幻の“真”格闘技世界一決定戦~第一章~

運命…という言葉が本当にあるのなら、

高田延彦にとって、

最も大きな“運命の一戦”はPRIDE.1のおけるヒクソン・グレイシー戦(参照:顔を見る、感情を見る。第一歩)という事になるのでしょう。
高田ヒクソン初戦

ただし、もう一つの運命…

いわば“宿命”というものがあったなら、

それは幻の一戦、

“真の格闘技世界一決定戦”の実現にあったのではないでしょうか?

Uインターが最初の大勝負に出た1991年の暮れ、

トレバー・バービックの戦意を喪失させた快勝劇(参照:本当の意味での真剣勝負プロレスとプロボクシングとルール最強ノ男、覚醒スル。)の後、
打つ!!

高田はその男の名を叫びました。

高田
「ハッキリ言って、物足りません。もし…もしぃ!! ボクシングの…アメリカのボクシングで!! 文句のある強ぇえ奴がいたら、こっちから指名します!! マイク・タイソンかホリフィールド! ケーブルテレビ見てたらいつでも来てくれ! いつでもやります!!」

「タイソンか、ホリフィールド!!」

何のツテもなく、何のコネもなく、

いわゆる売名行為で啖呵を切っていた…

という訳ではありません。

「プロレスは最強の格闘技である」という理念を、

世界規模で展開して行こうというUインターの戦略は、

ここから始まって、実に6年越しでマイク・タイソンを追いかけて行ったのです。

格闘技世界一を掲げた団体の理想は、

高田自身の著書でも語られています。

 最強の名のもとに より
カモン、マイク・タイソン

高田
それなら、いったいお前は誰と闘うのか、と尋ねられたら、迷わずマイク・タイソンやイベンダー・ホリフィールド、それに現役のチャンピオンのリリック・ボーの名前を上げるだろう。そんな強くて、有名なボクサーと本当に闘えるのか、と首をかしげる人もいるはずだ。しかし、自分はじゅうぶん可能性はあると言いたい。
(略)今、自分は夢を語っているのではない。夢という言葉はこの場合、的確ではないのだ。マイク・タイソンやイベンダー・ホリフィールドと闘うのは絶対に夢ではなく、当然、達成しなくてはならない目標なのだ。ここ2、3年のうちに誰もが知っている最強のプロボクサーと対戦することを、この場を借りて断言しよう。


具体的に「2、3年」と期限を語っていた高田。

その自信は、

それまでのプロレス団体が行ってきた“異種格闘技戦”とは異なる、

Uインター独自の“他流試合”の契約システムからもうかがい知る事が出来ます。

U.W.F.最強の真実 (BLOODY FIGHTING BOOKS)
 U.W.F.最強の真実

宮戸
当時、他の団体にもいろいろなボクサーや他の格闘技選手が上がっていたが、そういう場合の契約は団体とその選手個人で交わされていた。でも我々の契約は選手個人ではなく、ドン・キング・プロモーションの傘下で彼らが所属していたブレバーマン・プロモーションとの間で交わされていた。
高田さんとバービックの試合を「出稼ぎ根性でUインターのリングに上がってきたボクサーが、蹴られて泣いて…」なんて言う人もいたが、それはまったく違う。あれは、彼らが所属プロモーションと契約している年間契約試合の中の1試合だった。だから、彼らにしてみたら出稼ぎだからどうのこうのではない。
ボクシングの試合に出るのと、あの試合に出ることは、契約している一試合という意味において、試合の重さは一緒だった。ヘタな試合をしたら次の契約に響くわけだから…、他の団体に上がっていた出稼ぎボクサーとはそこがまったく違っていたのだ。


出稼ぎ感覚じゃない…それは要するに、

ボクシングの世界戦に近い、あるいは同等だという意味を契約に込めた、

“真剣勝負”だったという事です。

ドン・キング・プロモーション傘下のブレバーマン・プロモーションという、

太い“コネ”、太い“ツテ”を持った上でのターゲットだったのです。

高田vsタイソンというスーパーマッチを描いて、

Uインターは旗揚げ2年目にあたる1992年のテーマを、

“世界元年”と定めました。

しかし…

タイソンは大きな“事件”を起こしてしまい、

しばらくの間、リングから姿を消してしまいます。

同じU系団体のリングスでは、

ヘビー級ボクシングの放映権を持つWOWOWとタッグを組み、

タイソン救済キャンペーンの署名運動を展開していきます。

それでもUインターは独自の方法論で、

タイソンとの接触を画策していきます。

それもかなり強引な手法で…

第二章へつづけましょう。

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tag : 高田延彦 マイク・タイソン 格闘技世界一決定戦 宮戸優光

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No title

リンクしていただき、ありがとうございました!

さて、この「高田VSバービック」というのは自分は自伝の「泣き虫」などの文献で知った、という格闘技考古学派なんですが、そういう文献から振り返るとこれがUインター時代の高田選手の異種格闘技戦ではベストバウトだと感じています。若干内実をバラしてしまっている北尾戦以上にすさまじい状況下で行われた試合だと。

この試合当時、高田選手はスパーでアバラをやってしまって、ボディブローを受ければ折れた骨が肺に到達してしまう、という凄まじい逆境に立たされながらも、試合当日には凄まじい集中力が研ぎ澄まされていた、という「泣き虫」の記述を見てシビれておりました。

近い時期に田村潔司選手もボクサーとの異種格闘技戦を行ったというのとの比較もお聞きしたいです。

>8798さん

Uインター時代の高田選手の異種格闘技戦ではベストバウト<ある一つの角度からはそうなるでしょうね。

若干内実をバラしてしまっている北尾戦以上にすさまじい状況下<いやいや、北尾戦の舞台裏も壮絶ですよ。角度を変えればですけどね。

試合当日には凄まじい集中力が研ぎ澄まされていた、という「泣き虫」の記述<この部分については宮戸本や鈴木健本もぜひお読み下さい。

近い時期に田村潔司選手もボクサーとの異種格闘技戦を行ったというのとの比較も<あの試合も緊張感に関しては高田バービックに近いものがありましたよ。田村の表情を見てると。
Uインターには(MMAとは異なる)プロレス特有の緊張感が充満していました。
http://murasakilg.blog64.fc2.com/blog-entry-255.html

ローキックに恐怖

こんばんは。この試合はビデオで観戦しましたがローの連打で沸き起こる大高田コールは桜庭対ホイラー戦の大コールに相通じるものがあると私は思ってます。今でもたまにビデオを見てしびれています。

>aliveさん

こんばんわ。お久し振りです。

ローの連打で沸き起こる大高田コールは桜庭対ホイラー戦の大コールに相通じるものがある<あぁ言われてみればそうですね。
あのカタルシス…似てますよね。
途中で出したハイキックのタイミングなんかはそのものです。

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高田VSバービックは生で観ました。あの時の高田の気迫は凄かったですね。あの頃の高田は誰が何と言おうと最強です。

No title

大一番ながらチケットが取れなかった一戦です(泣
レガさんでしたっけ?
誰かがこの時の高田の蹴りはk-1なんてもんじゃないと言ってたと思うんですが・・・まさにですね
駆け引きなしの本気のロー。
それでもコンディションは最悪だし脂肪も乗ってる肉体ですよね
本当に最強になるのは、この先でしたからね
いや~~すごい試合でしたよ
タイソンは本当に見たかったですね

きっかけ

生で観ましたよぉぉぉ!!!!!
この一戦で完全なる“高田信者”になりました!!!!!
ホントにこの日の高田は、とにかく格好良かった!!!!!

>○○○さん

いつも勉強になります。ありがとうございます。

そのへんの自覚は高田自身にも多少あったようですね。
そういや前田が言ってた「高田は壊れたんや」ってのもありましたね。

>赤いマスカラスさん

あの時の高田の気迫<これまでにはなかった殺気でしたよね。

誰が何と言おうと最強<本人も誰にも負ける気しなかったんじゃないでしょうか?
もっと他流試合見たかったですよね。

>Fさん

誰かがこの時の高田の蹴りはk-1なんてもんじゃないと<まさしく私です(笑)
武蔵とかの温いローキック見てたらもう…

それでもコンディションは最悪だし脂肪も乗ってる肉体<ただ本人曰く「ベスト体重を知ることが出来た」試合のようですね。
新生時代は肥えるだけ肥えてましたから。

>聖戦士さん

この一戦で完全なる“高田信者”に<一発で心奪われましたよね。

この日の高田は、とにかく格好良かった!!!!!<ブーイングの声にも毅然と睨み返してましたもんね。
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