スタンディングバウトとは何か!?

魔裟斗の引退ロードで盛り上がるK-1 MAXですが、

Uインターにも軽中量級のエースが存在していました。

彼の名は大江慎
大江1

現在、UWFスネークピットジャパンの打撃コーチにして、サムライTVのキャスターでもあります。

彼のUインターでの苦闘は今では美しい思い出です。

大江2

そもそも何故Uインターが、元シュートボクサーである大江を迎え入れたのかというと、

大江のロー

 
GONKAKU (ゴンカク) 2008年 04月号 [雑誌]GONKAKU 2008年 04月号 より

『大江慎「選手としての僕は三流。だからこそ、魔裟斗選手や今の選手たちの強さが分かる」』

大江
「ちょうどUWFが解散して三派に分かれたんですよね。それでUインタ-の選手たちが話し合いを重ねている中で、高田さんからなぜか“そういえば、大江は何をやってるの?”って話が出たそうなんですよ。僕は宮戸さんの関係でSB時代からUWFの道場によく行ってたので、面識はあったんです。それで“競技は違うけど一緒にやらないか”って話が宮戸さんからあったんですが、最初、僕は断りました。なぜかと言うと、UWFのリングで毎回いい試合を見せられる自信がなかったからなんですよ。ところが、旅館を一軒丸ごと借り切るようなデカイ飲み会があって、僕も呼ばれて行ったんですが、ベロベロに酔っ払っちゃいまして。高田さんもベロベロで“大江、一緒にやろう!”と言われて“はい!”なんてつい言っちゃって(笑)。それでUインターでやることになったんです」


決定打はやはり“酒”な訳ですが(笑)、

プロレス団体史上初のキックボクサーとしての参戦後、

文字通りの“苦闘”を強いられたのです。

大江のミドル

大江
「6月に初出場して12月までに7戦やりました。博多、静岡、名古屋、北海道…全国のキックボクシング不毛地帯で試合をしましたね。でも、なかなかいい試合が出来なくて。気持ちが伴わない試合をたくさんやってしまいました。やっぱりUインターを見に来るお客さんはプロレスファンですから、1Rで1分お見合いをしてしまうと、早く終われ、って言われちゃうんですよ。魔裟斗選手が言ってたじゃないですか。お客さんを喜ばせる試合をしないといけない、しょっぱい判定勝ちの試合をするなら辞めちまえって。あれは正論だと思います。でも、それが僕には重荷だった。自分の中で気持ちが空回りしてしまって、トイレ休憩にもならないような酷い試合ばかりやってしまった。1万6800人超満員の日本武道館で大ブーイングを浴びたこともありましたから」

(辛くなかったか?)自分が辛い以上に、お客さんが辛かったでしょう。僕にはそれを埋める技量とハートがなかったということです。ただ、そんな僕にも高田さんは凄く親身になってくれて、僕の世界タイトルマッチを後楽園のメインイベントにしてくれたんですね。その時はまだ新人でしたが、高山さんも桜庭君も前座で。それは早い時間で倒して、僕がチャンピオンにならなければならなかったら成立しない興行でした。判定もダメ、負ければもっとダメ、選択肢はそれだけなんですよ。もう口が開けないくらいのプレッシャーで。そんな中で2RKO勝ちすることが出来たんですが、安生さんは泣いていたし、高田さんも山崎さんもみんな喜んでくれて。その一発を成功させられたのはベルトを取った以上に嬉しかった。ちなみにその一戦は日本で初めて行なわれたISKAの世界戦でした」


対戦相手以上にプロレスリングを見に来たファンの前で、

強豪キックボクサーとオープニングマッチを闘うプレッシャーは並大抵ではなかったはずです。

そんな中、後楽園ホールでのISKA世界ライトウェルター級王座奪取は、

Uインターにおけるスタンディングバウトのハイライトだったと思います。

大江のストレート

もう一つ忘れてはいけないのが、

高田以下、Uインターの選手達がプロレスラーの枠を超えた打撃技術を習得するきっかけを作ったことです。

大江
「それは僕にコーチがいないというところから始まって、タイに探しに行ったんですよ。目黒ジムの鴇田さんにチュタワナジムを紹介してもらって。その時にチーフトレーナーを務めていたのがゴーン。何人もチャンピオンを育てている名コーチだったんですよ。それで日本に来てもらったんですけれど、すぐにみんなと仲良くなりました。高田さんをはじめ、一時間くらいみんなのミットを持ちっぱなしでしたね。高田さん、田村さん、高山さん…桜庭くんは嫌々やっていたけれど、みんなの蹴りの技術がプロレスラーという枠を超えるくらい伸びたのは間違いなくボーウィーとゴーンのおかげです。ボーウィーとゴーンがビザの書き換えで一時帰国しなければならなくなったんですが、僕が試合前だったので誰かいないといけないということで、たまたま代わりに来たんですよ。それで最終的に二人とも呼んじゃおう、と」

「(Uインター勢は)紛れもなく本当に凄い練習をしていましたよ。打撃ばかりでなく、もちろんレスリングも。桜庭くんのその後の活躍となる礎は、間違いなくUインターで出来上がったものですよ。朝10時から2~3時くらいまで練習して、ちゃんこを食べて休憩したら、夕方からウエイトトレーニング。宮戸さんが新日本プロレスでいう山本小鉄さんのような怖い鬼コーチになって、緊張感ある中で練習時間も長かったですね」


団体経営は常に自転車操業であっても、

選手が強くなるための企業努力は惜しまなかったUインター。

それは大いに評価されるべきだと思います。

結果的に総合格闘技黎明期の原動力となる選手を多数輩出したわけですから。

もう一人の雄であるボーウィー・チョーワイクンは母国の国技ムエタイの名選手でした。
ボーウィ

ボーウィのインロー

そしてもう一人、ゴーン・ユタチャイはムエタイの職人ともいえる超一流の“ミット持ち”でした。
大江のミドル

大江の勝利withゴーンさん

時代が時代ならば今日の魔裟斗の相手、

あるいは大晦日の引退試合の相手は、大江だったのかもしれません。

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tag : 大江慎 ボーウィー・チョーワイクン ゴーン・ユタチャイ スタンディングバウト

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No title

いつも楽しく拝見させていますよ。旧HPはもちろん、このblogになってからもずっと。その昔とあるプロレスファンサイトで僕が名乗っていた名前をここに書けば『ああ!』と膝を打つ事でしょうが、あえて口にはしません。恥ずかしいのでね・・。
さてさて、今日はですね、僕の大好きな『プロレス語り部』の紫レガ殿に、愛を込めたリクエストがあります。プロレスと格闘技の間のロマンを語らせたらおそらく世界一であろう紫レガ様の、いろんな語りを心地良く聴いてみたいんです。TEAM1972組、元プロマニ組のこんなワガママ、たまにゃあ聴いて下さい・・。
http://www.youtube.com/watch?v=J9VFoayC7HA
この試合なんですが。いやー、ほんと最近いい時代ですよね。PCあけてポンポンポンってキーを打てばいくらでも歴史や記憶の名残りがこうやって出てきちゃうなんて・・・。
さぁ。この試合。あなたならどんな風に今語りますか?
俺にはもうコレを言葉にするエネルギーはないので、どうか、昔の戦友のワガママと思って、このリクエスト、こたえてもらえないでしょうか?
(^^)/

No title

こんにちは
多分本日届いてるはずだとおもいます
DVDプレイヤーの相性もあるかと思いますんで
何か問題があれば言ってください
しかし昨日のマサトと川尻は久しぶりに熱かったですよ

>白覆面。さん

初めまして…いやお久し振りですね。

その昔とあるプロレスファンサイトで僕が名乗っていた名前をここに書けば『ああ!』と膝を打つ事でしょうが、あえて口にはしません<…カ、カテエ!!

橋本vs山田…80年代のヤングライオンですね。
私らの世代が会場で見てた新日の前座ってこうだったんですよね。
プロレス技駆使して喧嘩してるみたいな…ちょっと表現が難しいですが。

昔の戦友のワガママと思って、このリクエスト、こたえてもらえないでしょうか?<了解しました。
思いのままに書かせていただきます。

それにしても誰でしょうか?

白…覆面…。…

…。

ん!? “。”って言ったら!!

>Fさん

おはようございます。

昨日到着いたしました。お忙しい中、本当にありがとうございます!!
これでですね、私の失われてたパズルのピースが埋まった感あります。
さっそく田村vs垣原を見て、感じるものが非常に多かったので、近いうちに記事にさせていただきます。

マサトと川尻は久しぶりに熱かった<試合内容はほぼワンサイドなんですが、他流試合のヒリヒリした緊張感っていうのは、やはりたまらないですよね。
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