三沢、最後の懐刀~前編~(2009)

気がつけば、

何とか再び「私はプロレスファンです」といえるくらいの自分に戻ってきたと思います。

今振り返れば…

今年、2009年1.4東京ドーム大会が、
2009.1.4ドーム レッスルキングダムⅢ

帰ってくるキーポイントでした。

今年、他団体の選手と名勝負を残した後藤洋央紀
後藤「潰し合い」

激動のノアマットにおいて、最後の最後にGHC王者となった杉浦貴
杉浦「殺伐にしますよ」

新日を本来の新日に戻すべくIWGPを奪還した中邑真輔
中邑「試合自体は喧嘩でしょ」

そして…

6月にリングを去り、天国へ旅立った三沢光晴
三沢「交流戦ではなく対抗戦」

この4人によるタッグマッチ、

新日本vsNOAHの対抗戦

中邑真輔、後藤洋央紀vs三沢光晴、杉浦貴
です。
中邑、後藤vs三沢、杉浦

それぞれの入場シーンを見て、

三沢の顔色と表情が気になったことは確かです。
三沢リングイン

あとで思えば、この頃の体調は最悪だったのでしょう。

試合は後藤と杉浦の激しいエルボー合戦から始まります。
先発は後藤と杉浦、激しい打ち合い

序盤から一盛り上がりの後、

中邑と、
中邑にスイッチすると、

三沢の初遭遇を迎えました。
三沢も受けて立つ

言葉通りの「対抗戦」に、

三沢はあの時の構え(参照:戦略ある団体~前編~~後編~)です。
ファーストコンタクトは三沢他流試合仕様のスタンス、

ファーストコンタクト。

中邑が、首に手をかけた瞬間、
中邑首を取りに行くと、

三沢はすぐに反応し、中邑はすぐに引きます。
三沢得意のレスリング仕込みの返し

次に中邑の片足タックルを三沢が切ると、

再度、三沢は同じスタンスから、

中邑の左腕を固定して小外刈りで崩すと、
三沢の“裏技”小外刈りで、

すんなりテイクダウン。
テイクダウン

多少の錆付きは見られても、

三沢は腰に懐刀を忍ばせていました。

通常の試合に戻さんと、軽いエルボー2発から、
ジャブ気味のエルボーから、

ロープに飛んで走ってきたところに、

中邑のゼロ戦キック。
走ってきたところに中邑のゼロ戦キック

これが顔面にヒットし、三沢のエルボーの打ち方が変わってきます。

充分なタメから、
三沢の100%エルボー1

打ち抜くと、
三沢の100%エルボー2

中邑ダウン。
三沢の100%エルボー3

代わった杉浦も鋭いソバットで虚をついてきます。
杉浦虚を突くソバット

前出した小川とのタッグ戦でもそうでしたが、

この手の試合で三沢がパートナーに起用する人選は全く外すことがありません。

根っからの親分なんですね。

再びスイッチした三沢。

エルボーの重さは変わりません。
再び三沢のエルボー

何発もこれを頭部に食らうと戦意を失いかねません。

しかし、ここで引かないのが中邑たる所以です。

突然、身体を回転させると、
中邑の浴びせ蹴りは、

浴びせ蹴りを顔面にクリーンヒット!!
三沢の顔面にヒット!!

蝶野や天山のようにゲストをもてなす闘いはしない中邑と、

ボロボロの身体でも決してスカしたり、逃げたりしない三沢。

後編へつづけましょう。

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tag : 中邑真輔 後藤洋央紀 三沢光晴 杉浦貴 プロレスリング・ノア 東京ドーム

comment

Secret

闘い

はじめまして。昔からのプロレスファンからすると、「PRIDE」や「UFC」などによって最強幻想が相対化されつくした現在というのは、やっぱりここ何年かのプロレスは辛いものだったのでしょうか?(こういう幻想が壊された辛さ、はプロレスに限らず極真空手などもあると思いますが。)

今回のエントリで>「私はプロレスファンです」といえるくらいの自分に戻ってきたと思います。 というくらいにまで気持ちが戻ってきているのを見て、そういえばプロレスファンにとっての総合格闘技とは一体何だったのだろう、という疑問から少し質問させていただきますが、新日本の黄金時代より、このプロレスの長い長い物語に入場したと思われる紫レガさんにとっての、「PRIDE」や「UFC」、そして今のDREAMや戦極はどう映っていたんでしょうか?

この日本の格闘技の歴史を調べているとかなり重要な位置を占めていたのが、新日本からの強烈なアンチテーゼとして生まれたUWFのようで、その歴史の密度というのに驚かされますが、そんな真剣勝負を謳ったUWFの物語の結論としての総合、ということでしょうか?
自分はまったくUWFの世代では無く、「高田総統は昔新日本プロレスにいたのか」と「泣き虫」によって知った世代です。リアルタイムに見てきた紫レガさんにとっての、プロレスと総合の意味をお聞かせいただけると嬉しいです。

あれから1年

こんにちは。あれから1年が過ぎようとしているのですね。
同じリングに立った4人は、あの時、考えられなかった今。
真輔が、ノアとの対抗戦で、後藤と組んで出るといい、「三沢光晴出て来い」と名古屋で叫んだ。会場の「でてこいや!」の声には笑った。
先日、サムライで再放送の昨年の大阪12.7をやっていて、真輔は、これまた、あの頃は、信じられない矢野とのシングル戦。G1で負けた相手なので、真輔の表情は、凄かった。相手を睨んでいた。
途中やられたけど、最後は、危険技の「タイガードライバー91」で矢野を直接落として3カウント。三沢さんへのメッセージを送ったと言われました。
三沢さんと対戦した真輔は、プヲタとしても、選手としても、嬉しかったでしょうね。ただ、具合は悪そうだったと、後に言っている真輔だったけど。
もし、立ち位置を変えず、そのままだったら、NOAHの対抗戦も違っていたと思いますよ。この試合、最後の真輔の姿には泣きましたけどね。それは、後編ですね(笑)

三沢さんの最後の新日本リング。
対戦したのが、真輔&後藤だったというのは、幸せなことかもしれません。

>SADXZZFDさん

初めまして。そして非常に熱いコメントを頂きましてありがとうございます。

「PRIDE」や「UFC」、そして今のDREAMや戦極はどう映っていたんでしょうか?<まず私にとっての“総合格闘技”というのはPRIDEなんですよね。UFCも戦極もちゃんとしたメディアを通して観たことがないんです。
そして、これらの場を見ていく私の基本軸は「プロレスラーの挑戦」の一環なんですよ。
だから極論すれば、総合のリングで勝って帰ってくることと、筋肉番付の中で高得点挙げるのはイコールなんです。
その大会にプロレスラーが出ていなければ、観る必然性もありません。
ただし例外として、やはりほんの何年かの間ですが、ヒョードル、ノゲイラ、ミルコ、ジョシュら本当の世界最強を決めんとする闘いを普通に見せてくれたPRIDE自体には別な思い入れもありますね。

紫レガにとっての、プロレスと総合の意味<その部分はぜひこちらを参照くださるとありがたいです。

http://murasakilg.blog64.fc2.com/blog-entry-14.html

>しんたんさん

こんばんわ。

同じリングに立った4人は、あの時、考えられなかった今<その通りですよね。
何より三沢が、もういないなんて…このときは考えることすらありませんでした。

三沢さんと対戦した真輔は、プヲタとしても、選手としても、嬉しかったでしょう<両方の局面持ち合わせてますもんね。

この試合、最後の真輔の姿には泣きました<バンバンバンバン!!ですね。
あそこの感情の出方はプロとして素晴らしかったと思います。

真輔&後藤だったというのは、幸せなことかもしれません<普通なら第三世代がもてなして終わりですですからね。
三沢にレスリングさせたということが何よりの勲章でしょう。

闘いのあったころ

 レスありがとうございます。紫レガさんはプロレス側に立脚点を持って格闘技を見ている方なんですね。

 かつてからプロレスファンの中で、新日本・UWFから格闘技の物語に入場した人々の中には、その歴史の中でたとえば第二次UWFのあの解散などで、大きく傷つけられ、裏切られた、との思いの連続の中で、プロレスに対して冷淡かつ嘲笑的な目になっていき、MMAの側になっていく、という、理想を追ったUWF世代(選手でいうなら、菊田早苗選手のような「プロレスに裏切られ」「MMA(ガチンコ)に特化」していくような)の方々がいる一方で、逆風があってもプロレスを追う方もいる、というのを雑誌やネットでみる、Uの時代をリアルタイムに経験した人々のあり方は興味深く、紫レガさんにとってのUインターというのは「最強を目指したプロレス」ということで理想を体現したプロレスだったのだとこのブログを読んで思いました。YOUTUBEなどで当時のUインターやリングスを見ると、プロレスとしては優れて面白いものでもあったんだと感じましたし。(これは「ガチじゃないことがいまははっきりしてる」ということの揶揄でなく、当時の前田、高田(というか宮戸)の目指した進化したプロレスという意味で言ってます。)そしてプロレスを評する時にしばしば使われる言葉である、「闘い」があった時代だったのだと歴史を調べてみて感じました。

 「闘い」、この意味は外国語には訳せない、日本のプロレス独自の概念であるとみていますが、かつては「ガチなのか、どうか」のレベルだったのが、こうして「ガチであること」が当然となったいまの格闘技興行であろうと、「闘い」の存在しない試合はいくらでも起こることがはっきりしましたし(たとえばここ3,4年前のK-1などはそれを思わせました)、いまの新日本、特に中邑選手はそんな「闘い」の概念を回復させようとしているように映ります。(個人的にはボビー・ラシュリーとの試合を望んでるんですが。プロレスでもMMAでも)

 

>SADXZZFDさん

プロレス側に立脚点を持って格闘技を見ている<基本はそうですね。それも日本人に限りますが…いやジョシュだけは例外です。

第二次UWFのあの解散などで、大きく傷つけられ、裏切られた<Uに限らず何度も裏切られてきましたからね。そして何度も帰ってきました。
また自分のスタンスに合わなくなれば、見切るだけですよ。

紫レガさんにとってのUインターというのは「最強を目指したプロレス」<そうです。
プロレスリングだったからUインターなんですよ。名ばかりのプロレスじゃなく、実際に背負っていたからUインターなんです。

いまの新日本、特に中邑選手はそんな「闘い」の概念を回復させようと<この時代にあって、今のプロレスの立ち位置から言っても果てしないイバラ道なんですけどね。

個人的にはボビー・ラシュリーとの試合<プロレスを背負ったもの同志が闘うのならプロレスで勝負すべきですよね。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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