Yoji Anjo Is Alive vol.17~十年間、そして十年後・其の参~(1994)

其の弐からの続きです。

三者の思惑に大きなすれ違いを残しながらも、
恒例の取締役トリオによる会見

いよいよ安生洋二は、

本当に単身でロスに飛び立ちました。

前回記事に記した通り、

止むを得ない事情で日本に残った宮戸優光は、

それでも安生には最大限の忠告をしました。

プロレス激本 No.4 (双葉社スーパームック)
 プロレス激本 No.4 より

宮戸
「とりあえず2週間くらいかけて向こうの様子を見ながら、という事ですよね。時差ボケとかもある訳だし、最初の1週間は体調を整えたりしながら様子を見ようと。それで、向こうで仕事をしてもらってた笹崎伸二に付き添ってもらったんです。あとマスコミも同行しました。なぜかというと、お国柄として戦闘体勢で行くこちらが撃たれてしまう事があるわけじゃないですか。でもマスコミの見ている前では、そういう事は出来ない訳だから、まあそういったことの監視役ですよね」


ところが、

ここでも意識の違いから来る凡ミスで、

Uインターの運命を左右する“道場破り”は、

無残なまでの返り討ちに向かっていってしまったのです。
安生、道場破り5

宮戸
「あれはホテルに着いた翌日ですよ。マスコミが安生さんを起こしに行っちゃったんですよ。そこで笹崎も説明すればいいものを、みなさんがお待ちです、って時差ボケで数時間しか寝ていない安生さんを起こしてしまったわけ。そしてそのまま、ヒクソンの道場に行ってしまったわけですよ…全然臨戦態勢になってないんだよ。しかも渡米前日は後援会の飲み会があって、安生さんは2次会3次会、最後のフィリピンパブまでしっかり顔を出してるわけだから。(略)それで、その翌日に行ってしまったわけですから」

「しかも、道場の入口でマスコミはシャットアウトされたわけですよ。その時点で、なぜ入ったんだ、ってことですよ。だって、撃ち殺されてたって文句言えないでしょ。それに関しては今でも、ヒクソンに感謝しなきゃいけないと思ってる。(略)とにかく、マスコミがシャットアウトされた時点で引かなきゃ。引くことは負けじゃないんだから。そこから交渉を始めればいいんだから」

「だから、なぜあの時一緒に行かなかったのか、と悔やみましたよ。行ってたら絶対にあんなことにはならなかった。少なくとも、マスコミがシャットアウトされた時点で引いてましたよ。『結局彼らは人目のあるところではできないんだ』と。あのときは言わなかったけど、金銭的な流れに疑問点が出てなかったら…」


二日酔いに加えて長時間のフライトで、

当然コンディショニング以前の問題でもあります。

そんな体調で闘いに臨んだ安生の心境が、

宮戸には信じられませんでした。

U.W.F.最強の真実 (BLOODY FIGHTING BOOKS)
 U.W.F.最強の真実

宮戸
なぜ初日に行ったのか?」と聞いたら、マスコミの人が来て、笹崎さんが「皆さんがお待ちです」と迎えに来たと言う。さすがに笹崎さんに対してもキレて、「あんた、もうクビだよ!」と怒鳴りつけた。2週間という枠を持って、自分たちのペースで行くことになっていたのが、なんでマスコミに時間と場所まで決められて、「皆さんがお待ちです」と、のこのこ迎えに行くんだ、と。笹崎さんは「すいません」と謝っていたが、謝って済むことじゃないと思った。あの瞬間、なぜ私は自腹を切ってでも一緒に行かなかったのかと、本気で悔やんだ。


旗揚げ以来、

共に歩んできた盟友のブッカー笹崎氏にも、

三行半を突きつける程、

失った物は大きかったのです。



とにかく異様な状況と雰囲気の中、

マスコミもシャットアウトされて(※のちに12月12日、日本プロ・シューティングよりマスコミ限定でビデオ公開)

密室の中で繰り広げられた“決闘”。

それが1994年12.7、ロサンゼルス郊外のヒクソン・グレイシー柔術アカデミーで行われた、

安生洋二vsヒクソン・グレイシーの道場マッチでした。

その一部始終を後年、

安生自らが回想しています。

格闘技絶対王者列伝 (宝島社文庫)
 格闘技絶対王者列伝 より

安生
「ホテルから道場に出発したのは、朝の7時くらいでしたね。誰が決めたんだか知らないけど、早かった。前の晩は普通によく眠れましたよ。その証拠に決行当日の朝なんか『安生さん、みんなもう準備していますから』
と、マスコミの方に起こされた記憶があります」

「最初に道場に出掛けた時、ヒクソンは不在だったんですよ。それで道場生にヒクソンを呼んでもらった。でもヒクソンが到着するまでの1時間くらい、僕はマスコミの人と一緒に道場近くのレストランに入って、お茶を飲んで待っていたんですよ」

「レストランで待っている時の気持ちは平常心というか…。その時点では実際にやれるかどうかわからなかったですからね。でもヒクソンが道場に到着して、僕が中に通された時には、もう完全に試合をやる雰囲気になっていました。(略)僕以外に中へ入るのを許されたのは、笹崎伸司さんくらいですね。マスコミは完全にシャットアウトだった」

「僕はレスリングシューズを履きながら覚悟を決めましたよ。やっぱり紐を結んでいくうちに、テンションが上がっていくし、心臓もドクンドクンと動いていましたね。『この雰囲気は嫌だなぁ』と思いましたよ」


安生、道場破り1

宮戸の指摘通り、

闘いが行なわれるまでのプロセスは、

帯同したマスコミに主導されてしまいました。

ただならぬ緊張感の中、

安生は初体験の道場破りを敢行します。
安生、道場破り2

安生
「最初にローキックを打ったのは、たまたまヒクソンが当たりそうな距離にいたからです。作戦なんかじゃない。そこで相手が来たので、がぶり四つで組もうと思ったら、そのまま足をかけられて、『あれっ!?』と思っているスキに倒されてしまった。ヒクソンの身体に無駄な力は入ってなかったですね」

「気がついたら、どんどん(道場の壁際に置かれていた)荷物の中に押し込められていました。上を見たら、柵があった。試合中にヒクソンが道場生に『荷物を片づけろ』と指示を出していたのも聞こえていましたよ」

「(ヒクソンに何発もパンチをもらったけど、)グラウンドでのパンチはグラッとくるものではない。表面上は痛いけど、『もっと打ってこいよ』と余裕を持てるほどのパンチだった。(略)出血もしたけど、パニックにはならなかったですね。そういう痛みより、関節技の怖さを知ってますからね。そっちの恐怖の方が強い」

「上体を押さえ込まれるのはきつかったけど、ただ極めに来る(モーション)は感じとれました。たとえば、ああ腕ひしぎ十字固めに来るなとか、スリーパーを狙っているなというレベルでね。(終了間際、バックをとられながらもヒクソンの足首をとりに行ったのは)自分としては、『そろそろ反撃しようか』というノリだったんですよ。そうしたら逆に首が開いてしまった」

「やっぱりヒクソンの絞め方はうまかったですね。入られた瞬間に『ヤバイ』と思いましたもの。絞められたのは頸動脈。こっちはアゴを閉めていたけど、その上から絞めてきた。自分は『アゴを引いているから大丈夫』とタカをくくっていたけど、徐々に意識が遠のいていきましたね。落とされたあとのことは覚えていません」


圧倒的な実力差を感じないまま安生は敗れました。
安生、道場破り3

それはこれまでのヒクソンに敗れた者が感じたものと、

全く一緒でした。

一方のヒクソン・グレイシーは闘い終わるまでの間、

目の前の男は“UWF代表者のタカダ”であると思い込んでいました。
安生、道場破り4

後日、声明文の中で「UWFの尊敬に値しない数々の行動、あるいはミスター・アンジョウの馬鹿げた行動も認めるわけにいかない一方で、ミスター・アンジョウが行なったインスタントファイトはリアルであり、彼は男らしく負けたと言わなければなりません」と、

少しだけ安生の勇気を讃えています。



とにかく、この翌週に週刊誌が発売されると、

表紙に使われた血だらけの安生の顔が、

信じられませんでした。
週プロ№648表紙

しかし残酷なまでの結果を、

受け入れない訳にも行きませんでした。

プロレス史が変わった瞬間です。
安生、道場破り6

其の四へ続けます。

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tag : 安生洋二 ヒクソン・グレイシー 宮戸優光

comment

Secret

No title

なんか。 すっごい モヤモヤする。
笹崎にも マスコミにも。

No title

この週プロの表紙覚えてます!其の四、楽しみです!

なんだかなあ~

こんばんは。

本来の目的は対戦契約の交渉だったと知ったのはこの2年後ぐらいでした。この時点で公に話したら、そんなにバッシングされることは、なかったと思います。
この写真を見た時は、ただのファンなんだけど、友達が不良にヤキを入れられたような、凄くイヤな気分になりました。
私はこの対決は東スポで知ったのですが、斜め横から笹崎を写していて、それが小林邦昭に見えて『なんで小林が?』と思ったものでした。
続編も楽しみにお待ちしています。

流智美さんの技本のあとがきで、流さんがこの試合での安生さんに弁解の余地は有ると書いてて、?とにかく戦場が狭い、?プロレスのリングが持つ、微妙なリバウンドが無い、?ロープが無いと指摘してました。
技本やルー・テーズの自伝を製作する為にUインターの試合を観戦していたりしたので、肩入れしたのでしょうか?。

ただ、安生さんの体調が絶不調や笹崎やマスコミの駄目っ振り(?)というのは知りませんでした。

>ケロさん

すっごいモヤモヤ<いざ振り返ってみると、何とも言えないもどかしさってありますよね。

笹崎にもマスコミにも<ただ笹崎氏はUインターにおいてブッキングの重要な役割を果たしてきた功労者ですので、この件以外は素晴らしい人物だと思います。

>てつさん

週プロの表紙<衝撃的でしたよね。

其の四、楽しみです<気長にお待ち頂けるとありがたいです。

>aliveさん

おはようございます。

この時点で公に話したら、そんなにバッシングされることは、なかった<その辺も三者の考えがまとまっていなかったという表れでしょうね。

友達が不良にヤキを入れられたような、凄くイヤな気分<ああ、わかりますわかります。
「あとが面倒臭いなぁ」という部分も含めて。

東スポで知ったのですが、斜め横から笹崎を写していて、それが小林邦昭に見えて<ジャパンつながりですね(笑)。

>通り菅井さん

流智美さんの技本のあとがき<当時はUインターのブレーンの一人みたいな感じでしたからね。
でも道場破りという性格上、全ていいわけにしかならないですよね。

安生さんの体調が絶不調や笹崎やマスコミの駄目っ振り<いろいろと知っていただければ、書いたかいがあります。ありがたいです。
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