昭和新日本・黄金のトロイカ

今年もGWに突入。

まだこちらは桜も咲いていませんが、

全国的には春真っ盛りです。

GWの祝日の名称って、

いちいち覚えていますか?

今日は“昭和の日”というらしいです。

私の場合、昭和…と来れば、

真っ先に頭に浮かぶキーワードは、

“新日本プロレス黄金期”なんです。
猪木顔5

まさしくアントニオ猪木を中心に時代がまわっていた頃、

猪木という名のスーパースターを支える二人の腹心が存在しました。

一人は坂口征二
“世界の荒鷲”坂口征二

リング上でも新日猪木砦の副将格として、

前面に立って大型外人や外敵と闘って来ました。

実力的には猪木と同等、

ある部分では猪木以上の強さを持ちながら、

決して猪木の上に立つ事はなく、

ナンバー2として黄金期を構築しました。

旗揚げ当時はノーTVで、

テレビ局がついていなければ、

会社が潰れるのも時間の問題と言われた時代。

日プロのエース坂口が新日に合流することで、

テレビ局(当時NET)を持ってきた事が、

新日黄金期へのスタートとなったのです。

アントニオ猪木50Years (上巻) (B・B MOOK 664 スポーツシリーズ NO. 536)
 アントニオ猪木50Years(上巻) より
猪木を語れ!⑤ 坂口征二

坂口
「2人でケンカして潰れるよりね、俺が一歩下がって、猪木さんが走るのをサポートすれば、この団体はうまくいくんじゃないかなと思ったよね。新間さんにもお願いされたし、ナンバー2として支えていくことを決めたんだ。日プロで馬場・猪木の対立というのを見ているからね。だから、両雄並び立たずというか、そういうのを自分でわかった。団体が潰れてはしょうがないから。
うまく団体を束ねていくには俺がどうすればいいかっちゅうこともわかったし。ちょうど新間さんなんかがいて、猪木さんとの間に立って
『こうしましょう』『そうしましょう』
とやって、いつもチャンチャンと決めていった。猪木さんも現場のことは細かいこと言わなかったしね」


自ら進んでナンバー2を全うするのは、

我が強いプロレスラーの世界では、

奇跡と言っても過言じゃないでしょう。

ただし、それは互いのリスペクトから来るものです。

坂口
「頼られているというより、お互いに認め合っていたと思うよ。俺が現場を仕切ってやっていたし、猪木さんは口出ししなかったしね。俺のことをわかってくれていたと思う。だから俺も『猪木さんのためならやりましょう』となったね」


深く信じあっていたが故に、

のちに“人間不信事件”にまで行き着いてしまう訳ですが、

とにかく二人の信頼関係は尋常じゃなかったのです。
坂口らと走りこむ猪木、

坂口のコメントにも出て来ていますが、

もう一人はもちろん、

“過激な仕掛け人”新間寿です。
猪木猛抗議

会社の営業本部長でありながら、

実質的には猪木の秘書であり、

リングではマネージャー的存在。

新間氏が手掛けて来た“仕掛け”というのは、

猪木が描いたプランを実行に移し、

最後は実現させてしまうという離れ業でした。

猪木を語れ!② 新間寿

新間
「猪木寛至がアントニオ猪木を第三者的に見てね、どうしたらアントニオ猪木を売れるか、必死になって考えていた。しかし、自分から言うのも行動するのも恥ずかしいところがある。だから新間寿を使ってやらせてたんですよ」

「アントニオ猪木は素晴らしいプロレスラーでしたよ。アントニオ猪木は1万4000人のファンをクギづけにする。そして2万8000の耳に新間寿のスピーチがすっと入る。眼と耳をリング上にクギづけにしたという昭和のプロレスのアントニオ猪木と新間寿の名コンビ。これは不滅でしたよ」


猪木vsアリを頂点とした一連の仕掛け。

これも昭和と言う時代が織り成した、

奇跡の数々だったと思います。



話を強引に結びますが、

平成のマット界において、

トップレスラー達は自己の表現力を身につけたと思います。

しかしそれはあくまでリング上のパフォーマンス能力。

本当に外へ表現したいなら、

やっぱりブレーンというかフィクサーが必要だと思います。

現在の新日には阿部タケシ氏の様なブレーンも存在していますが、

結局は会社自体のメディア展開などのブレーン。

「この選手の名を世界に届かせたい!」というブレーンはどこにもいません。

新間氏
「ここまでアントニオ猪木の名声が続いてきたのは、その時折に名参謀がいたからですよ。私であり、坂口征二であり、いろんな人が周りにいた。あの人は常に自分の周りに人がついてきて、もともとの光がさらに光り輝いていったんですよ」


もともとの光を持った人間は、

現在のマット界にも存在していると思います。

あとはそれをさらに光らせる人間が現われるか。

坂口
「アリ戦の時は7億くらい借金をした。テレビ朝日が肩代わりしてくれて、俺と猪木さんの株券を預けて代表権も取られた事があったよね。でも、あの時も猪木さんは『坂口、借金なんてたいしたことない、2、3年で戻そうや』と。俺も『そうっスね』と楽天的だった。そういう気持ちがあったよね。実際、4、5年で戻したよ」


こんなスケールのリスクを、

“楽天的”に背負えるか?

昭和という時代だからこそ、

成しえる事が出来た伝説なのか?

私、まだ期待だけはしています。

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tag : アントニオ猪木 坂口征二 新間寿

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この時代が。

一番好きかも・・・。
このころは 『なんで柔道の人が・・・?』って
思ってましたね。
今じゃ 柔道引退→格闘技って 人多いもんね。
最近の柔道の試合も 面白く見ております。
女子がかわいい♪

>○○さん

初めまして。
コメントありがとうございます。

たくさんのお褒めの言葉、本当に嬉しいです。
「想像力」<これこそプロレスファンの性ですしね(笑)。

YAIA<なかなか評判の宜しくないシリーズをお好み頂き感謝致します。
これに関しては近々『高田vsタイソン』の記事のときのような企画を考えていますので、その時はまた宜しくです。

今後とも宜しくお願い致します。

>ケロさん

今じゃ柔道引退→格闘技って人多いもんね<小川にしても吉田にしても、坂口がいなければその後の道はかなり違っていたでしょう。

最近の柔道の試合も面白く見ております<全日本選手権なんかはヘタなプロの総合格闘技の試合より面白いですからね。
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