第一歩(1997)

今日10月11日。

かつてのプロレスファンにとっても、現在のMMAファンにも忘れられない日です。

そう11年前、東京ドームで行われた PRIDE.1 のメイン。

プロレスラーを代表して、かつて“最強”の名を欲しいままにした高田延彦が、初めてメインエベンターとして“なんでもあり”の戦いに臨みました。

結果は第1R、4分47秒。腕ひしぎ十字固めにて惨敗。

当時、私もこのドームの35000円の席で、声を枯らせて高田に声援を送りました。

試合終了後は抜け殻のようになりました。

そうです。私のハンドルネームの由来は高田のUインター時代の試合コスチュームです。

私が最も愛したプロレスラーはUWFインターの高田延彦なのです。

高田の左ハイ!!

古くから私を知ってらっしゃる方の中には、

「レガのブログの割にはUインターが出てこないなぁ…」

と、思われてる方もいるでしょう。

正直言って7年間やってきた iらんど の方の 紫レガインターナショナル の 最強UWFインター板  で、もう語りつくしましたね。

それからUインターと高田についてのブログは大先輩のFさんの 【U】の魂 東京支部 にお任せいたします。※Fさん、本当頼みます(笑)

…本題に戻りましょう。

この高田vsヒクソンが残したものは大きすぎて…

まず試合前に現われた前田の顔つきを見てもわかるように、プロレスファンにとっての“最強論の切り札”とも言えたUWFがなすすべなく敗れた事。

前田がキターーーーー

気合満タン

中でも武藤に敗れたとはいえプロレス最強の看板を掲げてたUWFインターのメンバーが(山崎、中野を除く)総出で高田を囲んで、全盛期の雰囲気を作りながらも完敗を喫してしまった事。

ヒクソン入場

高田も入場

み…宮戸!!??

しかもUインターユニフォーム装着!!

安生との抱擁(実は単に松ヤニ塗ってただけ)

顔が見えた!!

何より一部のマニアしか知らなかったグレイシー柔術の技術が予想をはるかに上回っていた事。

ヒクソンコール

タカダコール

ルール確認

ゴング!!…高田、秘密特訓の構え!!??

ヒクソン動じず

ローを出す

とにかくこの時の高田は心身ともにボロボロでした。

試合の前日に3本の点滴をうつ程の風邪、古傷の椎間板ヘルニア、イメージトレーニングの失敗で必要以上にヒクソンを過大評価してしまったこと…

ヒクソンの胴タックルに思わずロープを…

ヒクソンの猛抗議に「コーション!」

高田の左ストレート

すかさずタックル

もつれる…

ワンチャンスをものに出来なかったのは実戦から離れていた勝負勘の鈍り。

チャ~ンス!!

膝蹴り不発!!

持ち上げられる…

パーフェクトなマウント

高田絶体絶命

最後は高田の切り札でもある腕ひしぎ(逆)十字固め。

セコンドの声を聞く

十字に来た!!

タップ!!

ここからヒクソン幻想は加速し、プロレスラーの負けが日常化していきました。

ヒクソン401勝目!!

敗者は何も語らず

しかし誰が高田を責めれるのでしょう。

そこに一歩踏み込んだからこそ、今でもプロレスラーがMMAという最強論の世界に身を置けるのです。

あの時、プロレス界は空前のnWoブーム…あのままヒクソンを、グレイシー柔術を、ヴァーリ・トゥードを無視することを決め込んでいたら、

プロレスは完全に存在意義を失っていたんじゃないでしょうか。
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tag : 高田延彦 ヒクソン・グレイシー 前田日明 UWFインターナショナル グレイシー柔術 PRIDE

comment

Secret

No title

この試合はリアルタイムで見なかったんですよ。
高田、ヒクソン戦はもちろん注目してました。
しかし高田さんが100%負けると思ってましたのでそれを「見たくなかった」が、その時の気持ちですね。
PRIDEも続くと思ってませんでした。

それにnwoのどこがおもしろいのかわかりませんでしたよ。
PRIDEを見るべきでしたね。

>123daさん

高田に全盛期のオーラがなかったことは見てうかがえましたが、「でも高田なら倒してくれる!!」という期待を持って、当時上京しました」。
PRIDE.1という名称も高田とヒクソンが互いにプライドを賭けて対峙するという意味だったはずです。

猪木の「よりによって一番弱いやつがでていった」発言には忸怩たる思いになりましたが、後にその意味を知ってから、「あの言葉しかなかったんだよな…」と。

No title

こんにちは!
この時の高田に期待しないプロレスファンはいないでしょう。
入場シーンと宮戸、客席には前田。
周りはインター勢
高田のロープをくぐった時の表情
ガウンを脱いだときの肉体
全てに期待してしまいましたね
結果状態は最悪のコンディションだったわけですが・・・。
忘れることのできない試合ですね
ブログ・・なんとか頑張ります(笑

>Fさん

最高のシチュエーションでしたが、最悪の結果になりましたよね。
しかし、これがあったからPRIDEという世界が確立し、桜庭という日本の誇りや、ヒョードル、ノゲイラ、シウバらの激闘が見られたわけですから。
高田は日本の格闘技界の大きな捨て石になったんですね。

ブログでどんどん高田の名勝負をお願いしますね!!

タカダ、チル

雪祭り決戦でコメントしたaliveです。実は紫レガさんと同年齢で北海道在住の高田ファンですが、この時ばかりは上京して見に行こうと思ったのですが断念してパーフェクTVで正座しながら観戦してました。余りに緊張して前座の試合中に3.4回下痢しました。尚、紙プロの堀江ガンツ氏同様に地元の神社に必勝祈願しにいきました。紙プロ変態座談会にもありましたが、これ以上に思い入れをもって見る試合は、この先ないでしょうね。この時セコンドが着ていた紫のTシャツ、無茶苦茶欲しかったのですが会場では売っていたんですか?

>aliveさん

実は紫レガさんと同年齢で北海道在住の高田ファン<おお!! 同郷のグレーテスト1972会員さんじゃないですかっ!!

パーフェクTVで正座しながら観戦…余りに緊張して前座の試合中に3.4回下痢<体調の悪さが高田本人とリンクしていた訳ですね(笑)

地元の神社に必勝祈願<私もあらゆるものに祈りましたねぇ…、ああいう気持ちで見るにはもうないと思います。

これ以上に思い入れをもって見る試合は、この先ないでしょう<特別な試合ですからね。誰が何と言おうと猪木アリとこの一戦のみが特別な試合です。

この時セコンドが着ていた紫のTシャツ<会場にはなかったですね。
あれ確か袖のところにナンバリングされてて、関係者50人だか100人だけに作ったんでしたよね。
思えば、高田が紫を身に纏った最後の試合でしたね。

夏風邪をひいてしまい、お休みしてしまい
でも中々ゆっくり読めないので今日はラッキーです。
なんですが、読み進めると止まらなくなってる(°_°)
ブログの内容が深かったり、昔のワープロ?
でのヤングライオンの合宿などなど…その他
面白い‼︎‼︎

この前にもいくつかコメント書きかけましたが止めました(笑)


紫レガさんの名前の由来
そうだったんですね。

レガさん自身のブログや、流星仮面さんへのコメントなどで
”高田選手”に話が行く?ので高田選手のファンだとは分かっていたのですが、名前の由来は今初めて知りました。

>みーさん

夏風邪をひいてしまい、お休みしてしまい<それはそれは、どうぞお大事にして下さい。

昔のワープロ?でのヤングライオンの合宿<今のトップどころや大ベテランにも若手と呼ばれた時代があった訳です。

”高田選手”に話が行く?ので高田選手のファンだとは分かっていたのですが、名前の由来は今初めて知りました<ありがとうございます。

みーさんも思い入れたっぷりに観られるレスラーが出て来るといいですね。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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