スパさん、本当にありがとう。

今年一番のサプライズ。

それは突然の10月のある日、スパさんからの知らせでした。

曰く、「猪木vsジャラ戦動画発掘!!」

既にリンクさせて頂いてる各ブログにおいては記事になっております(参照:物騒さ世界一決定戦外伝~東海の殺人拳~)が、

パキスタンの首都・カラチで行われた伝説の死闘(参照:アノキ・ペールワン~前編~~後編~)から、

2年半後の1979年6.17 ラホールにて実現していた、

ボロ一族念願のリベンジマッチ。

アントニオ猪木vsズベール(ジャラ)・ペールワンの、

幻の動画がパキスタン人の手によってUPされたのです。


それもあきらかに現地でTV中継されたであろう鮮明なものでした。

日本では一切報道されていなかった、

この幻の試合が、

現地では中継されていたのです。

スパさんには常々、本当にお世話になっておりまして、

今年は貴重なDVD(参照:幻の映像…遂に目撃!!~其の壱~~其の弐~~其の参~)までお貸し頂きました。
全対戦カード

話を戻して、

猪木vsズベールですが、

思いのほか猪木苦戦という内容です。


しかしこれには訳がありまして、

Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2007年 7/5号 [雑誌]
 Sports Graphic Number 2007年7/5号 より
アントニオ猪木が語る『1976年のアントニオ猪木』

― 3年後、猪木さんは再びパキスタンに飛び、古都ラホールでアクラムの甥のズベール(通称ジャラ)と戦いました。それはどんな試合だったんですか?

猪木マットが全部ないんですよ」

― マットがない?

猪木シートの下は板だけ。その前の試合が向こうのインド相撲だったんですけど」

― 砂の上でやる、膝から下が地面についたら負けというルールですね。

猪木「はい。で、その試合が終わったら、砂を取る作業に入るんですけど、リングはもう埃が朦々としてる。相手は裸足ですよ。こっちは靴履いてる。勝負にならない

― 滑るんですか?

猪木滑る。ズベールじゃないけど(笑)。もうホント、ダーッと持っていかれる


最悪のリングコンディションと、

リングシューズと裸足のハンデ。

それでも猪木は凌ぎ切りました。


― 猪木さんはこの時、日本人記者をひとりも連れてきませんでした。この試合はなかったことにしようと思えばできた試合でした。だから花を持たせようと思えば持たせられたはずですけど。

猪木「まあ引っ張ってあげてもいいかな、そこまでは譲ってもいいかな、と」

― 5ラウンドが終わった段階で、疲労困憊していた猪木さんはズベールの手を挙げました。その時の猪木さんは「これで終わりにしようよ。お前の勝ちでいいよ」っていう感じだったんでしょうか。

猪木「そうそう。それはもう前回とは全然違う。もういいよと」


最後は自ら勝ちを譲った形でリングを去った猪木でしたが、

公式記録ではドロー。

日本のファン、マスコミの目には届かない僻地においても、

猪木は負けなかったのです。

ボック戦の件もあるから、

新間氏がドローにもっていったのかも知れませんが…。

とにかくスパさんには、

感謝、感謝!! です。



それにしても、この1979年の猪木。

実に精力的です。

4度の格闘技戦と、

春のシングルと暮れのタッグのMSGシリーズダブル制覇。

3度のアメリカ遠征をはじめ、

メキシコ、韓国、カナダ、

海外遠征ラッシュ。

さらに8.26夢のオールスター戦でのBI復活。

そんな中で酷暑のラホールでこの試合。

小鉄さんじゃないけど、

「やっぱり凄いなぁ…」と言うしか、

ありませんよね。

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tag : アントニオ猪木 ズベール・ペールワン ジャラ・ペールワン ジュベール・ペールワン

comment

Secret

なんだかんだで・・・。

やっぱり。
イノキですよ。うん。
もう こんなレスラー出ないねぇ(シミジミ・・・)
真輔は ちょっと賢すぎなのかもなぁ・・・。
もっと バカ に なれ!! と 言いたい。
行けばわかるんだからさぁ~。

本気で驚きました

ジャラは知りませんでしたが、この選手は押す引く強く安定したナチュラルパワーです。 
猪木は何もしなかったのでは無くできなかったのです。 
それこそ、この人に技術を教えたらテクニックのあるゴリラです。 
オーフレィムでも子供扱いだったでしょう。 
貴重な映像を有難うございます。

見たくない奴は見に来るな!さんでも話題の一戦!

見たくない奴は見に来るな!さんでも話題の一戦ですね。
ttp://igf-123da.net/archives/1397131.html

好勝負・名勝負・凡戦暴動含め印象深い闘いが多いアントニオ猪木。
今でも(今だからこそ?)色々な角度で考察出来るのが凄いところです。

猪木さんがいなければ日本のプロレスの歴史は今頃…
終焉していたのではないか、とさえ感じます。

先日もプロレス大賞で夢をブチ上げてましたが、
そうしたスケールの大きな選手が現れる事を願うばかりです。

>ケロさん

もう こんなレスラー出ないねぇ<出て来ようもないんでしょうね。スケールが違いすぎます。

真輔は ちょっと賢すぎなのかもなぁ<試合中に結構、気遣ってる部分が見えますよね。
ホントに「やっちまえ!!」と思う時あるんですよね。ボマイェだけに。

>腹さん

猪木は何もしなかったのでは無くできなかったのです<TKによると、また違った見方になっているようですね。ズベールが何も出来なかったと。

この人に技術を教えたらテクニックのあるゴリラ<サップの例もありますから、フィジカルの凄い選手が技術を習得するのも諸刃の刃ですよね。

>1972さん

見たくない奴は見に来るな!さんでも話題の一戦<Gスピですね。TKの解説非常に興味あります。

好勝負・名勝負・凡戦暴動含め印象深い闘いが多いアントニオ猪木<その振り幅は誰も真似出来ませんよね。

猪木さんがいなければ日本のプロレスの歴史は今頃…終焉していたのではないか<馬場さんのプロレスだけだったら間違いなく私は観ていなかったでしょう。

No title

猪木さんもアウェイ状態のアマレス技術中心で闘うのは判っていたはずなのによくこんな試合引き受けたなあと思います。
対戦相手は中近東レスラー特有のオイルべた塗りかオイリー体質?シュートの可能性大で負けた時の代償だけ大きい。ギャラも日本円に換算すると端金程度のデメリットだらけの試合をした猪木さんはやっぱりモノが違います。

いえいえ

タイトルにまでして頂き恐縮です。

自分が動画をアップしたわけではなく、ただの情報提供ですからね。私のお知らせがなくても、すぐにレガさんのアンテナに引っ掛かってたでしょうから、礼には及ばないです。

Gスピ、本日読了しました。高阪の技術解説、パキスタン人の状況解説ともにわが意を得たりでしたが、一番のツボは新間寿のインタビューでした。

試合レポートの掲載はゴングじゃなくプロレスだったそうで、これはガセネタを掴まされました。まあ、ネット情報を鵜呑みにした自分が悪いんですが。

>病弱者さん

よくこんな試合引き受けたなあ<やはり3年前の約束を守ったという事なんでしょうかね。

中近東レスラー特有のオイルべた塗りかオイリー体質?シュートの可能性大<「迷わず行けよ、行けばわかるさ」って、迷わなすぎです(笑)。
とにかく掴めなかったようですね。もうボロ一族にしてみれば、自分たちの食い扶持の存亡がかかってましたから必死ですもんね。

>スパさん

ただの情報提供<とんでもないです!! スパさんからのご紹介後にあの動画のアクセスが急増した記憶があります。

私のお知らせがなくても、すぐにレガさんのアンテナ<私、その辺り無精ですのでダメなんですよね。

Gスピ…高阪の技術解説<面白そうですね。ぜひ読みたいと思います。

改めて、本当にありがとうございました。

No title

多くのファンがこうして、ひとつのことについて語り合える・・・こんな素晴らしいことはないですよね!!プロレスファンで本当によかったと思います(^^)

そしてレガさん、スパさんにめぐり合えたのも本当によかった、うれしいです!!我々の出会いも大きく辿れば猪木のおかげなのかもしれませんね!!すごい!!

>流星仮面二世さん

多くのファンがこうして、ひとつのことについて語り合える<地域を越えて、世代も超えて…って考えると凄い事ですよね。
また同世代の方との出会いは何ものにも代えがたいです。

我々の出会いも大きく辿れば猪木のおかげなのかも<そう考えると、力道山まで遡ったり…そもそも創世記に力道山vs木村があったから、日本のプロレスというものが単なるショーに収まらなかったんだとも思います。
でもやっぱり猪木(と新間=昭和新日)が残したものが我々のベースでしょうね。現在どのプロレスを支持していようとも。
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Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


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