寛至の部屋~後編~

前編からのつづきです。

いよいよ、40歳のアントニオ猪木と、
猪木入場@1983.6.2~19

29歳の古舘伊知郎アナウンサーによるトークマッチは、
黄金のトリオ

日プロ入門からの猪木のプロレス論に移行して行きます。
力道山と日本へ

力道山の手によって、

道場に入った猪木を待っていたのは、

先輩の冷ややかな目でした。

 週刊プロレス増刊『特集アントニオ猪木 逆境で培われた永遠の闘魂』 より

古舘「いよいよレスラー、アントニオ猪木の第一歩が始まるわけですよね」

猪木「私の入門が決まった時、力道山の付き人の長沢秀幸さん(レスラー)が私の方を何ともいえぬ哀れみの目で見るんですよ」

古舘「ほォ…」

猪木「長沢さんはキャリアも長く当時のプロレス界を知りつくしていましたからね。彼としては何でこんな夢のない世界に入ってくるんだろうという目で私の事を見ていたわけでしょうね」

古舘「長沢さんのそういう視線、そういう考え方に猪木さんはどういう反応を示したんでしょう。反発も覚えたと思うんですけれども」

猪木「反発というより、ものの考え方の違いでしょうね。後年力道山が死んだ時、私の周囲にはこれでプロレスはダメになるという悲観的な見方が多かったのですが、私は絶対にプロレスはなくならない、と思いましたよ」

古舘「プロレスの灯は消えない、というより、俺が、アントニオ猪木がつぶさないぞ、という気迫が強かったんじゃないのでしょうか」

猪木「自分にそういい聞かせていた部分もあったでしょうね」


当時の猪木はプロレスに対する情熱が、

尋常ではなかったのでしょう。

「俺がいればプロレスの灯は絶対消えない」という、

自信に満ち溢れた猪木でしたが、

“世紀の一戦”と言われたモハメド・アリ戦においては、

これまでに経験のない(出来るはずのない)プレッシャーとの闘いがありました。
猪木アリ調印式

猪木「アリ戦の時もそうでした。あの時はリングに上がる直前まで自分の心の中で絶えず葛藤があるわけです。とにかく不安なわけですよ。その不安を断ち切るために猛練習をする、そうして心が落ち着いたところで、『きょうのアリはスパーリングを5ラウンド消化して大変調子が良さそうだった』というニュースを聞くと、それまでの自信がガタガタとくずれていくわけです。それほど人間の心というのはモロいものなんですね。だからこそ自分自身と闘い続けていくしかないんだと…」

古舘「アリ戦の話に関連して奥さんの倍賞美津子さんにうかがった話を思い出しました。美津子さんはアリ戦直前の猪木さんの心境が刻一刻と変わっていくのをつぶさに見たと。たとえば夜中にふと目が覚めると夫の姿が見えない。どうしたんだろうと思うとベランダでウエートトレーニングをやっている。そんな事の繰り返しで、ある夜、またしても夫の姿がない。テーブルに置き手紙がしてあって『おじいちゃんのお墓参りに行ってきます』と書かれていたというんですよ」

猪木「気分を静めるために、あらゆることをしようとしましたよ。墓参りというのはアリ戦に限らず、ジェット・シンに勝った翌日の早朝にも行ったことがあります。私は明け方の4時、5時というのが一番好きな時間でね。あの神聖なまでの静寂というのがたまらない」

古舘「猪木さんが夜明けが好きだというのは、昨日の事よりも、今日一日を大切にしたいという積極的な考えの現れではないんでしょうか」

猪木「まァ、ちょっとカッコいいことをいわせてもらうけど(笑)。私の中には明日が待ちどおしいというか、人生が待ちどおしいという気持ちがありますね。普通は年をとるとともにこういう気持ちは薄らいでいくんじゃないですか。でも私は明日というものを輝かしいものと見ていたいんですよ」

古舘「そこで私の職業柄、ひとつのキャッチフレーズがひらめいたんですが、『アントニオ猪木は闘いによって人生を新陳代謝している』んではないでしょうか」

猪木「それはうまいセリフだな(笑)」


この当時の猪木の心理状態に関しては、

スパーリングパートナーだった藤原喜明も証言していましたね。

あと、古舘アナが繰り出すキャッチコピーに対して、

「それはうまい」って…これ若手芸人を迎えた時の、

『徹子の部屋』での徹子の切り返しと同じ手法ですね(笑)。
放送席の猪木と古舘アナ1

強さに対する絶対的な自信を持っているイメージのある猪木ですが、

自らが語るには「自信はあまりない」と。

しかし開き直った時の強さは人一倍、

いや人の何100倍も持ち合わせています。

古舘「困難な問題にぶつかった場合、血を流さざるをえない事がありますね。なのに自分の傷口がもっと広がるかもしれないのに、さらに前進していこうとする猪木さんを支えているものはなんなのでしょう。(以下略)」

猪木「こういう時にそれは自信です、とか勇気です、とかいえれば都合がいいのですがね。しかし正直な話、絶対的な自信を持っている人間なんていないんじゃないですか。私自身、自信なんてあまりない人間なんですよ。私が子供たちによくされる質問で『これこれこういうことがしたいんですが自信がない』というのがありますが、自信がなくてもその中に飛びこんでいかなければならない時もありますよ。
プロレスでいえば、パキスタンのペールワン戦なんて、どういうルールでやるか向こうへ行くまでわからなかった。決まったルールというのがその方法でいくと殺し合いまで行きそうなルールでね。そうした時、『こんなバカなルールじゃ俺は試合するつもりはない』と帰ってきちゃうのも立派な勇気じゃないかと思いますよ。
私はレスラーという看板をしょってる手前踏みとどまって闘ったわけですけど、やはり怖いですよ。だけどその場ではいやおうなしに怖さを克服していかなくちゃならないですから。人間の能力というのはそういうギリギリのところで発揮されたりするものでしょう。自分が気が付かなかった能力と出会える可能性があるわけね。自信がないからやめてしまおうという態度からはこうした能力は発見できないと思うんだ」


古舘「でもそれは大変な決断をようすることですよ」

猪木「私のいいたいのは自分で限界を区切ったりしたらつまらないぞ、ということなんです。(以下略)


ギリギリの強さ…まさに『闘魂は逆境ほど燃える!!』というやつですね。

アクラム・ペールワン戦(参照:アノキ・ペールワン~前編~~後編~)がその頂点でしょうか。
「折ったぞ!!」

中盤から後半にかけて古舘節もスパークします。

古舘「私がいつも先へ先へと進んでいく猪木さんを見て作ったコピーがあるんです。それは『アントニオ猪木に目覚まし時計はない』というのです(笑)」

猪木「それは面白いですね。私は実際、目覚まし時計というのは使ったことがない」

古舘「このコピーの意味は、現代の人間は何かに頼ることによって毎日が始まっているということなんですけれども、猪木さんは自分から毎日を切り開いているわけだから…」

猪木「私自身が目覚まし時計なのかもしれませんね(笑)」


「それは面白いですね」…またも徹子式切り返しです(笑)。

かまわず古舘アナの波状攻撃が続きます。

古舘「仏教には天上界の闘いというのがあって、簡単にいえば釈迦軍と阿修羅軍が闘うわけです。もちろん釈迦は猪木さん、阿修羅軍は長州たちに当てはまるのです。つまり善と悪の闘いなわけですが、これには異論がある。阿修羅軍は実は悪なのではなく、釈迦の教えにも間違いがあるとして立ち上がった反体制グループだという論なのです。(略)まさに正規軍と維新軍の闘いに置きかえられるのではないだろうか、とぼくは思いましたね」

猪木「善悪の問題というのは面白いですね。なにしろ善か悪かというのは人間が勝手に決めるわけなんだから」


まさに古舘節が最高潮に達しようとしたところで、

猪木の口から意外な人物の名が挙がります。

ラッシャー木村です。
浜口の先導で木村が入場

猪木「この話に関連して私の脳裏に浮かんでくるのはラッシャー木村という人物なんです」

古舘「なるほど我々から見れば猪木は善で木村は悪というのが当たり前になっていますね」

猪木「ラッシャー木村は悪というレッテルを貼られながら、そのことにひと言も反論しなかった人間なのです。今回の事件で、誰も彼もが相手の立場を無視して声高に、『俺だけが正しいんだ!』と叫びまくっているのを私は見てしまったわけでしょう。そんな中で木村の沈黙というのは非常に重みがあると私には思えるんですよ」


この発言の中身を読んでいくと、

本当に猪木は木村を認めていた事が理解出来ますね(参照:認めるがゆえにサディスティック 、 カリスマ×矛盾=キラー~前編~~後編~男の道は、はぐれ道。)。

この話題の肝は、

この年に突如勃発したクーデター事件なのですが、

その中でも最大の事件が、

当時のスーパーヒーローであった初代タイガーマスクの突然の引退です。
タイガー!!

古舘「タイガーマスク問題というのも、猪木さんはいろいろ考えがありそうですが」

猪木「タイガーについては、まず世間が現在のプロレス人気はタイガーマスクによって支えられてると錯覚した部分があると思いますね。だけどプロレス人気がそんな一元的な構造ではなかったこと、人気の根はもっと奥が深かったことが、タイガーが消えて証明できたわけですよ。
(略)私としてもタイガーマスクをウチの大切な商品として気をくばっていたこともありました。例えば、私とタイガーがカメラに収まる時、私なりの撮られ方というのがあったんですよ。これはマスコミ関係の人間、誰も気付かないことだと思いますが、どうです古舘さん」

古舘「いや、ぼくも気が付かなかったですねェ」

猪木「私はタイガーと写真に写る時、必ず一歩うしろにさがっていたんですよ。それだけ彼を大事な商品として扱っていた。もし私が一歩前に踏み出したら、タイガーの存在感はずっと薄くなったはずですからね。
(略)私自身、タイガー人気におぶさって疲れた体を休めようという甘い考えがあったことは反省すべきです。しかし一部でいわれているようにタイガーの引退は新日本にとってマイナスだとは思わない。むしろ長い目で見れば結果として良かったのではないかと考えているのです」


ハイセルの借金や大病によって疲れ切っていた猪木が、

一歩退く事でタイガーにプロレス人気を託したのは理解出来ます。

「長い目で見れば良かった」…のちの“大掃除発言”もそうですが、

これこそが究極の猪木流開き直りでしょう。

最後に当時の愛妻である女優・倍賞美津子さん
夫人らを伴って猪木会場入り

照れながらも猪木は独自の家族論を語っています。

古舘「そろそろ時間もなくなってきましたので、猪木さんと家庭というものについて語っていただきたいと思います」

猪木「いやァ、そういう話題は苦手だなァ(笑)」

古舘「そこをなんとか(笑)」

猪木「家庭というのは家族全員が互いを認め合わなくちゃ成り立たないですね。私は女房が女優という職業を持った人間だということをまず主婦であるということより先に認めなければならない。これは女房にしても同じ事ですね。私たち夫婦だけじゃなく子供も同じだと思うんです。娘は私たちとあまり顔を合わせる時間がないけれど、それは親が仕事をしているのだから、やむをえないということを彼女自身が認識してくれれなければ仕方がない。そのかわり私たちも彼女を娘である以上に、一個の人格として認めなければね」

古舘「すると猪木さんと倍賞さんは夫婦である前に男と女という人格であるわけで」

猪木「そうねェ、ライバルといってもいいのじゃないかな。お互いが刺激されあって成り立っている夫婦ですね。時には友人のように思えることもある。
2人で話をしていてね、時々、『オイ、普通の家庭の人たちは、こんなことしゃべってるのかな』とお互い首をかしげる事がありますよ」


まさしく愛する妻であり、

表現者という部分ではライバル。

光り輝くビッグカップルとはこの二人の事だったと思います。

この4年後に離婚が成立してしまうのですが、

猪木は最後の最後まで愛していたみたいです…。



リング上におけるライバルのみならず、

猪木の周りには古舘アナをはじめ、

村松友視など、

様々な角度からの“ライバル”達が存在していました。

その緊張感溢れる関係が、

実力的には下り坂にさしかかっていた、

40歳の猪木を輝かせていたのだと思います。
放送席の猪木と古舘アナ2

微光ながら…私も輝くぞ!!

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tag : アントニオ猪木 古舘伊知郎

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Secret

レガさん、寛至の部屋2部作、お疲れさまでした。

今回もレガさん渾身の力作、楽しく読ませていただきました。
そうとうな、労力と時間をお使いなさったと、思います。
猪木、40才当時のオフザリングの風景を、評論?及び、自分と重ね合わせて、
いらっしゃいますね。
レガさんもおしゃっておりますが、猪木の体力的ピークは、とうに過ぎ、気力もハイセル問題で、プロレスどころでは、なかったはずです。
猪木特有の神通力が(自由なアドリブ(かろうじて、残っていたと、覚えています。
このインタビューでは、そんな感じを
一切ださず、実直に語っている感じがしますねぇー

レガさんには、また、いずれ以前、評論されていた、猪木技術論編を、格闘家レガとして、語っていただけたらなぁーと、思っております。
テイクダウン編等、たいへん面白かったです。

たまに、アップされる子レガちゃんも、
微笑ましく、笑えます。

お疲れさまでした。

>キラー猪木原理主義者さん

ありがとうございます。

猪木の体力的ピークは、とうに過ぎ、気力もハイセル問題で、プロレスどころでは、なかったはずです<普通に考えても借金の額だけで生きる気力がなくなってしまうスケールです。
あの不屈の魂は猪木を否定し続けていた時代の前田さえも感服していましたね。

猪木特有の神通力がかろうじて、残っていた<“猪木の神通力”…これも古舘節でありましたね。

また、いずれ以前、評論されていた、猪木技術論編を<折を見て、またやってみます。
少し時間を下さい。

No title

木村とタイガーについて興味深く感じました。

もし、木村が雄弁だったなら維新軍はもっと影の薄いものになっていたかも知れません。
「国際の正義」「新日、猪木の欺瞞」
いくらあの時代猪木が絶対正義とは言っても雄弁さがある木村であったなら、長い抗争の中で見るものの見方は変わって行ったでしょうしね。
UWFに流れることも、全日に流れることもなく、もしかしたら坂口のポジションに木村が座ったかも知れません。

タイガーもあの時引退していたから伝説になったのも間違いないでしょう。
変な言い方かも知れませんが、長い目で見ればコブラが出ることもなく、そうなるとデイビーボーイスミスの出番もないかも知れない。
そうなると、ブリティッシュブルドッグスという至高のチームすらなかったかも?
獣神ライガーというものの当然なかったでしょうし、金本も、4代目も。
ライガーとの対立概念だったペガサスやBタイガー(エディ)も・・・

三沢などはタイガーになってないので、全日本の歴史は物凄く変わっていたでしょう。

勿論これらも結果論にすぎず、ひょっとしたらタイガーがあのまま新日本プロレスにいたらプロレスはもっと様変わりしてPRIDEもUFCも出てくる術もないくらい完成された格闘技になっていたかも?


しかし、「俺がいる限り」というセリフは棚橋も使ってますが意識的なのでしょうか?

>ナリさん

木村とタイガーについて興味深く感じました<タイガーはアレですけど、ラッシャーにいたっては先日立て続けに記事にしたばかりだったので、非常に興味付加かったですね。

もし、木村が雄弁だったなら<うわぁ…そういう「もしも」の世界、大好きです。
木村が雄弁になった時点で木村じゃなくなる訳ですが、逆説的にもしも木村に言葉があれば…どうだったんでしょうね。大いに気になります。
極端に言えば当時は新日では猪木以外、喋る事が許されてなかったですしね。

タイガーもあの時引退していたから伝説になったのも間違いないでしょう<コブラはカルガリ限定のマスクマンだったかも知れませんし、もし日本に来てもタイガーへの刺客だったでしょうね。
ブリティッシュブルドッグスが存在しなければ、のちのWWEの路線は全く違った可能性ありますし…そうなるとベノワ、エディも…本当に話は尽きませんね!!

三沢などはタイガーになってないので<もしかしたら…三沢は生涯ジュニアの技巧派止まりだったかも?

プロレスはもっと様変わりしてPRIDEもUFCも出てくる術もないくらい完成された格闘技になっていたかも?<そうですね。
今の体型にならない限りは(笑)。

「俺がいる限り」というセリフは棚橋も使ってますが意識的なのでしょうか?<今の棚橋の位置にいれば許されるのかも知れませんが、この当時の猪木は本当グリーンボーイに過ぎませんしね。
棚橋…今ならこのセリフが一番しっくり来るレスラーかも知れません。
紫レガとは?

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Author:紫レガ 
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