極上の予定調和(1983)

前回、“アート”と称した中邑真輔の入場(参照:クネりの花道)ですが、

何かが足りない様な気がして…。

オビワン三世さんのコメントで気が付きました。

入場の際に真輔コールが起きる…ところまでいってほしいですね。90年代まではそういった選手がたくさんいましたが最近は入場の歓声が静かなのが気になります。


そうですね、コールがないですよね。

もしかしてコール自体が時代遅れ?

いやいやそんな事ぁありません!!

リングアナの「○○選手の入場です」という声と同時に、

会場中が一気に沸点に達して○○コール。

私にとっての入場シーンの原点は、

やはりアントニオ猪木に尽きます。



控室である支度部屋から、

颯爽と姿を見せた猪木。
猪木入場@1983.6.2~1

オールドスクールの真っ赤な闘魂ガウンの背中には、

金色の刺繍“闘魂”の文字と、

猪木自身を表す様な“大きな太陽”。
猪木入場@1983.6.2~2

蔵前国技館特有の、

バックステージから始まる通路から、

一斉に手が伸びてきます。
猪木入場@1983.6.2~3

ひたすら伸びる無数の手と、

カメラのフラッシュを浴びながら、
猪木入場@1983.6.2~4

会場内に歩を進めると、

館内割れんばかりの猪木コール。
猪木入場@1983.6.2~5

狭い通路を揉みくちゃになりながら、

リングサイドまで辿り着きます。

襟元を持ってガウンの乱れを抑えています。
猪木入場@1983.6.2~6

ジャイアント馬場さんもそうでしたが、

高級生地で作ったであろうロングガウンを、

皺ひとつ無く着こなして、

連日の試合に臨んでいました。

その後90年代までは他の選手の、

ロングガウンもよく見掛けましたが、

BIの二人の様な特別感は感じなかったなぁ。
猪木入場@1983.6.2~7

昔は当たり前の光景だった花束贈呈。

どんなに張り詰めた状態でも猪木の場合、

一人ずつしっかり握手を交わしていました。
猪木入場@1983.6.2~8

大きな花束を丁寧に扱い、

若手(Mr.B.D.)に渡すと、
猪木入場@1983.6.2~9

もう一度、襟元を直してから、
猪木入場@1983.6.2~10

軽快なステップでリングイン。
猪木入場@1983.6.2~11

70年代だとこのままクルッとターンしていましたが、

80年代ではあまり見られなくなっていました。
猪木入場@1983.6.2~12

花束を渡すのが男、

それも謎のロックンローラーであっても、

握手と会釈は忘れません。
猪木入場@1983.6.2~13

選手紹介の直前、

再び襟を直しながら遠くを見る視線が、

明らかに険しくなっていきます。
猪木入場@1983.6.2~14

ここからは昭和のプロレス少年なら、

誰もが(?)七夕に着る浴衣の帯で、

真似したであろう一連のムーブです。
猪木入場@1983.6.2~15

「アーントニオー…」
猪木入場@1983.6.2~16

「いのーー…」
猪木入場@1983.6.2~17

「…」
猪木入場@1983.6.2~18

「きぃーーーー!!」
猪木入場@1983.6.2~19

これ、いつ見ても、

何度見てもスカッとするんですよね。

もう一つおまけに、

タオルを首に掛けたら、

必ずこれもやったはずです。

タオルでゴシゴシ…「あっしゃっしゃっしゃ!!」
猪木入場@1983.6.2~20

さらにタイツの紐を締め直して、
猪木入場@1983.6.2~21

いざ試合へ!!
猪木入場@1983.6.2~22

これぞ“様式美”ってやつじゃないですか?

ガウンの乱れを許さなかったり、

髪型にも細心の注意を払っていたと思います。

猪木といえば有名なのが、

毎試合必ず交換するリングシューズの白い紐。

どんなに多額の借金を背負っていた時代でも、

2度同じものは使わなかったと言います。

これなんかも“様式美”そのものですよね。

大試合においては予定調和的結末を、

誰よりも嫌っていた猪木でしたが、

試合が始まるまでの時間は、

“いつものアレ”を反復していました。

しかしそれは、

いつまでも色褪せない予定調和だったと思います。

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tag : アントニオ猪木

comment

Secret

No title

何となく今の選手の入場テーマを思い返してると・・・コールを合わせやすいものが無いような??
それに、新日本でも地上波は入場テーマはカット。
その他の団体は知る由も無く。
少し前にノアに観戦に行った時に「聴き覚えあるな」というのが数人いたくらいで、あとは全然知りませんでした。

>館内割れんばかりの猪木コール。
狭い通路を揉みくちゃになりながら、
リングサイドまで辿り着きます。

最近は大会場になればなるほど(ドーム型の?)ゲートになってるので、入場がキレイすぎますよね。

時代としてヒールが観客を追っかけ回すこともできないですし…

昭和からのファンとしては、入場シーンも選手のひとつのステータスだったような気がします。

古きよき時代とまでは言えませんが(若作りw)、あの泥臭さは胸を熱くさせてくれます。
入場こそが観客との駆け引き、勝負なんですよね!

と、同意を求めてごめんなさいm(__)m

No title

ひどい吹雪ですね。

そんな中 車で生協に挑戦(買い物)したケロです。
ちょいと ごぶさたっす。

猪木の入場シーン よかったです!
ひさびさに 笑った と、これは 中傷のたぐい の 笑いではなく。
こ、これですよー!! という 賛美 の 笑いです。
はぁー なつかしや。。

今は ないんですか??寂しいですね・・・ダッ

>ナリさん

何となく今の選手の入場テーマを思い返してると・・・コールを合わせやすいものが無いような??<そう言われると、そこが一番の理由かも知れませんね。
中邑に限らず棚橋、オカダもコールし辛い様な曲調です。

新日本でも地上波は入場テーマはカット。その他の団体は知る由も無く<浸透していないから曲が鳴った途端にスイッチが入るような曲がないのかも知れませんね。強いて挙げれば桜庭くらいかなぁ?

ノアに観戦に行った時に「聴き覚えあるな」というのが数人いたくらい<イメージと違うオリジナル曲や単に選手の趣味だろうな的な引用曲はムードを冷ましますよね。

>きちさん

最近は大会場になればなるほど(ドーム型の?)ゲートになってるので、入場がキレイすぎます<その通り!! 確かに見やすさとパフォーマンス性と安全性を考えれば、あれが正解なのでしょうけど、もっと殺伐とした感じも見たいですよね。贅沢なのかな?

時代としてヒールが観客を追っかけ回すこともできない<昔の映像観てたらシンとかは普通にお客さん殴ってますもんね(笑)。今だと飯塚くらいが限界で、あんな事やったら大問題になっちゃうんでしょうね。

昭和からのファンとしては、入場シーンも選手のひとつのステータスだったような気がします<相撲もそうですけど、選手に触れるというのも観戦の醍醐味の一つですからね。アンコ型の選手でも腕触ったらパンパンに張ってたりすると感動覚えますから。

入場こそが観客との駆け引き、勝負<いや、それ確かにあると思います。
かつてはアメリカ武者修行なんかでは入退場で本当に殺されかかった選手がいたと言いますし。
駆け引きはそういう部分にもあるでしょうね。

>ケロさん

ひどい吹雪ですね<そちらひどかった様ですね。
こっちは強風でこそありましたが、雪はさほどでもなかったです。

そんな中車で生協に挑戦(買い物)したケロ<主婦の闘いは365日待ったなしですからね…敬服致します。

ひさびさに笑ったと、これは中傷のたぐいの笑いではなく…賛美の笑いです<ありがとうございます。
私も記事書きながら昔を思い出してほっこりしてましたよ。

今はないんですか??寂しいですね<月寒あたりでも花道組んじゃいますからね。客席の通路を通って入場してくるのが地方会場の良さかも知れませんよね。

予定通りの猪木

「プロレスの試合はTVの放送時間通りに終わる」否定派に何度こう言われたことか。
「それは録画中継の時。時間通りに終わるように編集してるの。生中継の時は放送時間内に終わらない」と反論してきました。
しかし、わかっていました。生中継の時は、放送本編終了後のCM中に終わってエンディングタイトルの背景に勝ち名乗りを受けるレスラーが映っていることを。
生中継の日に会場に行って、20時47分くらいに試合が終わるたびにいやな気分でした。
1986年11月3日後楽園ホール。この日も会場に居ました。メインは猪木&ケヴィン・V・Evs木村健吾&武藤敬司。今日も20時47分か・・・・ ところが中継時間を十分残して試合が終わってしまいました! 私は心中で快哉を叫びました。TVの中継時間なんか無視してやっちまう。それでこそ新日本プロレスだ!
そこから延々と猪木のアフターサービスが始まりました。新星武藤に「そんな甘くねぇぞ」と制裁しているようで、くどいけれども、これはこれでよかろうと思った・・・・のは20時47分まででした。TV放送時間終了と同時に猪木は全部放り出してリングから去って行きました。そういうことだったのか。なんだかすごく馬鹿にされた気分でした。

>SisLANDさん

「プロレスの試合はTVの放送時間通りに終わる」否定派に何度こう言われたことか<世代を問わず、プロレスファンなら誰もが通った道なんですね。

生中継の時は、放送本編終了後のCM中に終わってエンディングタイトルの背景に勝ち名乗りを受けるレスラーが映っていることを<ほぼそういう形でしたね。でも当時はそれを見れただけで、得した気分になってる自分がいました。

1986年11月3日後楽園ホール…TVの中継時間なんか無視してやっちまう。それでこそ新日本プロレスだ!<絵作りに長けてたというか、猪木ならではの行動だったと思っています。

くどいけれども、これはこれでよかろうと思った・・・・のは20時47分まででした…なんだかすごく馬鹿にされた気分でした<複雑なものがありますね。
生中継がなくなってからは全試合終了が10時過ぎなんてのが当たり前になりましたが、それはそれで興行としてどうなのか? という部分もありますし、プロである以上は永遠のテーマかも知れませんね。

御礼

紫レガさま
拙文を没にすることなく公開していただき、ありがとうございます。
これは、GKブログ2013年12月7日に書き込んで、没にされました。

>SisLANDさん

没にすることなく公開していただき、ありがとうございます<こちらこそ、わざわざすみません。
極力頂いた公開コメントは公表させて頂きたいと思っています。
GK氏の件はファンとは違う立場ゆえ仕方ない部分もあるでしょうね。

ベテランファンのSisLANDさん、また貴重な目撃談宜しくお願い致します。

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>○○さん

ロングガウンこそカッコいい大人のアイテム!! ってのが昔のプロレス少年の認識だと思いますよ。

あ、ルーティンですね? わかりますわかります。
ルー・テーズの愛称ですね? 「ねえ、ルーてぃん♡」ってね。

入場シーンはこの後にもUpしてますよ。
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Author:紫レガ 
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