最後から2つ目のピース

徐々に時間が出来て、

いろんなブログを回ってみると、

ちょっと前のニュースに田村潔司の名が…

 カクトウログ より
田村潔司に秋頃の出撃プラン~2008年大晦日桜庭和志戦以来、3年以上実戦なしに終止符?

― 田村選手も上がって光りたいと思いませんか?

田村「そうですね、交流はしてるんですよなんかちょっと判んないですけどうちの若い世代と。で、まあやり、やり、やる、やります

― やりますというのは出動宣言と受け取っていいんですね?

田村「そ~そうですね。ほんとは秋ぐらいに考えてたんですけど、まだタイミング、言える段階じゃなかったんですけど、まあ今日ちょっと見て、一つの逆に、ああいう若い選手が自分に火をつけてくれた部分があって。まあでも歳、世代違いますからね、ほんとに」

― 出るって言ってしまいましたが、ハードヒットに出るってことですか?

田村「いやハードヒットは出ないです。ハードヒットには出ないです。今の所出ないです」

― 自分でやるということですか?

田村「自分で考えてることがあったんで、このことも言うあれじゃなかったんですけど、まあちょっとおいおいもう少し待ってください


このハードヒットというのは、

どういったリングかは存じ上げませんが、

遂に田村が出動宣言!!

でもここに上がると言う意味ではないらしく…。

とにかく田村の行動というのは、

第三者に読み取る事は出来ません。

でも…でも!!

長いスパンで日本の総合格闘技史を見てきた、

あなたや、

あるいは甲本ヒロト(参照:ヒロトが感じた田村vs桜庭)の様な人間にとって、

“特別”だった、あの桜庭和志戦。
田村判定勝ち

あれから約4年ぶりに田村が帰って来るのは、

MMAではなくUのリングだ、という気がしますよね。
「もう一回お願いします」

実は昨秋出たムックにヒントが隠されています(参照:ピースがほぼ埋まった)が…。

Dropkick(ドロップキック) vol.2【またかよ! 元kamiproスタッフが再集結!!】 (晋遊舎ムック)
 Dropkick vol.2 より

田村
「いまの選手がかわいそうなのは、ファンも一通り刺激を味わったと思うからね。だから、勝ち負けの刺激が薄れてきてるし、選手は選手で負けられないという気持ちは持ってるんだろうけど、それが世間に伝わってない感じが最近はあるのかもしれないよね。背負うものが小さい…それを言っちゃダメなのかなあ」

「UWFインターでは22歳か23歳で武道館のメインをやらせてもらったんだけど、25、26歳ぐらいで後輩が増えてくるじゃん。自分のなかではまだまだ先輩とやって勝ちたい年頃だけど、下から挑戦される立場になってきてるから、『後輩には負けられないな』という闘いになって、それもいつまで続くのかなって感じだった」


もしもハードヒットに参戦したとしても、

レギュラーの若い選手達が、

Uの象徴である田村を超えられるか?

くらいしかテーマは見つかりません。

つまり“おいしくない”訳です。

そもそも田村が、

今の時代に類を見ない位、

星の色にこだわるのは、

本来なら若手と呼ばれる時代に、

既にメインエベンターとして、

試合と道場でのスパーにおいて、

後輩に負ける事が許されない立場にあった事が、

大きく関係しています。

桜庭との関係にしても…、

田村
「だから、たぶん俺ら選手のほうが観てる側以上に先輩後輩の対決っていうのは神経質になっていたと思う。ファンはどっちが勝つんだろうなという興味本位だけど、こっちにしてみたら本当に死活問題だから」

「だからUインターの最後にサクと3試合やったけど。あれは、あいつが煽りVで、『2戦はガチ』とか言って、それもどうかと思うんだけど、3試合とも俺のスタイル、活字の表現的には、実際、2試合はガチだったから、俺にとっては強くて無名の後輩と闘うというシチュエーションなわけだから凄くプレッシャーあったよ」


Uインターでの3戦は、
開始直後

シュートであれワークであれ、

田村のスタイルだったから、

結果だけではなく、

完勝だったのだ、と。
回転体Ⅱ

だからもしも、

“13年半”もの時を経て実現したあの試合で、

あの時の様な攻防が出来たなら、

勝敗はどうでも良かったのかも知れません。

田村
「いや、大晦日に桜庭との試合が決まったときは、本当はUインターみたいな試合がしたかったんだよ。アイツにとって俺はイヤな先輩の一人だったかもしれないけど、俺から見たらいち後輩でありながら、認めてるところは凄く認めてるし」


“Uインターみたいな試合”になった時点で、

それは田村の勝利ですから。

「もしかして今なら…」という思いはあったのでしょう。

でも当然ながら桜庭の方に、

そんな気持ちはサラサラありませんでした。

PRIDE全盛期から、

何度も実現しかけては消えた、

田村の顔面を殴るチャンス。

それが手負いの身ながら、

やっと、やって来たに過ぎかったのですから。

田村
「あれが実現しなかったのは、サクの位が上すぎたから。PRIDE=桜庭だったでしょ。アイツが出世しすぎたから俺とは不釣合いだった」

「なんかわからないけど、べつにやりたくなかったんだよね。PRIDEで活躍して一人でその看板を背負わされて。その一方で後輩という部分もあって、インターでは俺が先輩面してるじゃない。だけど、だからある意味ジョーカー的な存在かな。ほかの52枚のカードはふつうのカードだけどサクはジョーカーという存在だったから、そのへんが複雑なんだよね。後輩じゃなかったら純度100パーセントの尊敬を注いでたけど、Uインターでの先輩面は消えないから」


純粋な尊敬と、

相反して変わらない上下関係のしがらみ。

やっぱり田村にとっての桜庭

桜庭にとっての田村は、

特別な対戦相手であったという事です。

それにしても、

3年以上の月日が経過して今なお、

私はこの試合を語り尽くせません。
桜庭から握手に行き

なぜなら一番最後の、

最も大きなピースが、

まだ埋まる様子がないですから。

あのピースが見つからない限り、

この試合が私の中で完結する事はないでしょう。



最後に、

冒頭に書いた“Uのリング帰還”を裏付けるコメントを…。

 UWF→PRIDE―総合格闘技20年史 より

田村
「円にしてもドルにしても上がったり下がったりするわけじゃないですか、世の中の動きとして。それで僕が思うに、PRIDEはこれからは円安、はい。UWFが高くなる時期なんじゃないかなと思って。PRIDEが盛り上がっている時にUWFをやると効果がないだろうと」


これ2002年末の高田延彦引退試合(参照:UWFインターの最終話Uインター上がって来いや!!)の直前、

U-STYLE立ち上げ前夜に語ってたのですが、

結局、当時はPRIDEの相場は下がる事はなく、

逆にU-STYLEが衰退して行きました。

そして10年経ち、

日本のMMAが縮小化した、

まさに今が、この時期。

この秋…“本物のU”が帰って来るのでしょうか。
田村、桜庭組


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tag : 田村潔司 桜庭和志

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No title

ガクとも話していたのですが、ハードヒットは行きたかったんですよね。
でも平日というのがお互いキツくて行けませんでした><

田村来場ということで、レガさん書くだろうなぁ、て思ってましたよ^^

年齢的にも次の「仕掛け」「動き」が最後でしょうね。
見届けましょう。


こっちは土曜日に続いて物凄い暴風雨です。
おかげで桜も散ってしまったでしょう^^;

No title

こんにちは。

桜庭が時代を築き、船木がヒクソンに敗れ次こそ桜庭で船木は引退という流れになった2000年に田村が
「桜庭がヒクソンに勝ち、僕が桜庭に勝ち、船木さんが僕に勝てばそれでいい。」
という摩訶不思議な発言をして、その当時は、この人、何を言っているんだろうと思い、今も真意がよく解りませんが高田の引退試合でも「負けてもいいや」と言っていたくらいなので、たとえ実力者でも先輩に負けるのと後輩に負けるのでは大きく意味合いが違うのではないでしょうか。

この記事とは関係ありませんがGスピリッツに藤波がアンドレをボデイスラムで投げたとありましたが猪木、長州は覚えていますが82年~86年の出来事だと思うのですが、ご存じでしたら、何年ごろの事なのか教えていただけますか?

>○○さん

こんばんわ。

ひとまずお疲れ様です。
そして改めておめでとうございます!!
息つく暇もないでしょうけど…頑張るしかないですよね。
子育ては果てしない“闘い”ですもんね。

子レガ<順調に成長してますよ~。

毎晩寝る前に“きかんしゃトーマス”の登場人物を復唱するんですけど(笑)、
「あのね~、トーマスと~、パーシーと~、ジェームスと~、エドワードと~、ゴードンと~…」
で、言葉に詰まって、「…ぎゅうにゅうと~」って(笑)。
おそらく“牛乳”という言葉を憶えたてで、使ってみたかっただけでしょう(笑)。

>たかさん

ハードヒットは行きたかった<よくよく調べると、DDT系のブランドなんですね。
高木三四郎…恐るべしです。

レガさん書くだろうなぁ、て<もう実際に、現在進行形のMMAにはついていけてないんですよ。
だから先日のUFCに行ったたかさんとGA9さんって凄いです。全部網羅してるんですから。
私、今のUFCをはじめとするMMAのタイトルホルダー…一人も知りませんもん。
だから…良い時代を見てきた40代の選手しか興味が湧かないんですよね。

年齢的にも次の「仕掛け」「動き」が最後<大きい事やって欲しいんですが…そういうのをやらないでポンっと辞めちゃうのも田村ですしね。

物凄い暴風雨<こちらは今日が暴風雪でした。
冬に逆戻りです…。

>aliveさん

こんばんわ。

「桜庭がヒクソンに勝ち、僕が桜庭に勝ち、船木さんが僕に勝てばそれでいい。」<そんな事も言ってましたか…。

たとえ実力者でも先輩に負けるのと後輩に負けるのでは大きく意味合いが違う<このインタビューでも触れてる様に、若くして後輩がたくさん出来てしまった事に由来するんでしょうね。
それでも垣原だけは負けても違った感情があった様な記憶があります。

藤波がアンドレをボデイスラムで投げた<確か長州と同じ84年のIWGPだったと記憶しています。
あのシリーズのアンドレって50キロ近く減量して来たんですよね。病み上がりとかだったのかなぁ?

…記憶違いだったら、ご容赦下さい。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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