櫻井さんの馬場論

今回が恐らく最後になるでしょう。

今年のベストムックといっても過言ではない、

Gスピリッツ SPECIAL EDITION Vol.1 アントニオ猪木からの抜粋です。

その中でやはり衝撃的だったのは櫻井さんの“6万字インタビュー”でした。
70年代の放送席

オールドファンにも、新しいファンにも、

新鮮な驚きがいくつかあったのではないでしょうか。

私にとっては特に衝撃的だったのは、

猪木についてではなく、

櫻井さんの馬場論でした。
馬場さんには感情表現を教わる

当ブログでも馬場さんについては、

まともに書いた記事がない(参照:腕ひしぎ逆…十字続・腕ひしぎ逆…十字プロレスと世の中の架け橋)ので恐縮ではありますが、

ちょっと個人的に記事にしたい思いがありまして、

ご勘弁願います。

馬場さん派の方々(別名:馬場の獅子たち(笑))からしてみれば、

「櫻井なんて猪木シンパじゃねーかよ!」というご意見もあるでしょう。

当然、猪木側からの馬場さん評は辛らつなものばかりです。

逆に馬場さん派…菊地孝さんなんかは、

猪木に対して辛らつ。

ただ、どんな立場の方でも共通しているのは、

『猪木を讃える場合はプロレスラーとしての技量』で、

『馬場さんを讃える場合は、その人間性』がほとんど。

逆の見方をした場合には、

『猪木を批判する場合は、リングを降りた時の人間性』で、

『馬場さんを批判する場合はプロレスのスタイル』がほとんどです。

故・小鉄さんも常々、

「リングの上では猪木さん、リングを降りれば馬場さんが好きだった」と語っていました。
ジャイアント逆十字壱

猪木のプロレス馬場さんのプロレス

「どっちも同じプロレスじゃないか」という方にも、

ぜひ読んで頂きたい内容です。

Gスピリッツ SPECIAL EDITION Vol.1 アントニオ猪木 (タツミムック)
 Gスピリッツ SPECIAL EDITION Vol.1 アントニオ猪木 より
激録 アントニオ猪木
櫻井康雄

櫻井
「確かに力道山は、猪木に対して特に厳しかったですよ。(略)逆にジャイアント馬場には全然厳しくない。力道山は『アイツはあれでいいんだ』と言ってましたね。言い方は悪いけど、力道山自身の言葉をそのまま借りれば、『あれは見世物だから』と。はっきり力道山は僕らにそう言いましたよ」

「馬場が2回目のアメリカ遠征から帰ってきて豊登とダブルエースの時代があったけど、その時、静岡でアルバート・トーレスにフライング・ヘッドシザースでやられちゃったのを見てね。結局、アレは受け損なって脳震盪を起こして。元子さんに『櫻井さん、意地悪なこと言わないで』なんてよく言われるんだけども、僕は馬場のプロレスラーとしての力というのは、あまり買ってないんだよね」

「だから、猪木というのは力道山の伝統を受け継いだ、その象徴なんですよ。よく力道山の伝統を受け継いだのはジャイアント馬場だと言われるけど、馬場はアメリカンプロレスの中の、いわゆるショーマンスタイルの要素をかなり取り入れた。『明るく楽しく』というのは、そういうことなんだよね。これは新日になってからだけど、猪木が僕によく言っていたのは、『格闘が楽しいはずがない』と。そういう考えが猪木の好きなところかな」

「空手チョップのことで、力道山が僕にこう言ったことがあるんだよね。フレッド・ブラッシーとやった時なんだけど、力道山は肩口にチョップを打つでしょ。僕が『頭に打ったらどうですか?』と言ったら、『馬鹿野郎、俺がやったら死んじゃうよ!』と。力道山にそう言われたことがある。鍛えている胸だからいいと。急所に打ったら相手は死ぬんだと。ところが、馬場は脳天チョップをやったもんなあ」


“見世物”…これは決してプロレスにおいてはマイナス要素ではないんです。

むしろ、これがあったからプロレスは長きに亘って、

日本の文化として続いてきたのです。

大切なのは“見世物”に位置付けされた人間が、

それを全うするのか?(A)

それとも“見世物”をわきまえた上で、

その存在以上のものを示すのか?(B)

あるいは“見世物”である自分を放棄して、

大衆の関心から遠い所へ回避してしまうのか?(C)

これ説明する必要ないんでしょうけど、

Aはマクガイヤ兄弟とかの怪物レスラーや、

五輪メダリストなどの特別な人間。

Bが馬場さんやA・T・ジャイアントのように、

時代を築いたレスラーでしょう。

そしてC…これ今の石井慧の姿です。
馬場さんとの名勝負

じゃ、馬場さん自身どの程度、

自分を“見世物”という立場に置いていたのかと言うと、

アントニオ猪木50Years (上巻) (B・B MOOK 664 スポーツシリーズ NO. 536)
 アントニオ猪木50Years 上巻 より
闘魂回顧五十年
アントニオ猪木、大いにプロレスを語る

猪木
「(馬場さんは)あえて厳しい道を歩む必要もないっていうかね。ジャイアント馬場さんが死ぬ間際に言ったけど…もっと前かな? 『寛至、プロレスっていい商売だよな?』って言葉でまた幻滅したことがあったんだけど。まあ、死んだ人になにか言うつもりはないんだけど。ただね、そのたった一言ってすごく大事な要素があるんだよ。俺は『いい商売』だとは思ってないんで。本当につらい商売っていうかね。まあ、それはそれぞれの考え、理念ですから。それをどうファンがとらえるかは別にして」


前記した櫻井さんの言葉にもあるように、

この馬場さんのプロレス哲学。

もう一つは、

晩年に三沢vs小橋の解説中に見せた涙。

ここに答えがあると思います。

…という事で、馬場さん派のコメント待ってます。

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comment

Secret

馬場さんの言葉に、色々な意味が込められてるのがわかるから

猪木さんは自分と馬場さんの、相容れない部分を語りながら

決定的な結論を言うのは避けましたね。


猪木さんの時代にMMAが、あったらと本当に思いますね。



もうハッキリ決着付けれないですもんね。
なにもかも夢の中ですね。


脳天唐竹割り

あたしがTVで馬場さん観たときは キックとチョップだけだった。
(アンパンマン?)

それでも 白い龍のガウンでリングにあがる 馬場さんはすごいと
おもいました。
んで。 脳天唐竹割りを きれいに受ける選手もまた プロだと。
ラッシャーの マイクパフォーマンスに つきあう所も 好きでした。
と、いうことで イノキ派ですが、馬場さんは尊敬できる 『 人 』 って
感じです。

人としてでなくプロレスラーとして

試合開始時間ですね。静かにゆっくり反論させていただきます。
まず最初に現在の世間的評価ではもう猪木は馬場を超えていることは異論なしという前提で読んでください。
猪木のほうがたくさん練習をしたんでしょうし、アカシアと猪木50周年の映画は見に行きたいとも思ってます。

まず「いい商売」発言ですが、こういうプライベートな会話を持ち出す猪木。
仮に猪木が「ほんとっすよ、アントンハイセルにどんどん回せますしーっうぷぷっ」なんていってても一切言わない馬場。
こういう所にもやんちゃな弟、大人の兄を感じます。
猪木はいい商売とは楽して儲かるという意味で受け取ったようですが本当にそうなんでしょうか。
晩年馬場は儲かっていたんでしたか?

アルバートトーレスは今で言うイケメンでトーレス三兄弟の長男?浜松かなんかでそういうことがあったとゴングで読んだ記事があります。
馬場の十六文でミスター珍の舌がノドの奥にまるまってつまったとかアクシデント特集だったかな?
でもハンセンが失神したり、猪木でも6人タッグの開始三分くらいでカーンのストンピングで高橋がスリーカウント入れちゃったことがありましたよ。
一瞬会場沈黙の後何もなかったように進行していきましたが。
アクシデントは別にして受身の難しいショルダースルーなんかでも上手に受けて馬場は受身がうまいという評価だと認識しています。
下手なら怪我も多かったでしょうしね。

それでレガさんが気になっている「見世物発言」。
これマンモス鈴木も入ってましたよね。でも鈴木は大成しませんでした。
おっしゃるとおりプロレスは見世物です。強さを見せる見世物ですね。
だけど一見さんにチケットを売るグレートアントニオ的見世物とリピーターに売れる見世物とは違います。
じゃリピーターに売れる見世物とは?
これはまさにプロレスラーの作品をどう評価するかということですので長い話になります。

この点についてはコンバンワ事件の田園コロシアム興行が一番伝わるかなと今思っていますが、とりあえずここまでで切ります。

No title

若い頃馬場さんはミスター珍事件を起こしたように打撃に殺傷能力がありましたから猪木さんのような闘いを全面に出すことより作り事プロレスに専念したのだと思います。
全盛時馬場さんの脳天唐竹割りは目で追えない瞬間移動ようなチョップで頭部の急所は微妙にずらしていましたが、猪木戦との関係で頭部の急所に本気で打たれたロビンソンは一発で腰から崩れ落ちていました(連打されたら完全KO状態)。
キニスキー戦では当時知られていないガードポジション状態でパンチを防いでいましたから、巷で言われる寝技ができなかったという意見も受け入れ難いです。
ゴッチも対戦を拒否した(シン談)という変人シューター頑固親父アトキンスの猛特訓に耐えたアスリート的な馬場さんとプロモーターとして見世物を優先した商売人馬場さんの二面性があってこそ馬場さんという存在だったと思っています。

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ただの見世物にあらず

こんばんは。決して馬場派ではありませんが86年頃の長州のコメントで脚力は一番強いというのがあったと思います。昨年の三沢追悼番組で一番インパクトが強かったのが16文キックを放つ馬場でした。5流ながら格闘技道場に通っていた自分からすると確か当時で55歳だったと思いますが格闘技的表現でいう前蹴りをあんなに高く足をあげバランスのいい馬場にはびっくりしましたね。いろいろな見方があるとは思いますが、馬場は凄い選手だったと思います。

>男一匹さん

馬場さんの言葉に、色々な意味が<本当、深いんですよね。

猪木さんは…決定的な結論を言うのは避けましたね<互いにその部分を出し合う事で、競ってきた訳ですね。
今のプロレス界を見渡すと…やっぱりスケールが違っちゃいますね。

猪木さんの時代にMMAが、あったら<逆に猪木の時代だからMMAがあってもメジャーなものにはならなかったとも思います。

>ケロさん

キックとチョップだけ<晩年は技らしい技出さなくても充分でしたからね。

脳天唐竹割りを きれいに受ける選手もまた プロ<攻めと受けとがハッキリわかりやすい…これもプロレスの技術です。

イノキ派ですが、馬場さんは尊敬できる 『 人 』<行き着くところはそこですね。
やっぱりビジネスや常識の部分で、まともな人というか、経営者として才覚あったんでしょうね。

>アスク御大

「いい商売」発言<いろんな受け取り方出来ますよね。
馬場さんとしては他意はなかったと思いますが、猪木の受け取り方は違ったんでしょうね。

やんちゃな弟、大人の兄<結論はそこですか。

晩年馬場は儲かっていたんでしたか?<やっぱり最後まで儲かってたと思います…というか単に儲けた儲けないではなかったと思います。

十六文でミスター珍の舌がノドの奥にまるまってつまった<そこを言ってしまうと…堂々巡りになりかねません。
猪木とS・ウィリアムスもありますし、怪我した怪我させたは新日の方には腐るほどあります。
アクシデントとも言い切れません。

ショルダースルーなんかでも上手に受けて馬場は受身がうまい<掛け手の投げ方もありますよね。
馬場さんの身体だったから、他の選手の様には投げきれない訳ですから。むしろ馬場さんはフロント・スープレックスは一切受けませんでしたし(投げる方も無理)、パイルドライバーの受け身なんかは見ていて怖かった記憶があります。

プロレスは見世物です。強さを見せる見世物ですね。…グレートアントニオ的見世物とリピーターに売れる見世物とは違います<無理矢理合体させちゃうと、やっぱり見世物である以上は客を集めてこそですよね。それが殺伐とした殺し合いでも腕の折り合いでも見世物になると思います。
ただ今は強さの関係ない見世物も存在しちゃってるんですよね…。

コンバンワ事件の田園コロシアム興行が一番伝わるかな<ハンセンvsアンドレ? あれも一つの究極形でしょうね。

>病弱者さん

打撃に殺傷能力がありましたから…作り事プロレスに専念した<身体が違いますからね。

頭部の急所に本気で打たれたロビンソンは一発で腰から崩れ落ちていました<あの場面は確かに猪木戦にはなかったですね。
ロビンソンの油断から来たのか…いずれにしても馬場さんなりのシュートだったのかも知れません。

キニスキー戦では当時知られていないガードポジション状態<本当ですか!?
いや、今度じっくり見ます。

アトキンスの猛特訓に耐えたアスリート的な馬場さんとプロモーターとして見世物を優先した商売人馬場さんの二面性<多面的であればある程、プロレスラーは魅力ありますからね。
これは他のトップレスラーにも共通してたと思います。

>○○さん

本当にありがとうございます。

感動と興奮を抑え切れませんでした。

>aliveさん

こんばんわ。

長州のコメント<最強タッグの時ですよね。ありましたありました。
意外でしたけど、あの脚の長さと大きさですから…脚力以前の問題でしょうね。

確か当時で55歳だったと思いますが…あんなに高く足をあげバランスのいい馬場<当時は私、完全に「馬場なんて…」的な人間だったんですが、後年、あの時の馬場さんと同じ年齢に達した他の選手を見て気がついたのは…「あの頃の馬場さんの方が動けてたじゃん!!」と。50代半ばまでバンプ取ってましたし。
いや本当に凄い選手だったと思いますね。

時系列的視点

そう、「ハンセンvsアンドレ」です。それと戸口・猪木の比較ですね。あの戸口・猪木戦てかなりいい試合だったんですよ。プロレスラー猪木馬場のスタイル、存在価値、限界。これはプロレスラーとしてという今回の主題ですのでまた後にしますね。
とにかく日本プロレス史60年の力道山=戦後コンプレックスと猪木=過激なプロレスの間にもう一つの時代は存在してたんですね。それを桜井さんが今回まるで力道山の後は猪木みたいな言い方してるのはプロレスジャーナリスト?としてどうなのかなぁという思いはあります。

それで「いい商売」てのはやっぱり馬場が楽してる、猪木は格闘は厳しい、辛いというアピールでしょ。
だけどこの二人の原点はやっぱり日本プロレスなんですよ。色は違っても輪郭である練習・強さは一緒と思います。ここは反論される方が多いかな?

受身については馬場は高山にもチクチク言ってましたが後ろに投げられる受身はすごい自信持ってたんですよね。入門してすぐ大木・鈴木を抜いたって。これ馬場も結構自慢してんじゃんて話なんですが笑
話がそれますが馬場はゴッチのジャーマンくったことがあって「たいしたことない」と言ってたんですよね。なんか猪木ファンがめちゃ怒りそうですが。
さらにトーレス事件の後になりますがフライングヘッドシザーズもやっていました。
ご指摘のとおりパイルドライバーには弱い。合体は特に。

>アスク御大

桜井さんが今回まるで力道山の後は猪木みたいな言い方してるのはプロレスジャーナリスト?としてどうなのかな<単に個人的な趣向でそうなってしまってるという風ではありますよね。
詳しく行けば力道→豊登→馬場→猪木→…となるんですか?

色は違っても輪郭である練習・強さは一緒<練習…という部分に関しては馬場さんが自分の意見を言えるような立場になってからは、強くなる努力はしなかったと思います。する必要もなかったでしょうし。
これはもちろん若くしてアメリカの一線に出て行ったことも関係するでしょう。

後ろに投げられる受身はすごい自信持ってた<若手としてのレベルでは高いところにあったと言うことでしょうか?

馬場はゴッチのジャーマンくったことがあって「たいしたことない」と<あ、そうなんですか。知らなかったです。
テーズのバックドロップもそうですが、馬場さんの体型的にしっかりクラッチを結んで投げれないでしょうね。

フライングヘッドシザーズもやっていました<けっこう飛んでたみたいですね。コーナーの上からも。
そう考えると、馬場さん…やっぱりテクニシャンだったんですね。

今度はハンセンvsアンドレと猪木vs戸口についてもお聞かせ下さい。

>と≫

はいはいそうなんです。
ちょっと強引ですが在任期間は下記のようになります。
1,猪木→引退後の現在もプロレスラー代表と言える。
2,馬場→18年(インター戴冠からブリスコ戦まで)
3,力道山→10年(TV放送から刺殺まで)
4,豊登→2年(力道山没から馬場戴冠まで)


馬場が一回目の凱旋帰国時は力道山がわざわざロスまで迎えに自身の引退の青写真や仏宣言を馬場にしている。
帰国後は羽田で記者会見、次代のエースとしての扱いをし始めています。
またビンスの親父は馬場はレスリングができると。もし馬場の背が20cm低くても使ったと発言しているんですよね。
だから力道山は馬場が商売になるということで認めてくれたということなんでしょうね。
逆に力道山は猪木のボクサー転向を画策したりしてたわけです。
だから見世物発言はレスラーを自分の駒として見ていた部分が大きかったのかなと。
ちなみに猪木がボクサーなんかになってたら日本のプロレスは格闘技云々よりもっと早い時期に衰退していたでしょうね。
見たくないやつは見に来るなさんとこにあるジュペールとの一戦なんかは素直に感心してしまいます。

「練習」という点については入ってくる情報から馬場のほうが練習したとは言い難いことはわかります。
ただ馬場のほうでもそうした痕跡はあるんですね。
小鉄の時に「全日本には小鉄がいなかった」と書きましたが正確に言うと、存在したが若くして亡くなりました。
マシオ駒は小鉄とも仲がよく考え方も似ていて新日・全日に別れても連絡はとりあっていました。彼が率先して練習を見ていたんです。
いかんせん馬場はそういうことは言わないのでわからないが淵の話なんかでもそういう練習はやっていたようですしね。
また馬場の時代に全く対応できないなんていう選手がトップに行けることも考えづらいんですよ。
凱旋帰国時レスラー全員が嫉妬をしていて豊登が大木に馬場に仕掛けさせるという噂もあったそうです。
それでも普通に大木とも猪木とも試合をしているわけですから。
アメリカでも兵隊あがりとか前科者とか、日本でも当時相撲なんて今告訴されてる行為よりもっとすごいシゴキがあってまあそういった物騒な雰囲気がまだまだあった時代だったわけですね。
猪木は過激=道場論を押し出し、馬場はアメリカンプロレスだった。でも日本プロレスという同根だった。
≫ではなく>というところで勘弁していただけないでしょうか。
プロレスラーというものは全て含んだものですし馬場がプロレスラーとしての価値がないということになると猪木のルーツであるプロレスというメルヘンの国自体の否定になってしまうと思うわけです。

受身についてはその後の四天王時代につながります。
馬場の涙については私にはちょっと推測不能です。
ジャーマンについてはロシモフ時代のアンドレを投げたときでもしっかりクラッチして見事に投げていました。素直にすごいと思いました。
馬場が投げられたシーンは実際に見ていないのでわかりませんが。
テーズは写真を見る限りですがクラッチしていないようですね。

ついつい長くなります。次回田コロの書き込みで終わるようにします。
レガさん、年寄りの戯言を書く機会をくれてありがとうございます。
また猪木ファンの批判コメント殺到かと思いきや馬場擁護コメントを書いてくれた皆様ありがとうございました。

>アスク御大

在任期間<ブリスコ戦…NWAまでが馬場さん時代ですか。
猪木の部分を読むと、これ強さと言う括りではないですよね?
だとすればハンセンとやるまで…超獣コンビのパイルドライバー食うまでにならんすかね?
いやアスクさんが言うならそうなんでしょうね。

力道山がわざわざロスまで迎えに<まさしく期待のルーキーだったようですが、猪木の方は刺殺されるまで付き人だったんですよね。
櫻井説では猪木を後継者にする為に手放さなかったそうですが、それは果たして?…と思います。

ビンスの親父は馬場はレスリングができると<1週間でWWWFとWWAとNWA連続挑戦でしたっけ?
時代と言えば簡単ですが、これ前人未到ですよね。偉業です。
各地のプロモーターの信頼は絶大だったんでしょうね。

猪木のボクサー転向を画策<センスはあったらしいですが、大成はしなかったでしょうね。

ジュペールとの一戦<体調とリングコンディション最悪の状態で、さらにあの状況ですからね。
最後は根負けみたいになりましたが、記録上はドロー。
猪木の勝負強さって実は勝ちにこだわるよりも負けないことなんですよね。

マシオ駒<知ってますよぉ。日プロでも馬場派には珍しく練習好きだったらしいですね。
ジャンボの専任コーチも務めてましたっけ?

猪木は過激=道場論を押し出し、馬場はアメリカンプロレスだった。でも日本プロレスという同根だった<どんな練習をしていたかと言う部分ですね。
トップに立ってからは、馬場さんはお客さんの目線を意識した試合の指導。猪木の方はスパーリング中心。どちらも真剣だったことに変わりないでしょうし。

受身についてはその後の四天王時代に<原点はそこでしょうが、=ではないですよね。
四天王プロレスはあの4人だけが織り成す異常な世界ですから。

馬場が投げられたシーンは実際に見ていないのでわかりませんが<馬場さんの体型的なものだと思います。
アンドレの場合はまだ腹回りが細かったこともありますが、クラッチしやすい体型ですよね。後年大きくなってからは前田のジャーマン狙いも不発でしたが。
馬場さんの胴回りは腕を回し辛い形だったと思います。

アスクさん!!
まだまだ!!

この記事のコメント欄にこれ以上書けなくなるまでやりましょうよ!!

一般大衆プロレスファンの感覚

ではもう少し付き合ってください。
私が書いた在任期間とは日本のミスタープロレスとしてですね。
馬場の場合は厳しく見ればジュニアと大阪で引き分けて通路で倒れたくらいにしてもいいくらいです。
桜井さんはインタビューで馬場の全盛期は力道山存命中だと言ってますね。だけど大阪球場のキニスキー戦が峠だとも言ってるしどっちなんだと思いましたがとにかくそれくらい馬場の本当の全盛期は短いです。猪木小林戦に対抗した答えがブリスコというよりNWAベルトだったんですけど馬場とブリスコでは作品として勝てなかったですしあのあたりが限界かなと。
ブリスコ戦を終焉とするのは逆説的にそれだけ馬場の凄さを伝えたいというのもあります。
本当に馬場の全盛期にハンセンやブロディとやらせたかったですよ。キニスキー、サンマルチノ、エリック、ブラジルから彼らの出現までちょっと時間があったことが残念です。
馬場がキニスキーに勝った試合は大好きな試合です。セコンドの猪木が「馬場さんコブラだ!」とかね。
反則でもNWA世界王者に勝利というね。
で、ここの時点も桜井さんが直前の「室蘭の猪木キニスキー戦」のほうがよかったような書き方をしてますがそれなら自分の目でぜひ見て見たい。
だけど当時の「一般プロレスファンの感覚」から言ってそれはないと思うんだけどなぁ。
「一般プロレスファンの感覚」って結構普遍性があると思いませんか、レガさん。
猪木についても桜井さんに言わせれば全盛期は日本プロレス時代で長州戦で猪木時代は終わったと言うことですね。
けど猪木の後に猪木を超えるレスラーは出てない・・と言ってもさしつかえはないと思います。

あと桜井さんのインタビュー雑感ですが
「スナイダーは当時のストロングスタイルの代表選手」・・じゃ同じエドモントンエスキモーズのフットボーラーあがりのキニスキーだってそうだし、馬場はワールドリーグで勝ってるし馬場はストロングスタイルに入れてほしいですね。
テクニシャンというよりはラフアンドパワープラススピード、当時は三人とも同じ分類に入ると思います。
それと木村政彦に「それは言っちゃいけないんじゃないか」と言うのなら、ジャンケンチョップ発言を誌面で自慢げに言うのもどうなのと。
一発食らってメガネずらしながら「馬場くんの脳天チョップはねぇー」と解説してほしいす。
あと11回ワールドリーグ後「ようするにもうはっきりしてきたんですよ、この頃から」という箇所ですが、これも当時の一般感覚では違うと思いますがねぇ。

最後にちょっとだけジャーマンの話ですが、ロシモフの話はたぶん同じくらいの胴囲ではないかと。
馬場はそれほどでかくないですよ。全盛期でもマツコデラックスより5kg重いだけです。
馬場は吉村とのタッグでジャーマンくらってもフォールされなかったと。で、修行時代も含めてテーズのバックドロップは三回くらってて全てフォールされてます。
インター防衛戦では最後にポスト蹴ったわけですがこれ入れると四回、とにかく最初はクラッチしてないとテーズ式は投げれないでしょう。
天竜もロビンソンもクラッチしてましたし。
テーズも投げ方にバリエーションがありましたからこのあたりはまた腕逆でぜひ特集をお願いします。

>アスク御大

在任期間とは日本のミスタープロレスとして<…そうでしたか。

馬場の場合は厳しく見ればジュニアと大阪で引き分けて通路で倒れたくらいにしてもいいくらい<控室で小鉄さんがホースで水かけたのでしたっけ?

桜井さんはインタビューで馬場の全盛期は力道山存命中<その辺の論旨はけっこうアレなんですよね。猪木もアリ戦の時はとっくに下り坂とか…ちょっと極端すぎて。

ブリスコ戦を終焉とするのは逆説的にそれだけ馬場の凄さを伝えたい<いろんな事情はあったにせよ、あの試合を鹿児島(でしたっけ?)でやった馬場さんって凄いと思います。

全盛期にハンセンやブロディとやらせたかった<果たして噛み合いましたかね?
ハンセンについては移籍当時はかなり辛口でしたよね。「セオリーを知らない」みたいな。あれもちょっと馬場さん好きになれなかった一因なんですよ。

馬場がキニスキーに勝った試合は大好きな試合<御大は昔から一貫して、この試合ですよね。
そういう試合にケチつけられたら、その発言した人を私だって全否定しますよ。

当時の「一般プロレスファンの感覚」から言ってそれはないと思う…「一般プロレスファンの感覚」って結構普遍性があると<いや、その通りですよ。
ただ逆に言うと、以前コメント頂いた小鉄vsモンスーンみたいな「目撃した人間だけのベストバウト」もあると思うんですよね。

テクニシャンというよりはラフアンドパワープラススピード、当時は三人とも同じ分類に入ると思います<ちょっとその辺は答えようがないと言うか…申し訳ないです。

ジャンケンチョップ発言を誌面で自慢げに言うのもどうなの…一発食らってメガネずらしながら「馬場くんの脳天チョップはねぇー」<ガハハハ!!
櫻井さんの解説はとにかく「○○くんのねぇ」でした(笑)。

あと11回ワールドリーグ後<オールドファンが常にベストシリーズに挙げる大会ですね。
でも馬場派、猪木派、あと坂口派? によって意見割れるでしょうね。

ジャーマンの話…ロシモフの話はたぶん同じくらいの胴囲ではないか<でも馬場さんって独特の骨格してましたよね。横広の。
あれが一つのポイントだと思うんですけどね…違ってたらすみません。

全盛期でもマツコデラックスより5kg重いだけ<ってでかいでしょ(笑)。

最初はクラッチしてないとテーズ式は投げれないでしょう<う~ん…その辺りも調べてみないとわかりませんね。
確か浜松で蝶野とやった時はクラッチ結ばず投げてたような記憶があります。

あとひとつ御大に聞きたいんですが、
櫻井さんの話でよく馬場さん側から圧力かける話出てきますよね?
小林戦の時とか、ロビンソン戦の時とか。
ヤ印関係の方、ライトウィング方面の方…これどうなんでしょうか?
新日にもそういう関係のバックボーンはあったと思うんですが、あからさまに謝罪しろ云々とか…当時はまるっきり伏せられてたんですか?

田コロ考察

はい、小林戦で妨害したというのはゴングにはっきり書いてありました。どの筋とかは書いてないですけど、馬場もせこいわと思いましたね。力道山興行の件は聞こえてきませんでした。ただね、馬場自体はあまり欲のない人間という前提で読んでましたから、まあ組織対組織になると興行関係とかアレですからアレがアレするじゃないですか。
で、こだわるようですが11回ワールドリーグについては猪木ファン、坂口ファンも含めてですよ、もしあの決勝戦がブラジルをピンしてなら完全に猪木時代でしたね。
けど馬場はマルコフにピンして猪木が負けたブラジルと引き分け、猪木が勝ったモンスーンに負けてるんですが当時必ずフォールされる32文自爆パターン、逆に猪木はモンスーンに勝って番狂わせ、あの時ですよフォールしてから「みっつか?」ってレフリーに確認してから信じられないって顔で両手突き上げるパターン。藤波もパクってましたが。桜井さんは結果でなく内容の意味でしょうがこれが当時の一般的感覚であることはまちがいありません。

次にスナイダーがストロングスタイルという点なんですが桜井さんにとってのストロングスタイルってどういうスタイルなのかよくわからないんですよね。レスリングができるテーズ、ゴッチタイプということならスナイダーは違うタイプです。
もちろんアームロックやレッグロックくらいしますよ。だけどキニスキーだってバレンタインだってする範囲ですよ。もちろん馬場でもね。しかしラフファイトや気風のいいタックルや飛行機投げなどあれは「アメリカンスタイル」と言うんじゃないでしょうか。
アメリカンスタイルとはイコールショーマンシップだけではないはずです。馬場もそれらに伍して対当に戦っていたアメリカンスタイルの超一流レスラーだったんです。
後年の「明るく楽しく激しい」は私個人は馬場の説明とは別にこの頃の好敵手とのスイングした体験が大きいんだろうなと推測しています。はっきりわかりませんがハンセンのセオリー発言はこのあたりと観客論を含めたものかなと想像します。
「寝技でギュウギュウ言わせて猪木がフォールするのと馬場が16文でとるのとは意味が違う」ような内容も桜井さんは書いていますがそれだとプロレスの勝敗の決め方自体の否定になってしまいます。確かに昔のテーズとか日本プロレスの前座のようにアームロックで終わるという試合も存在したんですがこれはもう帰国した時の馬場のプロレスなんですから。
逆にに猪木自身が押された内容で延髄で締めるということも多々あるわけでね。
卍のプロモーションの相手でもあった田コロの戸口戦もほぼそうした内容でしたね。(やっと田コロになりました。)
力道山後、馬場が持ち込んだアメリカンプロレスは当時は新鮮だった。だけど馬場とライバルの肉体の衰えとともに猪木の時代・・道場論・勝負論に移った。
そんな中で田コロ興行がありました。
・・猪木はあの雰囲気でよくメインを締めたと思いますが、あの日帰路につく客の話題はハンセン・アンドレ一色だったはずです。あ、あくまで一般大衆プロレスファンの感覚ですからね。だけど普遍性がありますよね?

じゃあの夜のメインが「猪木小林」なら?これはこっちが勝ったかもしれませんがこれは試合内容よりも話題性が大きい。小林と戸口ではレスラーとしてどっちが上かレガさんとは同じ答えになるはずです。
ありえないことですがもしも仮に当日の観客の頭がまっさらで出場するレスラーの情報もゼロの状態で二つの試合を比較したら、やはり答えは明白でしょう。
ハンセン・アンドレより馬場アメリカンプロレスが超えていたなんてことは申しませんが言いたいことはこれ全盛期の馬場が提供していたジャンルと同じということです。
プロレスは本来無差別ですが同じ体力・技術で同じ体格の相手がリングで対峙したらやはり大きいもの同士のほうが迫力があるという普遍性です。
もちろんそれだけじゃないことは重々承知でこの話を出しました。あの夜に馬場が表現した世界の価値観は時代もありましたが存在の意義と理由の形を変えた証明だということを言いたかったわけです。
次の書き込みを最後にしたいと思います。

>アスク御大

まあ組織対組織になると興行関係とかアレですからアレがアレするじゃないですか<気になって当時の記述を調べてみたんですけど、かなり馬場さん側…というか力道山家側から無茶言ってきてますよね。
でもそういうしがらみ越えて試合を強行した猪木はやっぱり素晴らしいですよ。

11回ワールドリーグについて…桜井さんは結果でなく内容の意味でしょうが<その辺は私ら世代は「そうだったんですかぁ」と言う他ないんですよね。

スナイダーがストロングスタイルという点<最低限レスリング技術は重視されるでしょうが、スタイル自体は“遊びの少ないプロレス”ということでいいんじゃないでしょうか?
だからハンセンもストロングスタイルだった訳ですし。

アメリカンスタイルとはイコールショーマンシップだけではないはず<あれを読む限りは櫻井さんの言うアメスタとはショーマンシップのことじゃないでしょうかね?

ハンセンのセオリー発言<これも読み返してみると、「日本ではあれでいいかもしれないが、アメリカじゃ相手から嫌われるぞ」と…これって一種のカミングアウトじゃないかな?

プロレスの勝敗の決め方自体の否定になってしまいます…逆にに猪木自身が押された内容で延髄で締めるということも多々ある<仰るとおりです。
だからこそプロレスの見方に幅が出てくることも言えるでしょうね。

馬場とライバルの肉体の衰えとともに猪木の時代・・道場論・勝負論に移った<それが時代の流れってヤツでしょうね。

帰路につく客の話題はハンセン・アンドレ一色だったはず<セミがああだったから、メインをああしたと言うのが猪木のプロレスだと思います。
田村潔司もそうなんですが、結局は興行の流れのなかで自分の試合の意味合いを変えていくんですね。全日にはない世界観がそこでしょう。

あの夜のメインが「猪木小林」なら?<だからそうなると、猪木は全く違った試合を作ったでしょう。

全盛期の馬場が提供していたジャンルと同じ<あのぶつかり合いは無理でしょう!!

同じ体力・技術で同じ体格の相手がリングで対峙したらやはり大きいもの同士のほうが迫力がある<それこそが馬場さん的世界観ですよね。
「いい商売」発言の真意もそこにあったのかも知れません。

猪木の価値観はとにかく「驚かせる」でしたからね。

見果てぬ大河ロマン「馬場と猪木」

当時の少年誌に馬場が怪獣と戦うイラストが掲載されたことがあるんですよ。そういう視点、一般大衆の視点でのプロレスラー馬場。この点での田コロです。
馬場全盛期とハンセン・アンドレの比較優劣というよりプロレスの「ジャンル」として捕らえて欲しいんです。
桜井さんもインタビューで当時の馬場人気は凄かったと書いていますがその当時の捉え方ですね。
「ジャンル」とは作品を指して使いましたが「スタイル」は個々のレスラーの色でありレスラー達の風潮まで含まれるでしょう。
今、若い方たちが使う「アメプロ」は80年代以降のイメージが強いと思います。当時6~70年代の当時のアメリカンスタイルはシリアスですからね。桜井さんもそれを承知で引用したんでしょうが、ここは引っかかります。
レガさんがおっしゃる振り幅、猪木は特別ですよね。格闘技の認知された現代において猪木があらためて脚光を浴びている。
ただ猪木の故郷はプロレスです。猪木自身がアメリカンスタイルも含みますしゴッチは別にして影響を与えたザボーやマイヤースもアメリカンスタイルでしょう。ジュニアもブリスコもその流れです。彼らはほとんどフットボールかレスリングをやっている。
まあ「ぶっ×す」とか「片手で三分」的なものの延長でのプロパガンダが過ぎたかなーと。
当時馬場はトップクラスだったということがあまりに欠落しすぎたイメージを今のファンの方たちが持ちすぎるのはどうでしょうかと。
もし今回のGスピリッツが中学の教科書にでも採用されたら戦争が起きますね。はい。
ちなみにレガさんがウィリー戦のとこで使った言葉「宗教戦争」。これいいですね。
桜井さん話の中で最も心引かれた部分、それはもし猪木馬場戦があったらどうなったかという所。「わかりませんねぇ、だけど馬場に譲ったのかも知れません」
いつも思っていました。馬場と猪木が戦えばそれはプロレスしかありえない。
ではプロレスなら強さは決められないのか?
長州はおれが戦った日本人レスラーで一番強いかも知れないといいました。また鶴田が前田とやりたいと言いいました。個人的にはプロレスに強さを競う部分はあったと思っています。格闘技的部分だけではなく・・ですよ。
さてそろそろタイムアップのようです。
「三途の川で馬場さんが待っている」数多の猪木の対戦相手の中でいつまでも意識しつづける特別な選手の名前がまた猪木の口から出ました。
もし私が三途の川岸をあがったら最初にチケット売り場を捜したいと思います。

・・場内暗転とともに大観衆がどよめく。
イノキボンバイエはもうほとんど聞こえない地鳴りのような歓声と足踏み。
ト、トーンとポストを叩く猪木。背中の闘魂の文字に王者の魂が聞こえ始める。花道を一歩一歩リングに近づいてゆく馬場。
正座して膝から腹まで震えたあの感覚が蘇る。
コールとともにガウンの紐を引き上げる猪木。静にガウンを預ける馬場。
馬場と猪木が近づく。二人ともレフリーに一瞥もくれずお互いの視線を逸らせない。
がっちりと握手をしてコーナーに戻る二人。
ゴングとともにコーナーを飛び出す猪木。馬場はこぶしに息をフッと吹きかける・・・・

>アスク御大

少年誌に馬場が怪獣と戦うイラスト<うん、ありましたよ。私の時代にもその世界観『プロレス・スターウォーズ』というものが。

比較優劣というよりプロレスの「ジャンル」として捕らえて欲しい<難しい…難しい。

今、若い方たちが使う「アメプロ」は80年代以降のイメージが強い…6~70年代の当時のアメリカンスタイルはシリアス<それは観客論ですよね? 退場していく選手を囲んでナイフを突きつけたとか。
あとはTVマッチ時代になって変わったと言うことでしょうか?
昔の試合を見る限り、アメリカのプロレスってテーズの時代も今のWWEも本質的には変わらない様な気もします。

ただ猪木の故郷はプロレス<その部分、BBMから出た新刊に面白いインタビューが載っていますよ。
とにかく皆が思うほど、猪木ってプロレス嫌いじゃないんですよね、今でも。

馬場はトップクラスだったということがあまりに欠落しすぎたイメージを今のファンの方たちが持ちすぎるのはどうでしょうか<これは仕方ないです。私らが見てた馬場さんってコミカルでしたから。
逆に御大から見たUWFとかと同じ様なことですよ。

桜井さん話の中で最も心引かれた部分…ではプロレスなら強さは決められないのか?<ストロングスタイル云々の部分…やっぱり櫻井さんにとってもプロレスの価値基準は強い弱いなんですよね。
でもちょっと単純じゃないと言うか、擦れ過ぎというか…。

板垣某の外伝よりもよっぽど読みたいですよ、そのつづき。

御大!!…また引きずり出してやりますから、覚悟しとけよコノヤロウ!!

お忙しい中、本当にありがとうございました。

No title

アスクヒムさんの「三途の川で馬場さんが待っている」を目にして。

大借金も「どうってことない」で片付けるサイコパスな猪木さんには、プロレスライターにも解説できない馬場さんへの独特な思入れがあるはずです。
猪木さんが引退間際のテレビ番組で今対戦したら負けそうな相手にヒクソン、タイソン等の大物格闘家カード混在でも馬場カードを迷わず選んだり、唐突な「馬場さんの死に水」発言で周りを唖然とさせていましたから。
憶測ですが、BI砲で全盛期の馬場さんの身近にいた猪木さんですので
世間にプロレスラー馬場の凄さもわかってもらいたかったのだと思います。

>病弱者さん

馬場さんへの独特な思入れ<聞き飽きた表現ですが、同じ釜の飯を食った仲…二人の場合は同じラーメンをすすった仲ですもんね。

引退間際のテレビ番組で今対戦したら負けそうな相手に…馬場カードを迷わず選んだり<それは初耳でした。

「馬場さんの死に水」発言<ありましたねぇ!!

憶測ですが…プロレスラー馬場の凄さもわかってもらいたかった<もしも晩年闘っていたら…グダグダになる恐れもありますが、やっぱり実現して欲しかったですね。

…いややっぱり叶わなくて良かったのか。

馬場の偉大さ

極論な言い方かも知れないが結局は馬場の人間性.スケ‐ルの大きさ.レスラ‐としての実力、その全てを猪木は認めていたからこそ、執拗な挑戦.批判的な言動が多かったとも言える。
どうでもいい?格下相手なら批判も挑戦表明もしなかったと思いますよ。
猪木自身が内心どこかで馬場の実力や人気、その全てを認めた上での言動だったと思う。
馬場は全日本の看板レスラ‐としてまた世界を相手に信ずる道をひたすらまっとうしていた。
猪木の存在は勿論、馬場なりに意識してた事は間違いなかろう。
よく言われる静の馬場と動の猪木‥。
レスラ‐としてまたプロモ‐タ‐としても最後まで猪木自身は馬場に勝てなかった、追い付き追い越せる事が出来なかったのではないかと感じます。
あくまでもプロレスと言う世界(枠組み)においてです。

>ザ.全日本さん

初めまして。
コメントありがとうございます。

結局は馬場の人間性.スケ‐ルの大きさ.レスラ‐としての実力、その全てを猪木は認めていたからこそ、執拗な挑戦.批判的な言動が多かった<認めてるから、そして自分の方が上だと思ってるから、でしょうね。
既に峠を越した感のあった馬場さんに執拗に挑戦を迫っていたのは自信から来るものであったと思います。

猪木の存在は勿論、馬場なりに意識してた<会えば普通に話してたというのをよく聞きますからね。

レスラ‐としてまたプロモ‐タ‐としても最後まで猪木自身は馬場に勝てなかった…あくまでもプロレスと言う世界(枠組み)において<猪木的方法論でいけば圧勝だったんですがね。馬場さんの世界観では猪木の完敗。

それでいいんじゃないでしょうか。

馬場選手の試合はあまり観ていないんですが、皆さんいろんな意見、思い入れがあり
私には難しい部分が多かったんですけど、ケロさんのコメントに近いものを感じました。

なんだか永遠のテーマの様な気もします。

>みーさん

私には難しい部分が多かったんですけど、ケロさんのコメントに近いものを感じました<馬場さんに限らず見る角度によって、プロレスとかレスラーは全く違うものに見えてきますからね。

…というかみーさんがこの記事のコメント欄を全部読んでる事も脅威です。

馬場さん最高

馬場と猪木‥この話になるともう尽きないですね。
一言で言えば2人共力道山と並ぶ日本プロレス界の飛び抜けた存在だった、そしてテレビ中継も毎週金曜と土曜のゴ‐ルデンタイムに放送されていた。
鶴田.藤波.天竜.三沢‥確かに次代を担うレスラ‐も成長してきてそれなりに盛り上がったけど馬場.猪木を越える存在にまでは結局はなれなかったと思います。
プロレスに限らずスポ‐ツ選手はどんな偉大な選手であろうと必ず肉体の衰えが出る。
この時に例え偉大なス‐パ‐スタ‐を破ったとしてはっきり言って何の意味も無い。
極端な言い方ですが例えば天竜のように明らかに衰えた馬場さんや猪木さんにフォ‐ル勝ちしたとは言え当たり前の事です。
所で馬場さんは最後の最後までプロレス一筋で頂点を極めプロモ‐タ‐としても全うしました。
猪木さんはプロレスだけに留まらず異種格闘技、さらに政界へ進出‥そして引退試合で幕を下ろした。
この2人は全て何もかも相対的であったし根本的に考え方や性格が異なっていた。しかしもしかしてそれはプロレス界を盛り上げる為の表向きの演出だったのではないかとも思いますね。
実は裏では何のわだかまりも無い関係だったのかも。
世間では猪木がしきりに日本統一.実力日本一のレスラ‐を決めたい、ファンにそれを見てもらいたい為に馬場さんに挑戦、時として行き過ぎた挑発行為で迫り、馬場さんはそれをさらりと受け流し相手にせず‥と言う1つの図式、逆に猪木さんの挑戦をかわす事によりファンをさらに盛り上げようと言うか、注目させようと考えてたのではないかと思います。馬場さんの全盛期は言葉で言うのは難しいけど少なくともあの巨体で自由自在に動けた。スピ‐ド.スタミナも有り余る程ありました。
日本プロレス時代のビデオ見たら恐らく誰しも納得出来るものがあると私個人的にはそう思いますね。猪木さんはスピ‐ド、技の上手さがやはり先行しますが馬場さんも一瞬の返し技、さらにすれ違いざまのジャンピングネックブリ‐カ‐は本当に一撃必殺の技だった。
全て私個人的な感情に過ぎませんがプロレスの枠の中で最後まで枠からはみ出る事なく全うした馬場さんはやはり猪木さんより肉体的にも精神的にも強いと思います。
一時、猪木さんの過激なプロレスがマスコミ含めファンにも認知されてた時期があったが全く動じる事なくマンネリと言われようと我が道を行く馬場さんはある意味凄い精神力の持ち主だったと‥。

BI永久に

皆様方の投稿を読ませて頂き思わず頷きつつ初めて投稿致します。
私は馬場ファンですが実は猪木の試合も魅了しながら見てました。
馬場と猪木がいたからこそ日本マット界が引き締まっていたし全日.新日と言う組織そのものが今と違ってしっかりしていた。
また超一流外人レスラ‐の存在もしかり。八百長云々は抜きにしてあの頃のプロレスは今となっては懐かしいし魅力的だった思いです。馬場と猪木‥どちらが強いか?純粋に何故、馬場は猪木の挑戦を受けないのか‥当時はこんな話題が多かったですな。
極論ですが日本マット界は、そしてプロレスは馬場と猪木の2人がいた時代までと言うのが私の見解です。
馬場が亡くなった途端、猪木1人でかつての人気は取り戻す事は出来なかった。いかに馬場の存在感が絶対的だったか改めて感じさせられました。
プロレスのスタイルは違って当然でしょう。2メ‐トル越える馬場はスピ‐ドとダイナミックなレスリングが主体。馬場の動きが遅いのは体力が衰えてからであって全盛期の頃は猪木と全く変わらぬスピ‐ディな動きだったですよ。信じがたいかも知れませんが。
猪木はやはりレスラ‐としてスピ‐ドとテクニック主体が売りだったから馬場とは体格も違う訳だから当然でしょうね。レスリングスタイルから考え方、さらに経営者としても対象的だったが、だからこそお互い無いものを兼ね備えてたからこそ、意識し認め合ってたんでしょうな。猪木は馬場を実は最強のレスラ‐として認めてたからこそ執拗な挑戦表明をしたとも言える。
まあ今となっては全て昔の話で懐かしい限りですがもう二度と馬場や猪木と言ったレスラ‐は出てこないでしょう。実力と人気だけでなく経営者としても兼ね備えてたこの2人は永遠のス‐パ‐スタ‐でした。今のプロレスは私個人ですが全くつまらんものでしかなく引き付けるものも無い。
誰が絶対的なエ‐スなのか‥又、個性ある一流の外人レスラ‐もいないのは寂しい限りです。
改めて馬場と猪木がファンに与えた影響は絶対的であり良き時代だったですな。

>ミスタ‐全日本さん

お久し振りです。

鶴田.藤波.天竜.三沢‥確かに次代を担うレスラ‐も成長してきてそれなりに盛り上がったけど馬場.猪木を越える存在にまでは結局はなれなかった<超える存在になり得ないのは時代性もかなり大きいと思います。
野茂、イチローがどんなにパイオニアであっても、ONを超えられない…これって分母の大きさが違い過ぎると思うんです。

この時に例え偉大なス‐パ‐スタ‐を破ったとしてはっきり言って何の意味も無い<そこは私の考えは違います。意味はあると思います。
じゃなきゃ何のための現役なのかな? とも思います。
昨年の天龍引退試合はご覧になれましたでしょうか? あれこそプロレスの過去・現在・未来を繋いでいく上で物凄い意味を持った試合だったと思っています。

2人は全て何もかも相対的であったし根本的に考え方や性格が異なっていた…それはプロレス界を盛り上げる為の表向きの演出だったのでは<いざ顔を合わせれば、笑顔で話していたという証言もたくさんありますね。
根っからのプロレスラーである二人は周りの目がある以上は過剰に相対し合ったと思われます。

馬場さんの全盛期は言葉で言うのは難しいけど少なくともあの巨体で自由自在に動けた。スピ‐ド.スタミナも有り余る程ありました<プロレスラーとして以前に、アスリートとしても超一流だったという証言はたくさん残っていますね。
ただ残念なのは、若くしてトップに立ったがゆえに、その後の精進が途絶えてしまった事ですね。
小鉄さんが常々言ってた「体育館の外は馬場さんが好き、体育館の中では猪木さんんが好き」というのが心に残ります。

全て私個人的な感情に過ぎませんがプロレスの枠の中で最後まで枠からはみ出る事なく全うした馬場さんはやはり猪木さんより肉体的にも精神的にも強いと思います<それでこそファンという存在なんじゃないですかね?
自分が心の底から応援したプロレスラーがどんな醜態をさらしても、どんなにバッシングされたとしても、その風潮と闘っていくのが。
それが私にとっての猪木であり、高田です。
百人いたら、百通りの答えを見つけられるのがプロレスの素晴らしさだと信じています。

当ブログでは貴重な馬場派からのご意見大変ありがたいです。

>馬場連盟さん

初めまして。
コメントありがとうございます。

馬場と猪木がいたからこそ日本マット界が引き締まっていたし全日.新日と言う組織そのものが今と違ってしっかりしていた<二人の全盛時、組織は確かにしっかりしていましたね。
企業としてはアレだったかも知れませんが、それを補って余りある後援の力が凄まじかったです。

極論ですが日本マット界は、そしてプロレスは馬場と猪木の2人がいた時代までと言うのが私の見解<馬場連盟さん! それは極論すぎます!!(笑)
その後も今もプロレスは続いて、つながって来ていますです。

馬場の動きが遅いのは体力が衰えてからであって全盛期の頃は猪木と全く変わらぬスピ‐ディな動きだった<そこには深くこだわってらっしゃる様ですね。
スピードは映像で確認する限りは何とも言えませんが、あのダイナミックさとスタミナは猪木以上だったのかも知れません。

もう二度と馬場や猪木と言ったレスラ‐は出てこない…今のプロレスは私個人ですが全くつまらんものでしかなく引き付けるものも無い<そこは無理からに「いやいや今のも観て下さいよ。面白いから」なんて言うつもりは毛頭ございません。昔の試合だけを観て悦に入ることもプロレスの素敵な楽しみ方の一つですから。
馬場さん、猪木の様な存在は出て来る事がないと私も思っていますが、オールドファンでも楽しむ事が出来る素材は今も各団体に転がっていると思っています。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
44歳のプロレス話


待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

どーですかぁーーーー!!

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