宮戸語録 vol.21~プロレスラー育成論~

日本のプロレス団体にとって、

重要な意味を持つ場所といえば、

何を置いても道場以外に考えられません。

当然、Uインターも道場を重んじました。
Uインター道場1

とにかくエースである高田延彦が、

誰よりも練習メニューをこなしていた(参照:旧・運輸会社倉庫~夢のいる場所~)のですから、
Uインター道場3

若手達も追従するしかなかった訳です。

そして、それはUWFの名を冠した以上、

宿命といえるものなのです。

宮戸優光はこう定義します。

kamipro No.125 (エンターブレインムック)
 kamipro No.125 より

宮戸
(85年末、旧UWFが新日に出戻りして来た時)いわゆるシューターのコントロールに手こずったんです。そこで新日本は本当であれば『あ、これはいかん。やはり俺たちの失ったものは大きかったんだ』と本質に戻るべきだったのに、猪木さんの力が落ちてきていたこともあったと思うんですけど、逆に『シュートとか、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンとか、そんなものはそもそもプロレスにはなかったんだ』としちゃったんですよ。そう思う」

「道場でシュートなんか教えるから、UWFみたいな連中が生まれてしまう。だったら、もう教えないほうがいい、なかったことにしてしまおう、という感じかな? 結果的にそういうことですよ」

「だからUWFができて以降の練習って、よく『プロレスの練習』って言い方したりするわけ。まず、その言葉の使い方が間違ってる! 『プロレスの練習』ってなんだよ。いまウチで教えてる、ロビンソンと一緒にやっているキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの練習こそ『プロレスの練習』ですよ!


新日本プロレスが放棄したシュート、

あるいはキャッチ・アズ・キャッチ・キャンという概念。

それを『これこそがプロレスの練習』と守り抜く事で、

Uインターは何人もの強者を育て上げました。

そこには近年のファンが、

誤解している噂とは異なる、

真実の姿があります。



現在ある、会費を払って好きな時間に練習するという、

格闘技ジムとは明らかに異なる神聖な場所で、

「特殊な人間が特殊な訓練の元で」(参照:宮戸語録 vol.4)育てられ、

文字通りスーパーマンになっていく。

それがプロレスの道場です。

UWFからの流れで、

MMAファンとして存在している方の中には、

豆知識として、

「Uのスパーリングは先輩が横四方の体勢から始まって延々と極め続けていく…」と、

思い込んでる節もありますが、

宮戸
「Uインターの寝技の練習が、先輩が上になって始まったなんて記事もありましたけど、あれも大嘘ですよ! ちゃんとスタンドから始まってましたよ」

「ただ、先輩が一回上になって極めちゃうと、簡単には離してくれなかったね。とにかく参ったしようが、先輩が納得するまで、技を解いても次の技、次の技って極め続ける。だから、いまみたいに極めたから、スタンドでまたイチからということではなかった」


事実は微妙に異なる様です。

もう一つの定説として、

後年、桜庭和志を筆頭に、

MMAの世界でUインター出身者が活躍したのは、

エンセン井上金原弘光との縁から、

Uインター道場に出稽古に来た(参照:エンセン井上が語ってたUインター道場)という事が、

大きかった…とも言われておりますが、

これも宮戸お得意の“三段論法”で、

真っ向否定しております。

宮戸
「それから、もう一つ。(略)たとえば、桜庭が強くなったのは、エンセン井上と練習したからとか、アマレスの技術があったからとか、そういうのも僕からしたら外れてるわけですよ! こう言ったら申し訳ないけど、桜庭はアマレス時代には、高校でもチャンピオンになってないんですよ。じゃあ、なぜ大学の学生チャンピオンだった選手や、オリンピックのメダリストが桜庭以上の活躍をできないんですか!? ついでに言わせてもらえば、田村のことは『高校時代に相撲をやっていたから』とでも言うんですか? だったら、それこそ曙や大刀光が勝てないのはおかしいでしょ!」

「それから、エンセンと練習したからだって言いますけど、じゃあ、彼の道場からもっと強い選手が出てくるはずでしょ? なぜ出てこないんですか? Uインターは桜庭だけじゃなく、田村、金原、高山、山本喧一、松井、上山など、現在でもプロで活躍している選手をこれだけ輩出してるんですよ。これは偶然じゃない!」


そもそもエンセンがUインター道場に通い始めたのは、

宮戸が去ってからの事ですからね。

宮戸の中では、

やはり桜庭らが強くなったのには、

安生洋二の存在が(参照:Yoji Anjo Is Alive vol.12~ラッパ先生の功績~)大きかったと言う事でしょう。

さらに宮戸の舌鋒は鋭さを増します。

宮戸
「(略)それからUインター以降から練習環境が良くなったというなら、高田道場から、U-FILE CAMPから、そしてスネークピットジャパンから、Uインターを超える選手が出てきても良さそうじゃないですか」

「でも、出てこない。それは結局、理屈で言う練習の環境なんていうのは関係ないんだよ。じゃあ、なぜUインターからあれだけの人材が出てきたのかということは、僕自身、分析しきれないけど、あの道場には特別な何かがあったってことですよ!


“特別な何か”…。

それこそがプロレスの道場だけに内包されている、

形としては見えて来ない、

理屈を超えた、理論も超えた、

文字通り唯一無二の“何か”なのでしょう。

それでも宮戸在籍時代のUインターで、

若手達は形としてわかるもの…、

即ち“スタイル”を主張し始めました。

そんな時でも宮戸の答えは単刀直入です。

Dropkick(ドロップキック)【元kamiproスタッフが最後の集結!! 】 (晋遊舎ムック)
 Dropkick より

宮戸
「僕はスタイルは気にしませんでしたね。それより、僕が子供の頃に憧れたプロレスの熱を復活させたかった。だからスタイルうんぬんより、『プロレスは凄いんだ』という目に見えないものを伝えたい、そういう気持ちでした。そのためには、若い選手も含めて『プロレスは強いんだ』『プロレスで、プロレスの練習で強くなるんだ』という意識改革をしなきゃいけないと思ってました」

「たとえばUインターの若い選手の中にもパンクラスさんを気にして、パンクラスさんみたいな試合がしたいっていう選手もいましたよ。そのとき僕は『なんだっていいよ。でもその代わり、今日観に来てくれた人がまた観に来てくれる、今度は友だちも連れて観に来てくれる、そういう試合をやってくれよ』って。『そういう試合をやってくれれば、何をやってもいいよ』って。そんな話をしたことがありますよ」


パンクラスだろうがWWEだろうが、

新日本だろうがIWAジャパンだろうが、

強くて夢のあるプロレスリングを体現出来るなら、

何でもやってくれ、と。

そしてプロレスラーである以上は、

プロレスリングの練習で強くなってくれ、と。

この一貫性(参照:宮戸語録 vol.1)こそが、

彼らを芯の部分から強くしたのだと思います。
ヒンズースクワットwith高山

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tag : 宮戸優光

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No title

相変わらずの宮戸語録ですね。
言ってることが正確です。


最近のファン(というか古い人にも多いけど)、アマチュアのバックボーンが無い人=強くないと勝手に決め付けていますが、ハッキリ言って「高校まで~~」「大学まで~~」とかなんてのは強さレベルで言えば数年で巻き返せますからね。
そうでなかったら、オリンピックなんてベテランしか出れないわけで。


以前、中邑がポッドキャストでヒンズースクワットについて田口と語っていたのが

中邑「俺はスクワットを2000回やった(1000か、3000かは不明です)
今は何百回以上のスクワットは禁止されてるけど、昔のレスラーの気分を知りたくてやった。
足のすねが筋肉痛になる感覚なんて分からないだろ?
○○回を超えるともう未知の世界になる。
レスラーは一度は経験していいと思う。」

という中邑に対して、トレーナー資格と柔整師の資格のある田口は
「運動学でいえば無意味。
同じ箇所に負担をかけて曲げ伸ばしし続けることは痛めるだけ。
携帯だってパカパカやってたら折れる」
という話を。

恐らく、宮戸のいう”理屈も理論も越えた、何か”は中邑の言うところに近い気がします。



インター勢が、エンセンと練習して強くなったというのは私は否定はしません。
私が思うのは、エンセンが持ち込んだ技術をインターの選手は取り入れて、活かして、発展させたのでしょう。
エンセンはインターの選手からもらった(かどうかは知りませんが)ものを伝えずに自分だけで消化したのか、持ち帰っても「プロレスの技術でしょ?」とシュートの人に一蹴されたのか、伝え切れなかったのか・・・
多分その違いだと感じます。

プロレスびいきのとても極端な言い方かもしれませんが、「強さ」ではなく「勝ち方」を求めたのが格闘技なのではないでしょうか。だからこそ、非科学的な練習で強さを求めたプロレスラーが格闘技に勝利することに浪漫を感じるんだと思います。「勝ち方」という最短距離ではなく、「強さ」という遠回り。加えて過去から脈々と継がれてきた技術を用いるのが理想のプロレスラー像の一つかと思います。

Uインターからキングダムにかけては、プロレスの象徴「強さ」を軸に置きながら「勝ち方」を模索していた印象です。

>ジョーカー ナリさん

「高校まで~~」「大学まで~~」とかなんてのは強さレベルで言えば数年で巻き返せます<さらに言えば、プロの場合には練習以外に、食事でも常識を超えるところから始まりますからね。

「運動学でいえば無意味。同じ箇所に負担をかけて曲げ伸ばしし続けることは痛めるだけ。携帯だってパカパカやってたら折れる」<理論と理屈は紙一重ですよね。特に今の時代。

エンセンが持ち込んだ技術をインターの選手は取り入れて、活かして、発展させた<来たるべき日の為に応用と反復を繰り返したのでしょうね。
スパーリングの量はU系一だったと思います。

エンセンはインターの選手からもらった(かどうかは知りませんが)ものを伝えずに自分だけで消化したのか<実際に他の選手はUWFで練習する事を快く思っていなかった様ですよね。

>非力なビックボディさん

「強さ」ではなく「勝ち方」を求めたのが格闘技<なる程、そういう表現もあったんですね。

非科学的な練習で強さを求めたプロレスラーが格闘技に勝利することに浪漫を感じる<結局は底力の部分で“根性比べ”になると、無駄の多い方が強かったりしますからね。

「勝ち方」という最短距離ではなく、「強さ」という遠回り<だから力を出す前に敗れてしまった選手が多かった事も事実ですね。

極端な話になりますが、私の持論ではプロレスラーならばMMAで勝利する事も、大食い大会で優勝する事も、スポーツ選手の歌合戦で歌唱賞を獲る事も同じ価値があると思います。
プロレスというジャンルはそれだけ幅広く、奥深いものだと思っています。

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No title

馬場さんの自著でアメリカ滞在時に、
メインイベターの試合後の疲労困憊な馬場さんが、
師匠アトキンスに「馬場、今から練習だ。たくさん練習すれば強くなるし、
スタミナがつくぞ。」と言われて真夜中までしごかれる記述があります。
これがプロレスムーヴの確認練習ではなくガチガチのシュート特訓で
馬場さんは師匠の関節技でボロボロにされ、

試合前までスタミナ強化特訓→
メインイベターとして試合→
真夜中までシュートの猛特訓

を繰り返えす日々が描写されていました。

忍耐強い馬場さんが特訓漬けで「死んだほうがましだ!」という
本音を書いてしまうほど過酷だったようです(鬼のキ○ガ○アトキンス)。

このような理不尽師匠のシュート特訓に耐えて活躍した
馬場・猪木両氏のような理想のプロレスラーには
スポ根世代としても感情移入がし易いので、
この様な方が再び現れることを期待しています。

>○○さん

いつも心に染みるコメントをありがとうございます。

大変なお仕事なんですね。
今回は非公開コメントですので、引用は遠慮しておきますが、
非常に勉強になりました。

常識を超えた洗礼を浴びる事によって、
動じない心というか、
強さを手にする事が出来るのは、
どんな職業でも一緒でしょうね。

>病弱者さん

師匠アトキンスに「馬場、今から練習だ。たくさん練習すれば強くなるし、
スタミナがつくぞ。」と言われて真夜中までしごかれる記述があります<馬場さんのシュート技術については各選手の証言が両極端すぎて闇の中なのですが、アトキンスのスパルタは事実のようですね。
ある意味ゴッチさん以上。

忍耐強い馬場さんが特訓漬けで「死んだほうがましだ!」<それだけの特訓を重ねた馬場さんが自分の弟子達にそれを強要しなかったのは、「これは遠回りだ」と悟ったからでしょうね。

理不尽師匠のシュート特訓に耐えて活躍した馬場・猪木両氏<唯一スネークピットにその可能性があるのでしょうか。
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