甦れ!!“空想の世界”伝説(1991~1997)

ごめんなさい!!
礼っ!!

本当にごめんなさい!!
礼っ!!

今月1日にママが高熱を出してダウン。

3日夜には回復したのですが、

その後、6日夜から今度は、

私が38.4度の熱と頭痛に腹痛、

さらに吐き気と下痢でダウン。

「もしかして、これって噂の???」とか思いながらも、

仕事も大事な納品が続き、休めず…。

帰宅と同時に薬飲んで、布団に入る毎日。

とてもPCを開く余裕がありませんでした。

何とか昨晩辺りから復帰の兆しですので、

久し振りにUpさせて頂きます。



一年早いもので、

もう師走に入っております。

近付いてきたのは、

ヴォルク・ハンの引退試合ですね。
“コマンドマスター”ヴォルク・ハン

ちょっと古い記事ですが、

 スポーツナビ より
ヴォルク・ハン引退試合、三冠王者・船木が相手=リングス
前田日明「UWFの“夢の余韻”を見てみたい」

リングスが12月に開催する「RINGS/THE OUTSIDER ~ヴォルク・ハン引退記念興行~」(12月16日、神奈川・横浜文化体育館)に関する記者会見を行い、同大会で引退試合に臨むハンの相手が、全日本プロレスの現三冠ヘビー級王者・船木誠勝になることを発表した。この一戦は15分一本勝負によるロープエスケープありの旧リングスルールで行われる。


まさかまさかの夢のマッチメイクですよね。

実際に試合をプロモートする立場の前田日明も、

試合する当事者の船木誠勝も、

このカードに対する素直な気持ちは、

時空を超えた“空想の世界”にある様です。

前田
「たらればの話になりますが、もしあのままUWFが解散しないでオランダ勢やロシア勢と船木たちがやっていたらどんな世界になっていたんだろう。そういう夢の余韻があるので、それを今回は見てみたい」


船木
「今はパンクラスどうのこうのとかはリセットして、22年前、UWFが解散していなかったらこのカードがあったんじゃないかなという気持ちでやりたいと思います」


もしも新生UWFが続いていたら…。

これは日本のプロレス界にとっても、

総合格闘技界にとっても、

永遠のテーマですよね。

隆盛のままに散ってしまったが故に、

語り始めれば、答えのない論議となってしまいます。

もしそうなっていれば、

ゲーリー・オブライトの様な殺人レスリングは、

見る事が出来なかったかも知れませんし、

当然、スーパー・ベイダーの参戦も、

なかったでしょう。

新生Uの世界観では、

北尾光司がリングに上がるなんて事など、

夢物語にもならないでしょう。

すなわち“Uインターの世界観”は、

ありえなかった訳です。

それでは“リングスの世界観”“パンクラスの世界観”は、

あったのか? と問われれば、

前田、船木がトップに立つ以上は、

逆にもっとグローバルな形で、

オランダと旧ソビエトから強豪が集うリングになっていたでしょう。

むしろリングスとパンクラスの合体版。

もちろんそこにはハンもいたはずです。



ヴォルク・ハンの名場面として忘れられないのは、

やはり初参戦の、

1991年12.7 有明コロシアム

vs前田日明
の衝撃です。
ハン@前田戦1

旧ソ連軍空挺部隊という略歴と、

謎の徒手格闘術・コマンドサンボというバックボーン。
ハン@前田戦2

なによりも、

これまでのU系マットで繰り広げられた、

ゴッチ式をベースとしたサブミッションとは、

大きく異なる魔術の様なテクニックに、

「おおっ!」、「えぇっ!?」と言いながら、

試合が終わっていました。
ハン@前田戦3

完全にレギュラーとなってからも、

1992年8.21 横浜アリーナ

vs“サイボーグ”ディック・フライ
での、
ハン@フライ戦1

緊張感がありながらも、

ダイナミズムまで感じた攻防は、

リングス史の中でも名勝負の上位に入るでしょう。
ハン@フライ戦2

ハン@フライ戦3

コンバットナイフ一本で、ショットガンに向かって行くかの様な…。
ハン@フライ戦4

ハン@フライ戦5

その前の7.16 宮城県スポーツセンター 大阪府立体育会館(※訂正:スパさんご指摘ありがとうございます)

vsアンドレィ・コピィロフ
も忘れられません。
ハン@コピィロフ戦1

人間の身体が知恵の輪の様に絡み合って、
ハン@コピィロフ戦

外れなくなってしまうと言う…。
ハン@コピィロフ戦3

総合格闘技において、

早過ぎるジャベの攻防が見られていた訳です。

そして、やはり私が強く印象に残っているのは、
田村vsハン@初戦1

田村vsハン@メガバトル決勝1

3度に亘るvs田村潔司です。
田村vsハン@初戦2

田村vsハン@初戦3

田村vsハン@初戦4

田村vsハン@初戦5

これぞまさしく“格闘芸術”。
田村vsハン@初戦6

田村vsハン@初戦7

Uインターを離れた田村が、

文字通り「無人島だと思ったら仲間がいた」試合でした。
田村vsハン@初戦8

孤高の選択
 孤高の選択 より

田村
もしかしたら、手が合うっていう表現はおかしいのかもしれない。ただ、自分でいうのもなんだけれど、僕らのやっているUスタイルというのは、もの凄く難しいスタイルなのだ。理由は、このスタイルが強さも巧さも駆け引きもテクニックも必要とされるからである。それがハンのクラスまでいくと、もう完成されているから、試合展開が止まらないのだ。
例えていうなら、こっちがアクセルをふかすと、向こうもふかしてきて、緩めると向こうも緩める。そういう、闘いを楽しめた試合になった。要は駆け引きのある闘いができる、数少ないひとりがハンだった。
つまりは、ハン相手なら、自分の理想とする試合ができたのだ。


田村自身が表現したいものというのは、

実はこういう試合の事であって、
田村vsハン@メガバトル決勝2

田村vsハン@メガバトル決勝3

田村vsハン@メガバトル決勝4

それが非常に高い水準で、

同じレベルで体現できる数少ない相手の一人が、

このヴォルク・ハンだったという訳です。
田村vsハン@メガバトル決勝5

田村vsハン@メガバトル決勝6

田村vsハン@メガバトル決勝7

田村vsハン@メガバトル決勝8



とにかく、あと4日でリングの芸術家が、

また一人消えていってしまいます。
田村vsハン@メガバトル決勝9

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tag : ヴォルク・ハン 前田日明 ディック・フライ アンドレィ・コピィロフ 田村潔司 船木誠勝

comment

Secret

No title

ゲーリーオブライトは新日に参戦経験はありますが、パッとした存在ではなかったです。
北尾光司は山崎一夫との一騎打ちがなければ幻想を抱かれなかったかも知れません。
ビッグ・バン・ベイダーも新日・WCW・全日本・ノアと上がりましたが、Uインター参戦がなかったら「プロレスでは強いけど、シュート系の試合では・・・」という存在だったかも。

そう考えるとUインターが残したものは今に残る選手や伝統だけではなく、それらの”強い”と言われる選手へのイメージ付かも知れません。

”今しか知らないファン”はしたり顔で
「リングスもインターもプロレス」と言い切りますが、見てきた人間からすれば
「簡単に言ってるよな(笑)」
といいます。
のちのKOKでも、ノゲイラなどに対応しきれてるヴォルグハン等を見ると「強かったから出来た闘い」ってのは一目瞭然な訳で。
ディックフライやビターゼタリエルなどのKOK以降に対応出来なかった選手もエスケープルールなどがあれば決して弱い選手ではなかったと感じます。



その昔、私たちの親世代よりちょっと下の年代は力道山とデストロイヤーの試合を見て4の字固めを真似しようとしたのですが、
「もし、外れなくなったらどうしよう…」という恐怖を持ってやっていたそうです。

そういう恐怖をハンとコピィロフは実戦でやってしまうのだから、面白くない訳が無いですよね。

No title

おお~~
あの ちまたでウワサの???ウィルス???
あたしも 脅えております・・・。
毎年 そんな症状に 悩まされているもんで・・・。
病院でも ウィルス検査したら 5000円 するけど?どうする?
と いわれましても・・・
治るわけじゃなし・・・。もっぱら 対処療法で乗り越えるしか
ありません・・・。

吐き気やゲリ は 薬で押さえられるものの 脱力感は どおにもこうにもです。

子レガちゃんに 気を付けて~~
子どもは即 入院だと 思います・・・。

No title

ツラそうですが、Uの魂で乗り切ってください!!

ハンVSコピィロフは大阪府立じゃなかったですかねえ。前田VSウイリーのセミだったような。

田村VSハンは、写真で見るだけで攻防の美しさが伝わってきますね。リングやコスチュームに広告が入ってないのも良いですよね。

>ジョーカー ナリさん

Uインターが残したものは今に残る選手や伝統だけではなく、それらの”強い”と言われる選手へのイメージ付かも<とにかくアメリカ本土も含めて、「プロレスに対する目を変えたかった」という事ですね。
新日がLA道場を創る遥か以前に、あまり余裕のない資金力でアメリカに道場まで創ったんですからね。

見てきた人間からすれば「簡単に言ってるよな(笑)」<歴史があってこそプロレスですし、レインメーカーにしたって、昔のジャンボ鶴田とか初代タイガーという存在があるから比較対照して素晴らしさが世代を超えて伝わっていくんでしょうしね。

KOKでも、ノゲイラなどに対応しきれてるヴォルグハン等<当時の格闘技雑誌は「もう少し若ければ…」的に書いていましたが、単純にルールの違いでしょうね。
旧リングスルールなら、もっと勝っていけたんじゃないですか?

「もし、外れなくなったらどうしよう…」という恐怖<得体の知れない恐怖があったからプロレスがスポーツ界の鬼っ子として生きて来られたんじゃないでしょうかね。

>ケロさん

ちまたでウワサの???ウィルス???<よくわかんないんですよね、それが。
嘔吐やらがなくて、水便というのも発熱後3日目で初めて出たんですよ。

吐き気やゲリは薬で押さえられるものの脱力感はどおにもこうにも<その頂点の体調で重要な仕事をひとりでこなしてました。
本当、倒れるかと思いました。

子レガちゃんに気を付けて~~<ありがとうございます。
今の所、子レガだけは元気百倍です(笑)。

>スパさん

Uの魂で乗り切ってください<何とか峠は越えました。

ハンVSコピィロフは大阪府立じゃなかったですかねえ<ありがとうございます!!早速訂正致しました。

田村VSハンは、写真で見るだけで攻防の美しさが伝わってきます<本当にこの決勝戦なんて芸術作戦の一部でしたね。

塞翁が馬

こんにちは。

96年の試合は「田村いいよね」と近くの女性ファンがつぶやいた中島で見ました。

ファンの「田村、前蹴り。」の声援がとんだ直後に前蹴りでダウンを奪ったのを覚えています。「骨が折れる手前で止められているからタップしないと失礼」みたいなコメントがあったような。

また、新生Uが解散しなければ宮戸は発言権を持ってなかったし、ましてや前田の下で『プロレスリング最強』なんて声高に言えるわけもないので
解散はガッカリでしたが、Uインター的には良かったと思います。

Uインターがなければ高田対ヒクソンもなかったし当然PRIDEも無かったわけでスター性のない桜庭なんてずっと木戸のような地味な存在のままだったと思います。

>aliveさん

こんばんわ。

「田村いいよね」と近くの女性ファンがつぶやいた中島で見ました<これまた同じ空間にいらっしゃった訳ですね。

「骨が折れる手前で止められているからタップしないと失礼」<言ってました言ってました。
やはりリングスにおいては数少ない理想の対戦相手だったのでしょうね。

Uインターがなければ高田対ヒクソンもなかったし…桜庭なんてずっと木戸のような地味な存在のまま<これ不思議ですよね。
誤解を怖れずにいえば、リングスからもパンクラスからもMMAの起源はないんですよね。PRIDEの出発点はUインターでした。
後半はリングス色の強い選手が、武士道が出来てからはパンクラス系の選手が上がっていましたけど…Uインターのストーリーがなければ、PRIDEはなかったでしょうね。
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