師と弟子、父と子(1985)

一週間が経過しましたが、

まだ余韻は残っています。

それだけの宴でしたね、

あの夜(参照:1972札幌サミット議事録道の上より、早々。)は。

実は前回の記事(参照:あの秋、いちばん美しい師弟対決~前編~~後編~)のきっかけは、

一枚の画像でした。
19850920東スポ1

それは、グレーテスト1972の同志であるトラさんから、

見せて頂いた1985年9月20日(21日付)の東スポです。
19850920東スポ9

細かい事を一切抜きにして、

キメの粗い当時の新聞のモノクロ写真を以ってしても、

この“猪木の美しさ”。
19850920東スポ14

強くなる事が絶対条件だった昭和新日本において、

こんなに“画造り”に長けたレスラーは、

アントニオ猪木以外に存在しませんし、

有望な弟子のほとんどが、

強さを求めてUWFに走って行った中、

最後まで残った藤波辰巳が、

最もそれを色濃く継承したレスラーでした。
19850920東スポ2

当時の記事を読んでいると、

今でも本当に胸が高鳴ります。
19850920東スポ4

“さあ、藤波よ君は明日から猪木になる”
19850920東スポ3

まぁ…なれなかったんですけどね。
19850920東スポ11

坂口征二も、
19850920東スポ5

キムケン小鉄さんも、
19850920東スポ6

“まだら狼”上田馬之助までも、
19850920東スポ7

特別レフェリーの“鉄人”ルー・テーズまでもが、
19850920東スポ12

感動を口にした試合。

もちろん我々ファンにとっても、

特別な感情で見入った試合。

挑んでいった藤波も、

結末には納得のいかない部分もあったでしょうが、

「俺はこの人の弟子で良かった!!」と。
19850920東スポ13

猪木は猪木で、
19850920東スポ8

藤波の成長が、

「勝敗を別にして、本当に嬉しいよ」と。
19850920東スポ10

さらに、

「オレも改めてレスリングの奥の深みを感じた」なんて言葉を読むと、
19850920東スポ15

やっぱり猪木にはプロレス界にいて欲しい、と思います。

いやIGFがプロレスじゃないという訳ではなく、

何かが違うんだよなぁ…。



話は戻って、

この東スポはトラさん宅に現存しています。

今回の画像も全てトラさんご提供です。

26年前の新聞紙が、

この保存状態で残っている事だけでも驚異的です。

さらにこれをきれいにファイルしておいた人こそが、

亡きお父様なのです。

仕事帰りにKIOSKで買って来た東スポを、

息子が楽しみにして読む…。

私の父がどちらかと言えば、

アンチプロレス派でしたので、

そういう親子関係が、まず憧れです。

数年後、

帰宅した私が食卓に置いたプロレス雑誌を、

子レガが一生懸命に読み入る光景…、

それが私のささやかな夢だったりします。

猪木と藤波という師弟関係も、

形を変えた父と子の姿ですよね。

なおトラさんのブログは、

私の心のビタミン剤でもあります。

どこにあるかって?

「見つけろ!! テメェで」(笑)。

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tag : アントニオ猪木 藤波辰巳 東京スポーツ グレーテスト1972

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お忙しい中ありがとうございます。
たまには藤波も^^;

>まぁ…なれなかったんですけどね。
そうなんですよね。
ていうか結局現在をして誰もなれていないわけですが^^

藤波はこの闘いから3年経ってやっとフルタイムドローなんですよね。
猪木はこの日、かなり藤波を認めたようなコメントを出してはいるのですが、それでもまだまだ。。。

当時は毎日父親が帰ってくるのが楽しみでしたね。
この翌年他界したので以降の新聞は無いんですよ。。。
母親はいつも「手が汚れるから止めなさい」みたいな^^;

いつか同志の皆さんで鑑賞会みたいなのができれば最高ですよね。
まぁ会って話せるだけでも十分な空間なわけですが^^

まだまだ日本中にはマニアと通り越したオタクのような方達がいっぱい居るでしょうし、特にレガさんのところに集まる方達は多いですよね。

皆さん機会がありましたら!!

>トラさん

結局現在をして誰もなれていない<途轍もなさ過ぎますからね…スケールが違いすぎて。
猪木の様にジャンルごと背負って喧嘩売っていくやり方って、一歩間違えれば安生になってしまいますから…現代社会においてはプロレスラーならずとも不可能に近いですよね。

藤波はこの闘いから3年経ってやっとフルタイムドロー<しかも飛龍革命という猪木超えの為の切り札を出してきても、倒す事が出来ないんですからね。
長州が半月前に2度もピンフォール取ってた状況でこれですもんね。

当時は毎日父親が帰ってくるのが楽しみでした<何か…良いですね、そういうの。
本当に私なんかはプロレス雑誌見てても親父がチラリとも見る事なかったですから、そういう親子関係がうらやましいです。

いつか同志の皆さんで鑑賞会みたいなのができれば最高<そうですね。
方言や生活環境は違えど、私たちにとってプロレスって共通言語ですよね!!

マニアと通り越したオタクのような方達…特にレガさんのところに集まる方達は多い<全く幸せな限りです。
皆さんそれぞれの博識ぶりや情報を交換させて頂く事が出来て、私にとって最高の場です。

皆さん機会がありましたら<時間を掛けて、そういう場を設けれたら最高です。
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