三沢光晴の強さ

訃報から24時間以上経過しました。

今日一日、プロレスファンは複雑な心境で、日曜日という日を過ごしたかと思います。

まだまだ私自身も、三沢光晴の死というものを消化する事は出来ていません。

さっきも『うるぐす』で、昨日からの一連の流れと、

三沢の残した足跡を見返して、

本当に亡くなってしまったことを確認させられました。

が、まだまだ実感なんてものは湧いてくるはずもありません。

何せ私が知る三沢光晴は首が詰まっても、骨が折れてても、

試合が終わるまでは何度でも何度でも立ち上がる“不死身”の男ですから。

三沢を知ったのはまだ私が小学生の頃です。

当時、ビッグレスラーという雑誌で、越中とともに“若手の成長株”として、取り上げられてた記事を読んでです。

その新日編では高田と山崎が取り上げられていました。

その二人は札幌でルー・テーズ杯決勝を競い、ともにメキシコへ…

当時は海外修行の若手が何をしてるかなど記事になることはほとんどなく、

小学生の私にとってはテレビで見る中継と雑誌の写真だけがプロレス界の出来事でした。

その数年後、三沢は2代目タイガーマスクとして帰国。

ふれこみは“正体不明”のマスクマンですが、

週刊ゴングの表紙を飾ったドアップの顔写真は、

どんなに浅いファンでも容易く正体を見抜くことの出来るものでした。

初代タイガー佐山のスピードに見慣れてた私らには、

長身で細身の2代目タイガーが繰り出す、もっさりした空中技に不満でした。

キッドとの試合も変にお互いが合わせてる感じがして、

佐山タイガーとキッドのときのような切れ味が感じられませんでした。

いずれ天龍が決起し、ジャンボが奮起し、タイガーが三沢になった頃、

私の頭の中から全日本プロレスは消えかかってました。

そこからの全盛期…いわゆる四天王プロレスの残像は私の中にはほとんど残っておりません。

私が三沢光晴を再び目にするのは、

全日本プロレスの代表取締役に就任した頃でした。

決まりきっていた全日本プロレスという秩序を、

いろいろと変えていこうとしてるんだなぁ…と、

雑誌を通して感じていたとき、全日分裂の報を知りました。

そして、その頃初めて全日関連の書籍を購入しました。
チャンピオン―三沢光晴外伝
チャンピオン-三沢光晴外伝
(長谷川博一)


当時、スカパーのサムライTVを視聴していたんですが、

新日の懐かしい映像以外は何ともインディーばかりで、

2500円(当時)払ってるのがバカバカしかった。

そんな中で、プロレスリング・ノアの設立。

サムライでは独占放送で、ノアの試合の魅力を伝えられました。

NOAH's arkという番組で、同時に三沢や選手一人一人の魅力を知りました。

それと『三沢さん、なぜノアだったのか、わかりました。』(中田潤)を読んで、

ノアが全日と違う団体という事を知らされました。

俄然期待は高まります。

奇しくも当時は1.4事変等で新日本プロレスから“強さ”の概念が失われつつあった頃です。

空中技ばかりで三沢の縮小コピーだと思ってた丸藤が、

前座で橋を相手にレスリング技術のみで翻弄しまくったり、

ノーフィアーと秋山が結託して、

鉄人小橋の額を割ったり、

さらには破壊王・橋本の参戦から、

ZERO-ONEへの逆上陸…小川との遭遇(参照:戦略ある団体~前編~~後編~)。

明らかにノアは全日本とは違いました。

面白かったんです。

ただし、それも長くは続かず、

日テレでの中継がスタートすると、

地上波の放映権料と引き換えに、

プロレスファンの夢は失われ、

団体の色もかつての全日本プロレスと何ら変わらないものとなりました。

でも三沢が権力を持った団体では、

選手の思いが最優先されました。

高山のPRIDE参戦、秋山の新日参戦etc…

最後まで四天王プロレスを肯定することは出来ませんでしたが、

腹の出てきた三沢の晩年のファイトを肯定することはありませんでしたが、

三沢が見せる強さ…

言い換えれば「頑固さ」でしょうか、

それだけは大好きでした。

他団体の人間と当たる時には頑として星を譲らない。

ドームでの川田戦なんかはエルボーしか出してないんですけど大好きですね。

受ける時には「そこまでしなくても…」というくらいに受けるんですが、

時には全く受けない場面があるんです。

その時の三沢の顔つきが好きでしたね。

携帯サイトの時代に「三沢には全盛期の猪木を感じる」と書いて、

総スカン食った思い出があるのですが、

あながち冗談ではなく、

本当に頭から落とされる時なんかは猪木と同類項の“覚悟”を感じました。

前出の書籍のいずれかで、

受け身を取りに行く際、「死んだ時は死んだ時だ」みたいに自分に言い聞かせてるようなことも読みました。

今回の事故、もちろん障害をきたす怪我、ましてや死などというのは、

絶対にあってはならないことなのですが、

常に“覚悟”を持って、そこに向かっていった三沢の“心構え”には、

我々プロレスファンは最大限の敬意を表さなくてはならないのではないでしょうか?

プロレスが命懸けのジャンルであるという事が、

本来、プロレスラーにも、プロレスファンにも誇りである訳ですから。

繰り返しますが、もちろん実際の死はあってはならない。

三沢光晴の強さは、

ヒクソン・グレイシーにも、

ミルコ・クロコップにも、

エメリヤーエンコ・ヒョードルにもない、

命を賭ける“覚悟”にあったと、

私はそう言い聞かせたい。

一プロレスファンに過ぎない自分自身に。

三沢光晴選手、ありがとうございました。

どうか、天国でゆっくりお休み下さい。

焼酎のグラスを片手に。

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tag : 三沢光晴

comment

Secret

こんばんは!昨日はミルコの記事をアップしようとはりきっていたはずなのにやる気起こらず…。三沢の事を考える時間が多い日でした。

三沢特集も見ました。偉大な選手でしたね。

No title

読んでいて・・・人それぞれの三沢を感じました。

ボクは98年の猪木の引退試合からプロレスを見なくなってしまって・・・(昔のは今でもよく見るんですが)
だから紫レガさんとは逆に、三沢が全日本の社長に就任した頃からノア時代はあまりわからないんです。
でもそんなノア時代、ときおり耳に入ってくる小川や橋本との試合などには試合そのものより三沢の信念、おっしゃるように星を譲らない頑固さを見るたび、ああ三沢やってるなぁ!!と興味を魅かれたものでした。

これほどまでにプロレスラーらしかった信念・・・
三沢に心からありがとうと言いたいです。

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No title

テレビでの特集などを観たりしながらも、まだ、
本当のことだと実感できないままです。

秋田の実家に帰省したときに、近くの山あいの村でお盆過ぎに
毎年開かれる祭りでの、NOAHの興行を観に行くのが数年前から
恒例になっていました。野外で、なんと観覧無料(現在は1000円)、
普段とは一味違う、選手も我々田舎のファンも笑い溢れる楽しい
イベントでした。選手たちは近くの温泉宿に泊まり、同行した
ファンとの交流もあったようです。私は赤ちゃんを連れて観に行き、
屋台のあたりに時折現れる三沢さんにもサインなどして
いただいたりして・・・それは和気あいあいとしたものでした。

激しい印象が前面にあるノアですが、そういった面も見せて
くれる団体の幅の広さは、三沢さんの人柄によるものと思います。

時代遅れと言われるかも知れませんが、津々浦々、大衆を楽しませる
ような昔のプロレス興行のような部分は、これからも消えて欲しくない、
切に思います。

話が少々ずれてしまいすみません(>_<;。。。
それにしても気持ちの整理がつきません。
あまりにも急に、悲しい出来事で・・・。

>H.Tさん

おはようございます。

あぁそういえばUFCでしたもんね。
馬場さんやジャンボの時もショックはショックでしたけど、改めて感じるのは橋本もそうでしたが、同時代を生きた感覚のある選手の死は本当にキツイですね。

今後、私には数少ない三沢の試合をUPしていくことが、プロレスファンのブロガーとしての供養の仕方なのかも知れませんね。

>流星仮面二世さん

人それぞれの三沢を感じました<私なんざは、本当に浅い。
全日についての思い入れはほとんどないですから、実はこの事を語れる立場にはないのかも知れません。

紫レガさんとは逆に、三沢が全日本の社長に就任した頃からノア時代はあまりわからないんです<全日の凄さに気づくのが遅かったですよ。本当に。
意外と要所は観に行ってるんですよ。札幌中島に。
例えば田上に負けた試合とか、中島体育センター最後の四天王タッグマッチとか。
もっと気を入れて見てりゃ良かったです。

これほどまでにプロレスラーらしかった信念・・・<動じない男でしたよね。
その人望に大勢が付いてきたんでしょう。

>某さん

コメントと、某所の書き込み読ませていただきました。
うなずきながら何度も読み返しました。

三沢も小橋も川田も田上も…もっと前に死んでしまっていたのかも知れません、もしかしたなら。
ただし彼らが残してきたこの作品の数々を今ワイドショーなどで三沢報道を見ている人々にどこまで知られていたか…それを考えると、やっぱり残念な気持ちもあります。
でも少しでもそれを見てきた私や、もっと三沢を応援してきた人たちがそれらを語り継ぐことで、プロレスラー三沢も報われるんじゃないかと思います。

今後も宜しくお願い致します。

>YYさん

まだ、本当のことだと実感できないままです<私、今日は休みました。
昨日もほとんど仕事になりませんでした。
今朝、テリー伊藤のコメント聞いてですね…涙が出ました。

毎年開かれる祭りでの、NOAHの興行を観に行くのが数年前から恒例になっていました<それ旗揚げ時からやってるんですよね。
あれこそが私はプロレスの原風景だと思うんです。

激しい印象が前面にあるノアですが、そういった面も見せてくれる団体の幅の広さは、三沢さんの人柄によるものと思います<今でも本当の地方都市を巡業してる団体はノアぐらいでしょうか。
利益だけを追求してたら絶対に不可能なことですよね。

時代遅れと言われるかも知れませんが、津々浦々、大衆を楽しませるような昔のプロレス興行のような部分は、これからも消えて欲しくない、切に思います<本当です。それがプロレスの素晴らしさだと思うんです。

参照:お前が目の前にいるならいい
http://murasakilg.blog64.fc2.com/blog-entry-9.html
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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