伸彦とエッチュー(1987)

今日、『昭和の日』が終わろうとしています。

私らが生まれた『昭和』

プロレスに出会った『昭和』

もちろん昭和という時代には私が愛したUインターという団体はまだ存在していませんでした。

プロレス少年だったあの頃、

とびっきりイキの良い、意地の張り合いを見ることが出来ました。

前哨戦で顔面蹴り

心配そうに見つめる前田高田

担架で運ばれるシロー

高田伸彦vs越中詩郎の“Jr名勝負数え歌”です。

まさに水と油。

UWFの格闘スタイルと、昭和全日本のアメリカンプロレスが、まさかここまで融合するとは…

越中詩郎vs高田伸彦

精悍な高田

当初、タッグマッチなどで新日勢と対戦した高田の標的は藤波で、

IWGPJrヘビー級王者の越中など眼中にありませんでした。

やってやるって!!やってやるって!!

越中 詩郎/ケンドーコバヤシ


 やってやるって!! より
Special Talk 越中詩郎×高田延彦

高田
「ムチャクチャ僕自身、とんがってましたからね。挑発の意味合いもあったけど、自分がやっていることに自信があったからね。プロレスではめったに味わえない、いい緊張感で向き合っていたから、『エッチュー』って自然に言えたと思うんですよ。変な遠慮があったら言えなかったね」

「今だから言えるんですけど、ハッキリ言って、最初はかなりナメてたんですよ。『いいのカマしたら、多分シュンとなるだろう』って。『ところがどっこい』というのが、だんだん回数を重ねるごとに、ぶつかり合うことによってわかってきた」


何度も何度も高田の蹴りでノバされながら、

越中はファンの声援を味方につけていきました。

それでも私は“強さこそプロレスラーの価値”と思ってましたので、

強烈な張り手

高田の蹴りに歓喜の声を飛ばしてました。

そしてミドルキック

最強の名のもとに最強の名のもとに

高田 延彦


 最強の名のもとに より

高田
最初、自分は越中さんのことを気にも止めていなかった。技もないし、気迫もない。プロレスラーとして光るものが、なにひとつ感じられない。ライバルだなんて少しも思わなかった。
ところが、試合を重ねるうち、越中さんの意地が伝わってくるようになった。初めの頃は自分のキックであっさりKOできたのが、倒れても倒れても立ち上がってくる。越中さんとはプロレスに対する考え方がまったく違う。だからと言って、自分は彼のスタイルに合わせようと思わなかったし、彼も自分のスタイルを守り通した。


ところがいつの間にか越中は蹴りを受けた後に反撃し、

「ロープじゃねえかよ!!」

「うるせえエッチュー!!」

UWFの理念からは考えられないヒップアタックという技を見舞っていくようになりました。

ヒップアタック

画像は二人の抗争におけるハイライトとなった1987年 2.5 両国国技館

IWGPジュニアヘビー級選手権試合
です。

この後にも二人の闘いは続いていきましたが、

実はここが高田にとってもターニングポイントでした。

チキンウィングフェイスロック

最強の名のもとに より

高田
自分がUWFの看板を背負っている、ということを痛烈に感じたのは、87年2月の両国国技館だった。(略)脇固めから、骨折していた右手人指し指を思いっきり反らされて、自分はギブアップ負けを喫してしまった。試合に負けたのはもちろん、悔しかったが、自分の体の中にUWFの血が流れていることに初めて気がついたのだ。理由はわからない。なぜあのときだったのか、いまだに自分でもわからないのだ。しかし、UWFの一員であるというプライドが、頭のてっぺんから爪先まで貫いたのは確かだった。


越中のサブミッションにギブアップした事によって、

脇固め+指

「てめぇ汚ねえぞコラァ!!」

「お前だってやったじゃんよ!!」

自分の中でのUWFへのこだわりが弾けたんですね。

後年、高田はことある毎に「Uへのこだわりはない」というようなコメントを発してましたが、

1987年末にUWFの解散を新日から言い渡された時、何かのコメントで、

(「レガースからUWFの文字を外せ」と言われて)“UWF”って入墨でも入れようかと思った」

と言ってたくらいです。

当時、高田はもしかすると、後の田村以上に“UWFへのこだわり”があったのかも知れません。

高田と越中。

リング上では何度も別れ、そして向かい合った二人。

最後の対戦はUインターにおけるタッグマッチ(参照:払い腰、再び)でした。

現在、ハッスルでマイクによる絡みの場面はありますが、

再びリングで向かい合う場面はあるのでしょうか。

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tag : 高田延彦 越中詩郎 IWGP

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No title

名勝負数え歌は言わずもがな、タッグリーグにおける
越境タッグを組んでの快進撃が忘れられません。
最後は惜しくも決勝行きを逃しましたが、ジュニアの
二人が大活躍したもんです。

>聖戦士さん

タッグリーグにおける越境タッグを組んでの快進撃<その初戦を生観戦しましたよ!! 藤波、武藤組相手にセオリー一切無視で大技攻勢。
最後は高田の靴が脱げるほどの熱戦でした。
あの日の中島体育センターは異常な盛り上がりでした。

最後は惜しくも決勝行きを逃しました<高田の指骨折ですね。
その流れで、この試合のフィニッシュがあったんですよね。

No title

こんばんは!自分も子供の頃、この試合に魅了されましたよ。めちゃめちゃ噛み合ってましたよね!チキンウィングフェイスロックとか、当時TVの前で興奮してたのを思い出します!

当時は新日本の越中と認識していましたが、ルーツは全日本なんですよね。全日本とUWFの合流・・・興味深いです。

>H.Tさん

こんばんわ。

自分も子供の頃、この試合に魅了されましたよ<まさしく老若男女が見入った試合でした。
攻める方は思いっきり、受ける方もスカさない…これぞプロレスでした。

ルーツは全日本<三沢や冬木らと道場で鍛えた仲ですからね。そう考えると、同時代に新日道場で鍛えてた高田との抗争って興味深いですよね。
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