和田さんが語ってたUインター道場

以前の記事で、

Uインター道場での出稽古について、

エンセン井上が回顧した記事(参照:エンセン井上が語ってたUインター道場)が意外と好評でしたので、

今回は技術ではなく、フィジカル面のトレーナーであり、

リング上では不動のメインレフェリーを勤めた、

和田良覚さんのUインター回顧をお送りしましょう。
ゲーリーと和田さん

これの元記事は確か“今はなき”猪木事務所の公式サイトからだったと思いますが、

語られてる内容は200%Uインターについてのみです。

ここでも宮戸を初めとするUインター勢の強烈さが心に染み渡ります。

懐かしい…

― UWFインターナショナル時代の印象深い出来事について。

和田「団体の立ち上げからずっと見てましたのでこれだけは言えます。Uインターはとにかく練習をする団体でした。その源流は新日本の道場で、前田さんや高田さんが若手の頃、死ぬ思いでやっていた練習の再現だったんですよ。『プロレスラーはなめられてはいけない』。『プロレスはナンバー1でなければならない』。『プロレスは世界最強の格闘技である』。Uインターが掲げていた理念は、かつて新日本が掲げていた理念の再現だったんです。僕はレフェリーでありトレーナーという立場でしたが、あの頃、道場破りが来たら率先して自分が受けて立つつもりでいました。僕も選手と同じ練習を積んでましたからね。選手が出るまでもないと思ってましたし、大事な選手には指一本触れさせない自信がありましたよ。まずは俺を殺(や)ってからにしてくれ、とそのくらいの覚悟をつねに持ってましたね」

― Uインターは関節技の応酬も多かったから大変だった?
 
和田「いや~大変なんてものじゃなかったですよ。関節技は自分で痛みを知らないと極まり具合がわからない。レフェリーが技を見極められなければ試合になりませんし、なにより危険ですから。それで道場が見つかってからは僕もスパーリングに参加して勉強しました。宮戸さんという鬼コーチがいまして、それはそれは苦しかったです。関節極められてギャーギャー言いながらタップするんだけどやめてくれない。タップしたところからさらにレベルを上げて極めるんですから。もう僕なんかリングでぐちゃぐちゃにされてボロ雑巾みたいでした。金原選手の新弟子時代のエピソードなんですけどね、練習の前、彼、あまりの緊張で毎朝のようにゲーゲー吐いてたんですよ。全身鳥肌立てて。恐怖だったんですよ、スパーリングが。先輩の車の音が聞こえただけで僕までが震え上がってました。当時、次から次に凄い数の新弟子が入ってきてたんですよ。でも、スパーリングの次の日には誰もいなくなってました。レフェリーの僕が耐えているのに何で選手志望の君達がと思いましたよ。志はどこにいったのかと!(笑)。おかげで関節技の何たるかを身体で理解できましたし、肉体的にも精神的にも少なからず強くなれました。選手の立場にもなれましたし。あれがなかったら今の自分はなかったと感謝してますが、その頃はスパーリングが厭で厭で半分ノイローゼでしたよ。毎日が殺気立ってピリピリしてました。肉体的にも精神的にも追い詰められて、あれはある意味イジメでしたね(笑)」

― Uインターならではのトレーニングは?

和田「走り込みや体力作りの基礎練習やスパーリングは新日本の伝統スタイルを踏襲し、Uインターではそれにプラス、ムエタイのコーチを招いて本格的なキックのトレーニングをやってましたし、今、日体大のレスリング部監督の安達巧さんにアマレスのコーチを受けてました。団体の末期にはエンセン井上さんから柔術を教えてもらってましたし、とにかく、あらゆる技術に貪欲でしたね」


さんざんここで書き綴ってきましたように、

とにかくUインターという団体は、

強さに対して真摯に向き合ってきたプロレス団体だった訳です。

その志はレフェリーである和田さんにまで行き届いてたのです。

そこには宮戸流の理念があったんですけど…

それについては、また改めて宮戸語録で書きましょう。

そして和田さんといえば、

“最強”時代の高田延彦を、
高田と和田さん

コンディション面でサポートした実績も忘れられません。

そこには当時の新弟子らと同じように、

高田への最大限のリスペクトがあったのです。

― トレーナーの目から見て、高田延彦のレスラーとしての身体能力は?

和田「お世辞抜きで僕が今まで見てきた選手の中では文句なくトップクラス。五本の指に入ります。筋力、筋持久力、心肺機能、欠点らしい欠点がなく、それでもあえて言うなら、若干ですが身体が硬い…とくに肩甲骨の周りがそうだったんですが、それを差し引いてもトータルのバランスや身体能力はズバ抜けて高かったです。大概、パワー系の人は持久力が落ちるんですよ。持久力の優れている人は反対にパワーがない。普通はそうなんです。が、高田さんの身体能力はトータルで優れてました。その特徴は前田さんも同じで、日体大のレスリング部監督になった安達さんも、以前、『柔らかい筋肉の質といい、あの二人がアマレスをやっていたら間違いなくオリンピックに出てたでしょうね』とおっしゃってました。100キロ、110キロの体重で短距離も長距離も速く走れる。そんな人間いませんって。僕はお二人を見て、プロレスラーっていうのはなんて凄い人達なんだ、って素直に感動しましたから」

― そこまで恩義を感じていた高田延彦は和田さんにとってどういう存在だった?

「憧れです。最初に憧れたプロレスラー。まず前田さんに憧れ、そして高田さんに憧れた。高田さんと僕は歳が一緒なんですが、強くて男前で、神様はなんて不公平なんだと思いましたよ。でも高田さんには本当によく面倒をみてもらって、スーツなんかもいただきました。ところが高田さんが着ると格好いいのに、僕が着るとどうしても田舎ヤクザになっちゃう(笑)。ずるいな~って思いました」


田舎ヤクザ…仕方ないでしょう。

今でも和田さんは格闘技界において、

欠かすことの出来ない存在です。
最初の修羅場は格闘技世界一決定戦

島田なんかは足元にも及ばないと私は思っています。

その礎は、

やはりあの道場にあったわけです。
歴史的シーンの和田さん

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tag : 和田良覚

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No title

プロレスラーが試合や練習中、急性腎不全や疲労骨折など、一般健常者なら起こる症状を頻発するようでは洒落になりませんから、練習生達を厳しい特訓で「間引き」してプロレス向きの強靭な内臓や骨格の人物が残るよう選別する方式は職業の適正を考えて理に適っていると思いますし、選ばれた精鋭が格闘技術を正しく身に付ければ強くなるのも当然だと思います。
余談ですか、私の「病弱者」ネームはプロレスラーと同じ練習量・試合並みの運動量を行えば急性腎不全か疲労骨折を起こすプロレスラーと比較しての一般健常者という意味です。

>病弱者さん

練習生達を厳しい特訓で「間引き」してプロレス向きの強靭な内臓や骨格の人物が残るよう選別する方式<篩いにかけるシステムと言うのは力道山時代から普遍のものがありますよね。
ラッパなんかはプロレスラーと他の格闘競技者とのボーダーラインでもありますよね。

「病弱者」ネーム<そういった意味でしたか。
宮戸がかつて言ってましたが、「現役時代は無理矢理身体を維持してた部分もあるので、風邪なんかもひきやすかった。むしろ引退してからの方が健康」とか。
強靭な内臓と骨格のプロレスラーはリング上以外でも常に命を張った生活を余儀なくされてた訳ですよね。

No title

高田延彦氏と宮戸優光氏を昭和の猪木・新間氏の再現という言説は当時からあったらしいですが、

>僕はレフェリーでありトレーナーという立場でしたが、あの頃、道場破りが来たら率先して自分が受けて立つつもりでいました。僕も選手と同じ練習を積んでましたからね。

という和田氏のこの意見を見て、「つっつまり、や、山本小鉄氏まで再現してるってことか・・・・!」と、Uインターの昭和新日本の再現というのが振り返ればこういう面まで行き届いてたってのが今更ながらすごいなと(笑)ここまでくれば、では昭和新日本の選手に例えれば垣原選手は、高山選手は、金原選手は、そして桜庭選手はだれにあたる選手だったんだろう?

>島田なんかは足元にも及ばないと私は思っています。

現在までの日本におけるイベントとしてのMMAの、興行としてのルールという基盤を作り上げたのは島田氏だと考えており、遅いストップなどで彼がブーイングを浴びても平然としているのも、それは自分が作り上げた世界であるし、根本的なものではない表面的なブーイングでしかないのを本人が一番よく知っているからだと思われます。本当なら、もう膠着イエローやストップドントムーブ、間接に入っての「ギブアップ!?」の掛け声に見られる、「日本の興行としてのMMA構造」にブーイングしないと。

>8798さん

昭和新日本の選手に例えれば垣原選手は、高山選手は、金原選手は、そして桜庭選手はだれにあたる選手だったんだろう?<それにつきましては、過去記事の方に書き綴っておりますので、ぜひご覧下さい。
あくまで私の主観ですけど。
夢の架け橋と時間の魔術
http://murasakilg.blog64.fc2.com/blog-entry-115.html

イベントとしてのMMAの、興行としてのルールという基盤を作り上げたのは島田氏<そういった功労は素直に認めなきゃならない部分なんですが、肝心のレフェリングの部分で、私が知る限り3回のレフェリングミスがあります。
そのうち二つは大きな試合…とても重要な試合においてです。
だから私は島田を信用してはいません。
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