続・格とかパワーの事(1974)

昨日の 格とかパワーの事(1974) の続編。決戦当日です。

1974年3.19 蔵前国技館

この日の大会チケットは即完売。当日券もすぐに完売。全国から集ったプロレスファンは「とにかく中へ入れてくれ!!」と悲痛な声を上げる。

苦肉の策として、大会ポスターを切り取った紙を1000円でチケットとして発行。それもすぐになくなり、入りきれない3000人で会場外はパニックとなった。

それもこれも力道山vs木村政彦以来の日本人頂上対決をこの眼で見たいという切実な声。

全てが今では伝説となっている…

小林軍団

見てみい!! このツラ!!

縄跳びアントン

余裕のアントンスマイル

入場も通路まではみ出した観客席を縫うように。

小林入場

猪木入場

試合直前の猪木の表情は驚くほど柔かい。

ゴング直前

ゴングが鳴る。

試合開始

ロックアップ。

小林は瞬発的な腕力を込めるが、猪木は膝を使ったり、上半身を左右に振ったりで、押すこともあれば逆に引くこともある。

これが猪木の言う「ボディビルの筋肉と、格闘パワー」の違いでしょうか。

ロックアップは…?

小林が押し勝ってロープに追い詰めるとブレイク際、小外刈り。

この辺は後年、モンスターマン戦で見せた掌底打ちと同じタイミング。

猪木の裏技其の壱

さらに張って行く。

強烈な張り手

「スリーパーよりもプロの技」=ヘッドロック。

ヘッドロックは骨と骨

小林が腕力で外しにかかると、

力ずくで返すが…

首を引っ掛けて倒していく。

引き倒す

永く国際プロでセオリーに基づいた試合をしてきた小林は、猪木一流の仕掛けに思わずピストルサイン。

「こっちかよ!?」

構わず猪木はゴッチ流の嫌がらせ技、

猪木の裏技其の弐

さらに“左手での”張り手。

再び張り手

小林も得意の力技にいくが、

小林必殺のベアハッグ

きれいな腰投げで返す。

猪木難なく返す

このコブラは強烈。

小林のグランドコブラ

さらに坂口や長州も好んで使う押さえ込み(?)

フォールに行く小林

小林はあくまでも力技で勝負にいくが、

再度ベアハッグ

ショートレンジからのエルボー。

ナックル気味のエルボーで返す

小林は拳と勘違いしてレフェリーにアピール。

「ナックルだろ!!」

アームロックも見せたが、あくまでも力技にこだわる。背中へのハンマー。

背中にハンマーパンチ

不意に猪木の右ストレート。

猪木の右ストレート

腰から崩れる小林…勝負有りです

勝負あった

回復を待って反撃に出る小林は、場外で猪木の額を割ってから切り札のカナディアン・バックブリーカー。

小林必殺のカナダ式背骨折り

すかさずリバース・スープレックスで逆転する猪木。

リバース・スープレックスで返す

ここから一気にバックドロップ。

さらにバックドロップ

小林は後頭部痛打。

猪木も大流血

フラリと起き上がった小林のバックを取ると、反りの効いたジャーマン・スープレックス・ホールド!!

伝説の原爆固め①

伝説の原爆固め②

これが“伝説の原爆固め”。

猪木の脳天がキャンバスについてから、一瞬遅く小林の後頭部はモロに打ち付けられてます。

バックドロップのダメージが残る中で、受け身のタイミングも誤り大ダメージです。

ここでカウント3。

勝者猪木

敗者小林

「まぁチャンピオンはね、いつでも戦って負ける事もある。これ宿命なんですね。まぁ私も本当ならば、10年持つ選手生活も1年で終ってしまうかも知れない。しかし、それがね、ファンに対しての我々の義務だと思う。だからもう本当に、誰が挑戦しても…もうそれは私が勝てない相手もいるかもしれない、中にはね。しかしいつ何時でも私は受けて、勝つ。で、それが負けても私は悔いないし、そういうつもりです」

あの名言

本当に良く入っているな…

というより入れすぎだろ(汗)

当時は消防法自体がなかったのかな?

立すいの余地ない国技館

この試合には“勝負”がある、と昨日書きましたが、どういうことかと言うと、猪木の方は小林の技を尽く受けないんですよね。

今と違うとは言っても、当時でも相手の技を受ける事は試合を作る上で重要な意味がありました。

しかし猪木が受けた小林の技は巻き投げ、アームロック、ハンマーロック、ベアハッグ、コブラツイスト、背中へのパンチ、ヘッドロック、鉄柱攻撃、ブレーンバスター、カナディアン・バックブリーカーのみ。

大技はたったの4つしか使わせてません。他はスカすか、仕掛けてきた時点で返してしまう。

当時でも異質だと思いますが、何の違和感もなく見る事が出来た。それはこの試合がいろんな背負ってるものを賭けた“勝負”と認識していたからじゃないでしょうか。

日本人のプロレスとはこうあるべきなんです。
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tag : アントニオ猪木 ストロング小林 昭和の巌流島 NWF

comment

Secret

No title

猪木さんはよくこの試合を評して
「圧倒的な実力差があったから名勝負になった」
って言ってましたけど
当時の猪木さんはどんだけ強かったんでしょうね。
アリに挑むぐらいですから自分自身に相当な自信があったことは確かですね。

受けの美学とか言ってましたけど、まさにこの試合じゃないですかね。
相手を挑発して怒らせて従来以上の力を引き出した上で、それを「受けて立ってやる」みたいな。
今よくある「俺もチョップするからお前もチョップしろよ」みたいなのは誰でもできると思いますけどね。

>123daさん

今よくある「俺もチョップするから…」<確かに!! ロープに走って交互にラリアートとかも糞食らえですよ。

当時の猪木は自身の塊だったんでしょうね。
小林については猪木自伝で

小林はボディビルをやっていただけあって、日本人離れした筋肉が売り物のパワー・ファイターだった。だが本来、格闘技におけるパワーというのはそういうものとは違う。
例えば堅い棒と棒の先を合わせて押してやると、まっすぐに押せる。しかし、先端が尖った細い竹を相手に、同じように押してみると、うまく押せず、向こうの先端がしなって横に外されてしまうだろう。
格闘技におけるしなやかさも同じで、しなやかな相手と闘うと、こちらが押してもすっと外されてしまうのだ。そのときは、まるで力が吸い取られるように感じる。

と書いてますね。

また年寄りですが

闘魂込めて書きます。この試合は馬場派として参りました。戦前からのゴタゴタはきっと全日本の妨害ですぜ。しかし猪木見事な試合でした。私はこの試合が猪木の名勝負No1です。ごつごつした雰囲気からプロレス的調和、そして力道山・木村の終わり方とは違うハッピーエンド。その後の暴動が起こる不完全燃焼試合があった猪木のプロレス人生の免罪符とも思えます。
そういえば小林が国際を脱退して馬場猪木に挑戦表明したのが町田のビックベンという喫茶店だったのではないでしょか。その時ききき喫茶店かよ?と思っちゃいました。当時は国際をOOにする風潮がありましたけど今から思えば猪木のベスト名勝負の相手ですからねぇ。
最後に三日間駅の売店へ通ってようやく手にした東スポに書いてあったと思うのですが・・
「消防法ぎりぎりの大観衆一万六千五百人」

>アスクさん

闘魂込めたコメントありがとうございます。込めコメント…(凍死)

暴動が起こる不完全燃焼試合があった猪木のプロレス人生の免罪符<ここ完全に馬場派の見解ですよ。裏切りも含めて猪木プロレスだったんですから。
じゃないとTPGで両国暴動あった数日後に後楽園ホールで猪木コール起きないですって。
後年Uインターが佐野で同じ事やりましたが、小林は先に新日と契約交わしてから馬場猪木に挑戦表明したんですよね。
大木、ロビンソン、ブリスコ同様に小林も後に全日上がってたら馬場さんはやはり10分以内にピンフォールしたんでしょうかね?

消防法ぎりぎりの大観衆一万六千五百人<1万人ちょっとの会場にさらに6000人入れても法の範囲内だったんですね(笑)

はい

馬場派として嫌味を言いました・・のではありませんよ。
確かに暴動も猪木プロレスではありますがあの試合のカタルシス効果は有効期限が長すぎるという素直な賛辞です。
「猪木なら何をしても許される」シンドロームの病原菌です。
あ、私ったらまたこんな言い方して。やだやだ

まあ私は前田は藤波戦、高田は越中戦、船木は串刺しドロップキックで全て片付けてしまう偏食男ですから許してね。

>アスクさん

前田は藤波戦、高田は越中戦、船木は串刺しドロップキック<…って偏りすぎです(笑)

猪木の場合は暴動も、名勝負も、倍賞美津子も、タバスコも、リズムタッチも、スポーツ平和党も全て含めてですね。

あと、前田はニールセンですよ。
高田はUインター時代。
船木は…新生U~パンクラス初期ですね。
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