Yoji Anjo Is Alive vol.13~ルーツ・オブ・レスリング編~(1986~1990)

Uインターにおける、

安生洋二の功績を振り返るこのシリーズですが、
ダメージ大

入門からデビューを果たした旧UWF時代。
組長のセコンドにて

中野とのタッグが前座の名物となった新日業務提携時代。
中野とのチームワークも良い

非凡な実力を知らしめた新生UWF時代。
鈴木実戦

このルーツともいえる下積み時代を思い返せば、

Uインターでのポリスマンっぷり(参照:Yoji Anjo Is Alive vol.6~ポリスマン最大の功績~)や、

ゴールデンカップスの原点が見えてきます。

その入門の経緯から、

異色中の異色だった安生。

藤原、木戸、佐山、前田、高田、山崎…とアクの強いメンバーが集まった旧UWFの中に、

布団を背負ってやって来て、

誰からも入門の許可をもらわぬままに、

いつの間にか道場にいたという…(笑)。

何となくデビューまで果たした安生が、

頭角を現したのは1986年からの新日との業務提携時代でした。

当時のヤングライオン、船木優治(現・誠勝)野上彰(現・AKIRA)に対し、
船木の串刺しドロップキックが、

中野龍雄(現・巽耀)とタッグを組んで臨んだ試合が、

前座の名物カードとなりました。
安生に炸裂

この試合、“UWFスタイルとハイスパートの融合”と言う、

先輩たちでも一部の選手にしか、

実践出来なかった画期的な内容でした。
野上とグラウンドの攻防

ちなみに1987年の第3回ヤングライオン杯では、

参加9人中、中野と同率の5位に入っています。

 プロレスライバル読本―リングを揺るがす、愛と憎しみの闘い! より
安生洋二「Uの幻想っていうのは選手の中にもあるんですよ」

安生
(新日のリングで学んだことは?)…いやぁ、芸風はそう違わなかったですけどね。それまでの土台にちょっと足すことができただけです。ボクの場合、師匠はいらないんですよ。“かっぱらいの天才”っていうか、たとえば誰かがやっていることがAだとしたら、ボクはAをベースにして、自分の独創性でBからEまでつくることができるんです。誰かがもってるどんなちっちゃなものでも、自分のものにすることができる才能があるんです」


これはいわゆるリップサービスじゃなくて、

安生があらゆる団体で試合してきたものを、

見てきた方なら納得のセリフでしょう。



そして新生UWFとなる訳ですが、

合宿所で同室の宮戸優光と、

Uインターの礎となる議論を展開しつつ(参照:相棒相棒Ⅱ)、

リング上では前高山の三人に迫る勢いの奮闘ぶりでした。

特に鳴り物入りで新日から移籍して来た船木を、
船木戦1

返り討ちにした1989年6.14 愛知県体育館での一戦は、
船木戦2

UWF史上屈指の名勝負です。

安生
(新生Uで一番印象に残っているカードは?)う~ん…。船木さんや、鈴木みのるちゃんあたりとやった試合じゃないかなぁ。レスリングがしっくり合いましたよね。お互いの次の手を読みあって、その読みをはずして返したりとか。面白かったですねぇ」


安生自身も満足の試合内容。

それは、前出した前高山や宮戸、中野の同門ではなく、

外から来た船木、鈴木とのプロレスリングにあったのですね。

思えば後に、Uインターで珠玉の名勝負となったのも、

外から来た佐野直喜との一戦(参照:Yoji Anjo Is Alive vol.8~至高の闘い・前編~~至高の闘い・後編~)でした。

しかし!!

新生UWFを体感した世代なら、

安生の凄さを最も示した試合として、

この一戦を挙げる事でしょう。

UWFが一丸となって臨んだ大勝負。
最強軍団UWF

1990年11.29 東京ドーム

『U-COSMOS』

U-COSMOS in TOKYO DOME

入場者数6万人という、

当時の東京ドームのレコードを記録した伝説の大会です。

大会の核は“6大異種格闘技戦”と銘打った、

UWF戦士と世界の格闘家との他流試合でした。

その中で安生が闘ったのは、

チャンプア・ゲッソンリット
安生の相手はチャンプア!!

立ち技最強と言われた時代のムエタイにおいて、

幾多の伝説を残すファイターでした。
安生vsチャンプア1

安生は大幅な減量を敢行した上で、

決してベストとは言い難いコンディションながら、

真っ向から渡り合っての5Rドロー。
安生vsチャンプア2

途中、何度かチャンスはありましたが、

現在のMMAとは違ってロープエスケープがありましたので、

ストライカーはロープ際から離れずに闘えば安全な事この上なかったのです。
安生vsチャンプア3

 UWF世紀末読本 より
新生UWFの男たち 安生洋二

安生
「あれでよくやったって言われたら、俺はどうなっちゃうの? という気持ちしかなくて。試合の1週間前かな、練習で相手がヒザの上に乗ってバキバキバキ。それから寝たきりで、断食で減量して(笑)。終わってチキショーと思いながら控え室で座ったらヒザ曲がったまま動かなくなっちゃって、そのままかつがれて帰りました。(略)でも、本当にもっと万全でやりたかったんですよ」


それは別としても、

このチャンプア戦に向けてのシンサック・ソーシリパン氏の猛特訓が、

安生の立ち技の礎となり、
安生vsチャンプア4

後に船木の「(当時、キック界最強と言われた)モーリス・スミスに唯一立ち技で通用するプロレスラー」発言もありましたね。

KINGDOM崩壊後の98年には、

実際、K-1に参戦しましたが、

ここでは結果が出ませんでした。
前田らに迎えられる

自称“かっぱらいの天才”安生。

その実力は格闘技者、プロレスラーとしてはもちろんですが、

パフォーマーとしても非凡な物がありました。

次回、エンタメ編でもう一つの顔を振り返りましょう。

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tag : 安生洋二 中野龍雄 船木優治 野上彰 新日本プロレス80'S チャンプア・ゲッソンリット

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このブログ、素晴らしいブログですね!

一晩中みました!!

>レモンさん

初めまして。
コメントありがとうございます。

一晩中みました!!<本当ですか!?
年末のお忙しい時間に、本当にありがとうございます。
末永くお付き合い願います。
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Author:紫レガ 
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長州、これは俺のブログだ。

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