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完封勝利~後編~(1990)

前編からの続きです。

一切の打撃技も出ない異質な試合展開は、

まるで道場でのスパーリングの様相を呈してきました。

最初にロープエスケープしたのは鈴木みのる
鈴木にロストポイント1

スタンドから再開したところで初めて、

高田延彦は得意のローキックを放ちましたが、

鈴木がバックステップで回避。
高田が初めてローキック

結果的にはこれが唯一の打撃技となりました。

組めば差し合いから、

お互いに組手を奪い合いますが、
何度も差し合い

どうにも次の展開まで持って行けず、

一度離れて見合います。
一度離れては、

また組むと今度は首を取り合い、
首の取り合いから、

いい体勢を取った鈴木が、

高田をコーナーまで押し込みました。
コーナーに押し込んだ鈴木

もちろんブレイクがかかります。

鈴木はクリーンにブレイクすると、

軽やかな足取りでリング中央に戻り、

高田の戻りを待ちます。
クリーンにブレイク

おっとり刀で戻ってきたところに、

鈴木はやや腰高と見て低いタックルへ。
鈴木のローシングル

しかしながら反応が速い高田、

しっかりと潰しておいてから、
高田はしっかり潰して、

フェイスロックで捻り上げていきます。
フェイスロックで鈴木再度エスケープ

ここは鈴木も巧く抜け出ると、

組んでからバックを奪ってのテイクダウン。
バックを取ってのテイクダウンから、

すぐ上に乗ると、

高田の右手首を極めながら腕十字狙いから、
腕十字を狙う鈴木

パッと足に切り替えて、

速攻の膝十字固めへ。
一瞬で膝十字に切り替えた鈴木

やや角度は浅いものの、

鈴木は渾身の力で極めに行きます。
力を込める鈴木

高田が体を入れ替えたところ、

鈴木も角度を調整して付いて行きます。
角度を変える

さらに高田は身体を回して、

逆に鈴木の左足首を捕えていきました。
高田も足を取ると、

得意のアキレス腱固めを狙っていきますが、

鈴木も負けじとヒールホールドに移行。
鈴木はヒールに切り替え、

カカトに引っ掛からないと見て、

鈴木は逆方向のトウホールドへの移行。
さらにトウホールドに切り替える鈴木、

グイグイ捻じっていきますが、

高田も改めて足首を捕らえて行き、
高田は足首を捕らえ、

アキレス腱固めの形になると、

時計回りに上半身を捻っていきます。

鈴木はすぐにロープエスケープ。
強烈なアキレス腱固めでエスケープ奪取

これで2つめのロストポイントとなり、

すぐに起き上がれない鈴木を、

軽快なフットワークで待つ高田。
鈴木ロストポイント2

このスタミナが高田最大の武器でしょう。

何としてでも良いポジションを取りたい鈴木は、

四つの組手を避け、早めにがぶって行きました。
スタンドからガブっていく鈴木

高田は自ら亀になってガードに入り、

鈴木の好きな様にはさせません。
今度は高田が亀に

少し強引にでも打開していきたい鈴木は、

高田の足を取り、身体を返して、

膝を顔に乗せて動きを制します。
膝で顔を潰して動きを止めてから、

そして絶好のタイミングで膝十字固め!
膝十字へ

しかしポジションが悪くニアロープ、

空中正三レフェリーからブレイクが掛かります。
ここはニアロープの為ブレイク

ブレイク後のリスタートでも、

鈴木は先に先に攻めていきます。

バックを奪うと、
鈴木はバックを奪うと、

超低空ジャーマンでのテイクダウンから、
低いジャーマンで投げます

すぐに上にはなりますが、

この時間帯でもやはり高田の腕は取れません。
絶対に取れない

鈴木は『やっぱ足関しかねえな』とばかりに、

リング中央で右足首を極めに行きます。
足を取って中央に引っ張ってから、

そしてアキレス腱固めへ!!

ポジションもこれ以上ない位置にあります。
アキレス腱固めに入るが、

高田は耐えて耐えて、

もう一度同じアキレス腱固めへ。
高田が耐えて切り返し

技に入ると同時に締め上げると、

即座に鈴木はタップアウト!!
アキレス腱を取ると鈴木即タップ

両手を挙げて勝利をアピールする高田、

終わってみれば鈴木に対して、

一切の技も許さない“完封勝ち”でした。
高田勝利

過去の記事(参照:UWF、それぞれの青春)でも書きましたが、

この試合が“普段と違う形式”となった発端は、

船木誠勝vs鈴木の博多での試合でした。

鈴木の証言を再掲したいと思います。

KAMINOGE17表紙
 KAMINOGE vol.17 より

鈴木「あれは『どうやって試合する?』『いいよ、いつも道場で俺らがやってるのをそのままやろうよ』っていうのがスタートで。何も考えず、レスリングに没頭できて楽しかったですね。でも、試合後はまた控室で『おまえら、何やってんだ!』って前田さんに怒られて。『全然試合になってないだろ。あんなの道場でやってること見せてるだけだろ』って。そうやって、俺が前田さんにバーッて言われてるのを、みんなは黙って見てるわけですよ。でも、前田さんがいなくなったあと、高田さんだけは『俺は、おまえがやりたいことはわかるよ。俺も好きだよ、そういうの』って言ってくれたんですよ」

― へえ、そうなんですか!

鈴木「それで、そのあとの武道館(1990年5月4日)が、高田vs鈴木だったんですよ。そのとき、高田さんが『いいよ、そのまま俺とやろう』って言ってくれて」

― えっ!? あのときの高田戦は、船木戦と同じ形式の試合だったんですか!

鈴木「だから、あのときは『やったー! 高田さんに勝ったら、俺はスターだ!』って気持ちでいったんだけど、サラッと負けたんです(笑)」


当時の高田は主にスポーツジムで練習をしていて、

たまに道場へ練習に来ると、

いつも鈴木がスパーリングを申し出て、

高田も毎回スカさずに受けていたそうです。

そこで決して鈴木には取らせない。

これは道場に毎日いた船木も(参照:いよいよ一週間後)、

新弟子だった垣原賢人も言ってました(参照:必聴&必読)。

最後はそのスパーと同じ足関で取った形ですね。

鈴木もそのスパーリング終了後と同様、

「もう一回」と言っていましたが、
鈴木の口は「もう一回」と

再びこの試合が行なわれることはありませんでした。

関連記事

tag : 高田延彦 鈴木みのる

comment

Secret

No title

この試合は知りませんでした!

今度映像探してみます!

>平田さん

この試合は知りませんでした<意外と埋もれた試合なのかも知れませんね。

ありました!
https://www.youtube.com/watch?v=OOK31DcV0Zo

ぜひ現役MMA選手である平田さんの見解もお聞きしたいです!!

No title

見ました!


高田のレスリング・腰の強さに驚きました!
鈴木みのるが攻めあぐねるとは。。


ただ、見た感じ組技においては、恐らく高田は 待ち・カウンターのスタイルで、バワー・体格に頼った戦い方だと思いました。
つまり、自分から崩してテイクダウンにいくテクニックは無いかな、と。
長州なんかは、その辺のテクニック、超一流ですよね。

なので、自分より体格が上の相手になると、厳しいかな、と。

寝技においても、ディフェンスがバワーに頼ってガッチリ固めて守るという感じなので、柔術相手やパウンド有りのMMAルールでは通用しないかな、と。


という事で、PRIDEで思うように結果が出なかったのが、全てを表しているのではないかと思います。

逆にヒクソン戦は、Uインターでの戦い方をそのままに、バンバン蹴って、組まれても四つ相撲に持ち込んで、ディフェンスに徹する&突き放す、をやってれば、勝機はあったのでは・・・?と思っちゃいますね。。
高田ファンだった者の持つ幻想なのかも知れませんが。。


ま、UWF道場において高田が強かった、というのは間違い無いでしょう。

ただ、Uインターで頭角を表して来た頃の田村だと、キツかったんじゃないかな~??と思います。

>平田さん

観て下さいましたか?

高田のレスリング・腰の強さ<相撲の強さはヤングライオン時代から定評がありましたね。荒川によって相撲部屋に明け渡されたこともあるくらいで。

恐らく高田は 待ち・カウンターのスタイルで、バワー・体格に頼った戦い方<これは前田氏もそうですが、基本自分からタックルには行かないですもんね。立ち技のスパーでもタックルさせといて潰すという。猪木もインタビューで同じことを話していました。

長州なんかは、その辺のテクニック、超一流<レスリング・フリースタイル五輪代表はやはり半端じゃないでしょうね。

自分より体格が上の相手になると、厳しい<あぁなる程! ヒクソンやホイスには組み負けしていませんでしたが、コールマンやケアーといったゴリゴリのレスラーにはあっさりテイクダウン取られていましたもんね。

寝技においても…ガッチリ固めて守るという感じなので、柔術相手やパウンド有りのMMAルールでは通用しない<そこもプロレスラーのスパーリングだけで伸し上がってきた高田ならではの強さなんでしょうね。グラップリング系の道場へ出稽古に出ていれば、また違う技術も身についていたでしょうけど、トップはそういうこと出来ない時代のレスラーだっただけに致し方ない部分ありますね。

ヒクソン戦は、Uインターでの戦い方をそのままに、バンバン蹴って、組まれても四つ相撲に持ち込んで、ディフェンスに徹する&突き放す、をやってれば<精神状態によるところが大きかたんでしょうけど、戦術自体も付け焼刃になっちゃっていましたよね。
自信持って重いローを蹴っていれば、また違う結末が見えていたと思います。

Uインターで頭角を表して来た頃の田村だと、キツかったんじゃないかな~??<田村自身は本音かタテマエかはわかりませんが、ムックのインタビューで「Uインターでも高田さんからはスパーで取れなかった」と。
プロレス流のスパー(極めっこ)においてはかなり上の方だったと思います。

平田さんの専門的な目からのご感想ありがとうございます。嬉しいです。
紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
48歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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