7年半の引退ロード(1995)

ちょっと遅くなりますが、

突然の魔裟斗の引退会見には驚きました。

魔裟斗本人曰く

 kamipro.com より
「12月31日は今年のチャンピオンとやりたい」魔裟斗引退会見全文

魔裟斗
「僕の中で思う引退の仕方は3種類あるかなと思うんですが、一つは早いときに負けてスパッと足を洗う人と、もう一つは負けても本当にそのスポーツが好きで続けてる人と、もう一つは一番いいとき、一番強いときにやめるかたち


とのことです。

これを総合の世界に当てはめてみると、

1.早いときに負けてスパッと足を洗う人=これはヒクソン戦当時の船木ですね。

2.負けても本当にそのスポーツが好きで続けてる人=これは…現在の桜庭でしょうか。

3.一番いいとき、一番強いときにやめるかたち=…これが、なかなかいないんですよね。

そして、この3つにも該当しない引退のカタチもあります。

その引退は何の前触れもなく発表され、

実際に引退試合が行われたのは7年半後のことでした。

何かを決した表情のカッキー

精彩のない高田の顔

1995年 6.18 両国国技館

高田延彦vs垣原賢人


まさに当時のUインターは風雲急を告げてました。

田村を中心とした若手達が結束し、Uインターの試合スタイルを変えていくために実験を始めようとしていた頃です。

ちなみに、この試合の前には田村vsゲーリーの不穏試合(参照:修羅場の田村)がありました。

高田伸彦vs垣原賢人

この試合、注目すべきポイントは終始、両者の打撃の鋭さです。

開始早々、垣原はフルスイングの掌底を連発します。

高田も重いインローを打っていきますが、

最初のコンタクトはローと掌底がクロス

若い垣原の圧力に、

遠慮なく掌底マシンガン

圧倒されます。

勢いの違いで自然と猪木アリ状態

気迫満点の垣原は、さらに高田を挑発します。

「来い!! おらぁ!!」

しかし高田は冷静に「待て」をかけると、

垣原の攻め手は分断されてしまいます。

「待て、待て」

立ち上がると再び高田はインロー。

高田の攻めはインロー中心

垣原は上手くキャッチしてテイクダウンを取ります。

テイクダウン取るも、

が、ここでも高田は「待て」と。

またしても垣原は素直に従います。

実は、ここが垣原の弱点なのです。

先輩に対した時、鬼になって攻め込むことが出来ないんですね(参照:罰金制裁真冬の悲劇)。

「待て、待て」

立ち技になると、またしても高田のインローです。

再びインロー

これが垣原の下腹部をかすめます。

和田さんにアピールして、一時中断。

金的をかすめる

再開後、何事もなかったように高田はまたしてもインロー連打。

それでもインロー

垣原はグラウンドに活路を求め、上になります。

垣原上になる

船木直伝の強烈なアンクルホールド。

船木直伝のアンクルホールド

しかしエスケープを奪ったのは高田のダブルリストロックでした。

逆に高田のダブルリストロックでエスケープ

ブレイク後、高田はさらにインローを連打。

さらにインロー連打

またしても垣原の下腹部へ…

2度目の金的で垣原の闘志は…

めげずに垣原は再度の寝技で、高田からエスケープを奪います。

それでも複合技の袈裟固めでエスケープ奪取

勢いを取り戻して再びフルスイングの掌底を振り回します。

再びフルスイングの掌底

だが、高田のインローは止まりません。

重いインローは続く

遂に垣原はダウン。

遂にダウン

立ち上がるとがむしゃらな掌底ラッシュから力で持っていくスープレックス。

カッキースープレックスから、

一気に高田のお株を奪う、腕ひしぎ逆十字。

これでエスケープも奪います。

腕十字で最大のチャンス

しかし垣原の攻めもここまで。

高田はタックルでテイクダウンを奪うと、

高田の両足タックルから、

バックからのスリーパーで一本勝ち。

スリーパーで一本

いつものコーナー上の勝利ポーズですが、ここまで傷だらけの高田の顔はPRIDEでも記憶にないですね。

傷だらけの高田の顔

そして、その瞬間は突然やってきました。

高田
「僕は今日、ベイダーやオブライトとやるより怖かったです。下から追い上げる力ってのは凄いんです!! 今日は何とか押さえつける事が出来ました。ありがとうございました。…そして!! 皆さん、僕から一言言わせてもらいます。…自分はもう、極めて近い将来…引退します!! 極めて近い将来、引退します」


関係者にも、Uインターの後輩達にも、亜紀夫人にも、もちろんファンにも寝耳に水でした。

この時期の高田は精神的にボロボロだったのです。

その投げやりな気持ちが突如、引退宣言となったのです。

突然の引退宣言

しかし実際に高田の引退試合が行われたのは、

ここから7年半経った2002年のことです(参照:UWFインターの最終話)。

7年半の間には、他のプロレスラーや格闘家にはできないいろんな出来事がありました。

第一線の場にいながら、常に高田は引退の二文字を背負って、その7年半を駆け抜けていきました。

桜庭に傷を確認

これまで何度か高田の復帰が取りざたされてきましたが、

高田延彦はボロボロになるまで闘いぬいたのです。

余興以外での完全復帰ということは絶対にないと思っております。

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tag : 高田延彦 垣原賢人 引退 kamipro 魔裟斗

comment

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No title

この試合私は一押しですよ!
この時のローは本当に重かったですね~
やはり引退発言する前までの打撃は本当によかったですよね
つまりはこの試合までなんですが・・。
最後はスリーパーですが
実質出した技は蹴りだけですよね
身体もよく調整できてたんだろうな~と思ってましたが
精神的にはボロボロでしたね・・。
満足な状態での試合は・・・・少ないっすね

>Fさん

この試合私は一押しですよ!<Fさんは以前からこの試合のことよく書かれてましたよね。

やはり引退発言する前までの打撃は本当によかったですよね<そうですね。キレと重さがありましたね。

身体もよく調整できてたんだろうな~と思ってましたが精神的にはボロボロでしたね・・<ちょっと肩周りが細いように感じます。
まあベストの時の体と比べるのもアレですが。
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