シュートなアングルの行方(1992)

プロレス界に小さな波を起こした“佐野乱入事件”(参照:シュートなアングル)。

佐野直喜の挑戦状を受諾したUインターの行動はさすがに速かったです。

年内最後のビッグマッチに当初から決定していたデニス・カズラスキー(参照:Uインター異人史 vol.5)との、
ローキックに苦しみ、

メインエベントを終えてからのダブル・メイン第2試合として、

いきなり高田延彦戦を発表しました。

そこには理由と事情がありました。

U.W.F.最強の真実 (BLOODY FIGHTING BOOKS)
 U.W.F.最強の真実 より

宮戸
(カズラスキーは)バルセロナ・オリンピックで銀メダリストだったとはいえ、プロデビュー戦。両国のメインとしてはちょっと弱いかなと思っていた。
そこへ佐野さんを入れることにした。佐野さんも実力者ではあったが、高田さんといきなり当てるのはどうかという不安が少しあった。そこで「ダブルヘッダーはどうだろうか」と思いついたわけだ。


とにかく大方のファンの「佐野では役不足」という見方通り、

“U系初のダブルヘッダー”という企画の登場人物として、

佐野の念願が叶いました。

既に一試合こなしている高田は、

入場する表情から疲労感が窺えます。
疲労感ありありの高田入場

1992年12.20 両国国技館

高田延彦vs佐野直喜

高田延彦vs佐野直喜・初対決

早速、試合を振り返りましょう。

立ち上がり、高田の足払い気味のインローに、

佐野はバランスを崩してダウン。
高田のインローが足払い気味に決まる

佐野が放ったミドルを、

高田がバックステップでかわすと、

勢い余って2回転ターン。
ミドル空振り後のダンサー佐野

会場から思わず失笑が漏れます。

グラウンドでは高田が、

新弟子に稽古を付ける様にバックからコントロール。
バックからコントロールしていく高田

何とか足を取って上になりますが、

攻め切れず膠着。

業を煮やした佐野は一発顔面を張り、
足を取ったが、攻めきれず張り手一発

勢いに乗せたままスタンディング・アキレス腱固めで、

最初のエスケープを奪います。
佐野がスタンディング・アキレスでファーストエスケープ奪取

油断していた(?)高田は、

これで緊張感を取り戻したか、
これで高田の緊張感を取り戻したか、

ローキックに鋭さが増します。
鋭いローを一発

再びバックからの攻めに行くと、

佐野は顔面目掛けてエルボー。
あくまでバックから攻める高田の顔面に佐野の肘、

不意に食った高田も張り手で返します。
高田も張り手で返して、

さらに足首を極めてから、
足首固めへ

ダブルリストロックで今度は佐野がエスケープ。
ダブルリストロックでエスケープを奪い返す

再びスタンドになると、

高田の蹴り足を捕えた佐野は、

軸足を蹴り上げてのテイクダウンから、
蹴り足を捕えてローでテイクダウン、

もう一度、足を狙ってきますが、

今度は高田が下からの蹴り上げ。
もう一度足を取りに行くが2度は高田が許さず

不用意にヘッドロックを仕掛けて来た佐野には、

フロント・スープレックス風のひねりを加えた投げで叩き付けます。
不用意にヘッドロックに来た所をフロント気味のスープレックス

あくまでも足狙いの佐野。
再度、足を取りに来る佐野に、

高田は下からのアンクルホールドでの返し。
下からアンクルホールドで切り返す高田、

ここで思わず会場から、

「佐野! たいした事ねーな!」の野次が飛ぶと、

その声に奮起した(?)佐野は、

膝十字を極めに掛かりますが、
野次に奮起して膝十字を極める佐野だが、

ポジションが不十分で、

逆に高田のV1アームロックでエスケープ。
すぐに高田が切り返してV1アームロックでエスケープ奪取

立っても寝ても不利の佐野に対し、

高田は徐々に勝負に出てきます。

強烈なローキック2連打から、
強烈なローキック2連打から、

佐野のガードを打ち抜く左ハイキックでダウン奪取。
ガードを打ち抜く左ハイで佐野ダウン

立ち上がると佐野は、

高田のキックをキャッチ。

バランスの崩れた高田に一発ミドルを入れてから、
蹴り足をキャッチして一発ミドルを入れ、

豪快な投げっ放しジャーマン!!
豪快に投げっ放しジャーマン

…だが、先に起き上がったのは高田です。

すぐに膝十字へ。
しかし先に立ち上がった高田が膝十字、

佐野も意地で同じ技での切り返し。
佐野も同じ技で切り返す、

すると高田は一気に腕ひしぎ逆十字の体勢へ!!
ここで高田は一気に逆十字の体勢に、

佐野は左肘が伸びきった瞬間にロープエスケープ。
しかしニアロープ

追い込まれた佐野は、

捨て身の掌底ラッシュで前へ前へ。
掌底で前に出て行く佐野、

高田も膝蹴りで応戦からソバットを打つと、

これを待ってた佐野はキャッチして、
高田のソバットはキャッチされ、

そのまま渾身の逆片エビ固め。
渾身の逆片エビ固めから、

さらに胴締めスリーパーで高田エスケープ。
スリーパーでエスケープ奪取

底力のある佐野は飛行機投げから、
飛行機投げからの、

フェイスロック、そしてヘッドロックに移行。
ヘッドロックに、

これを高田は、

ルー・テーズが乗り移ったかの様なバックドロップ!!
教科書通りのバックドロップ、

右足の流れない完璧なフォームです。

そのまま袈裟固め、

さらに肘を極めにいきます。
そのまま袈裟固めから肘を極めに行く、

佐野は回転して脱出、

すぐに高田は脇固めへ。
巧く脱出した佐野に脇固め、

今度は逆に回転しながら、

佐野は腕十字へ。
切り返した佐野は腕十字へ、

これは高田の誘い水。

すぐに上半身を起して、
これを待ってた高田は上体を起して、

ガッチリと腕ひしぎ逆十字の完成で一本勝ちです。
一気に腕ひしぎ逆十字で一本

終わってみれば危なげ無しの“横綱相撲”でしたが…、
終わってみれば横綱相撲

高田
「2試合は甘くないです。反省しています。…
(急に)2試合は甘いです!! 本当に。佐野、もう一回やろう!! 佐野もう一回やろう」


勝利者インタビューからも、

控室に引き上げていく姿からも、

このスタイルでのダブルヘッダーに対する後悔が、

手に取る様にわかりました。
花道を引き上げるとドッと疲れが…



Uインター…宮戸優光が仕掛けた数々の企画の中に、

昭和新日本におけるアントニオ猪木の姿を投影したファンは多かったと思います。

一部のオールドファンは「あれは模倣に過ぎない」とも思っていたはずです。

言うまでもなく、この佐野との一連の流れは、

“昭和の巌流島”猪木vsストロング小林(参照:格とかパワーの事続・格とかパワーの事)と、

猪木vsはぐれ国際軍団“ハンディキャップマッチ”(参照:男の道は、はぐれ道。)との合せ技だったのですが、

私の様なUインター者から見ても、

本家から大きくスケールダウンしていた事は否めませんね。

このまま佐野が終わってしまえば、

前田日明の言う通り、

「中途半端」「使い回され」方です。

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tag : 高田延彦 佐野直喜

comment

Secret

No title

懐かしい!このダブルヘッダーのこと、すっかり忘れていました。当時は綿密に予定が調整されて組まれたものと勝手に(知ったかぶりをして)思っていましたが、結構ぎりぎりの段階で決まったんですね。知りませんでした。組んだ宮戸も凄いですが、それに応えた高田はやっぱり凄いです。レガさんの指摘するとおり、こういった現役時代の積み重ねがファンの心に響いているからこそ、高田は今でも「プロレスラー」として支持され続けているんですね。
文章を通じてにじみ出る、レガさんの「愛」がこのブログの魅力ですね。画像キャプチャも含めて、いつも丁寧な更新有り難うございます。これからも応援しますね!

No title

こんにちは。

このダブルヘッダーはどちらかというとMSGシリーズでのハンセンやシンとの試合に近いと思います。

そして、この年、高田とUインターは完全に時代を掴みました。私の見解ではプロレスの4文字にプライドを持てない前田の存在も大きかったと思います。
初期の格闘技通信で前田が
「プロレスと言う言葉が嫌いな人、この指止まれ」と表紙を飾り、その6年後に
「プロレスは最強の格闘技」Uインター。

思い入れを持てるのは、やはりUインターですよ。また、この当時は週プロの煽り方も絶妙でした。

「プロレスリングヘビー級のベルトを巻いた高田が北尾に負けたら、それはプロレスが負けた事になる」
「佐野の挑戦、Uインターが受けた」

宮戸に負けない位に週プロの功績も大きいものが個人的には、ありました。
それだけ高田が光輝いていたということなんでしょうけど。

92年の高田という記事を書いていただければ幸いです。書くことが多すぎるとは思いますが。

97年にヒクソンに完敗した時、この頃の高田を知る関係者や選手は「あと5年早かったら・・・」と口を揃えたそうです。


>てつさん

当時は綿密に予定が調整されて組まれたものと<著書でも書かれていますが、宮戸曰く予定は現場の状況でどんどん変更されていたそうです。

こういった現役時代の積み重ねがファンの心に響いているからこそ<本来なら「泣き虫」が出た時点で業界から抹殺されていても不思議じゃないですよね。
でもやっぱりUインター時代を始めとして、いろんな夢を見せてくれた過去がありますので、(これ高田が猪木を語る時のフレーズですが)私の中では“真空パック”されています。

いつも丁寧な更新有り難うございます。これからも応援しますね!<ありがとうございます。
今後も非常に偏った文面になるとは思いますが、宜しくお願い致します。

>aliveさん

こんにちわ。

どちらかというとMSGシリーズでのハンセンやシンとの試合に近い<あ、そういう部分もありますね。なる程。
新日のリーグ戦って優勝戦がありますから、よく同率で進出者決定とかやっていましたもんね。

この年、高田とUインターは完全に時代を掴みました<この年がピークでしょうね。

前田が「プロレスと言う言葉が嫌いな人、この指止まれ」<そうでしたね。
まだ新日に上がってた時期だったと記憶しています。
完全にあのイメージから前田は引退までとうとうプロレスラーを名乗る事が出来なくなってしまいました。

「プロレスリングヘビー級のベルトを巻いた高田が北尾に負けたら、それはプロレスが負けた事になる」「佐野の挑戦、Uインターが受けた」<どっちも保存しています。ターザンもシッシーもちゃんとしてた時代ですね(笑)。

92年の高田という記事を書いていただければ<良いヒントをありがとうございます!!
当時の大きな試合については一通り記事にしてきましたので、ちょっと違う形で考えてみますね。

「あと5年早かったら・・・」<あの時代を見続けた全員が抱いた感想でしょうね…。

No title

この仕掛け、自分は好きだったんですよ。

aliveさんと同じく、MSGシリーズでシン、ハンセンを連破したときの猪木へのオマージュだと思ってました。

佐野の使い方が、いきなりダブルヘッダーでは勿体無いとは思いましたが、当時の高田の圧倒的な充実度から考えると、それもやむ無しでしたね。

…とか言いつつ、この試合まだ見たことないんでその内見てみたいです!!

No title

高田さんも格下の相手とはいえダブルヘッダーは辛かったでしょうね。

TPG来襲での猪木さんのダブルヘッダー(長州、ベイダー)は、その場の雰囲気で決めたのでしょうか?。それとも違うのだったのでしょうか?。

>スパさん

この仕掛け、自分は好きだった<宮戸がよく言う「誰もが思いつかないマッチメイク」ですもんね。

MSGシリーズでシン、ハンセンを連破したときの猪木へのオマージュ<あ、やっぱりそうですか。という事は私の説の方が少数派なのかな?

当時の高田の圧倒的な充実度から考えると、それもやむ無し<当時…特にこの年の高田は日本人の中では独走していましたもんね。
高田自身もUインターという団体も、誰にも負ける気はしなかったでしょうね。

その内見てみたい<VHSデッキが修復したら、お送りしましょうか?

>通り菅井さん

格下の相手とはいえダブルヘッダーは辛かったでしょう<実力云々よりもそれぞれの“かいな力”に苦心した様です。

TPG来襲での猪木さんのダブルヘッダー<あれも諸説ありますが、猪木の独断だったのは確かな様です。

答えにはなりませんが、以下の記事を読んで頂けると幸いです。

天才・かんじの狂気が出るプロレス!!~前編~
http://murasakilg.blog64.fc2.com/blog-entry-778.html

同~後編~
http://murasakilg.blog64.fc2.com/blog-entry-779.html

No title

Uインターの試合は武道館に何回か足を運びましたが、当時ビデオが見られる環境になくてTBSの中継も入らないところに住んでいたので、案外未見の試合が多いんですよ。週プロのシッシーや鈴木健のレポートで妄想膨らませてました(笑)。

落ち着いたらメッセさせて頂きます!!

>スパさん

案外未見の試合が多いんですよ。週プロのシッシーや鈴木健のレポートで妄想膨らませてました<シッシーの高田記事、健氏の田村インタビューは良かったですよね。
私はゴングの杉本記者(安生の前田事件を煽った張本人)が好きでした。

落ち着いたらメッセさせて頂きます<宜しくお願い致します。

この試合観てみたいです。

探さしてみます。

>みーさん

ぜひ、見つけて下さい。
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Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


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