桜庭和志の源

連日、田村vs桜庭関連の記事ばかりで恐縮です。

この一戦は私ら“Uインター者”にしてみれば、最後の切り札ですんで、他の話題が入ってこないというか。

昨日は途中で眠くなってしまい、中途半端に終わってしまいました。

本日はつづきということで、桜庭の強さの源流を紹介させていただきたいと思います。

そもそも世間的に桜庭が出てきたのは2000年のPRIDE-GPにおけるホイス・グレイシー戦からだと思います。

SAKU入場@伝説のマシン軍団

さらに遡ると、プロレスファンや当時まだ少数だった総合格闘技ファンに、その名が知られたのはUFC-Jのマーカス・コナン戦。

とにかく突如出てきた、彗星の如く現れた新星というのが、桜庭の印象でしょうか。

私らが優越感持たせてもらえるのなら、その前のKINGDOMの時点で、充分に桜庭は強かったし、Uインター後期には既に“強い”という場面を見せてもらっていました。

こう書いても、現在のMMAファンの皆さんは、「どうせ入門前からレスリング強かったんでしょ」とか、「身内の練習じゃなく、エンセンが出稽古に来たから柔術知って、強くなれたんでしょ」という方が大半なんでしょう。

しかし、そもそもの原点はやはりUWFインターナショナルのあの道場なんですね。

じゃあ桜庭が目に見えて強くなったのはいつか?

ここはやはり宮戸の言葉に耳を傾けてみましょう。

まるごと桜庭和志―ゴング格闘技1999-2001編 (Nippon sports mook (53))まるごと桜庭和志―ゴング格闘技1999-2001編 (Nippon sports mook (53))
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 まるごと桜庭和志-ゴング格闘技1999-2001編 より

宮戸
「アマチュアが抜けない人って多いんですよ。サクの場合も、最初の2、3年は…アマとプロの寝技は違うじゃないですか。でも、Uインターの後期、あの辺で彼のレスリングがバーンと変わった。最近もまた変わってると思うんですけど、当時高田さんとか安生とか、いろんな強かった人の要素に、彼独特の匂いがついていい感じに熟し出したのがUインターの後期ぐらいなんです。
だから最近、サクのアマレスという部分が非常にクローズアップされてるんですけど、今後アマレス出身の人が別の種類の戦いに出る時、ケアーとかああいうデカイのは別にして、サクと同じような結果はすぐには出せないと思いますよ。サクはあのUインターでの数年間の下積み期間のような時期が、ただアマチュアでやってたのと違う、プロでの洗礼になっている。熟すまでの叩かれて叩かれてっていう期間がありますからね」


金原や高山、それからヤマケンが今でも振り返るスパーリングでの“ラッパ先生”安生の洗礼。

誰もが最初に潜り抜けなきゃならない関門も、桜庭は持ち前の要領良さでらくらくクリア。

もちろん他のメンバーよりもレスリングの基礎が出来ていたからというのもあります。

ぼく。―桜庭和志大全集ぼく。―桜庭和志大全集
(2000/04)
桜庭 和志

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 ぼく。 より

桜庭
Uインターの道場でラッパをやられたときは、変に抵抗せず、決まってスッと力を抜いていた。そうすることによって、今度は先輩たちのほうが『コイツには効かねえのかな』と思い出す。そうなったらこっちのもの。そのうち、だれもぼくにはラッパをやらないようになった。ラッパさん、さようなら。


ラッパと決別してからの桜庭はボーウィとのじゃれあいの中から打撃の間合いを身に付け(しかもボーウィとやっていたのはレスリング!)、後輩とのスパーリングによって攻め方や極め方を身に付けました。

 まるごと桜庭和志-ゴング格闘技1999-2001編 より

桜庭
「まず先輩が攻めてくるんで、それを何とか守るようにして防御を覚えるんです。それで、高田さんの付き人とかが終わって、自分の練習ができるようになると今度は練習する人が先輩じゃなくて、松井とか上山とか下の人だったんで、ディフェンスもしっかり覚えてない彼らとスパーリングして色々な攻め方を覚えていくんですよ。関節技の極め方はその時に一番覚えました。だから、僕が一番伸びたのはUインターの頃だと思います


この身内同志でのスパーリングで、かなりスキルは上がったようです。

エンセンが金原との関係から出稽古に来る頃には、

 まるごと桜庭和志-ゴング格闘技1999-2001編 より

エンセン井上
「私がUインターの道場に練習しに行った。それで道場で初めて(桜庭と)会って」
「行く前にみんなに言われた。佐山先生にも。プロレス、弱いから行かない方がいいって。(略)行ってみたら最初の印象はビックリしちゃった。ホントに。強かったから。金原さんも桜庭さんも。(略)今までスパーリングした相手の中で一番強かったから、それから何回も行った」


すでにそういうレベルだったようです。

極められる

ただし下からの攻めに関してはエンセンの指導によるところが大きいようです。

KINGDOM時代は身内以外の対戦相手のレベルがあまりに低かったのもあり、強さを発揮するまでの内容はありませんでした。

そんな中、金原との97年12.2博多と12.8鹿児島の2連戦は今でも語り草になるほどの名勝負でした。

ただ、そこでKINGDOMは崩壊。

高田道場入りして、PRIDEに進んでいきます。

初戦は黒星

一方の田村は…つづく(笑)
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tag : 桜庭和志 宮戸優光 UWFインターナショナル エンセン井上

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No title

ボーウィーのコーチも良かったんでしょうね。(^^)

>ROSESさん

ボーウィもそうですが、ゴーンさんがいたからレベルが高かったと思います。
タイにはミット持ち専門の人がいるくらいですから、その受け手の技量も大きく関係してくるかと思います。

No title

レガさん、このblog、m○○○で紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?m(_ _)m
18000人くらい参加者のいるページで。
お嫌でしたら止めておきます。(^^;)

>ROSESさん

もうどーぞどーぞ、喜んで。
なかなかM○○○行く踏ん切りつけないんで、ダメですね。すみません。
いろいろな記事を書いていこうと思ってますが、いざ進めていくとやっぱりUインターになっちゃうんですね(笑)

No title

「総合格闘技」コミュで紹介させていただきました。ありがとうございます!m(_ _)m

m○○○は2chやプロマニみたいに荒れる事はほとんど無いですよ。
気が向いたらいらしてくださいね。

>ROSESさん

ありがとうございます。

いつか必ず。はい。
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