宮戸語録 vol.26~Uインターの落日~

参議院選挙(参照:出馬)と聞くと、

Uインター者として忘れられないのが、

1995年夏の高田延彦です。
突然の引退宣言

突然、引退宣言(参照:7年半の引退ロード)したかと思えば、

その直後、これまた突然の参議院選出馬表明。

それ以外にも表と裏とで団体が大きく揺らぐ、

文字通り激動の中で、

“Uインターの頭脳”宮戸優光の心もまた、

大きく揺らぎ始めていました。

 プロレス激本 no.9 より

宮戸
「あの対抗戦のそもそもの発端はその前年、安生がヒクソンのところに道場破りに行って失敗した…それよりもまだ遡るんですよ。まず、安生がヒクソンに敗れたというのはウチにとって大打撃を与えたわけだけど、そのときなぜか僕は一緒にアメリカに行かなかった」


きっかけはやはり、

プロレス史に残る道場破り失敗(参照:Yoji Anjo Is Alive vol.17~十年間、そして十年後・其の参~)にあったのですが、

団体の命運を賭けた仕掛けに宮戸が同行しなかった理由は、

順調なはずのUインターの経理面に対する疑念でした。

宮戸
「それ以前から
『団体にお金がない』とあるフロントの人物が言い出していたんですね。その事実は理解したけれども、僕にはその理由がわからなかったんですよ。少なくともお客は入っていた。武道館も超満員、神宮でも超満員。それでもお金がないのはどういうことなんだ、と。それでおかしいと思った僕は、ひそかに内偵のような事を始めていたんです。そうしたら非常に不可解な部分が見えてきたんですよ。それに対して僕は非常に不愉快で…。その件があったから僕はあのとき安生についていく気力が萎えてしまったんですよね。で、僕はさらに内偵を進めていたんですが、その人物が僕の動きを察知してしまったわけです。宮戸に調べられたらヤバイ、と思ったんでしょうね。だからその人物は逆に僕を外しにかかったんですよ。不正の発覚を恐れて、慌てたんだろうね」


以前の記事(参照:Yoji Anjo Is Alive vol.16~十年間、そして十年後・其の弐~)でも記しましたが、

ある人物=鈴木健との降って沸いた様な対立から、

Uインターの歯車は狂っていってしまったのです。
鈴木健の弁明

Uインターの金銭面での問題をクリアする為、

鈴木健氏が画策したのは10.9(参照:歴史は10月に作られる~平成編~Yoji Anjo Is Alive vol.9~安生洋二が生まれ変わった日~忘れえぬ“熱い男” 、 封じられた“伝家の宝刀”~前編~~後編~)、

これもまたプロレス史にその名を残す、

新日本プロレスとの対抗戦でした。
「前田が泣いてるぞーーー!!…」

宮戸
「その人物が僕を遠ざけて起こったこと、その一つが高田さんの参議院選出馬。そしてもう一つが東京ドーム。僕はこの二つはまったく知らなかったからね。
(略)そして知ったときに、そのあと会社がどうなるかというのはすべて想像できましたよね」


それまで団体の中核を担って来た宮戸に、

秘密の上で二つのプロジェクトは進められ、

即ち“最強伝説”終焉への道となってしまいました。

宮戸
「借金を返すのは返すでいいでしょう。でもなぜその借金ができたのか、が非常に不可解だった。しかも、ああいう形で東京ドームをやるということは、これまでみんなで作ってきていた財産を叩き売りすることじゃないですか。だから僕は、『やっちゃダメだ!』と言ったんです。『僕を孤立させるのは別にかまわない、でもこういうやり方をしたら会社は絶対に墜落する』って。だから僕は土壇場で裏からストップをかけようとしたんです。若い選手たちを集めて、説得しました。僕が調べてわかってきていた金銭的なおかしい部分もある程度、彼らに伝えましたよ」

「僕は、みんなに言いましたよ。僕の言うことを聞いてくれとかとかいうことじゃなくて、『こんな形で東京ドームをやったら、会社は大変なことになるぞ』って。でも、それは通らなかったんだよね…。彼らには通じなかった。僕はそれまで、自分自身に大きな思いや情熱があってUインターを押し進めてきたわけだけど、そのとき、『ああ、もう自分の役目は終わったんだなあ』と思いましたね…」

「理屈で言えば、きっとストップできるはずだという自信はあったんですよ。冷静に考えてUインターがドボンするというのは読める流れだし、お金の流れにしても実際に証拠もあったし、他にもおかしなところはたくさんあったんだから。それでも止められなかった。もちろん、僕自身の不徳もあったと思うし、信頼も失っていたんだと思う。でもそれ以上に理屈じゃない歴史の流れっていうのがあるんだな、と思いましたよ」


宮戸必死の説得工作も若手達にとっては逆効果。

地上波で新日本と絡む事を、

むしろチャンスと捉えてしまったのです。
膝、

宮戸の脳裏に悪い記憶が蘇ります…、

宮戸
「たとえば神宮の興行で、業者さんに、500万で済んでいた経費を1500万で請求してもらう。それで乗っけた1000万を自分に回してくれ、と。
(略)その人物は『私腹を肥やそうとしたんじゃない』とみんなに言ったらしいけど、それがウソかホントは関係ない。我々は新生UWFで経理上おかしいことがあって、それを繰り返しちゃいけないってことでUインターを始めた部分もあったわけじゃないですか。(略)その人物はそんなものが一つでも出た時点で辞めなきゃいけないんだよ! でもその辞めなきゃいけない人物が、高田さんの出馬と東京ドームをやってるんだよ! 会社を潰してしまったことをね!」


鈴木健氏には失望しながら、

それでも永きに亘って盟友と言える存在の、

安生洋二には僅かな希望を託していました。
取締役コンビ

宮戸
「ただね、僕は安生洋二にはこう言ったんですよ。『もう止まらないのはわかった。でも僕が調べた金銭的なおかしなことと東京ドームは切り離して考えてくれよ』って。僕はそれを最後に言って辞めたんですよ。でも、彼はわかってなかったよね。その人物と一緒になって、バカなことをやってたんだから…」

「でもね、参議院選挙、東京ドーム、そして高田さんの心理状態が最悪の中でヒクソン戦を組む、…なんなんだよ! って。別に僕がやったことがどうだということではなく。僕を外したからには僕以上の志を持ってやってくれよ、と思ってた。それなのに結局なにも…」


結局はどうにもならない現状を思い知らされる結果となり、

Uインターは終幕に向かっていきました。

命賭けで闘ってきた団体を追われてしまった宮戸は、

そこからPRIDE.1まで2年以上の間、

表舞台から一切姿を消します(参照:宮戸語録 vol.7~電撃復帰編~)。
み…宮戸!!??

その後、紆余曲折を経て、

プロレスリングの環境保護を旗印に自ら、

UWFスネークピット・ジャパンを主宰(参照:宮戸語録 vol.9)。

拠り処とも呼ぶべき場所を築きました。

この激動期を振り返る宮戸の口からは、

意外な言葉が出ています。

宮戸
「でもね、そういうお金の不透明なこともあったけど、いまさらその人物を責める気もないし、いまは別に恨みも持ってないですよ。いま思えば、そういうことがあったからこそ、ロビンソンや大江ちゃんとスネークピットをやれてるんだからね。あのままUインターに残っていたら、今の状況はないかもしれない。そういう意味では、悔しい気持ちは少しあるけど、恨みとかはまったくない。ある意味、本当に感謝してますよ。イヤミじゃなくてね」


さらに2002年末、

高田の引退試合をきっかけに、

宮戸は鈴木健氏との再会を果たします。

U.W.F.最強の真実 (BLOODY FIGHTING BOOKS)
 U.W.F.最強の真実 より

宮戸
再会したときは、握手を求めてきた鈴木さんに「鈴木さん、まだ握手はしないよ。俺はもうくっついたり離れたりは嫌だから。だから握手の前に鈴木さんにあの頃、喋り終わってないこと、言いたいことを言うよ」と開口一番、言った。そして言い足りなかったことを話したあとで、「ただ、今となっては、そんなことはどうでもいいことだし、俺と鈴木さんがあのUインターで一緒に熱く過ごし、俺も安生洋二も鈴木さんも、高田さんという大将を盛り上げて闘った。あの時代を思ったら、なんにもそんなことは関係ないよ。そんなことはどうでもいいんだなって思ったよ」と言って、初めて再会の握手をした。


これを読むと、

やっぱり「酒飲んで一発殴れば分かり合える」論(参照:いつかは…きっと。)を思い出しますね。

それでも今なお幾つかの、

相容れない人間関係も続いています。

これはもう“U”の宿命なのでしょうか…。

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tag : 高田延彦 宮戸優光 鈴木健 新日本プロレス90’S

comment

Secret

No title

とにかく理想を追う宮戸。
バブルに浮かれる鈴木。

という感じですかね。
前田-神の間でもこういうのがあったり、日本プロレス、新日本プロレス・・・プロレス業界にはこういう問題が付き物のようです。

もし、あの時、宮戸が同行していたら歴史は変わったかも知れませんが、これを見ているといずれ宮戸は離れていくことは逃れられない歴史のようです。
それがいつになるかで、どういう事になったかは今では知る由もありませんね。


最後に当時の若手のことですが・・・、絶対に止められないですよね。
変な話、暴力団の抗争云々も大親方が説得(雷を落とす)しても、血の気の多い若い衆は止まってはくれないそうですから。
特に、彼らからすれば初めて見る”外の世界”の憧れと
「あんな奴らが持ち上げられてるなら、俺らが行ってやっつけてやる。
リングの上では”結果OK”だ」
と、教えられた学びを遂行することになるでしょうし。

>ナリさん

前田-神の間でもこういうのがあったり、日本プロレス、新日本プロレス・・・プロレス業界にはこういう問題が付き物<猪木新間も然り、長州大塚も然り…それがプロレス界というものなのでしょうかね。
今、順風満帆の新日もいずれは…とか思っちゃダメですね(汗)。

あの時、宮戸が同行していたら歴史は変わったかも知れません<それに関して宮戸は10.9の事も近いニュアンスで語っています。近くUpしますね。

当時の若手のことですが・・・、絶対に止められないですよね<元々金曜8時で育った世代な訳ですから、そりゃ新日ドーム上がりたいでしょうよね。
桜庭に至っては「長州力とやれるんですか?」とウキウキだったそうです。

「あんな奴らが持ち上げられてるなら、俺らが行ってやっつけてやる。リングの上では”結果OK”だ」と、教えられた学びを遂行すること<身内の競い合いから解放されるんですから、そりゃ腕を撫していたでしょうね。
金原なんか本当に不穏なコメントばっかりしていました。

No title

旧紙プロのUインター系インタビューかなんかで
――Uインターは客は満員でしたよね?
高山「でも宮戸さん武道館の客を見て『高山、招待客で一杯だよ、ウヒャヒャ』笑ってましたよ」
みたいなやりとりあったと記憶してます。

>名も無き戦士さん

高山「でも宮戸さん武道館の客を見て『高山、招待客で一杯だよ、ウヒャヒャ』笑ってましたよ」<言ってました言ってました。あれ確か新聞社とかスポンサー筋への招待券(よくある読者プレゼントとか)ですから他団体の様な性質のものではなかったはずです。
実際、U-FILEの中村大介は少年時代にその招待券で神宮球場とか観戦してたみたいですね。

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>○○さん

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