あれから一年。

悪夢のような突然のお別れから(参照:信じられる訳がない)、

今日でちょうど一年ですか。

いま一度、

強きプロレスラーの勇姿を、

振り返ってみましょうか。
三沢ぁ!!

 戦略ある団体~前編~~後編~

 三沢光晴の強さ

 かりそめの虎

 三沢光晴のプロレスリング

 緑のマットでの崇高なる“闘い”~前編~~中編~~後編~

 三沢光晴を忘れない―。

 さようなら三沢光晴

 緑の休日、緑の記憶

 三沢、最後の懐刀~前編~~後編~

 『三沢のエルボー』

あのときの胸の苦しさを思い出しながら、

一日一日を大切に生きて行きましょう。
三沢、ありがとう!!

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tag : 三沢光晴

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そのまま行けばオリンピックに出れたかもしれない器だったのに、それを蹴ってプロレス界入りした三沢光晴。
それを知ったのは後年になってからで、プロレス大百科の中の人だった三沢光晴を最初に見た時には虎の仮面を被っていました。
佐山タイガーとは別物でしたが、後に仮面を取り去った時、三沢光晴は全日に無くてはならないレスラーになりました。
当時UWF派だった私は残念ながら四天王プロレスをほとんど見たことがありません。
一年ほど前にUWFのことを「四天王プロレスの格闘技版」と形容した方がいました。
UWFスタイルと一対になるもの。
見ておけば良かったとも思いました。

>ROSESさん

そのまま行けばオリンピックに出れたかもしれない器だったのに、それを蹴ってプロレス界入りした三沢光晴<プロレスラーになるためのステップに過ぎなかった競技生活で高校生の頂点に立ったわけですからね。素直に凄いですよ。

佐山タイガーとは別物でしたが、後に仮面を取り去った時、三沢光晴は全日に無くてはならないレスラーになりました<三沢が存在しなければ、鶴田が戦列を離れた時点で全日という団体自体がその後のインディーみたいなカラーになっていたかも知れませんね。

「四天王プロレスの格闘技版」<なるほど…。
四天王プロレスの礎となった天龍革命の際に天龍自身は「Uは進化するプロレス。俺のは掘り起こすプロレス」みたいなこと言ってました。同じ時期に前田も既製プロレスでは天龍のスタイルだけを認めてましたよね。
だから全日とUは表裏一体だったかも知れませんよね。

今思えば…高田vs三沢見たかったなと。

ジュニアですが、世界選手権で五位みたいです。
間違っていたらスミマセン。m(_ _)m

三沢にとって夢であり目標であったのはオリンピックではなくプロレスラーになることだったのですよね。

>ROSESさん

ジュニアですが、世界選手権で五位<ん? 三沢の長男ですか?
以前インタビューでは「やさしすぎて格闘技には向いてない」みたいな事言ってた記憶ありますが、やっぱり血は争えないですねぇ…

夢であり目標であったのはオリンピックではなくプロレスラーになること<その為の器械体操であり、レスリングだったそうですからね。

スミマセン、私の書き方がまずかったみたいで…。

三沢本人がジュニアの世界選手権で五位だったらしいです。

失礼いたしました。m(_ _)m

器械体操もやっていたんですね!

>ROSESさん

こちらこそ早とちりでした。すみませんです。

器械体操<丸藤も同じ道を辿ったんですよね。そりゃ三沢が可愛がるはずです。
そして丸藤は一つ間違えば、キングダムに入門してたんですよねぇ。

三沢選手と言えばエルボー。

レガさんに教えていただきましたが、試合 改めて観なきゃいけませんね。

視聴しましたら、またコメントさせて下さい。

>ミートさん

試合改めて観なきゃいけませんね<いろんな時代でそれぞれの三沢がいますよ。
ぜひ、ご覧下さい。
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