強い弱いだけのプロレスリング(1995)

再び【U】の魂 東京支部のFさんから頂いたDVDの映像です。

1995年2.18 東京ベイNKホール

この大会の事実上のメインエベントはこの試合でした。

いつもようにリングの手前で祈りを捧げる垣原。
祈りを捧げてリングに上る垣原

あとからリングインした田村は鋭い眼光で息が荒い。
荒い呼吸の田村は鋭い眼光

通算にして4度目の田村潔司vs垣原賢人です。
田村潔司vs垣原賢人

ゴングが鳴る

この試合、

今では諸説あります。

 
kamipro 111 (2007)―紙のプロレス (エンターブレインムック)kamipro 111 より

ガンツ
「実際に96年2月の田村vs垣原戦は、まさにパンクラスと同質の試合をやったわけですよ。その証拠に、当時、ほとんどUインターを扱ってなかった『格闘技通信』が、この田村vs垣原戦だけ、突然カラーページで大きく扱ったりしてましたから(笑)」


要するにシュートだったと。

実際に試合した垣原の証言は少し違います。

 
kamipro No.130 (エンターブレインムック)kamipro No.130 より

金原「俺がUインターで一番好きな試合は、田村さんと垣原さんの試合だからね」

ミヤマ(※垣原)「ありがとうございます」

金原「とくにNKホールでやった試合は、今の総合格闘技と同じだからね。そういう試合で、プロとしてのいい試合を見せたっていうのが、凄く感動したんだよ。垣原さんがミドルを蹴ったら、田村さんがウゥーッて悶絶してね」

ミヤマ「ミドルがおもいっきりアバラに入ったんですよ。それで田村さんが倒れて、『やべえ、勝っちゃうかも』って躊躇しちゃったんですよね。(略)あの試合は実験でしたね


勝っちゃうかも知れないので、攻撃を止めた…

それでもシュートなのでしょうか?

とにかく試合を見てみましょう。

先制の垣原の左ミドル。
垣原先制の左ミドルは田村キャッチ、

田村はキャッチしますが、

これがアバラに直撃した訳です。

すかさず掌底を打つ垣原に田村がカウンターを合わせます。
掌底はクロスカウンター気味

バランスを崩して倒れる垣原ですが、
バランスを崩す垣原

ダメージあるのは田村の方。

垣原の掌底マシンガンに、
すぐにマシンガン掌底

このラッシュに、

ミドルのダメージが出てきてダウン。
たまらず田村ダウン

垣原は起き上がってくるのを待って、
一気に行くか?

再び掌底のラッシュ。
起き上がったところへ再びマシンガン

田村はここも一発カウンターを当てて止めます。
一発で止める

差し合いから、
組むと、

首を取る垣原に、
垣原フロントスリーパーへ

すぐに田村は潜り込んで、
田村潜り込んで、

バックに回り、
バックに回ると、

足を絡めると、
上に乗って、

逆に首を取りにいきます。
スリーパー狙い

いつの間にか口を切っています。
口元を血に染めて締め上げるが、

垣原は難なく抜けると、
垣原抜けて縦四方から、

袈裟固め。
袈裟固め

極まらないと見るや、

なぜか足狙いへ…
なぜか足を取りにいく…

その隙を見逃す田村ではありません。
そこは逃さない

今度はガッチリと首に入りました。
スリーパーへ、

胴締めも加味して、

声を出して絞り上げると、
絞り上げると、

垣原が落ちます。
垣原グッタリ

ゴングの中、

リングを歩き回る勝者田村と、

若手が群がって介抱に当たる垣原。
落ちた垣原に若手が群がる

垣原は気を取り戻すと、

顔をグシャグシャにして泣きじゃくります。
泣き顔の垣原

田村の目にも光るものが…
田村も泣いているのか?

この試合…、

シュートとか、総合格闘技とかの括りじゃなくて、

この時点での二人が描くUスタイルだったのではないでしょうか。

当時の田村は「理想はハイブリッドレスリング。それと感情表現」みたいなコメントをしていました。

この試合については勝敗は決まっていなかったのでしょうか?

もし決まっていたとしても、その中で“勝負する事”が二人のUスタイルだったのだと思います。

田村
「お客さんがこれで喜んでくれたら、いいと思うんですけど。自分と、だから垣原の、最終的なスタイルは…力ばっかりじゃなくてですね。(力は)10点くらいで。もっと垣原を練習…練習っていうか、自分自身も練習して、お互い強くなって、本当の意味でこう、認め合えて。認め合う事が出来て。で、二人で納得出来るような試合が出来ると思うんですよ。今日はだから本当に…強い弱いを自分の中で決めたって感じで


そういうことなのだと思います。

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tag : 田村潔司 垣原賢人

comment

Secret

かつて田村が言っていた言葉で「Uインターはプロレス、パンクラスは格闘技、リングスはUWF」みたいなのありましたよね。だからリングスに行ったと。
色々な実験を繰り返してそういう考えに至ったのでしょうか。今現在、総合のリングで表現したいことがしきれてない感じが、また哀愁を感じさせてくれていつまでも目が離せないファイターです。

>フエルト布よしゆきさん

「Uインターはプロレス、パンクラスは格闘技、リングスはUWF」…だからリングスに行ったと<ああ、あったかもしれないですね。
「リングスの会場は新生Uの匂いがした」みたいなのもありました。

今現在、総合のリングで表現したいことがしきれてない感じ<そうですね。
年齢的には総合の試合は年間数試合になってくると思うんですが、むしろU-STYLEの方が年齢的にきつくなってきます。
まだ作品を残して欲しいですよね。
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