王道×王道=帝王道

またもジャイアント馬場さん記事がご好評でしたので、
ジャイアント逆十字壱

最後にもう一丁いきましょう。

UWFインター出身者において、

その後、プロレスの世界でトップに立った男。

それは、“帝王”高山善廣という答えに異論はないでしょう。
高山の表情

高山は宮戸からの“王道教育”を受けてきながら(参照:王道違い)、

Uインター解散後に全日マットで、

馬場さんの“王道教育”をも身につけた、

非常に稀有な存在です。

高山が語る馬場さんの思い出で、

このシリーズ締めましょう。

高山が全日本に参戦したきっかけは、

96年9.11神宮球場大会での川田利明戦での敗北でした。

川田を追っての参戦…それと同時に高山は、

新日との対抗戦で持った揺るぎない自信を、

全日マットで全開にして暴れるつもりでもありました。

一方の全日本も長い長い鎖国時代を終え、

FMWのハヤブサ、みちのくの新崎人生ら、

他団体からイキのいい選手を参戦させていました。

その一人が高山だったのです。

身のほど知らず。
 身のほど知らず。 より

高山
全日本に参戦し始めたころ、こんなことがあった。俺が試合を終えてシャワーを浴びに行くと、なんと馬場さんがシャワーを浴びている真っ最中だったのだ。Uインターでは、トップである高田さんがシャワーを浴びる前でも、「お先に失礼します」と言えば高田さんより先にシャワーを浴びることを許されていた。だから、その乗りでシャワー室に行ったのだが、どうやら全日本では馬場さんが浴びるまではだれもシャワーを浴びないという暗黙のルールがあったらしいのだ。それを知らなかったのでシャワー室で馬場さんと鉢合わせするわけだが、馬場さんはそんな俺を見て、ニッコリと微笑んで「おぅ」と声をかけてくれたのだった。
俺が「お疲れ様です。ご一緒に失礼します」と挨拶をしてシャワーを浴びようとすると、馬場さんは「今日の試合はなぁ…」と試合の感想やアドバイスを話しかけてきてくれた。あの馬場さんと一緒にシャワーを浴びながら、いろいろなことを話してもらう。子どものころ見ていた馬場さんが、素っ裸で隣にいて、俺と会話をしている。夢のような話だった。
(略)あのシャワー室が馬場さんにもいい思い出であってくれたらうれしいなと思う。いまごろ天国で「ヨソの団体から来たガキが、俺の風呂に入ってきやがった」。そんなふうに笑いながら思い出せる出来事であってくれれば、こんなに光栄なことはない。


馬場さんにしてみれば、

高山のレスリングスタイル自体には、

特に見るべきものはなかったかも知れません。

しかし当時の若いレスラーの中で突出した、

そのタッパが馬場さんには魅力だったと思います。

さらに自分の弟子たちが、

どんどん平均化して行く中で、

馬場さんは高山独自のパフォーマンス能力を評価していました。

高山
馬場さんからは、トップロープを跨いでリングインすることを、非常に誉められた。「お客さんが、おおっ! と思うことを、考えてやりなさい」という言葉はその後も大きなヒントになっている。


全くスタイルの異なる若手レスラーを、

馬場さんがどれだけかわいがっていたのか。

以下のエピソードが物語っています。

高山
ときどき、奥さんの元子さんからケータイに電話がかかってきて、「何日は空いてる?」と言われる。俺が「大丈夫です」と言うとキャピタル東急ホテルの1階にあるレストランに呼ばれて、そこで食事をご馳走になるのだ。食事をしながら、馬場さんはアメリカに遠征していたころの話をしてくれる。馬場さんから見れば、いくらUWFスタイルで頑張っていても、俺のプロレスはまだまだ物足りなかったのだろう。「昔だったら、お前をアメリカに行かせてあげるのになあ」と馬場さんは言うのだが、それはもっとプロレスを勉強しろ、ということだったのだと思う。そう言われて、「なんでいまは行けないんですか?」と聞く。なんでいまは行けないのか、俺もだいたい知っているくせにわざと聞き返すのだ。すると馬場さんは「昔はな…」とうれしそうに話を始める。俺は、その話を聞くのが大好きだったのである。
「俺がアメリカに行ったころは、ニューヨークでメインを張ったら、全米中から声がかかってな、すごく儲かるんだ。オファーに応えて行くと、いつも俺の相手はその町のチャンピオンでな…」
そういう話はたまらなく面白くて、至福の時間だった。正直言って、テレビで見ていた馬場さんの試合は、それほど好きではなかった。馬場さんは俺に響くレスラーというわけではなかったのだ。だが、話を聞いてみれば、馬場さんの全盛期というのはアメリカに遠征したころ、さらに帰国してからの日本プロレス時代だったのだろうと思う。俺が生まれたころの話だ。つまり、俺が見ていた馬場さんは、もう全盛期を過ぎていたのだと思う。だからこそ、全盛期の話を聞くのは、俺に大きな刺激を与えてくれることでもあった。時代が違うから俺には体験できないことだろうが、馬場さんの全盛期にはあこがれた。それは、俺に力を与えてくれることでもあった。


馬場さんが活躍していた時代とは、

大きく変わってしまったアメリカのプロレス界。

時代が時代なら馬場さんは自らのプロデュースで、

高山を全米で暴れさせたかったのかも知れません。

そんな中、格闘技バブルの日本において、

新日本(参照:闘魂の重圧~前編~~後編~)、NOAH(参照:緑のマットでの崇高なる“闘い”~前編~~中編~~後編~)、PRIDE(参照:真の目的達成とは!?)と、

各メジャー団体をメインエベンターとして渡り歩いた高山は、

その後も自分の団体を興す事などなく、

今もなお、独自のスタンスで活躍しています(参照:INOKI GENOME≒INOKI ISM? 、 中邑3度目のIWGPを振り返ろう~episode 4・前編~~後編~)。

その姿はさながら、

ブルーザー・ブロディの様でもありますが、

実は天国にいる馬場さんが、

最も望んだレスラー像だったのかも知れませんね。
高山、三冠奪取

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tag : ジャイアント馬場 高山善廣

comment

Secret

No title

馬場さん、高山さん両人とも身体が大きくて頭がいい似た者同士で話も通じ易かったのでしょうね。
高山さんの語る馬場さん全盛期の日プロ時代の出回っている数試合からは全日以後の馬場さんとは別人のような素早い動きとプロレス的寝技の上手さ(≠強い)が見て取れます。素人も馬鹿に出来たスローな動作は見当たりません。
日プロ映像は大試合を除きお蔵入り状態ですが、BI砲など当時プロレスが大流行していた歴史資料価値もありますから局側も秘蔵しないで何らかの形で視聴できるようにしてもらいたいものです(特にスナイダー&ホッジ戦)。

No title

さすが高山!!!!!
わかりやすい。
やっぱ好きだーーー。

シャワー室の話し は 泣けてくる。
馬場御大も嬉しかったに違いない。
いい話し ありがとうございます。

なんだか スッキリ!!

馬場さんは、高山さんにかつての自分を見ていたのかも知れませんね


最近の高山さんは、ホント王道ですよね。

ずるくてでかいパフォーマー

呼出がありましたのでお邪魔します。
最初にお断りしますが文章が長くなります。三部目にやさしさを感じるレガさんに承諾も得ていますのでご容赦ください。
まずこの三部作にコメントするにあたり確認したいことがあります。
ていうかだいたいレガさんはどっからこういろいろなコメント記事を探し出してくるのかと感心していますし、はじめて読むことがほとんどなんですが、その中で馬場が高田を指して「芸能人になりたい人」と発言していますがこれは何かそういうことがあったんですか?
よく知らないままコメントも書けないので教えてください。

で、今回は二点触れます。
一点はテーズの発言です。
ルーテーズ、まさに地球規模のミスタープロレス、でも前回は桜井さんにたてついているのでもう恐くないもんね。
まずテーズって割と言うことがかわりますからねぇ。
見たくないやつは見に来るなさんところのゲノムヒストリーでのテーズ発言は国際招聘時なのでリップサービスの必要はないにもかかわらず馬場を評価しています。
それと英語のニュアンスもあります。
Not wrestler but performerと言ったのか Performer rather than wrestlerと言ったのか。
もし前者・・つまりレスラーじゃなくて単なるパフォーマーだよと言うならはそれはプロレス構造上、さらにその構造の上に生息するテーズ自身、猪木だってもちろんそうなんですが矛盾しますし全くレスラーの部分がないというなら感情的とさえ感じます。
テーズ自身に全くパフォーマンスはなかったのか?猪木も?という意味で。
もし後者のレスラーというより~というニュアンスならそれはそのままレスラー像の評価と捕らえます。
実際テーズの試合と馬場の試合を比べたら(全盛時ですが)馬場のほうが面白いですよ。
時代性もありますがテーズはハンマーロックとヘッドシザーズ中心に組み立ててフライングホデイシザーズドロップとバックドロップで決める。
その時代には馬場は斬新だつたわけですね。
だけど前回でも触れたのでくどくどと申しませんがちゃんとレスリングもやってます。
レスラーという職業の一部とも言えるパフォーマンスを道化と蔑むのはその人の感性にまかせます。
全くなしとしてレスリング、勝負というプロレスなら確かにUWFに行き着くのかもしれませんね。
1920年代への揺り戻しとも言えるかもしれませんし、60年代~70年代の黄金期を輸入したプロレスとは比較論争自体に無理があるのかもしれませんが。
しかし当時はそういう時代ではなかった。
もし当時そういうファンが多かったらマツダがいた国際はもっと観客を動因できたはずです。
まあテーズにしてみたら馬場も猪木も生まれるか生まれないかの時にすでに世界王者なわけですからね、馬場にしても同じですけど今の若いもんは的なのはあるんでしょうからそのあたりは繰り返しというかね。
テーズの発言を持ち出した宮戸が全日本は眠たくなった・・これ否定しません。
実際眠くなった試合ありました。
逆に90年代の新日のラリアットプロレスも退屈でした。
この辺は例えば何月何日のこの試合と特定したらこれ私のような年寄りでも若いファンでも面白い試合は面白い、面白くない見ものは面白くないんですよ。
いわゆるマニアックでなく素人目線、これはかなりの共通性があるものです。
ただ馬場というレスラーは本当に単なるでかいパフォーマーでずるいオッサンだったのでしょうか。
このあたり猪木のプロパガンダで歴史に埋没してしまいそうな恐怖を感じます。
レスリングという点で馬場はゼロ、猪木は100?
馬場がプロレスラーは強くなくてはいけないという言葉をかなり生暖かい目で受け取られる方も多いようですが日本プロレスルーツという同根であるからして私にはごく素直に受け取れます。
まあそういう試合をやらない馬場が批判をするのはずるいというお叱りはなるほどやってるほうからしたらそうかもしれません。
しかし聞かれたらプロレスは強いと答える、これは投げられたら受身をとる条件反射です。
まあ高田も文句あったら全日本にあがって前田と交互に馬場にバッコンバッコンキックをあびせりゃよかったのにぃ。
私も馬場がどんな対応するか見たかったですね。

時代性というもは必ずあります。
また時代に左右されない面白いものは面白いという感性は案外一貫性があります。
仕事ができないので二点目は馬場の晩節の功罪について次とします。

>病弱者さん

日プロ時代の出回っている数試合からは全日以後の馬場さんとは別人のような<足の上がり方やチョップの回転の速さなんて凄まじいものがありますよね。コーナートップから普通にダイブしてたり。

歴史資料価値もありますから局側も秘蔵しないで何らかの形で視聴できるようにしてもらいたい<日テレはスポーツ映像の宝庫ですよね。中でもプロレスについてはテレ朝よりも保管されてるものがあります。
こういう時代だから60~70年代のプロレスを放送してもらいたいってのもあります。

>ケロさん

やっぱ好き<高山の場合は猪木にも馬場にもリスペクトがありましたからね。

シャワー室の話し<プロレス版トイレの神様ですよね…って違うか(笑)。

>名無しさん

馬場さんは、高山さんにかつての自分を見ていたのかも<特に馬場さんは本来なら団体など興さずにフリーレスラーとしてハワイで暮らしたかった人ですからね。
試合よりも高山の佇まいが好きだったんでしょうね。

>アスク御大

「芸能人になりたい人」と発言していますがこれは何かそういうことが<高田の引退発言当時から芸能界説はけっこう出ていまして、まぁ夫人の線からの噂だったんでしょうけど、ファイトなんかは2度ほど一面見出しで“高田芸能界入り”と報道してた記憶があります。
馬場さんはそういったマスコミの吹き込みでそういった発言になったんだと思います。ま、実際今は芸能人になった人なんですけどね。

テーズの発言<これを説明すると、一つの記事になっちゃうんですが、おそらく後者に近いニュアンスだと思います。
ちなみに「猪木はレスラー、ニックはワーカー、ホッジはシュート」とのことです。ですから『馬場のほうが面白い』というのはここでは関係ないわけです。

ちゃんとレスリングもやってます<そのレスリングと言う部分の実戦性が馬場さんにはなかったのだと思います。それがプロレスの試合に必要か不要かは別として。

比較論争自体に無理がある<そういうことですよね。

マツダがいた国際はもっと観客を動因できたはず<国際プロレスの場合は宣伝力(営業力)の違いもあったと思います。それも吉原社長の人柄なんでしょうけど。

90年代の新日のラリアットプロレスも退屈でした<私自身で言うと、いわゆる今のジュニアの攻防も眠くなります。深夜にスーパージュニアの決勝見ててぐっすり眠ってしまいましたから。

マニアックでなく素人目線<で言うと、馬場さんは最高のパフォーマーだったと思います。ずるいオッサンだったかどうかは知りません。

レスリングという点で馬場はゼロ、猪木は100?<テーズが言う視点では限りなくそれに近いでしょうし、馬場さんが言うレスリングでは逆になる可能性もありますね。

高田も文句あったら全日本にあがって前田と交互に馬場にバッコンバッコンキックを<成立しないでしょう!! 入院しますよ!!

時代性というもは必ずあります。また時代に左右されない面白いものは面白いという感性は案外一貫性があります<この場合は面白いか面白くないかじゃなく、強さを持ってるかでしょうね。

プロレスの見方です。

なるほど、まあ馬場もショーバイショーバイとかいろいろ出たわけなんですけども若い人とあの年代の差というのかな、プロレスと違いトークで受け狙いはしませんね。
馬場の勝星が横綱の勝星と比較できない、これはまあ業界人として飲み屋トークで済ませてほしかったけどそれだけ怒ってたということですかな。
「猪木はレスラー、ニックはワーカー、ホッジはシュート」で、馬場はパフォーマーですか。面白い。
ワーカーてどういうニュアンスなのかなと思いますが私の中ではみんな強いレスラーですね。もちろん馬場もね。
日本プロレスで馬場・ホッジはTV放映されたことがあります。
何でジュニアごときに引き分けるかなぁ馬場と当時は思っていましたね。
あまり馬場につきあわない印象が残り試合自体はそれほどエキサイティングでなかった記憶です。
それではテーズがレスラーという基準で上記四人に点数をつけたらそれぞれ何点になると思いますか、レカさん。
マツダは「レスラー度80点」でしょう。(適当です)
営業力というよりTVの問題もあるんでしょうがタイガーマスクの四次元プロレスばりに馬場の立体的プロレスは当時革新的だったですよ。
当時観客はシーンとして試合を凝視してきれいな攻防には拍手という感じ。
でも馬場は沸く。もし当時寝技でギシギシやるほうが受けてたら馬場は自然淘汰されたのか。
実線性ゼロについてはもう説得する自信がないのであきらめます。笑

馬場と高田・前田成立しませんか?呼ぼうとしたなら成立させるつもりなんでしょ。
高田にサソリを決めた馬場に忍び寄る前田。プロレスは何やってもよしと眼窩底骨折で目を腫らして馬場コメを出すでしょう。

でね、面白いじゃなくて強さだという点ですが例えばグレイシーやヒョードルに挑む選手がプロレスラーの場合はプロレスファンの後押し心理でありますよね。
これって年代にもよるんでしょうがプロレスの試合でいただいた感動への感謝というアドバンテージだと思います。
その感動の構成にパフォーマンス部分はもうこびりついちゃっている。
総合格闘技という道場部分が晒されて以降プロレスの見方が変わるのはいたしかたないですがそれを全て強さ部分でのみ分析評価したら危険が危ないのではないでしょうかと危惧します。

「みなさんは猪木・大木よりペールワンの試合を評価するのでしょうか。」

さて馬場も猪木もそのレスラー人生において衰えてファンの期待を裏切る時期がありました。
そしてそれを過ぎさらに本当に引退が頭をよぎる時期に今度はファンがまだ見ていたいという愛に変わって行きます。
猪木は見事にスパッとやめました。でもいまだにOOと対戦なーんて声がでますよね。
それは彼の美学なんでしようが、馬場は・・。
長くなりました。また次へ。

>アスク御大

プロレスと違いトークで受け狙いはしません<いきなりですが、そこですよね。
受け狙いはしなかった…しかしリングでは狙ってた…そこでしょう。『明るく楽しく』と言う言葉で飾られましたが、闘いとかけ離れたプロレスを作ったのはやはり馬場さんの罪だと思います。

飲み屋トークで済ませてほしかったけどそれだけ怒ってた<このとき実際には大仁田の事も言ってたんですけど、要は「一緒にしてくれるな」と言いたかったんだと思います。

ワーカーてどういうニュアンスなのかなと思います<これはあくまでテーズの見解と言う事になっちゃうんでしょうけど、レスラーの強さを示す順位をつけると「シュート、レスラー、ワーカー、パフォーマー」となるそうです。
ちなみにレオ・ノメリーニに関してはそれ以下(?)の“スイマー”だそうです。

テーズがレスラーという基準で上記四人に点数をつけたら<そうなってくると難しいですね。

四次元プロレスばりに馬場の立体的プロレスは当時革新的だった<あの体躯自体が当時の日本では奇跡ですから、それがダイナミックに躍動すればお金払って観に行く価値は大きかったでしょうね。

当時寝技でギシギシやるほうが受けてたら馬場は自然淘汰されたのか<そうなれば馬場さんが強さをあきらめないで精進した可能性もありますから、答えはわかりませんね。

プロレスは何やってもよしと眼窩底骨折で目を腫らして馬場コメを出す<一番言いたかったのはそこですよね!?違います?…実は私もそれを聞きたかったんです。
あの時代、猪木は前田を排除する方向に行きましたが、馬場さんは確か「プロレスのリングでは何が起きても卑怯ということはない」みたいなコメント出しましたよね。うろ覚えなんで違ってたらすみません。でもあの頃、確かに天龍が輪島の顔面をガンガン蹴り上げてましたもんね。

プロレスの試合でいただいた感動への感謝というアドバンテージ<そこは大きいですね。
だって藤田なんて“新日出身”という肩書きだけで出てきましたからね。“猪木最後の弟子”みたいな。
それまでプロレスで決定的な実績残したわけでもなく、ただ“本当は強いんだろうな”的なアレでしかなかったですからね。

感動の構成にパフォーマンス部分はもうこびりついちゃっている…全て強さ部分でのみ分析評価したら危険が危ない<「危険が危ない」…かなり危険ということですね?
全て強さの部分では評価出来ないです。だってそれがプロレスですから。
ただし全てパフォーマンスでも語れませんよね。それが猿芝居であっても強ければいい…ということであれば、小川なんて国民的スーパースターになってますよ。

「みなさんは猪木・大木よりペールワンの試合を評価するのでしょうか。」<その2試合に優劣をつける事自体がナンセンスです。同じ猪木プロレスの中の違う作品ですから。どっちが好き?というのなら成立するでしょうけど。

猪木は見事にスパッとやめました<それでも本人が望んでいなかったとは言え、50代までやりましたからね。
そこは若手時代の猪木の教えを守って40歳で引退していった前田、高田、山崎は評価出来ると思います。

『明るく楽しく』

言霊とは恐ろしいもので眼前の出来事とセットで出たものがいつのまにかその出来事を水滴が岩を穿つように変形させていきます。
「明るく楽しく」という言葉は四天王時代に馬場が言った(んでしたっけ?)
私も馬場とプロレスに対するそういう世間の目を考えるにつけこの言葉、危うさを感じたものですが、逆に試合内容に自信がなければつかえない言葉でもあるのかなと。
レガさんは馬場の「罪」という言葉を使われましたがその大部分は具体的には晩年のイメージが大きいんですよね?
これについてはなかなかたどり着けませんが最後に触れたいと思います。

>シュート、レスラー、ワーカー、パフォーマー、スイマー・・・・わーいわーい、馬場は世界で四番目になったぁー(祝)
しかもテーズの937連勝を止めたノメリーニより上だじょーっ!!
てかスイマーて、スイスイーッて世渡り上手の無責任男というニュアンスですか。
金のないやつぁレオんとこっへこい♪というかムフフ

はい、前田事件で馬場はリングでは何をやってもいいんだと申しました。
馬場が他団体についてコメントをするのは当時珍しかったんじゃないですか?
それで危険が危ない点なんですが、レガさんのおっしゃるとおりそれがプロレスです。
だけどもいろんな作品がありますからまったく道場的要素のないメインだってあるわけです。もっちろん強さは必要ですよ。
例えば馬場が腕をとりそれをまたいで145KGで大きくジャンプしてアームブリーカーから寝技へ移行する。
客はオーッとなるわけですよ。「折れるぞっ」てね。
高山がロープをまたぐような「工夫」ですね。
それで銭がとれるんです。逆に馬場という製品がちまちま寝技でレスリングする必要はあまりないわけです。
袈裟固めや胴締めでギブアップとれるんです。だけど不必要というかそれはだめでしょ?

猪木は異種格闘技というプロモーションをした。
アリに一発勝負をかけた。
借金返済活動でパキスタンいったらいきなりガチになった。
猪木はそういう道を選んだが馬場にはそういう必要がなかった。
もちろん猪木のそういうところは否定するどころが、日本のプロレスに最高のメルヘンを与えてくれた。
だから大好きなんですけれども。
んで馬場まで異種格闘技させられて。まあちょっと裏技見せちゃいましたけどね、ふふ。

例えばペールワンでなくそこに待っていたのがヒクソンだったら。
もし猪木がまけたら?
Uのリングで猪木は高田に勝てたのか?
一番弱いやつに負けたらどうなるのか?
もしホッジにシュートをしかけられて鼻から顔面を引き剥がされたら?
強さがあるのはまちがいないですが危うくて脆い世界ですね。

しかし高田がヒクソンと戦うのは運命、必然だったと思います。
それは力道山にあんな負け方をした木村の怨念が巡り巡ってプロレスの前に立ちふさがったと思います。
あれで誰も手を上げなかったらプロレスファンは納得できなかった。
力道山の贖罪としての役割を果たした彼には賛辞を送りたいと思います。
そして次回を最終としたいと思います。

>アスク御大

まず訂正から失礼します。
スイマー発言はノメリーニではなくタム・ライスでした。お詫び申し上げます。

「明るく楽しく」という言葉は四天王時代に馬場が言った<いやそのちょっと前ですね。天龍革命の頃です。

逆に試合内容に自信がなければつかえない言葉でもあるのかな<むしろ時代が新生Uでしたし、新日も低迷してニールセンとか出てた頃ですから「プロレスを独占します」は「格闘技なんてつまんないですよ」と言う逆説的な意味のものだったと思います。
プロレスと格闘技は別物…という最初のコピーだったと思います。

具体的には晩年のイメージが大きいんですよね?<もちろんそうです。
笑わせる(笑われる)事をジャンルにしてしまった馬場さんがある意味インディの世界を作ってしまったといったら言いすぎでしょうか?

スイマーて、スイスイーッて世渡り上手の無責任男というニュアンスですか<いや、(すみませんタム・ライスでしたが)テーズ曰く「あいつは水泳が上手いんだ」…そのままじゃ!!(コラコラ問答の破壊王調)

145KGで大きくジャンプしてアームブリーカーから寝技へ移行する。客はオーッとなるわけですよ。「折れるぞっ」てね<その「オーッ」も、いつしか折れない事を承知した上でのお約束になっちゃってましたね。「ジョー!」と「キョーヘー!」みたいに。アレが全日の会場で味わった違和感の最たるものでした。

馬場という製品がちまちま寝技でレスリングする必要はあまりないわけ<確かにそうですよね。

猪木はそういう道を選んだが馬場にはそういう必要がなかった<必要に迫られる前にいろんな方法で回避してた様ですからね。
岩釣氏の件が強行されていれば、馬場さんがvsヒクソンでの高田になっていたでしょう。いや当時のプロレスの位置を考えれば、それ以上の出来事だったでしょう。
その時に果たして馬場さんは一年後に再戦を組むような気概を持てたのか?と。

まあちょっと裏技見せちゃいましたけどね、ふふ<…この話になると、また御大を激怒させてしまうので、止めておきます(ごっくん)。

晩節の功罪

タム・ライスは水泳がうまかった・・・べ、勉強になりました。(土下座)
しかしノメリーニから遠いようで近いというか、力道山が海外修行で三回だけ負けたうちの二人ですね。
もう一人は馬場の師匠アトキンスです。
馬場の異種格闘技についてはあえて触れません。
ま、またぐなよ!

国際に呼ばれて木村にバックドロップの免許皆伝をあたえちゃうテーズにはMerchantというイスを用意します。
もちろんレスリングマスターの技術がその取引商品だったわけで侮蔑とまでは言いません。
シュート、ワーカー・・マーチャント、全てのレスラーに、また全ての社会人にそれぞれの要素があるかと思われます。
スイマーはないかもしれませんが。
そしてパフォーマンスは性能とも訳せますよ。
馬場は毒霧を吐いたり、チェーンを振り回したわけではありません。
まあ猪木の弓をひくナックルパート程度です。
それが未来から過去を覗いてみたら整合性がとれなくなることはあろうとも。

さて猪木や高田や前田はきれいにやめました。
レガさんが犯罪という馬場の晩節です。
最初にプロレスファン全員に謝ります。
あの馬場があげた足に永源が突っ込んでいく絵づらが多くの国民の皆様のプロレスイメージに負の印象を与えましたね。
それはある意味高田が背負ったものに重しをつけるような面もあったのかもしれませんしね。
誠に申し訳ございませんでした。(土下座2)
一般の人はその絵づらだけ見ます。
馬場ファンは馬場の生き様を見ていました。
馬場は馬場ファンに重きをおいてくれたと思っていますのでご容赦いただきたい。

世界最強タッグでジュニアに場外へ落とされ、よく骨粗鬆症の老人がやるところを折ったと聞いた時は馬場、もうだめかなとあきらめの気持ちがよぎりました。
馬場自身も気にしていましたが体重がある分、寝たきりになっちゃうんじゃないかなと。
退院して日本武道館に王者の魂が響いたときポロポロと涙がこぼれました。
相変わらずちょっとはにかんだ顔で観客に手を上げる馬場。
あのときのファンの大歓声は馬場のカムバックを望むエネルギーのバロメーターでした。
そしていつか馬場が本当にリングを去る時の悲しさを予見させたんですねぇ。
付け加えるならば馬場はあのときの馬場ファンの気持ちを汲んでくれたんだと思います。
その後は出場し続けて、定食屋のTVでチラっと馬場の顔が出るだけでも「あぁ頑張ってるな」と安堵のような気持ちになったものでした。

馬場は悪役紹介でコミカルプロレスでもつきあいその姿を見せ続けてくれました。
つばを新聞紙でよけるという異種格闘技のリングです。
でもね、亡くなる直前のシリーズでも博多かな、メインをりっぱに勤めていました。
四天王絡みの試合はコミカルスタイルではありません。
その辺は新崎人生の拝み渡りにつきあわなかったようなプロレスに対する馬場なりのしっかりとした信念があるんだと思います。
肝臓に転移していたんなら体調がすぐれているわけがありませんが、最終戦の相手を務めた淵はいつもと変わらず強かったと言っています。

そしてシリーズが終わり、ハラリと去った。
寝たきりのような姿は見せませんでした。
サッとやめた猪木たちとここでも対極ではありますが馬場ファンにとっては・・・。
レガさん。
これお客さんが「オォーッ」というような最高のパフォーマンスではないですか。

>アスク御大

国際に呼ばれて木村にバックドロップの免許皆伝をあたえちゃうテーズ<そういうのはけっこうありますよね。
ジャンボにもバックドロップ、蝶野にはSTF、北尾には基礎講座…そして自身が最も大切にしたダブルリストロックは田村に伝授しました。

パフォーマンスは性能とも訳せます<そうですね。でもこの場合のテーズが言いたいのは違う意味の方ですね。

未来から過去を覗いてみたら整合性がとれなくなる<その繰り返し、その積み重ねが歴史と言うやつでしょうから、馬場さんの脳天唐竹割りと宮戸のソバットは案外繋がってるのかも知れません。

レガさんが犯罪という馬場の晩節…誠に申し訳ございませんでした<いえいえ、御大がそれ言っちゃダメですよ。

一般の人はその絵づらだけ…馬場ファンは馬場の生き様を<でも一般の人…国民に与えた物はとてつもなく大きかったですよね。

退院して日本武道館に王者の魂が響いたときポロポロと涙がこぼれました<そこに真実があるんですよね。
心の底から涙を流せるプロレスがまだあるのかと、今のファンにはあるのかと、そう問いかけたいですよ。

定食屋のTVでチラっと馬場の顔が出るだけでも「あぁ頑張ってるな」と<そこら辺り高田が言った伝統工芸というのも甚だ間違っちゃいないですよね?

亡くなる直前のシリーズでも…メインをりっぱに勤めていました<強いか弱いかは渕のような立場の人間から出たコメントは話半分に聞いていますが、60代でああいったプロレスやってたのは凄いです。冗談抜きで。
だって今の長州とか藤波のプロレス見てます? 馬場さん以上の伝統芸能になっちゃってますよ。

これお客さんが「オォーッ」というような最高のパフォーマンス<生涯通じて、「オォー」でしたね。病気や怪我に関しても。
そういえば猪木も離婚やスキャンダルをも「オォー」にしてました。
やっぱり二人は力道山の後継者だったと言う事ですね。

Uインター復活祭

Uインター一夜限りの復活興行に向けて、金原(kane8ra) が動いているようですね。

ツイッターによると、高山とビリーの参加が確定。安生と桜庭には断られて、宮戸に協力要請、田村には会いに行ったようです。

大分、アグレッシブに動いてるようなので、今後に期待です。

>スパさん

Uインター一夜限りの復活興行<これまで何度も噂に上りつつ、具体的な動きのないまま今日に至ってますからね。

安生と桜庭には断られ<その二人がいないとトーンダウンですね…。

宮戸に協力要請、田村には会いに行った<アグレッシブもアグレッシブ!! 本気ですね。

ツイッターやってないんで詳細はわからないのですが、これは今までで最も実現の可能性大きいですね!!
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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