Yoji Anjo Is Alive vol.16~十年間、そして十年後・其の弐~(1994)

其の壱からの続きです。

ヒクソン・グレイシーとの交渉が一向に進展しない中、

何と12.16の第4回アルティメット大会に、

Uインター常連外人のダン・スバーンの名がエントリーされます。

これについては11月1日にUインター事務所で会見を開いた際、

安生洋二「Uインターの代表としてではなく、あくまでも個人的な参戦。ウチとしては頑張って来いとは言いませんし、引き留めるつもりはありません。ウチと今回の件は別ものと考えて下さい」とコメントしました。

あくまでもUインターが望むのは“グレイシー一族最強”である、

“ヒクソン・グレイシー潰し”である、と。

そして急転直下。

その4日後に、USA修斗の中村頼永氏、柳沢宏味氏名義で、

ヒクソンからの条件付対戦受諾書のFAXが、

各マスコミに届いたのです。

しかも不思議な事に交渉に当たっている当事者の、

Uインターには何の通達もなし。

これに対してUインターは改めて11月10日に会見を開き(参照:宮戸と佐山、シュートな関係)、

宮戸
「(ヒクソンの代理人に)中村なる人物を問いただしたところ、そういう人物は知らないと。またそういう人間に代理人を頼んだこともないと。(この受諾書は)怪文書まがい」


との見解を発表します。

さらに団体の総意として、

沈黙を破り安生が名乗りを上げました。
声明文1

安生曰く「(ヒクソンには)僕で十分勝てる。200%勝てる様な相手だと思っています。わざわざ上位陣を送る様な対戦相手とは思っていません」

その勢いのままに1994年11.30 日本武道館

年内最後の大会のリング上で、

安生が“ヒットマン”として紹介されます。
ヒットマン安生2

鈴木健
「先日の武道館で発表しました通り、私共はグレイシー柔術潰しを決意し、この半年間、対戦を迫って参りました。皆さんもマスコミ等でご存知とは思いますが、現在訳のわからない第三者の介入によりまして、非常に話がこじれています。しかし、私共はプロレスを誰よりも愛する者として、グレイシー潰しをこのまま終わらせない事を改めてここに宣言致します。また、先日もマスコミ発表しましたが、UWFインターナショナルと致しまして、安生洋二選手を“グレイシー柔術のヒットマン”として正式に送り出す事が決定致しましたので、併せてご報告申し上げます」

ヒットマン安生1

安生
「ヒクソンだろうが、誰だろうが、俺で十分です。プロレスを十年間真面目にやってきた者の力を見せてやります。このまま半端な形で終わらせませんので…まぁ、見てて下さい!」

ヒットマン安生3

力強く一言一言話す安生の姿に、

私らUインターファンは全幅の信頼を寄せていました。

Uインターがここまでの発表をしたという事は、

ヒクソンを追い詰めにかかったんだ、と。

グレイシー潰しの戦略が既に完成したんだ、と。

負ける訳がない、と。

…しかし!!

この時点において、

宮戸、安生、鈴木健の“鉄壁のトロイカ体制”に、

変化が現れていたのです。

いよいよ安生が、

アメリカに乗り込むという段階になって、

それが出てきます。

最強のプロレス団体UWFインターの真実―夢と1億円 (BLOODY FIGHTING BOOKS)
 最強のプロレス団体UWFインターの真実―夢と1億円 より

鈴木健
安ちゃん自身は、「話が難航するならば、その場でヒクソンとやっちゃってもいいや」っていう気持ちも半分はあったらしい。けれども、私としてはそんなところで試合をやられても興行にはならないし、つまり一銭のお金にもならないから、単に「交渉をしてきて」っていう気持ちで行かせたんだ。
私のアタッシュケースを渡して、契約書類などを全部持たせて、「『日本で試合をやりましょう』っていう話を決めてきて」っていうつもりで行かせたわけだ。


フロントとしては、

あくまでも“交渉人”として送り込んだという事です。

ところが選手でもある宮戸の立場では、

そんな甘い事は言ってられません。

ここで別な問題も露呈してきます。

プロレス激本 No.4 (双葉社スーパームック)
 プロレス激本 No.4 より

宮戸
「ハッキリ言っちゃうと、Uインターの金銭的な流れに不信感が生じていたんです。お客さんは毎回いっぱいに入ってるのに、経営がなぜか悪くなっていくという…。それで、ちょっと安生-ヒクソンに完全に集中できない状況が僕にあったんですね。そうじゃなかったら、僕もいっしょにアメリカに行ってますよ。で、最初僕は、『15人くらいで行こう』と言ってたんです。なぜならこれは戦争だから、試合やスパーリングをやりに行くわけじゃないんだから、ってね。ところが安生さんが『いいよ、そんなにたくさんで行ったら足手まといになるから、僕が一人で行くよ』と」


U.W.F.最強の真実 (BLOODY FIGHTING BOOKS)
 U.W.F.最強の真実

宮戸
私は鈴木さんに「とにかくお金がないのはわかった。それなら、なんでないのかという理由を教えてほしい。少なくともウチはお客さんは入っているわけじゃないですか。だからそこをはっきりしてもらいたい」とストレートに聞いた。でも、そこで返ってきた鈴木さんの答えは、ここで細かく記述する気はないが、私にとってはひとつも納得のいく答えではなかった。
そこでUインターでやってきた私の気持ちが一気にトーンダウンしてしまうのを感じた。

その私の気持ちが読めていない鈴木さんは、
「ヒクソンの道場も、安ちゃんひとりで行けないの? 何人も行くとそれだけ経費がかかるから、できればひとりで行ってきてほしい。そういうのって、お金を使って行かなきゃいけないの?」
という話まで私にしてきた。それを聞いて、もう私はすっかり白けてしまった。安生さんは結局、一番安かったハワイ経由か何かの大韓航空機のエコノミーシートでロスへ行った。


この温度差。

宮戸と鈴木健という、

実質フロントのトップ2に亀裂が入ったのですね。

この状況の中で当の安生本人は、

何を思っていたかというと、

格闘技絶対王者列伝 (宝島社文庫)
 格闘技絶対王者列伝 より

安生
「僕がヒクソンに挑戦したのは、あくまでも流れ。(略)せいぜい『大口叩きやがって』程度のレベルですよ」


…何とも気楽な!!(笑)



ここまでの一連の流れ、

当時のプロレスファンはどう思っていたんでしょうね?

特に新日ファンは、「またUインター、余計な事しやがって」と思ってたんですかね。

私みたいなUインター派は、

グレイシー柔術の名が出て来た時点で、

既に、「いつ他流試合やるんだろ? 高田vsグレイシーなら格闘技世界一決定戦かな?」と妄想していました。

まず、これより15年も前だったら、

間違いなく新日本プロレスは黙っていなかったでしょう(参照:物騒さ世界一決定戦~序章~~前編~)から。

とにかく結果はどうあれ、

Uインターがヒクソン狩りに出陣していったのは、

必然だったんですよね。
ヒットマン安生4

次回、其の参では、

あの歴史的事件を振り返りましょう。

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tag : 安生洋二 宮戸優光 鈴木健

comment

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そんな~~

鈴木健 に 腹立つ。
安ちゃん 気の毒・・・。エコノミーに 泣ける・・・。
本当に 1人で行ったんだ・・・。
信じられん・・・。

なるほど・・・

ヒクソン・安生の事件、経緯はわからない点があったので勉強になります。

しかし・・・この流れや気持ちには感心します。本文にもありましたが、昔の新日本なら、ですよね。でもプロレス界にそういうハートがなくなってきてしまっていた時期に、こうして動くということ・・・当時は非難されてしまってましたが、本当にたいしたもんだと思います。

では引き続き、楽しみにしています(^^)

>ケロさん

鈴木健に腹立つ<まぁ当時“悪い方の鈴木健”と言われたくらいですからね(笑)。

本当に1人で行ったんだ<その辺を次回取り上げますね。

>流星仮面二世さん

経緯はわからない点があったので<案外U系のファン以外には詳しく知られていないようですよね。

昔の新日本なら、ですよね<誤解を恐れずに書くと、金のためとかじゃなく命かけてプロレスを守るって言うのはUインターが最後だったと思いますよ。

当時は非難されてしまってましたが、本当にたいしたもんだと思います<その辺を次回掘り下げますね。

引き続き、楽しみにしています<ありがとうございます。
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