幻の“真”格闘技世界一決定戦~第二章~

第一章の続き参りましょう。

マイク・タイソンが収監された1992年、
マイク・タイソン

Uインターは一気に日本のプロレス団体のトップに近づき、

高田延彦は、

日本マット界の頂点であるプロレス大賞のMVPに輝きました。
祝杯

すでにタイソンの名を利用せずとも、

観客動員その他において、

軌道に乗りつつあったのです。

それでもUインターは仕掛けに入らんと、

獄中にいるタイソンへの接触を思案していました。

かなり強引な力技で…

 紙のプロレスRADICAL No.42 より
蘇れ! UWFインター伝説Ⅱ 高山善廣×宮戸優光×金原弘光

― 当時、他にもいろいろそういうビッグな構想はあったんじゃないですか?

宮戸「いっぱいありましたよ! あの当時、マイク・タイソンに挑戦表明する選手がいっぱいいたでしょ? でも、牢屋に入ってたんで実現の可能性は限りなく0%に近かった…そこで裏技を思いついたんです」

― 裏技!(笑)

宮戸「あのね、刑務所のタイソンを慰問に行くフリして、面会できたらそこでやっちゃおうっていう計画だったんですよ(キッパリ)」

― ええ~っっっっ!!

宮戸「もちろんヤバいんだけど、もし高田さんが捕まるような事態になっても、実際にはまず止めに入られて未遂に終わるだろうから、たいした罪にはならないと思ったし。『刑務所で喧嘩を売りに来た奴らがいる』って、世界的なニュースになるから、それでいいんじゃないかって思ったんです。さすがに高田さんにこのプランは打ち明けられなかったけど」

金原「ガハハハハハハ!」

高山「凄すぎる!(笑)。いま初めて聞きましたよ、そんな話!」

― それは実現に向けて、ある程度は動いてたんですか?

宮戸「ええ、こちらのエージェントに『とにかくタイソンと面会できないか』って話を持っていったんですよ。難しかったんだけど、あんまり食い下がるもんだから向こうに怪しまれちゃって、そこで挫折しちゃったんですけど(残念そうに)」


これを実行に移していたら、

逆に団体の存亡にもかかわっていたと思いますが、

真剣に段取りを練る宮戸には、

失敗の2文字など絶対に頭にはなかったと思います。

ただし、この1992年、

Uインター史最大のハイライトともいえる北尾戦(参照:10月最後の夜に…カタルシスを)を最後に、

高田の格闘技世界一決定戦は幕を閉じ、

ベイダー参戦(参照:皇帝戦士来襲)以降は、

完全にプロレスリング一本に道を絞りました。

それでも1995年、

最後のベイダー戦を終えた後の高田は、

テレビ出演の際に夢として、

タイソン戦の実現を語っていました。

テレビ東京の『HERO'S バー』(1995年春放送)という、
HERO’S バー

以前、酒にまつわる記事(参照:酒と泪と男と男と男と男と男と…)でご紹介したトーク番組からです。
ゲストは高田


MC「引退するまでにね、どうしてもこの人と闘いたいって気持ちがありますか?」

高田「ありますよ」

MC「誰?」

高田「えーー…マイク・タイソンとやりたいです」
「タイソンです」

相原「マイク・タイソン!!」

MC「マイク・タイソンと!?」

高田「ええ。あのー、同じリングの中で向かい合いたいですね、一回」

MC「本当に勝てると思う?」

高田「ええ、思います」

相原「え? マイク・タイソンってボクシングの?」

MC「それは、こないだ刑務所から出てきたばっかりのマイク・タイソンですよ」

相原「ハハハハ…そういうこともありますね」
失笑する二人

MC「あの事件があって刑務所の本当にあれは6年間か8年間入るはずだったけど、3年か4年で出て来たんですよ」

相原「何でマイク・タイソンと?」

高田「やっぱり、格闘技の一番のメジャーなスポーツ。全世界に知れ渡ってるスポーツったら、ボクシングのヘビー級じゃないですか、アメリカの」

MC「そうですね。…今、世界でほとんどの人がマイク・タイソンが世界で一番タフネスだと思ってる。そういう人に勝てると思ってるんだから…。(高田に向かって)ごめんなさいね、ちょっと疑いますね」

高田「あはははは!! だけど…」
あはははは

MC「本当にそうなんですよ。マイク・タイソンに勝てる人は誰もいないと思うんですけど、やっぱりルールが違うんですね?」

高田「だから僕がグローブを付けて闘ったら、そりゃもう…(ゴング)鳴った途端に僕寝てますよ」

MC「そうだよねぇ…」

相原「あはははは!!」

高田「ゴング鳴ったの? って位じゃないですかね」

MC、相原「あはははは」

高田「だからそれは不可能な話ですから」

MC「高田さん、もしタイソンと一緒に(リングに)入るのだったらどんなルールで、一番適切ですか?」

高田「うーーん…やっぱり手での対抗は出来ないですから。だから殴る手段として、脚は使わしてもらいたいなというのはあります。それだけです」

MC「それだけ?」

高田「あとはもうあのー、寝た時? たまたまこうテイクダウンした時に、180センチクラス以上の人がやってるわけですから。倒れたと同時にロープに逃げられるじゃないですか。その辺だけ少し改良出来れば…道は開けんじゃないかなと。僕側から言わしてもらえばね、思うんですけども」

MC「それだけ? そのルールだけあれば、出る気はあるし、勝つ気も?」
「それだけ?」

高田「勝算ありますね。勝算なければやらないですから。人間サンドバックになってしまうんで(笑)」
「勝算あります」

MC、相原「あはははは」


テレビ向けに冗談も織り交ぜていますが、

高田の表情を見る限り、

純粋にタイソンと闘いたい気持ちが伝わってきます。

しかしこの頃は既に、

太いコネもツテも失っていました。

そしてUインターは新日との対抗戦に向かっていきます。

ところが高田のタイソンへの気持ちが、

冷める事はなかったのです。

第三章へつづいていきます。

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tag : 高田延彦 マイク・タイソン 格闘技世界一決定戦 宮戸優光 金原弘光 高山善廣

comment

Secret

No title

宮戸優光氏はとてつもねえ・・・・・こういう「修羅の仕掛け人」が昭和から平成初頭くらいにまでに各所でいたのかというのはすごい話だ。安生洋二グレイシー道場破りとかの発想も凄まじく、こういう発想のドグマに宮戸氏がおそらく少年時代に遭遇した「猪木がシンに襲われる」が元になってんだろうなと思わせるいい話だ。

>テレビ東京の『HERO'S バー』(1995年春放送)という、

普通に読んでいて気付かなかったが、紫レガさん当時高田選手が出演した番組はビデオに撮りためていたんですか!?本物だ・・・
今の半ばバラエティタレント・俳優としての高田氏はどう映っているのでしょうか・・・

>8798さん

「修羅の仕掛け人」<天命として実行してましたからね。
ただし宮戸自身も「あれ以上続いてたら殺されてたかも…」と後年言ってました。

当時高田選手が出演した番組はビデオに撮りためていたんですか!?<いやほとんど残ってないんですよ。
毎週土曜のスポーツニュースでキャスターまでやってましたからね。さすがにあれは録っていません。

No title

こんばんは!高田の本のどれだったか忘れましたが、何かで読んだことあります。高田はタイソン戦本気でしたよね。相原さんの反応が世間一般の反応を表していると思いますね。「本当にやる気なの?」っていう。高田が世間を見返す光景を見たかったですね。実現したらルールにもよりますけど勝機あったと思います。

宮戸のタイソン口説き構想は神ですね笑。こんなUインターの攻撃的姿勢好きです。

>H.Tさん

こんばんわ。

相原さんの反応が世間一般の反応を表している<猪木もそうですが、一見馬鹿馬鹿しいことに本気で臨んで行くからジャンルそのものを超えることが出来るんですよね。今は誰もジャンルを超えようとしませんもんね。
敢えて言えば大晦日の青木くらいでしょうか。

宮戸のタイソン口説き構想<一歩間違えればキ●●イなんですけど(笑)、これも本気ですからね。
どれだけプロレスリングに命を捧げてたかと言うことでしょうね。
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