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追悼だっふんだ!

本当に憎い、このウイルスが。

日本の誇りである一人の命を、

奪い取ってしまったのですから。

 イザワオフィス公式 / 弊社所属タレント 志村けん に関するご報告 より

弊社所属タレント 志村けん(本名=志村康徳)が、令和2年3月29日午後11時10分、新型コロナウイルス肺炎のため、満70歳で逝去いたしました。ここに生前のご厚誼を深く感謝すると ともに、謹んでお知らせ申し上げます。

(略)

【加藤茶コメント】
ドリフの宝、日本の宝を奪ったコロナが憎いです。
皆さんも身近に感じて、気を付けてくださるようお願い致します。

【仲本工事コメント】
ドリフも順番に逝く歳になったとは思ったけど、一番若い志村が⻑さんの次になるとは、、、。
非常に悔しいです。

【高木ブーコメント】
志村早すぎるよ、俺より先に逝くなんて。3年前に、久しぶりにドリフでコントやった時、
「高木さんも80歳過ぎて、頑張ってるんだから、自分も頑張らなきゃなぁ」
って言ってたよね。また一緒にコントやりたかったのに。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。


まさか令和2年の春に追悼番組を見るなんて、

悪い夢としか思えません。

もし悪い夢なら、もうそろそろ醒めてくれ。
志村けん追悼番組1

何度も書いてきた(参照:片手にピストル、心に花束)通り、

私が幼少期に実在するヒーローを認識したのは、

アントニオ猪木沢田研二

そして志村けんさんの3人でした。
ジュリー3

中でもいまだに現役感バリバリなのは、

志村さんだけでしたよね。

志村さんが凄いのは、

本当の意味で世代を超越した笑い。

40代後半の私はもちろん、

70代の父も、10歳の息子も、

一家が集う機会においても、

志村さんのコントを見ていたら全員が大笑い。

生前最後の特番だった『だいじょうぶだぁ』でも、

何十回と見てきたキャラにいつも通り大笑いしました。

追悼番組でも取り上げられていましたが、

“いいよなーおじさん”
志村けん追悼番組5

“デシ男”
志村けん追悼番組2

特に“ひとみ婆ちゃん”…これ大好き!
志村けん追悼番組6

とにかくコントにおいては正真正銘の天才。

誰との共演でも志村ワールドを作り上げて、

女性ゲストの隠れた才能も、

志村さんによって開花していました。
志村けん追悼番組7

唯一、“変なおじさん”だけは、

やっぱりマーシー相手がしっくりきましたが、

やっぱり放映しませんでしたね。
変なおじさん

ドリフターズにおける史上最強のコントは、

『ドリフ大爆笑』での、

『もしも威勢のいいお風呂屋さんがあったら』ですね。
志村けん追悼番組3

これは『ひょうきん族』でも『ごっつええ感じ』でも、

その他、全世代のコント番組においても、

絶対超えることの出来ない唯一無二の世界です。

そして我々世代の少年少女が、

一週間の締めに見入ったのが、

もちろん『8時だョ!全員集合』。
8時だョ!全員集合

あのオープニングでの胸の高鳴りは、

ワールドプロレスリングの『朝日に栄光あれ』に匹敵します。
えんやーこーらや

46年間の芸能生活ってことは、

私らが丁度もの心つく頃から、

歴史を追って見ることが出来たので、

志村さんのギャグはほぼコンプリート出来たな~、と。
わーお!

小学校でもスポーツ万能少年より、

勉強が出来る秀才君より、

志村ギャグを会得した子が一番人気でした。
早口言葉

リアル『レッツゴー!しゅんちゃん』的存在ですね(笑)。

とにかくクラスのリーダー格は、

だいたい志村チルドレンでしたよ。
カラスの勝手でしょ

ヒゲダンスが流行ったとき、

初めて自分の小遣いで買い物したのが、

札幌そごう百貨店で買った“ヒゲダンスのヒゲ”でした。
ヒゲダンス

夏になればもちろん、

スイカを“けん食い”してげんこつ食らったり(笑)。
スイカの“けん食い”

じゃんけんも「最初はグー」が当たり前になりました。

これプロレスにおけるロックアップですよね。
最初はグー

これからもAmazonPrimeVideoで、

全員集合を堪能したいと思います。

プロレスラーとの交流も多々あった様ですが、

私が真っ先に思い浮かぶのは、

もちろん桜庭和志の“あい~んチョップ”ですね。

お酒が大好きで天才肌という部分、

桜庭はビートたけし同様に志村さんとも、

相通じるところがあったと思います。

とにかく志村さんの想い出は、

どれだけ書いても書ききれません。
ドリフ大爆笑OP

それと同時に悔んでも悔やみきれません。

今はただ、ご冥福をお祈り致します。

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tag : 訃報 志村けん ドリフターズ

comment

Secret

No title

昭和54年生のわたしは「全員集合」をリアルタイムでみた記憶がないにもかかわらず、なぜだか内容を知っている不思議(笑)。まるで阪神ファンよろしく「ひょうきん族」ではなく「ごきげんTV」に操をたてたガキの頃を振り返るにつけ、昭和のPTAとお笑い通な人たちからの評価がいかに低かろうが、自分的にドリフはいまなお国民文化の主座に君臨し続けています。

全盛期には天下のビートたけしさんの向こうを張るほどの威勢を誇った志村さんですが、共演者、それも、お笑い畑以外の人たちを相方に仕立てあげるのが本当に上手くて、たぶんそれが、いわゆる芸人さんとは異なるドリフの真髄なのではないかと思います。あれほどの大物が、ぽっと出の(失礼!!)アイドルと五分で絡めるのですから、そんなことたけしさんにもダウンタウンさんにもできませんよ。

ご冥福をお祈りしたい気持ちはやまやまですが、あまりにも現役感と実在感の強すぎる志村なので、リアルお化けコントを期待しています(笑)

No title

僕と同世代の人は大体そうだと思いますが、僕の中の数十パーセントは志村けんで出来ていると思っています。脳ミソの吸収力が一番良かった時代に、志村さんのギャグを観て、記憶し、毎日マネしながら過ごしていましたからね。ヒゲダンスのヒゲ、僕も持ってましたよ。

ラジオの投稿で言ってたんですけど、認知症で全く笑うことがなくなったお婆ちゃんが、先日放送した志村さんの追悼番組の中のコントを観て笑いだし、一緒にいた家族がみんなビックリしたっていう話がありました。どんな世代でも分かるお笑いを出来るのって、やっぱり志村さんが一番だったでしょうね。

>ひなの冠者さん

昭和54年生のわたし<若い!! 意外! …いや失礼しました。

自分的にドリフはいまなお国民文化の主座<それに関して面白いなぁと思ったのが、例の田村のYOUTUBEチャンネルですね(参照:【だらだら雑談】「新日本プロレスはひょうきん族」で「全日本プロレスは全員集合」なのか?https://www.youtube.com/watch?v=-d7J24SlXdg)。やはり80年代おける新日はひょうきん族で、全日は全員集合だった…ということでしょうか。猪木=たけし、長州=さんま、ジェット・シン=のりお、馬場さん=長さん、鶴田=カトちゃん、志村=天龍???

共演者、それも、お笑い畑以外の人たちを相方に仕立てあげるのが本当に上手くて、たぶんそれが、いわゆる芸人さんとは異なるドリフの真髄<それはこの度、特に感じました。特に志村さんがアイドルや大物歌手と絡むコントで、普段は表に出すことがない部分を全て引き出す…出し切らせることで作品を仕上げる凄みというか。逆にひょうきん族にゲストが出たときはセルフパロディに過ぎない役柄なんですよね。はっきり言っちゃうと、つまんない。むしろレギュラーメンバーで回していろいろなネタをやっていく方が断然面白かった、という感想です。

現役感と実在感の強すぎる<本当にいまだ私も実感が湧きません。

>独断さん

僕と同世代の人は大体そうだと思いますが、僕の中の数十パーセントは志村けんで出来ている<ははぁ~、それは私も気付いていませんでしたが、確かに!! いまだに我々世代が雑談の中で出てくる会話や間というのは“あんときの”志村さんが多いかも知れません。

脳ミソの吸収力が一番良かった時代に、志村さんのギャグを観て、記憶し、毎日マネしながら<プロレスもそうですけど、最初の記憶というのは大きいですね。これ関西で生まれ育った方だと、また違う形で記憶に残ってるんでしょうね。

認知症で全く笑うことがなくなったお婆ちゃんが、先日放送した志村さんの追悼番組の中のコントを観て笑いだし、一緒にいた家族がみんなビックリした<そんな素晴らしい話があったんですか? プロレスも格闘技もその他スポーツも、また演劇や音楽や芸術の方面でもこうういう局面になるととにかく“存在意義”を問われがちですけど、むしろこういうときだからこそ必要とされるものだと思います。
我々が好きなプロレスには幸い膨大なアーカイブがありますので、こういうときに映像でも活字でも再UPして“やれること”をやっておきたいですね。それによって精神的なケアにはなるはずですから。

No title

どもっす!
いやぁなんかあんま言葉にできないショックさですね。

志村けんの動画観まくっていたら、すっかりいしのようこにハマってしまいました・・・
テディボーイなワタクシです・・・。

・・・本当志村けんって書きだすと長くなって止まらなくなってしまいますね。
思春期にはあんなに大嫌いになっていたのに・・・。

レッツゴーしゅんちゃん!大好きでした!
CM社長しょうたくんってのもありましたな。

昭和全日本ードリフ説ですが、
最近思ったのは、

いかりや→馬場
加藤→デストロイヤー
志村→ブッチャー
仲本→小鹿
高木→大熊

って感じですかね?

いや、なんとなくですが・・・。


God Bless Ken

レガさんに感謝

レガさんの貼ってくれた画像と言葉で、ああ、そうだったなぁ~!!そうこれなぁ~あったなぁ!!と、いろいろなことを思い出しました。

自分もブログで振り返ろうと思ってたんですが、あまりに込み上げてきてしまいできなくて・・・なのでレガさんがブログに上げてくれて本当に嬉しかったです。ありがとうございました。

もういないんだなと思うと、あまりにもさみしいです。まさかこんな最期になってしまうなんて・・・悔しいし、悲しくて、どうしようもなくなります。でも、笑って追悼した方が、らしいのかもしれません。

ボクはドリフでのCMパロディが好きで、宮崎美子の今の君は~ぴかぴかに光って~も、もちろん好きなんですが、加トちゃんとやったHONDAのCITYのCMをマネしたのが大好きでした。ホンダホンダホンダホンダ、シティ!!のあと飛んでコケるやつです(^-^)

あと短期間ですが少年少女合唱隊で加トちゃんとやった「わんダードッグ」というのが好きでした。志村と加トちゃんが犬の頭被って振り向いて変顔するんですが、これが最高です。たまに思い出してひとりでニヤけてます。映像あるかどうかわかりませんが、よかったら見てみてください(*^^*)

たくさん笑わせてもらいました。楽しい時間を、思い出を本当にありがとうと言いたいです(*´∀`*)

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

>HBKさん

こんにちわ。

言葉にできないショックさ<日が経ってもこの空虚感、依然消えません。

志村けんの動画観まくっていたら、すっかりいしのようこにハマってしまい<スタイルもいいし、美人ですよね。追悼番組で久々にお見掛けしましたがほぼあの日のまま。
ちなみに私は松本典子派、春色のエアメールです。

志村けんって書きだすと長くなって止まらなくなってしまいます<BKっちブログの追悼記事読んで、確かに私も一時期ほぼ見なくなっていましたなぁ。
ただし近年は『だいじょうぶだぁ』と『バカ殿』特番はほぼ欠かさず見ていました。記事にも書きましたがひとみ婆ちゃんなんて同じネタ何回見ても同じタイミングで笑っちゃいますよ。

レッツゴーしゅんちゃん…CM社長しょうたくんってのもありました<何となくBKっちの幼少期はしゅんちゃんっぽいなぁ(笑)。しょうたくん…は知らないなぁ。
しゅんちゃんはコロコロだと思っていましたが、今調べたらボンボンだったんですね。

いかりや→馬場
加藤→デストロイヤー
志村→ブッチャー
仲本→小鹿
高木→大熊
<長さんが馬場さんというのはどの時代も一致しますが、これ90年代だと、
志村=三沢
加藤=小橋
仲本=川田
高木=高木功
…という謎の仕上がりになっちゃいます。

>流星さん

貼ってくれた画像と言葉で…いろいろなことを思い出しました<思い出を共有頂けたなら何よりです。

あまりに込み上げてきてしまいできなくて<私も書いてて冷静ではいられなかったですね。ある意味プロレスブログでありながら、レスラーの訃報以上のものがあります。

悔しいし、悲しくて、どうしようもなくなります。でも、笑って追悼した方が、らしいのかもしれません<思い切り笑ってですね追悼したいのは山々なのですが、笑い終わった後の虚無感も尋常ではないですね。

ドリフでのCMパロディ…宮崎美子の今の君は~ぴかぴかに光って~…加トちゃんとやったHONDAのCITYのCM<どっちもやりましたねぇ~! ぴかぴかに光って~♪は最後にお腹の肉を摘んで「宮崎美子!」ってやるんですよね。CITYもクラスの男子ほとんどで整列してやりました! ホンダホンダホンダホンダホンダって。
あとアレですね、ぴっかぴっかのいっちねんせい♪ビシッ! っていうのも真似しましたねぇ。全部が懐かしい。

少年少女合唱隊で加トちゃんとやった「わんダードッグ」<懐かしい!! すっかり忘れていました。お亡くなりになってからよく出てくる話で「志村さんは音楽通だった」というのも、コントやネタのBGMがレアな名曲ばかりだったらしいですよね。見ている子供たちにはさほど関係ないのに、知らぬ間にそういう擦り込みもあって、いまだにあの手の曲を聴くと気持ち良くなるんですよね。
コメ返ついでに書きますが、全員集合のゲストって多種多様なジャンルから出ていましたが、今、映像観てて驚くのが演歌の堅物な方も、ぶりぶりのアイドルも、ロックバンドやシンガーソングライターも、オープニングとエンディングで本当に楽しそうに踊ってるんですよね。あれは番組に一体感がないと出せない空気です。
流星さんが好きな吉川晃司も尖がっていた頃なのに楽しそうにドッコイジャンジャンとかビバノンノやってるんですよ。素晴らしいです。
あと私、ドリフの『とべ西遊記』も好きだったんです。人形劇でしたけど、あの原作を徹底的に無視した構成が大好きでしたね~。

たくさん笑わせてもらいました<右に同じでございます。

明日の午後1時半からBSプレミアムで我らがシムケンとジュリーの共演が再放送されます!!

>ゆっつぁん

本当に本当にお久しぶりです。

掲示板は早々に削除されていましたが、これも時代の流れということで仕方のないことかも知れません。でもネット上とはいえ出会った方との思い出はこの先もずっと消えません。
とにかく今はやれることを必要以上にやって耐え忍ぶしかないのかな、と思っています。
目に見えない敵、意志を強く持って行くしかないのでしょうが、一日のうちほんの僅かでも安心感と笑いが欲しいですよね。

またいつでも来て下さい。

No title

因みに、レッツゴーしゅんちゃんは、当初テレビマガジンで連載されておりまして、
その後ボンボンが創刊されるとそちらに連載が移りました。
CM社長しょうたくんは、しゅんちゃんが抜けたテレビマガジンに連載された作品でした。
作者は同じ坂本しゅうじ先生です。

>HBKさん

レッツゴーしゅんちゃんは、当初テレビマガジンで連載…ボンボンが創刊されるとそちらに<本当にBKっちは何でもお詳しいですな! テレビマガジン、テレビランド、テレビくん…懐かしや。

CM社長しょうたくんは、しゅんちゃんが抜けたテレビマガジンに連載された<検索しても出て来ませんねぇ。CM社長ってことは、しゅんちゃんみたいな小学生ではないのかな?

No title

いえ、髪型を変えただけのしゅんちゃんでした^ ^

で、間違えてました。
しょうたくんではなくチョー太くんでした…。


もうどうでもいいですよね…(ーー;)

>HBKさん

髪型を変えただけのしゅんちゃん<そうでしたか、髪型を…ちょっとだけ面長にオデコの方から…いや!

しょうたくんではなくチョー太くんでした<私のつたない記憶だとしゅんちゃんはブルース・リーばりのジャンプスーツも着用していた様なアレがあるのですが、CM社長はどういうコスチュームだったのでしょうか? もしやスタローン風の星条旗トランクスとか…って、それこそどうでもいいっすね(笑)。
紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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