ドラゴン・ザ・トップアスリート(1980)

日本でMMAがメジャーとなったPRIDEの出現、

その後、魔裟斗が引っ張ったK-1 MAX

格闘技の会場に女性ファンの姿は、

当たり前の光景となりました。

その礎を築いた人物は、

WWWFジュニアヘビー級のベルトを引っ提げて(参照:日本ジュニアヘビーの夜明け)、

凱旋帰国と同時に、

日本中に“ドラゴンブーム”を巻き起こした、

“炎の飛龍”藤波辰巳だと断言します。
舟橋アナのインタビューに答える新王者

90年代、2000年代のどんなイケメンファイターよりも、

70年代後半に現れたドラゴンの方が、

全てにおいて華がありました。
防衛成功

それは見栄えだけの華やかさではなく、

トップアスリートとしてのずば抜けた身体能力から来ていました。

それを象徴している当時の試合。

1980年4.3 蔵前国技館
♪阿~修~羅~

WWFジュニアヘビー級選手権試合
ロングガウンのドラゴン

藤波辰巳vs阿修羅・原
を振り返りましょう。
向かい合う二人

このチャンピオンシップは、

新日本vs国際の対抗戦として、

行われたのですが、

当時の阿修羅・原は現役王者のまま、

WWU世界ジュニアヘビー級王者を封印したものの、

煮えきれない気持ちでリングに上がっていました。

原が完全に弾けるのは、

のちの盟友・天龍源一郎と巡り会ってからです(参照:スーパースターズ)。

そもそも原は高校~大学~社会人と、

日本を代表するラガーメンで、

プロレス転向直前には“世界選抜メンバー”に、

“日本人として唯一”選ばれるという、

トップ中のトップアスリートだった訳です。

その原を以ってしても脱帽した藤波のポテンシャル。

週刊 プロレス 2011年 11/23号 [雑誌]
 週刊プロレス №1604 より

阿修羅
「国際の頃に俺が負けたって思ったのは藤波君だったね。俺はカナダのカルガリーに修行に行かされたんだけど、帰って来たらいきなり新日本との対抗戦になって、そこで藤波とやったとき『コイツは全然違う』って感じた。俺が得意とするコンタクトの部分だけじゃなくて、スタミナ、運動能力とかトータルですごいと思ったのが藤波君だった


試合のハイライトシーンを追ってみましょう。

ゴング前に張り手を仕掛けた原ですが、
張り手を仕掛けた原に、

瞬時に反応した藤波が逆にヒット!!
藤波即座に反応

この精神的余裕が勝負を決めましたか?

試合開始は比較的静かに、

原はじっくりリストロック。
リストを極める原

流れの中でフルネルソン。
フルネルソンは挑発か?

藤波への挑発でしょうか?

すぐに藤波は同じ技で返します。
すぐにドラゴンフルネルソンに返す

ただしここからの展開はありません。

この試合からドラゴンスープレックスが“禁じ手”となったのです。

それでも藤波は終始余裕で、

何気ないロックアップの瞬間にも、
ロックアップの瞬間に、

タイミングバッチリの小内刈り。
鈴木桂治もビックリ

首4の字も余裕が窺えます。
余裕の表情で首4の字

流れを変えたい原は、

豪快なボディスラムから、
豪快なボディスラム

張り手でラフに行きますが、
張り手、

藤波の倍返しに遭います。
右からも打って、

さらにテイクダウンから、

グラウンドに持っていかれると、
バックに回る

ロープエスケープ。

離れ際に藤波の強烈な蹴り。
厳しい蹴り

それでも技で返す原は、

ツームストンドライバーから、
強烈なツームストン

意外と打点の高いドロップキック。
ドロップキックは意外な打点の高さ

強引にジャーマンを狙って来る藤波を、

グレープバインで後方に倒してから、
藤波のジャーマン狙いは崩れる

ここで切り札のラグビータックル!!
出た!! ラグビータックル

2発目!!
2発目!!

さらに3発目!!

…はかわされてコーナーポスト直撃。
3発目はかわされてポスト直撃、

藤波はすかさずネックブリーカーに取って、
すかさずネックブリーカー

トップロープに上りますが、

原はすぐに起き上がって、

デッドリードライブ。
原はデッドリードライブで返して、

自らロープに走っての、

ジャンピング・ボディプレスは自爆。
ボディプレスは自爆

エプロンに出た藤波の額を、

コーナーの金具に打ち付けると、
コーナーの金具に打ち付ける

藤波は大流血。

場外から生還した藤波に、

得意のバックフリップ。
強烈なバックフリップ

さらにナックルの連打で、
傷口へナックル連打、

藤波の傷口を広げますが、

それでも藤波には余力が残っていました。

ナックルをかいくぐって、
藤波かわして、

ジャーマン気味のバックドロップ。
バックドロップから、

虚を突かれて後頭部を打った原に、

さらにボディスラムとつないで、
ボディスラムにつないで、

最後は藤波の“秘密兵器”とも言われる、

完璧な三角締め!!
最後は完璧な三角

ガッチリと締め込まれた頚動脈と、

伸ばされた右肘関節で、

もはや原はギブアップするしかありません。
苦悶の原

ゴングが鳴ってもしばらく動けない原。
完敗の原

怒りの収まらない藤波は、

もう一発張り手を見舞います。
怒りの収まらない藤波

しかし最後はアスリート同士、

原も完敗を認めて王者を讃えます。
最後はノーサイド

終わってみればキャリアの差、

…だけでは片付けられない差がありました。

それにしても、

フィニッシュは三角締めでしたが、

当時のプロレスファンには全く馴染みのない技です。

こういったサブミッションが表に出て来たのは、

UWF以降という認識があると思いますが、

実は当時の藤波の試合には、

アキレス腱固めや脇固めなどのテクニックが、

数多く見られます(参照:追悼・ショア!!)。

藤波辰巳は紛れもなくトップアスリートで、

様々な技術を習得した格闘家だったのです。

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tag : 藤波辰巳 阿修羅・原 WWF 国際プロレス

comment

Secret

完全同意!!

ピーター本以降、藤波はガチで弱いが定説となってしまった感がありますが、どんだけ見る眼ないんだか。今回の記事でもわかるように、藤波の圧倒的な身体能力に裏打ちされたマットワークは、ゴッチ門下でも随一といえるもの。

真のプロフェッショナルレスラーですよね~、藤波辰巳は!!

しかし、この試合の阿修羅のバックフリップはホントに凄かったですねえ。勢いあまって一回転しちゃうという。

No title

分かったような顔で、「○○選手はアマチュアを通ってないから弱い」「○○選手は柔道でいい成績だったからプロレスしかやってない選手は寝技で勝てない」と言ってる人を見ると呆れます。
プロレスデビューまでアマレス経験のない浜口が、女子レスリングのコーチをやっているのを見ても分からないのかなぁ…なんて。

全然関係ないですが、私の昔の知人が30年近く前にガソリンスタンドでバイトしていたところ藤波がオープンカーでやってきたらしく知人いわく
「あれだけカッコイイ人を未だかつて見たことがない」
とのことでした。

No title

今の藤波さんもカッコいいですが、ジュニア時代もさらにカッコ良かったです。

「三角締め」は違う名称だったのゴングの増刊でみた記憶が・・・。
「アルゼンチンバックブリーカー」も良かったです。テクニック系の藤波さんが見せたパワー技ですね。
ジュニア時代の印象に残ってる技で81年10月の田コロ(ハンセンvsアンドレやR木村のこんばんは事件)での防衛戦でエル・ソリタリオに決めた、ロープ越しのブレーンバスターですね。後方投げ方では無くて、垂直落下式の様な感じでした。

何か、一人「技トーーク」に成ってしまった。

>スパさん

ピーター本以降、藤波はガチで弱いが定説<いかにあの本がインチキだったか…というアレですよね。

真のプロフェッショナルレスラー<華が違う…というか、やっぱり長州以上の技術だったと思うんですよ。

阿修羅のバックフリップ<一発一発重いですよ。とてもジュニアの人間には見えません。
それでいてドロップキックなんてショートレンジでこんなに跳躍してますからね。
阿修羅もまた、やっぱりトップアスリートですよ。

>ジョーカー ナリさん

分かったような顔で<根本的にプロレスを知らないと言うか…そういう方には藤波の強さがわからないんですかね?

藤波がオープンカーでやってきたらしく知人いわく「あれだけカッコイイ人を未だかつて見たことがない」<うわ!!…偶然ですね。
今、そんな様な記事を作ってる最中なんですよ。
出来上がったらまたUpしますんで、ご感想お願い致します。

>通り菅井さん

ジュニア時代もさらにカッコ良かった<前にも書きましたが、私は真田広之みたいなイメージ持ってましたよ。

「三角締め」は違う名称だった<変形首4の字…か何かでしたか?
それより何より完璧なんですよ。

「アルゼンチンバックブリーカー」も良かった<その辺はロッカの影響でしょうか?

エル・ソリタリオに決めた、ロープ越しのブレーンバスター<あれは伝説的な試合ですよね。
メキシカンならカネックともチャボとも名勝負を残しています。
かと思えば、ヨーロッパ系、アメリカンとも。
本当に天才って藤波の為にある言葉ですよね。

運動能力

凱旋当時、日本体育大学かどこかが運動能力を測定して(86kgしかないのがばれてしまった)、短距離走、瞬発力、反射速度などで脅威的な記録を残しました。

>SisLANDさん

凱旋当時、日本体育大学かどこかが運動能力を測定して…脅威的な記録を残しました<本当に当時の肉体は“ハガネ”そのものでしたもんね。
私が小学生の頃、ゴング増刊で佐山タイガーも同じ様な企画をやって、やはり驚異的な数字を出していました。
近年のプロレスラーはその手の番組などではほとんど鈍臭く、腕力さえも他種競技に敗れたりする姿が目立つ中、オカダあたりはあのウェイトで、しかもリングシューズ着用で50mを5秒台で走り抜けるというのは頼もしい限りです。

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>○○さん

はい、ノーコメントで(笑)。
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