叶わなかった未来形(2004)

田村潔司垣原賢人

Uインターにおける最後のシングルバウトは1995年7.22 博多スターレーンでした。

この映像は所有しておりませんので、

YouTubeを頼りたいと思います。

タイトルにはShoot Matchの文字が躍っていますが、

内容自体は宮戸流に言えば、いわゆるコンテストです。


1995年の時点での二人のUWFだったのでしょう。

この頃、すでに秋からの新日との対抗戦は決定事項だったと聞きます。

高田のいない西の聖地で、

試合後に二人は何を語り合っていたのでしょう?

かくして二人は別れ、

新日との対抗戦から全く別々の道へ進んでいきました。

そんな二人が、

突然、再会の機会を得ました。

新日ジュニアの一角を担う垣原が、

首の負傷による長期欠場の復帰の場として、

田村主催のU-STYLEのリングを選んだのです。
カッキーが“帰って”きた

もう2度と垣原がUのリングをまたぐ事はないと思っていましたので、

当時の私のテンションは急上昇しました。

今思えば、

垣原は壊れていく自らの肉体を思い、

最後に田村との約束を果たさんと決断したのでしょう。
上井さんが懐かしい

レガリテートが流れる中、

赤いレガースを装着した垣原は確かに黄色いロープをくぐって、
8年ぶりにUのリングに

Uのリングに戻ってきました。
睨み合い

2004年4.28 後楽園ホール

佐々木恭介vs垣原賢人


試合は垣原の8年の思いを乗せたミドルキックから始まりました。
重い左ミドル

相手は“曲者”佐々木恭介。

垣原のお株を奪うニールキックを放ちます。
お株を奪うニールキック

掌底の威力は健在ですが、
掌底は健在

ブランクの長さからグラウンドでは終始押されます。
アキレス腱固め

これまたお株を奪うアンクルホールドでエスケープ。
掟破りの逆アンクル

いつしか田村もリングサイドで見守ります。
田村も見守る

いまいち佐々木の動きに付いていく事が出来ません。
逆片エビ

膝十字

しかし最後は試合前にUWFスネークピットジャパンで特訓した成果を発揮してのヘッドロック。
フィニッシュはウィガン流のヘッドロック

ビル・ロビンソン直伝の古典技で、

垣原はUへの帰還を果たしました。
初戦を飾る

次戦は2004年8.7 梅田ステラホールでのvs石川雄規

U-STYLE王者決定トーナメント1回戦です。
2戦目はトーイと

UWFを追ってきたファンにしてみれば感慨深いマッチメイクでしたが、

当時の二人は既存スタイルのプロレスラー。

Uのルールに則ったワークマッチとなり、
片膝立ちへの蹴りは反則

シューズでの蹴りは反則

最後はやはりヘッドロックで垣原勝利。
最後はやはりヘッドロック

そして迎えた2004年8.18 後楽園ホールでのトーナメント準決勝

あと一つ勝てば、

反対側から必ず上がってくるであろう田村との決勝を迎えます。
一発目は左ミドル

準決勝のカードは垣原賢人vsアレクサンダー大塚

徳島県(訂正)四国出身同士の一戦です。

…が!!

リングの神は無常な決断を下してしまいます。

開始早々重いミドルキックを連発していき、

その3発目…
問題のシーン1

問題のシーン2

問題のシーン3

問題のシーン4

突如、蹴った垣原が崩れ落ちます。
問題のシーン5

もちろん蹴られたアレクのダメージも大です。
アレクも大ダメージ

野呂田先生の応急処置もかなわず、
野呂田先生の介抱

垣原はリングを後に。

なぜか田村の試合(準決勝 vs伊藤博之)を挟んでの再試合が発表されますが、

この後に垣原がリングに戻ってくる事はありませんでした。

大会は田村の優勝=初代王者襲名で幕を閉じますが、
初代U-STYLE王者となる

この大会の意味を別なところに置いていた私の様なファンは、

哀しさを隠せませんでした。

私は毎年、8月8日が来ると、ある試合のビデオを鑑賞して、

束の間のプロレスファン回帰を図るのですが、

当時はこのU-STYLEでの田村vs垣原こそ、

新たな“夏のスタンダード”になって欲しいと思っていました。

しかし私の願いは叶わず、

田村と垣原が描いていた“未来形”が“現在形”になることもありませんでした。

そのリングには既に思想や概念はなく、

ただ爽やかな夏のそよ風が吹き抜けていくだけでした。
2ショット

最後に二人がリングで向い合った時には、

闘いの顔つきはどこにもありませんでした(参照:おかげさまです。)。

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tag : 田村潔司 垣原賢人 UWFインターナショナル 佐々木恭介 石川雄規 アレクサンダー大塚

comment

Secret

懐かしいな。

この時のスターレーン、行ってました!なんかモヤモヤしながら帰った記憶があります。

>シンキロウさん

この時のスターレーン、行ってました<西の聖地スターレーン…常連だったんですね。
この日の試合は互いに練習の成果をぶつけ合ったものだったんでしょうね。それがメインとして是か非かは人それぞれですが、シンキロウさん的にはモヤモヤしたと。

そういうものも含めて昇華したものを見せる闘いが2004年だったはずなんですよね。

今だとヘッドロックをフィニッシュに持ってくるなんてありませんけど(私は見たことがありません)

2試合共ヘッドロックで勝利なんですね。


田村選手VS垣原選手…

レガさんの思い叶わなかったんですね。




この時のレガさんの心境は・・・。

>みーさん

今だとヘッドロックをフィニッシュに持ってくるなんてありませんけど<佐々木恭介に極めた形はむしろフェイスロック寄りでしたね。

田村選手VS垣原選手…<必死に病と闘うカッキー見てるとね、もう一回やる機会あるんじゃないかな? と思ってますよ。
40代後半になったくらいでも、こんな青春じみた試合観れたら最高ですよね。

この時のレガさんの心境<『人生上手くいかねーな』…と、

『田村の彼女(のちの夫人)ってきれいだな…』ですね。

中々自分の思った通りには行かないという。
人生いろいろとはこういうことなのかな・・・。

垣原選手、今頑張っています!
でも、「ガンバレ‼︎ 」しか今は言えません。





えっ、最後の写真の田村選手の隣に居る綺麗な女性が奥様ですか⁈
田村選手、やりますね( ̄▽ ̄)V

>みーさん

人生いろいろとはこういうことなのかな・・・<良い事ばかりじゃないから、人生な訳です。
嫌な事の方が多いから、良い事があった時に喜べるんです。

でも、「ガンバレ‼︎ 」しか今は言えません<頑張れで良いんじゃないかな?
あとは、みーさんが会場に行った時とか募金箱ありましたら、10円でも100円でもいいので、気持ちをお願いします。

田村選手の隣に居る綺麗な女性<あら? ご存じなかったんですね?

桜井悠美子さん。タレントさんです。
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