~…って(笑)。
確かの近頃もの忘れが激しいです(泣)。

No title

こんにちは。

この大会は地上波(たぶん東京12チャンネルの深夜)のビデオ録画で観ました。もしかしたら関東ローカルだったのかもしれませんが。
同日の田村vsマシュー・サード・モハメッド戦も合わせて0放映されてましたね。
ボクシングファンの父親が不満げに一緒に観ていたのを覚えています。
記者会見での紋付き袴も印象深いですね。

No title

『ファンキーバナナチャンネル』<いやあ、覚えてないというか初耳ですね(笑)。Uインター末期の話ですかね?

移植は終わりましたが、問題があって。
オークションやら交換で入手したDVD、数百枚が未見なんですよねー(笑)。U系以外にも、昭和のプロレス、ボクシング、キック、ブルースリー他、無駄にストライクゾーンが広いのがよくない。
女性のストライクゾーンは狭いんですが(笑)。

>nabeさん

こんばんわ。
ご無沙汰しております。

この大会は地上波(たぶん東京12チャンネルの深夜)のビデオ録画で観ました。もしかしたら関東ローカルだったのかもしれません<やっぱりそうでしたか。確か後援に名を連ねてたと思いました。
余談ですが、この興行のチケットを伸ばしたのが、朝日新聞夕刊のスポーツ欄に掲載された煽り記事だったんですよね。
Uインターの若手社員の叔父に朝日の幹部(?)がいて、そのコネで大会を取り上げてもらい、結果満員につながった…と。

同日の田村vsマシュー・サード・モハメッド戦も合わせて<田村vsモハメッドは半年後の横浜ですね。
この時はTBSだったと思います。

ボクシングファンの父親が不満げに一緒に観ていた<後のPRIDE、K-1でもそうでしたが、長い格闘技の歴史の中でボクサーはいつでもかませ犬的存在でしたね。

記者会見での紋付き袴<親友の寺尾関からの借り物でしたが、猪木を継承していましたね。

>スパさん

『ファンキーバナナチャンネル』…覚えてないというか初耳<いやいやUインター全盛期…93年頃の話でして、日本初の有料CS放送だったみたいです。
コンテンツの中心はスポーツとアダルト。よってイメージキャラとして前者が高田、後者が故・飯島愛さんでした。
チャンネル内容もUインターの週一レギュラー(毎週試合してた訳じゃないので、内容は不明です:汗)とAVだったみたいです。
私の周りに視聴者がいないので、あくまで○○みたいです、としか書けませんが…。

オークションやら交換で入手したDVD、数百枚が未見<うわぁー、それはコレクターゆえの悩みですね。
私なんざの少ないコレクションでも一度しか見てないものが多々ありますので、スパさんの場合は大変でしょうね。

女性のストライクゾーンは狭いんですが<日本男児ですなぁ!!

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No title

こんにちは!
ファンキーバナナチャンネル・・・何度も悩んだことあります
興行見に行きパンフ買う度に書かれてるんですよ。
ファンキーバナナチャンネルって(笑
結局原理がわからず加入しませんでしたが・・。
多分実家に高田がベルトしてるインスタントカメラもあると思います。
高田のプロテインとカメラとファンキーバナナチャンネルはレアですよね(笑
本当この高田は、旗揚げ戦とかとは比べモンにならないくらいですよね。
1番強いのは、さらにこの後ですからね。
PRIDE1の時はヒクソンから目をそらしてましたからね~。

>○○さん

詳しい調査ありがとうございます!!
そしてお疲れ様でした。

しかと、胸に留めさせて頂きます。

>Fさん

こんばんわ。
お久しぶりです!

パンフ買う度に書かれてるんですよ。ファンキーバナナチャンネルって<本当、あの時代にCSって観てた人いたんでしょうかね???
当時、気にはなりました。

高田がベルトしてるインスタントカメラ<撮りっきりコニカ!! 持ってましたよ。
10.9の直前に高田と安生が札幌でトークショーやって、カメラ購入者はスリーショット写真撮る事が出来る…というアレで買いました(笑)。

この高田は、旗揚げ戦とかとは比べモンにならないくらい…PRIDE1の時はヒクソンから目をそらしてました<闘いに臨む気持ちという部分ではこの試合が三本指に入ると思いますね。
PRIDE.1は宮戸曰く「周りが高田さんを柔術初心者として送り出してた」…それに尽きますよね。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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