宮戸語録 vol.16~another if,“U”…~

Uインター旗揚げ20周年の締めは、

やはりこの人で。

おなじみ宮戸語録です。
宮戸優光②

プロレス界にはいくつもの『if…』が存在します。

それは常に爆弾を投下し続けてきた、

UWFインターナショナルの場合も然り。

もし、団体が継続していれば、

様々な“その後”が変わっていたと思います(参照:幻の映像…遂に目撃!!~其の参~「if,“U”…」)。

中でも“ヒットマン”安生洋二の道場破りに関連した、

ヒクソン・グレイシーとの『if』が大きかったです。

「もしも、安生が勝利していたら…」(参照:安生洋二道場破り成功⑤ from紫レガインターナショナル)

「もしも、再戦が実現していたら…」(参照:Yoji Anjo Is Alive vol.18~十年間、そして十年後・其の四~)

「もしも、VTJ95に安生がエントリーしていたら…」(参照:宮戸と佐山、シュートな関係)

そして、

「もしも、Uインターのリングで高田vsヒクソンが実現していたなら…」
脚を狙ってきたヒクソンに軽い膝蹴りから、

PRIDEのリングにおいて、

2度実現した高田延彦vsヒクソン・グレイシー(参照:顔を見る、感情を見る。第一歩 、 あと3分だけ…~前編~~後編~)ですが、

やはり宮戸の思いとしては、

Uインター時代、“全盛期”の高田なら結果は違っていたのではないか? と。

必殺プロレス激本 (双葉社ムック 好奇心ブック 21)
 必殺プロレス激本 より

宮戸
(PRIDE.1の高田は)もう高田さんじゃなかったですもんね。違う人がいたという感じでしたから。だから、バービックとやった頃、北尾とやった頃を100とすれば、あのときは15くらいでしたもんね精神的に」

(北尾戦は)だから、あのときは精神的に120%でしたよ。うん、そうだよなあ、100を超えてたもんなあ。それがヒクソンのときは15ですよ。そうしたら100以上違うわけ」


U.W.F.最強の真実 (BLOODY FIGHTING BOOKS)
 U.W.F.最強の真実 より

宮戸
2回目
(※PRIDE.4)のときもやはり高田さんは別人に見えた。本当の高田さんを100としたら、半分以下だった。だから、もしこれが全盛期の高田さんだったならと、悔やまれてならなかった。


例によって、

独特の言い回しですが、

なるほどなぁ、と思います。

今でも当時を振り返る度に、

心技体揃った高田がそこにいなかった事を、

本当に残念に思います。

もし、心身ともに充実した、

Uインター時代の高田がヒクソンの対角線上にいたなら…。
高田入場



まだビッグネームとは言い難い存在だった、

当時のヒクソンを招聘するために、

Uインターが苦労を重ねていたのは、

意外とファンには知られていない様ですね。

宮戸、鈴木健らは、

様々な手を尽くしましたが、

遂にヒクソンは契約に対するアクションすら起こしませんでした。

宮戸
ヒクソンに対して、よくみんなが「ルールにうるさい」とか「お金にうるさい」とか言うがそれは違うと思う。彼は自分のタイミングで出たいだけなのだ。だから高田さんを例に出せばわかるように、同じ相手であっても、出てくるときは出るし、出てこないときは出ないことが当然あるわけだ。


「高田延彦」のカタチ―高田延彦22年間とは?1981‐2002
 「高田延彦」のカタチ より

宮戸
「だって俺たちはヒクソンに交渉したんだから。でも、結局ヒクソンはやらなかったんだから。高田さんの話に乗ってこなかったんだから! 逆にヒクソンはそこが賢いというかね、『危ない橋は渡らない』っていうかね。それはわからないですよ。あそこで実現していたら、やっぱりヒクソンが勝ったかもしれない。でもあの『全盛期』の高田さんに、やっぱり近づくのが怖かったんだよ。この勢い、このオーラを持ってる人間と、今あえてやる必要があるのかってときに、ヒクソンは『待った』をかけたかったんだよね。やっぱり勢いのある人間は怖いもん」

「だって散々交渉したんだから、俺たちは。あれはお金で来なかったんじゃないですよ。あのときの高田さんには、『今はやめておきたい』とグレイシー一族も思った勢いがあったんだよ!」


それにしても、

今だかつてグレイシー一族の交渉術を、

金銭面以外で評価していた人物は、

私は宮戸以外知りませんね。



ここからは得意の(笑)妄想を交えて書きます。

あくまでも第三者のリング以外には上がらないと言われていたヒクソンですが、

あの94年末に宮戸が同行していれば、

道場マッチという展開ではなく、

直接交渉のテーブルに付いていた様な気がします。

そして、その成果は高田との格闘技世界一決定戦実現となっていたはずです。

宮戸
「だから高田さんがそういうときであったらね、僕はヒクソンには負けなかったと思う。ただ時代はそういう流れになってなかったからね。今となっちゃ、その『if』っていうのはないけどね。ただ高田さんのその『全盛期』の勢いっていうのは、やっぱりヒクソンも近づきたくなかったっていう事実が本当に間違いなくあるんだよ!」


しかるべき大舞台で宮戸をセコンドに従えた高田は、

ヒクソンを完全KOした事でしょう。

なぜかって?

それを実現するのが高田の強さであり、

宮戸の頭脳であり、

UWFインターナショナルという団体だったからです。
勝利のアピール

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tag : 宮戸優光 高田延彦 ヒクソン・グレイシー 格闘技世界一決定戦

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No title

全盛期は格闘家も対戦を恐れたほどよく動き、晩年は超スローで誰でもが勝てると思われた馬場さんのように、高田さんの不調感が一般人にも判りやすく出ていれば宮戸さんの言うようにヒクソンの戦略もここまで成功することはなかったと思います。
逆に言えば一般人には判らない高田さんの不調に反応して勝利したヒクソンは優れたプロの戦略家(スポーツマンではない)と言えるのでしょう。戦略から試合までほぼ全てを一人でこなせた力道山・馬場・猪木並みの
身体能力も優れた腹黒人物でなければガチ・ヤオに関わらず当時のヒクソンに勝利するのは難しかったと思います。高田さんは人が良すぎたのかもしれません。

>病弱者さん

高田さんの不調感が一般人にも判りやすく出ていれば<一見「ヒクソン戦に向けてずいぶん絞ったなぁ…仕上げてきたな」と言う感じになってしまってましたからね。
やっぱり宮戸が言う様に「気分的なものが大きい」高田ですから、Uインター時代の自信満々の時期にやってて欲しかったです。

逆に言えば一般人には判らない高田さんの不調に反応して勝利したヒクソンは優れたプロの戦略家<やっぱりそういうことなんでしょうね。
機を見るというか…自己演出力も含めて、まさしく世界屈指の戦略家ですよね。
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