究極、レスラーが一番強いという結論かな

昨日の プロレスとは仕掛け合うもの の続きです。

基本がない=型がない猪木プロレス。それゆえにどんな相手とも試合を成立させられる。

今夜も猪木自身の言葉で、その核心に迫ってみましょう。

アントニオ猪木の証明―伝説への挑戦アントニオ猪木の証明―伝説への挑戦
(1998/03)
木村 光一

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Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2007年 7/5号 [雑誌]Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2007年 7/5号 [雑誌]
(2007/06/21)
不明

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自分自身が敢行してきた決死の取材を証明する為に、「リアルファイト」、「プロレス」というキーワードを武器に猪木にカミングアウトを迫った柳澤氏。

確固たる言葉で返答していく猪木。

インタビュー後記では、


Sports Graphic Number 681
『アントニオ猪木が語る1976年のアントニオ猪木』より

時代の空気を察してか、賢明なるアントニオ猪木はリアルファイトの3試合(モハメッド・アリ戦、パク・ソンナン戦、アクラム・ペールワン戦)と、別種のプロレスであるウィリアム・ルスカ戦をはっきりと区別して語ってくれた



と、『遠回しな表現ではあるが、猪木はカミングアウトした』ような締め方をしているが、猪木の本質を見ていないというか…。


Sports Graphic Number 681
『アントニオ猪木が語る1976年のアントニオ猪木』より

猪木「(『アクラム戦の30分前に突然向こうからリアルファイトを告げてきた』という新間氏の証言に)リアルかなんかっていうより、あんな厄介な国でヘンなことするよりは、まあスッとカネだけもらって帰ってきちゃったほうがいいというのが、今まで行った選手が考えたことじゃないですかね、たぶん。でも、俺の場合は、負けてくれって言われたら『そうはいかねえよ』となる

猪木「(大邱でのパク戦直前に『猪木が勝敗の取り決めを破ってリアルファイトになった』という金斗満の証言に)取り決めなんかないでしょう。行ったら、いきなり世界タイトルマッチになっちゃっていた。そんな約束をしていなかったから俺が怒った」

猪木「(『ルスカ戦前にリハーサルがあった』というドールマンの証言に)いやあ、みんな好きなことを言うからね、自分を売り込むために」



あくまでも猪木の答えは『それらは特別な試合などではなく、これもプロレス。マクガイア兄弟と同一線上にある』。

これはケーフェイを守るためではなく、本当に猪木はそういう観点でプロレスをやって来たんじゃないかなと思います。

実際に新日がこの大会を発表した時も『なんで(プロレスの試合と、総合ルールの試合で)分けるんだ?』と怒っていました。

自分が実践しなくとも、馬場さんの場合もそうだったんじゃないかという気がします。

ここにも猪木のプロレス論、格闘技論を発見しました。


アントニオ猪木の証明~伝説への挑戦~(木村光一著)より

―猪木さん自身は、意識の上ではプロレスと他の格闘技の境界線があまりないということですが、実際の闘いの局面においては、まさにプロレス一本で勝負してますよね。打撃系格闘技には当然、打撃の技術を研究して臨んではいるわけですが、あくまでもプロレス流の格闘技術だけで闘おうという決意みたいなものも感じるんですが、それは技術的にもプロレスは他の格闘技に勝っているという確信があったからなんですか?

猪木「やっぱり本当に実力が接近した者同士の闘いになると、異種格闘技でなくても戦術は絞られてくるものなんです。自分の最大の武器っていうのは、そういくつもあるわけじゃない。それにキックの専門家にキックで立ち向かうということは、逆に相手にハンデを与えるようなもんでしょ。格闘の夢としては、キックボクサーにキックで勝とうというのもわかるけど、現実にはそうはいかない。自分の持っているモノで勝負するしかないんです」

―猪木さんから見て、プロレスが他の格闘技よりあきらかに優れている点というのは?

猪木「まあやっぱり総合力ということになるのかな。立ってよし、寝てよし、組んでよしということでね。アルティメットを見てもわかるように、ある程度フリーなルールの闘いになった場合には、相手を本当に仕留められる技っていうのは、絞めるか逆(関節)を取るかしかないんですね。ボクサーのパンチも、正確な距離で当てて初めて威力があるもんですから、そうそう簡単には倒せない。そういう意味では、究極、レスラーが一番強いという結論かな。でも、『こいつがレスラーか?』っていうヤツもいるから。レスラーにもピンからキリまであるから、一概にはなかなか言えないけどね」



このインタビュー当時はまさにホイス・グレイシーがUFCを席巻し、グレイシー柔術が世に出た頃。

柔術の極めでケンカマッチを制していくホイスに猪木も自身を重ね合わせていた部分もあったと思います。

ただしあくまでも自身のバックボーンはプロレスの技術。

猪木にとっての闘いとは全てがプロレスラーとしての闘い。

そしてその相手は対戦者なんかではなく、世間だったんだと思います。

それがアリ戦でもあり、ウィリー戦でもあり、IWGPでもあり、巌流島でもあり、舌出し失神でもあり、講演中のアノ事件だったんだと思います。
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tag : アントニオ猪木 柳澤健 木村光一

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猪木さんのプロレスは格闘技の集大成。馬場さんのシューティングを越えた物がプロレス。
二人のようにプロレスの中に格闘技があると考えれば簡単な話しだったんですけどね。

リングスも前田さん、修斗も佐山さん、パンクラスも船木選手や鈴木選手ですよね。
K-1の原点は猪木、ウイリー戦って石井館長が言ってましたよね。
PRIDEも高田さんがいなければ成りたたなかったですよね。Uインターの流れでしたからね。
UFCも最初はグレイシーとプロレスのプロモーターが組んでました。

猪木さんからすれば全部プロレスですから、普段からその練習してれば強い奴はどの道でも強いということでしょう。
宮戸さんのいうように練習を見直すべきですよね。

>123daさん

いつもありがとうございます。

宮戸は言ってました。
「シュートとかワークとか言うなら、Uインターの道場ではシュートの練習しかしてません」

猪木は言ってました。
「俺は若い奴らに『強くなれ』しか言ってない」

「強けりゃお笑いのプロレスをやってもいいよ。けど弱いなら芸人になれって」

この言葉を飲めるかどうかが前田らとの違いでしょうね。
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