学び舎に別れを…(1988~2010)

山本小鉄さんとのお別れ(参照:追悼・鬼軍曹僕らの小鉄さん金曜8時の別れ「ごきげんよう、さようなら!!」)から、

既に1年以上が経過した訳ですが、

今でも時折、

中継を観て、リングサイドに姿を探したり、

「この試合観て、小鉄さんどう思ってるかな?」と、

考える自分がいます。
保阪アナとも名コンビ

そして誰よりも近くで長い時間を過ごしていた、

古舘伊知郎アナは、

今、何を思っているでしょうか…。
名タッグ正月ver.

一年前、自身がホストを務める『報道ステーション』のスポーツコーナーで、

小鉄さんの訃報を伝えた様子が、
古舘アナと竹内アナ

HDDを整理していて出て来ましたので、

Upしておきます。

古舘アナが“神実況”した、

88年8.8横浜猪木vs藤波(参照:20 years ago)でのフレーズが、

今でも耳に残っています。

古舘
「私、この放送席に座っておりまして、“闘いの学び舎”に戻って来たなと言う、そんな感慨がひしひしであります」

88.8.8の神実況

古舘
「“闘いの学び舎”に戻って参りました私。思えばかつて十年と言う歳月、毎週毎週山本さんと共に、この机と椅子に座りまして、目の前に開けるこの“リングと言う教壇”に向かっておりました。いささか独り善がりで恐縮でありますが、今、私は自分を思い出しています。

様々な遅れて来た条件反射、パブロフの犬の様に、セピアの実像画が色彩を帯びて参ります。それはまさしく猪木の闘い模様であります。今、私は実況していると言うかつての自分自身に…自分自身を模倣すると言う快楽に酔いしれているのか!?」


あの夏の日から、

ちょうど干支が一回りした夏の日に、

小鉄さんの訃報を伝える役割が巡って来るとは、

夢にも思わなかった事でしょう。
小鉄さんとの思い出1

賛否両論あるでしょうが、

私は今の日本のマスコミにおいて、

ナンバーワンのニュースキャスターだと思っています。

報道一筋では到底出せない遊び心。

これはトーク、バラエティや歌番組で培ったものはもちろん、

F-1や競輪というスポーツ実況での上積みが大きいと思います。

そして、その全てのバックボーンは“金曜8時”の高視聴率番組です。
金曜8時の黄金コンビ

ただし時代のせいなのか、

今現在、番組の中で、

古舘アナが持っている遊び心の部分が、

封じられているのが残念でなりません。

例えば番組内でプロレスの話題が扱われるのは、

かつての名選手の訃報ぐらいしかありません。

そんな中で、

古舘アナは限られた秒数の中で、

数え切れない思い出の中から、

実に心温まるエピソードを回想してくれました。

古舘
「非常に厳しいところが選手、レスラーの方々にありましたけども、小鉄さんというのは当然優しくて温かい面があった方でね…うん。実況と解説と言うコンビで長くやらせてもらいました。色んな事を思い出すんですけども…」

小鉄さんとの思い出2

「例えば30年も前の事ですけどね、毎週毎週中継行って、体育館での中継が終わりまして、冬の寒~い日で…。旅館の僕の部屋と、隣の小鉄さんの部屋の暖房だけ壊れましてね。僕が部屋入って行って、二人で二人の一枚ずつの毛布グルグル巻きにして二人で一緒に寝て、一夜を明かしたとかね。いっぱい思い出があります。はい…お世話になりました」
小鉄さんとの思い出3

「いやぁ小鉄さん…悲しいです。残念です」
「小鉄さん悲しいです…」



古舘アナも心の片隅のどこかには、胸を張って、

自分を育ててくれたプロレスのビッグニュースを、

コメントしたい自分がいると思います。

もしその時が来たら、

「小鉄さん…嬉しいですね!」という、

満面の笑顔が見たいです。

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tag : 山本小鉄 古舘伊知郎 報道ステーション

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No title

ボクら今でもプロレスファンですが、やっぱり夢中で見てた頃に古舘さんと小鉄さんでなかったらね・・・だいぶ事情がちがってきてたかもしれないですよね。

物事のたとえ方や難しい言葉、人と話すこと、伝えること・・・話をする、という日常的な行為の中にも、実は深いものがあるんだと学ばせてもらいました。

小鉄さん…嬉しいですね!という満面の笑顔、見たいですね!!

>流星仮面二世さん

夢中で見てた頃に古舘さんと小鉄さんでなかったらね・・・だいぶ事情がちがってきてたかも<確かに言えますね、それ。
さらに櫻井さん…これ最強でしたよ。

物事のたとえ方や難しい言葉、人と話すこと、伝えること<古舘節が難解であればある程、小鉄さんのわかりやすい解説が際立ち、小鉄さんの技術論が難しい時には、古舘アナのフォローが光ってました。
あんな実況聞いてたなんて、今思えば本当に贅沢でしたよね。

小鉄さん…嬉しいですね!という満面の笑顔<これ私の妄想ですが、訃報以外でプロレスが取り上げられませんかね~。
かつての8.8横浜は番組終了後にNステで速報やりましたけど、あの時の久米宏の態度はひどかったですもんね。
古舘アナが報ステでプロレスを読んだ時…一つのリベンジ達成でしょうね!!

報道ステーションで訃報をお伝えされていたんですね。

長きに渡って隣り合わせで実況席に並んでいたんですもん、古舘さん辛かったでしょうね。

小鉄さんは、本当に優しく心温まるエピソードしか無い誰からも好かれる方でいらしたんですね。

>みーさん

報道ステーションで訃報をお伝えされていたんですね<他のニュース番組でも報道されましたが、やはりこの番組は特別な意味があります。

小鉄さんは、本当に優しく心温まるエピソードしか無い誰からも好かれる方<会場でね、一斉に握手とかお願いするじゃないですか。必ず一人ずつキチンと握り返してくれるんですよ。
今、棚橋がやってる事の原点かもしれませんね。
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