10月最後の夜に…カタルシスを(1992)

昨日の 宮戸語録 vol.1 での一節。

U.W.F.最強の真実 (講談社+アルファ文庫 G 164-1)U.W.F.最強の真実 (講談社+アルファ文庫 G 164-1)
(2007/12)
宮戸 優光

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U.W.F. 最強の真実 より

たとえばファンのアンケートを読んで、そこから思いつくようなマッチメークなんかは、本当は面白いわけがない。それは想像がつくマッチメークということだからだ。みんな一瞬『えっ?』と引くような、そして一瞬遅れて『でも見たいね、それ!』というものでなければ、本当の意味でみんなが驚くようなマッチメークにはならない。

これこそが“Uインターの頭脳”宮戸優光の真骨頂なのですが、その宮戸が最高にして最大の仕掛けをしたといえば、この一戦を置いて他にないでしょう。

高田vs北尾調印式

1992年10.23 日本武道館 格闘技世界一決定戦

高田延彦vs北尾光司

そもそもUインターという団体にまったく毛色が異なる北尾を登場させた経緯はこういうことだ…

週刊プロレススペシャル6 プロレスVS格闘技大戦争!
そして高田-宮戸コンビの最高傑作は完成した 文・流智美 より

宮戸から最初に「北尾なんか、どう思います?」と聞かれたのは91年11月だったが、私はハッキリと、
「論外です。SWSで“八百長野郎”と失言を吐いてから、まだ半年ちょっとでしょう? Uインターのクリーンなイメージをブッ壊してしまうのが関の山です」
と答えた。
「やっぱり…そうでしょうねぇ」
宮戸は私の反発にうなづいていたが、心のなかでは、私からこういう答えが返ってくるのを期待していたに違いない。誰もが予期しないような相手を引っ張り出してくるのが“仕掛人”たる宮戸の真骨頂なのだから、私の口から北尾を肯定するような返事が出たとしたら、かえってシラけただろう。
「いや、実は北尾がSWSを解雇されたあと、空手か何かの武道に転向したという噂は聞いていたんですがね。最近、北尾のマネージャーと名乗るS氏からコンタクトがあったんです。やっぱり、まだプロレスに未練があるらしいんですよ」
5.8横浜アリーナにおける北尾対山崎一夫戦が発表されたのは92年3月のことだったが、宮戸とS氏の間で基本合意に至ったのは1月の中旬だった。記者会見の席上で北尾の名が発表されたとき、一部記者から失笑が漏れたのを私はいまでも記憶しているが、それほど“U系団体が元・横綱を起用すること”は意外であり、奇抜だったということだ。それは“仕掛人”宮戸の思うツボでもあった。


当初は横浜での山崎戦一度限りの契約だった。

U系ファンはSWSで“八百長発言”した上、プロレス界を去った北尾が山崎にKOされる絵を描いて観戦したはずだが…

結果は予想もしない展開で、北尾の圧勝。

北尾vs山崎

だが、このイレギュラーすらも全て宮戸の思い通りだった。

Uインターは山崎自身の汚名挽回の為に北尾サイドに再戦の交渉。

そこでマネージャーのS氏は『ギャラを上げられるだけ上げておいて、山崎を返り討ち。さらに高田と何度か戦うことでさらに稼いでやろう』と考えた。

ギャラ吊上げを目論んでの『再戦拒否記者会見』を行う。

しかし北尾はここで失言。

「私も生涯修行の身ですので、一度勝った相手と戦うよりも、強い相手と戦いたい。高田選手ならともかく、山崎選手ともう一度戦う意志はありません」

S氏の心中を知らぬ北尾は純粋に武道家としての気持ちが働き、高田との勝負を口にした。

これに『してやったり』だったのは宮戸の方で、すかさず高田戦の交渉にスライドした。

S氏は大幅なギャラアップを要求した上で契約。

だが、高田戦決定後に北尾は所属していた空拳道協会と揉めて退団。契約自体が白紙になってしまう。

何とか再契約を結んだが、北尾サイドの条件提示はどんどん増長。山崎戦と同じルール、時間無制限一本勝負を承諾していたのが、突如S氏は3分5ラウンドへの変更を要求。Uインター側が「話が違う」と詰め寄ると、さらにギャラアップを要求。

U.W.F. 最強の真実 より

私もこれにはさすがに慌てて「ちょっと待ってください。試合ももう直前になっていて、そんな言い方ってないじゃないですか。そんなことやったら、武道館に火でもつけられてうちの会社は大変なことになりますよ。潰れますよ」、そう言うと「いや、それは僕、関係ありませんから」と涼しい顔をしていた。


最悪の条件下でUインターの命運を左右する大一番はやってきた。

試合前、宮戸は最悪の事態を想定して立会人のルー・テーズに告げた、

U.W.F. 最強の真実 より

もしフルラウンドまでいってしまった場合、我々が指示を出したら、テーズさんの権限でとにかく両選手をリングの下に降ろさずに、なんとかそのまま延長戦に雪崩込ませてほしいという話をした。


立会人テーズ

さらに入場直前には鈴木健がリングインし、ルール変更の経緯を言い訳がましく説明。

鈴木健の弁明

事前に詫びを入れる事でより引き分けムードは高まって、満員札止めの館内は大ブーイング。

しかし、最後に高田のコメントとして、

「5ラウンドだろうと、とにかく勝つだけだ!!」

と叫ぶと、一気に歓声に変わった。

「よおーーーしっ!!」

高田入場

恒例のガン付け

ゴング前の握手

左ロー

左ハイ

高角度裏投げ

十字はならず

鉄壁のセコンド陣

右ローから

結果は3ラウンド46秒、高田のKO勝ち。

右ハイ炸裂!!

カウント10!!

フィニッシュシーンにおいては日本プロレス史上最大と言ってもいい程の爆発がありました。

みんな歓喜の顔

「誰の挑戦でも受けます!!」

この試合についてはその後、いくつかの書籍でワーク説や、ダブルクロス説が書かれ、ついには高田本人の書籍で引き分けの約束があったことも公言されてますが、

泣き虫泣き虫
(2003/11)
金子 達仁

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あの試合の高田を必死になって応援した我々ファン、蹴り倒すために連夜ハイキックの特訓を積んだ高田、周りを固めたUインター勢…これらの心の中はワークでもフェイクでもない。

試合後の歓喜の涙…そこにはシュートな感情以外は一切ない。
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tag : 高田延彦 北尾光司 宮戸優光 UWFインターナショナル 格闘技世界一決定戦

comment

Secret

No title

こんにちは
やはり最高のハイキックですよね
紛れもなくシュートだと思いますよね
北尾は足にきててハイでKOされたのは事実ですし。
高田が高山相手に何度も練習したのも事実ですし。
本当にこの試合は沸きましたよね

No title

この試合は佐竹さん経由で知ってました。
終わった後も「高田さんの反則」って言ってたようです。
でも北尾さんが悪いですよ。KOされたわけですからね。

記者会見が完全に昭和の雰囲気ですね。

>Fさん

私らにとっちゃシュート以外の何ものでもないですね(笑)

いや、倒すために極秘特訓したんですから…表立ってはワークだったのかも知れませんが、真の部分は宮戸が言ってた『真剣勝負』ですよ。

>123daさん

記者会見のみならず、Uインターがこだわったのは昭和の新日テイストですね。
異種格闘技戦という言葉を全否定し、あくまでもその道のトップ同士が戦わなくては意味がないということで“格闘技世界一決定戦”の名称を復活させました。
それ以外の他競技との試合は“他流試合”に統一されました。

ディテールにこだわるのも宮戸イズムの特徴です(笑)
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