大きな意味を持つ『ワーク』~前編~

この秋~年末のプロレス界はビッグマッチの目白押しです。

桜庭和志柴田勝頼の参戦による、

新日の大興行ラッシュは、

何度も書いてきましたが、

12.16 横浜文化体育館での、

RINGS&THE OUTSIDER合同大会では、

ヴォルク・ハンの引退試合も開催されます。

 カクトウログ より
ヴォルク・ハンが一夜限り復活、12月に横浜文化体育館で引退試合?~前田日明が電撃オファー【追記:12月16日で正式決定】

そして忘れてはならないのが、

10.5 東京・新宿FACEでの、

高田延彦vs長州力(参照:全面戦争決着戦)です。

伝説の10.9ドームから丸22年が経過し、

言葉の上で完全決着を着ける…?
ローから、

か、どうかはわかりませんが、

あの頃と違って高田延彦長州力も、

大きく立場が変わっていますので、

“大きな意味を持つシュートマッチ”を、

展開してもらいたいです。

このやり取りの様に…。

覚悟の言葉 ~悩める奴らよでてこいや! ~ (ワニブックスPLUS新書)
 覚悟の言葉 ~悩める奴らよでてこいや!~ より

高田「Uインターは原点回帰の『プロレス最強神話』を打ち出したんだから、常にプロレスの素晴らしさを伝えながら、他流試合でプロレスラーの強さを証明しなければならなかった。組織運営のためには、金だって稼がなきゃならないわけですし」

― 当時は競合する団体も数多くあり、つばぜり合いも激しかったでしょう。また、興行を成り立たせるための戦略、舞台裏の仕掛けなども増幅していったのでしょうね。

高田「スーパー・ベイダーは分かりますか?」


今、このタイミングでこれを読む事によって、

プロレスリングとは何か?

Uインターという団体が何であったか?

を再確認したいと思います。

とにかくこのインタビュアーの方、

計算なのか、天然なのか、

どんどん高田を煽って、

仕掛けていくんですよね(参照:御輿に乗る覚悟)。

高田「身長190センチ、体重170キロの身体で、リングの上を飛び回る。かれは、むちゃくちゃ強いレスラーだった。我々Uインターの目指していたスタイルとはまったく方向が違うタイプのファイターだったけど、ある意味で、ベイダーは尊敬に値するレスラーの一つの完成形だった」

― 一流のレスラーだという評価に反対する人間はいないでしょうね。

高田「私はUインター時代に、ベイダーとマッチアップすることになった」

― 93年12月に神宮球場を満員にした試合。高田さんが勝利を収めました。

高田「あれは私にとって大きな意味を持つ『ワーク』でした


Uインターにおける名勝負の中でも、

屈指の一つ、1993年12.5 神宮球場

高田延彦vsスーパー・ベイダーの、

プロレスリング世界ヘビー級選手権試合(参照:真冬の奇跡~前編~~後編~)
調印式

この一戦の直前に、

陰で行われた口頭での“シュートマッチ”。

誇りを賭けた“真剣勝負”の内容を、

高田は初めて口にしました。

― ワーク、ですか?

高田「そうです」

「大きな意味を持つ」とは、どういうことでしょうか?

高田「我々がやってきたプロレスというジャンルにおける人間同士の物語、ドラマというのは、ただ単純に、リングの上の結果だけではないんだよ」

― 必ずしも、結果だけとは思いませんが。何を仰ろうとしているのか、まだよくわかりません。

高田「あの試合はね。当初の契約段階では、ベイダーが『ダウンする』(最終的に負ける)ことに決まっていた。これは確かにワークだね。ところが、試合の前日か前々日になって、突然、『オレは寝ないよ』って。それを交渉の責任者だった人間が直前になって、手に負えないから何とかしてくださいと私に泣きついてきたんだ」


…仕掛けますねぇ!!

ベイダーと対戦する当事者の高田が、

自ら勝敗の交渉に臨まなくてはならなかった背景。

遂に話はそこへ流れていきます。

― Uインターにおいて、高田さんは看板レスラーであると同時に、社長でもありましたからね。

高田「だから、どうして試合直前に本人が対戦相手とワークの交渉をしなきゃならないのか、という一人のレスラーとしての気持ちと、組織の代表として最後は自分がすべての責任を負わなきゃダメなんだよな、という気持ちが交錯して、とにかく気の重いネガティブな状態でベイダーに会いにいったんだ」

― 交渉がうまくいかなかった場合のことは考えていましたか?

高田「もちろん。やってみなければ分からないけど。でも、とにかく、いろいろ考えても仕方ないから、気持ちのスイッチをオンにして会いに行った。すでに現実は動き出している。試合はやらなきゃならない。じゃあ、どうする?」

― いずれにしても、逃げるわけにはいかない。

高田「私の仕事だからね。私はかれにこう言いました。『契約のときと話が違うじゃないか』ってね。だけど、ベイダーは『いや、オマエはそう言うけど、オレは寝ないよ』と。だけど私もトップとして、団体の長として、引き下がるわけにはいかない」


ここで引き下がれば、

団体ごと終わってしまう。

相手をリングに上げるまでの苦労と、

実際にリングで負けることが許されない重圧。

それが社長エースの宿命だとしたら、

あまりにも過酷な役回りですよね。
睨み合う両世界王者

Uインターにおける交渉人の役割は、

宮戸優光安生洋二の二人が、

担っていた印象が強いのですが、

我々の予想以上に、

タイトロープな団体経営は回っていた様です。

「高田延彦」のカタチ―高田延彦22年間とは?1981‐2002
 「高田延彦」のカタチ―高田延彦22年間とは? より

宮戸「大一番のときは何か賭かってるっていう感じの闘いばっかりだったから。だからそんときに『控室に来ないんじゃないか!?』っていう心配はするんですよ。(略)神宮球場のときもベイダーが来てるのを確認してホッとしちゃったもん。そこでもう二人で『握手』って感じで」

安生契約ってたって、国際間のものだし、ちゃんと機能するなんてものはないですよ」

宮戸「だってあとから結論出されたって、その日の興行が潰れちゃうわけだから。契約があったって、それで結論が出るのは、もし破られたってあとの問題でしょ。ドタキャンされた日にゃあね。『ケガしちゃったから出られません』って言われちゃあ、おしまいだもん」


バービック戦にしても、

北尾戦にしても、

ヒクソン道場破りにしても、

Uインターという団体の戦略は、

無謀すぎますよね。

こんなに面白い団体、他に知りませんよ。
勝者と敗者のコントラスト

交渉の行方…後編に続けましょう。

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tag : 高田延彦 スーパー・ベイダー プロレスリング世界ヘビー 長州力 安生洋二 宮戸優光

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ふむふむ。これは後編が気になりますね〜。自分がプロレス見始めた頃はUインターはすでに末期だったので全盛期のヒストリーはいつも楽しみにしています。

インター後のベイダーは猪木戦をはさんで全日本に移りましたが、全日参戦当初の自我を全面に押し出したスタイルはあっけにとられるばかりでした。ハンセンとのタッグ、四天王を叩きつぶす強烈なファイトはすごかったです。

ノアにいってからは体調的な問題もあって失速気味でしたが。

>オビワン三世さん

ご期待下さって、ありがとうございます。

全盛期のヒストリーはいつも楽しみにしています<本当に嬉しいです。

全日参戦当初の自我を全面に押し出したスタイルはあっけにとられるばかりでした<長いスパンで見れば、新日で藤波、長州、三銃士とやってた時代から全日で小橋と器物壊しながら物凄い試合してたのがベイダーのピークだと思っていますので、まさにUインター時代が肉体的にも全盛期だったと感じます。
ノアではパートナーの性格もあって、ちょっとベビー調になっちゃいましたもんね。

怖さがあった頃のベイダーが“最後のエースガイジン”だったのかも知れないですね。
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