特殊な団体(1977)

前回の 靴トーーク で補足コメントを下さった123daさん

「天龍さんもそうですけど猪木さんがアントニオにした制裁は恐ろしい事ですよ」

この“制裁”…有名な元祖顔面襲撃事件ですね。

日本プロレス界創世記の怪物、“密林王”G・アントニオに対して猪木が放った、リングシューズの甲での顔面蹴り上げ。

ある意味、前田の“長州顔面襲撃事件”以上にえげつない蹴り。

前田の時は猪木が先頭に立って、「卑怯千万、プロレス道にもとる」と後の解雇処分に続く流れを作りましたが、その猪木本人がやってしまった掟破り。

アントニオ入場

猪木不機嫌に入場

アントニオの難解なアピール

なぜこの様な凄惨な事態が起こったのか?

1977年最後のシリーズ『第2弾闘魂シリーズ』

このシリーズにアントニオは16年ぶりの来日を果たしました。

ストロングスタイルを推し進める当時の新日本にゲテモノの代表であるアントニオが突然現れたのは不思議でしたが、当時の気持ちを猪木は後年語ってます。


闘魂伝説の完全記録 3 より

猪木「プロレスっていうのはたしかに一番に強くなければいけないんだけど、その次にやっぱり人気が必要なんですよ。大衆を振り向かせなければ何も始まらないわけでね、振り向かした上でどういう試合をして見せるかが重要でね。マクガイヤーブラザースとかヘイスタック・カルホーンとかも下手したらゲテモノタイプの客寄せレスラーだったんだけど、当時のお客さんは一部のマニアを除けばまだまだレベルの高いレスリングよりも、そういう刺激を求める感覚の方が強かったんですよ。俺の師匠であるカール・ゴッチなんかはそういうタイプのレスラーとは絶対に試合しなかったし、やっても試合にならなかったですよね。そこが力道山とのビジネス感覚の差でもあったんだけど、俺の場合、力道山からそういう部分を遺伝的に引き継いでたんですね。マクガイヤーのときなんかとくに興行的に厳しい時期で、背に腹替えられない部分もあったんです…だけどね、最終的にアントニオ猪木はどんな相手とでも勝負できて、観客を満足させる闘いが出来る自信はあった」


しかし当のアントニオはそんな新日の特別待遇にすっかり勘違いし、


闘魂伝説の完全記録 3 より

「自分は人気者である」と勘違いし、控え室でも尊大な態度をとっていた。
アンドレ
(シリーズ前半に特別出場)はそんなアントニオが鼻についたらしく、
「お前はただのでくの棒だ。偉そうにするんじゃない」
と制裁を加えたのだ。
だが、アンドレが帰国すると、またアントニオは周囲を見下すような態度を取り始め、他の外人選手たちの不評を買っていた。
「俺はおまえらと違って大スターなんだ。日本のプロレスファンはみんな俺を見に来ているんだ」
とアントニオはことある毎に吹聴。
控え室でも王様気取りで、ウィリエム・ルスカ
(2月にvs猪木敗戦後、プロレス転向しこのシリーズフル参戦)も、
「あいつはいったい何を考えているんだ」
とカンカンになって怒っていた。
アントニオはどうやら大変な嫌われ者だったようだ。


たいした仕事もせずに控え室で威張り散らすアントニオ。

その態度に全選手の怒りは頂点に達していたんですね。

ボス格のアンドレは食らわせましたが、他の外人勢は勝手な行動を取る訳にいきません。

そこで何と招聘した団体の社長が自らの手で制裁するという、しかもTVマッチ、シリーズ最終戦のメインで。

これを考えると、いかに当時の新日が特殊な団体であったかがわかります。

初来日時同様にバスを3台引くデモンストレーションで注目を浴びたアントニオ。

右手一本でロープ際まで猪木を突き飛ばすそのパワーは健在です。

片手で…

猪木を突き放すと…

ロープ際まで吹っ飛ぶ

「3台のバスを引っ張ったんだぜ」とのアピール

ドロップキックも効きません。打たれ強さも健在。

ドロップキックにも動じず

「腹を殴って来い」とアピール

しかし脈略のない試合運びに猪木の怒りは徐々に…

急に!!

我慢の限界を迎え…

そろそろキレかかって…

ベストタイミングのアリキック

張り手

この技をキッカケに、

ハンマーパンチ3発

爆発。

怒りの張り手

手招きで挑発

猪木流タックル①

猪木流タックル②

掟破りの蹴り上げは空振り

起きようとするアントニオをさらにテイクダウン

完全にプロレスの範疇を超えた蹴り。

蹴り上げ、今度はヒット

2発目

そしてストンピング

アピールも忘れず…ということはキレてはいません

「ぶっ●すぞ!!」

無残に大流血

靴トーーク で書いたようにリングシューズはレスリングをするために作られたもの。

初めから蹴りを想定した構造ではありません。

小鉄さん曰く「何ら革靴と変わりません」

その革靴の硬い部分で、何のためらいもなく、うつ伏せの人間の顔面を蹴り上げる。

セコンドの長州も引いてます。

不安な長州①

不安な長州②

これは残酷ショーなのでしょうか?


Sports Graphic Number 681
『アントニオ猪木が語る1976年のアントニオ猪木』より

―でも、アリとの試合を、たとえばマクガイア兄弟の試合と一緒にされては困るという気持ちはありませんか?

猪木「あんまりそれは感じたことない。いま言われて初めてね、あれもあり、これもありという、言い方変えりゃ非常にいい加減なやつですけど(笑)」


全ての試合が命懸けであった以上、猪木にはアリ戦もマクガイヤー兄弟も、そしてこのアントニオ戦も一緒なのでしょう。
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tag : アントニオ猪木 グレート・アントニオ ケンカマッチ

comment

Secret

No title

当時の蔵前のメインでこれほど短時間な試合はありませんので途中で切れたと思いますよ。
これ切れないでできますかね。無意識か我に返ってアピールしたのではないですかね。
でも有明のベイダー戦でも何のためらいもなしに相手の腕を金具で刺したりしてますからね。

前田さんの場合はレガースですし、本人はアクシデントを主張してますから。
猪木さんのは顔面を何発も蹴ってますので確信犯ですよね。

日プロ時代も力道山の逆鱗に触れて強制帰国されてますよね。
その時に世話していたのが猪木さんらしいですよ。

>123daさん

う~ん…キレてますか。
苛立ちは見えますが、手招き→テイクダウン→蹴り→再度テイクダウン…この一連の動きがやけに冷静なような。
でも猪木ですからね。キレていても本能であの動きが出来るのかも知れませんね。

アントニオ初来日の時は羽田空港に迎えに行って、長椅子を投げつけられて馬場さんと一緒に逃げたらしいですね。
当時のゲテモノレスラーは本当に迫力あったと思います。

失礼いたします。

私のような年寄りが出張るのも恐縮ですが心を込めて書かせていただきます。グレートアントニオ対アントニオ猪木。どっちもアントニオ対決を見ていたあの時は確か「またまた猪木め、自分の強さを自慢するようなことしゃーがって」と。まあ私みたいな馬場ファンには猪木とはいつも馬場に楯突く目立ちがりやのやんちゃな弟分みたいな愛憎ごちゃまぜの感情があるわけです。グレートはかわいそうだなと思いましたね。そんなに控え室でいばってたことも知りませんでしたし。でも集客力としては初来日で奈良あやめが池公園特設リングに三万人以上集めて長らくその記録は破られなかったと思います。あれは確かにアントニオの力でした。テエクイージーと言う同じグレートの東郷の持つ鎖に引かれたアントニオ(さすがにリアルタイムでは見てません)二人とも絵になります。
さてグレートアントニオが大変臭かったからキレたという説もあるようですがだとしたら同じ理由で三沢もベイダーに制裁を加えたのでしょうか?
大学時代、風呂代がない先輩とプロレスごっこをしていてサソリをかけようとして臭くて腹がたってきた記憶がありますのであながちそうなのかもしれないなと。

>アスクさん

心を込めたコメントありがとうございます。込めただけにコメント…(瞬殺)

いつも馬場に楯突く目立ちがりやのやんちゃな弟分<馬場派にとっての猪木はまさにそんな感じだったんでしょうね。猪木寛至だけに…(圧死)
公園の特設リングに3万人って凄いですね。
でも当時も態度がひどく、一緒に来日してたゴッチの怒りを買ってたみたいですね。
それと、巡業に大きな袋を持って回り、各地で石とかいろんな物を拾っては袋に詰め込んでたそうです。
それだけなら一風変わった収集家なんですが、旅館なんかの気に入った物もドンドン詰め込んで、かなり日プロに苦情あったそうです。

臭かったからキレた説<古舘か誰かが言ってましたね。
実際に試合後も風呂入らなかったようです。猪木戦後も血が乾いてパリパリになったままで食事してたとか。
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