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世界一強い!! 昭和、平成、令和の伝説たち

強い!! 強すぎる!! 鳥肌立った!!

2019年11.7 さいたまスーパーアリーナで、

WBA世界バンタム級スーパー王者、ノニト・ドネアを激戦の末、

判定で降して初代WBSSバンタム級王者となった、

“Monster”井上尚弥
モンスター井上尚弥WBSS制覇

世界最強のプロボクサーが日本人であるという、

これは大いなる誇りですよね。

その井上が所属する、

大橋ボクシングジムの大橋秀行会長も、

かつてはWBC世界ストロー級チャンピオン。
大橋会長

黄金のベルトを巻く、

“150年に一人の天才”だった方であります。
王者・大橋秀行2

そしてプロレス界、

特にUインターとは縁深い人物なのであります。
1991年12.22両国試合前

詳しくは今月発売された『KAMINOGE 95』における、

名物コーナーの『玉袋筋太郎 変態座談会』で、

ご本人を交えて語られています。


ちょっとだけ覗き見してみますと…、

KAMINOGE95表紙
 KAMINOGE 95 より

大橋
「高田(延彦)さんが同じ横浜の中和田中学で、2つ上なんですよ。それで知り合って一緒に合宿したりして。高田さん、ボクサーの走り込みにビックリしてましたね。『えっ、こんなにやるの!?』って」

「それで高田さんがボクらと同じようなロードワークをやるようになったら、ゲッソリ痩せちゃって、体重が10キロ以上減っちゃったんですよ(笑)」

「ボクシングの持久力が加わったらプロレスに活きるってことで始めたんだけど、プロレスとボクシングの持久力は違うから、すぐに息があがっちゃって(笑)。でも高田さんの体力も凄かったなあ」


大橋会長は地元の先輩であり、

当時所属したヨネクラジムでは後輩にあたる高田延彦との縁から、

Uインターとの交流が始まりました。
高田を激励

大橋
「みんなウチに練習に来ましたよ。田村(潔司)とか金原(弘光)、高山(善廣)、ヤマケン(山本喧一)なんかも来てましたね」

(センスがいいのは)やっぱり金原ですね」


田村潔司はどの時期でしょうね?

ヤマケンはキングダム時代、

急激にボクシング技術が向上していった記憶があります。

そして打撃センスは“やっぱり”金原弘光なんですね。
序盤の打ち合いは金原主導、

そんな大橋会長が、

最もお気に入りの選手は意外や意外!

大橋
「トム・バートンが好きだったなあ」

「若手が強くなるためにああいう存在って必要なんですよ。自信をつけさせるためにも」


まさかのトム・バートン!!(参照:追悼・愛すべきUインター常連ガイジン)

でもその理由にも納得、

競技者として、指導者としての目線です。
KOされる…

プロボクシング世界王者であり、

生粋のプロレスファンでもあった大橋会長にとって、

Uインターとのハイライトは、

やはりあの大一番(参照:10月最後の夜に…カタルシスを神様が降りて来た夜)でした。
ゴング前の握手

大橋「だって俺、現役の世界チャンピオンのときにUインターで高田vs北尾の立会人みたいなのをやりましたからね。あれなんかは大問題ですよ(笑)」

ガンツ「権威づけに使われてしまって(笑)」

大橋「実際、あとでめちゃめちゃ怒られましたけどね(笑)」

玉袋「そっかー(笑)。じゃあ、それをいさめてくれるのが米倉会長ですか?」

大橋「まあ、そうですね。でも高田vs北尾とか、Uインターの盛り上げ方は最高でしたよね。自分ではああいうことはできなかったけど」


何と!! 他流試合を禁じられるプロボクサーであり、

しかも最高権威の世界王者という立場にありながら、
王者・大橋秀行1

試合前の激励に駆けつけるのみならず、

格闘技世界一決定戦の立会人にまで名を連ねるという、

この気合いの入りっぷり!!
立会人・大橋秀行

大橋会長、最高ですね。

さらに会長のプロボクサーとしての伝説と、

プロレスファンとしての愛を知りたい方は、

ぜひとも『KAMINOGE 95』をご一読下さい!!


さらに今号は表紙から巻頭にかけて、

“今の”アントニオ猪木を大々的にフューチャーリング。


久々にターザン山本が聞き手を務めている訳ですが、

悔しいけど猪木の魅力を引き出す力はさすがです。

大物タレントとしてテレビに出るときと違い、

プロレスのこととか夢を語るときは、

本当にいい笑顔を見せてくれるんですよね。


この笑顔を見るだけで、

私の沈んだ気持ちも吹き飛んで、

とにかく元気にさせてもらえるんです。


そんな中でもう一冊!! 宝島から、

『猪木伝説の真相 天才レスラーの生涯』がドカンと来ますね!!
宝島の猪木本

サッポロビール園での語らい(参照:なまらむかしばなしに酔いしれた夜。)の中で、

堀江ガンツさんからお聞きしていたのですが、

この猪木本、思いのほか早い出版に驚きました。

猪木伝説の真相表紙
 猪木伝説の真相 天才レスラーの生涯 より

アントニオ猪木とはいったい何者なのか

佐山聡、前田日明、武藤敬司、蝶野正洋、天龍源一郎ら因縁の13人が証言する“燃える闘魂”の光と影

そして、猪木自身にもインタビューを敢行!
舌出し失神、1・4事変、UWF、新日本身売り…プロレス界「最大の謎」を猪木本人に問う!!

はじめにターザン山本

第1章 プロレス界「最大の謎」を猪木本人問う!
アントニオ猪木「自分のプロレス、猪木イズムを次の世代に繋ぎたかった…」

第2章 猪木・最盛期「昭和」の弟子たち
佐山聡「タイガーマスクとは猪木イズムの結晶です」
前田日明「クソほど度胸のある猪木さんは、生粋のギャンブラー」
藤波辰爾「8・8横浜の一騎打ちで、僕は猪木さんを蘇らせた」
藤原喜明「今でも猪木さんのためなら腕一本ぐらいは失くしてもいいと思っている」

第3章 猪木・現役晩年「平成」の弟子たち
蝶野正洋「猪木さんがタニマチに仕掛けてるところを見て、このすげえなって」
武藤敬司「都知事選不出馬から、猪木さんの美学が崩れていった気がする」
藤田和之「会長に『俺を敵にまわすのか!?』って、ドスの利いた声でいわれ…」

第4章 新日本・前夜“若獅子”時代を知る男たち
グレート小鹿「プロレス頭は、馬場さんより猪木さんのほうが一枚も二枚も上手」
北沢幹之 猪木「東京プロレス移籍」「日プロ復帰」にまつわる事件の真相

第5章 外部から見た“燃える闘魂”の実像
天龍源一郎「どんな大金を積まれても、やるつもりはなかった猪木との再戦」
石井和義「格闘技ブームの頃、猪木さんはプロレスに興味がないように見えた」
大仁田厚「猪木さんにいちばん嫌われた人間が俺ですよ」
特別インタビュー サイモン・ケリーが語るアントニオ猪木と「新日本・暗黒時代」の真実

アントニオ猪木 1943-2019完全詳細年表


これは凄い。

佐山サトルに聞いている訳ですからね!!

今回のは藤田和之の中身も気になります。

最近ではヒロ斎藤や高田も(参照:もしも“両方”の高田がいたなら…。)猪木のことを回想していましたね。

 スポーツ報知 より
【ヒロ斎藤40周年ヒストリー】(終)「たったひとつの後悔…永遠のアントニオ猪木」

離れていっても結局、

新日本をルーツに持つレスラーは猪木に還るというか、

これ新日本から始まったプロレスファンも、

きっと想いは同じなのです。
最後のNWF戦を終えた猪木

明後日の発売…楽しみです。

関連記事

tag : アントニオ猪木 大橋秀行 井上尚弥 玉袋筋太郎 堀江ガンツ

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Secret

No title

ヨンペイさんのブログにもコメントしましたが北尾のデビュー戦の2日くらい前に大橋氏、王者になり中継のゲストに北尾が、何故か呼ばれてて試合後に大橋氏が「デビュー戦、頑張ってください。」と激励していたのを良く覚えています。

結構つながってるんですよね。2度目の王座奪取は、10.11くらいだった様な記憶が、ありホント現役王者なりたてでUインターで花束激励してたんですよね。

HOUND DOGのコンサート会場で、たまたま大橋氏と高田が顔会わせて2ショットで写真に収まってるの東スポか日刊スポーツで見た記憶が、あります。

No title

あ、それとサンノゼでアーチャー 、幻のプロレス鬼の大技、ネックハンギングからのスープレックス出してましたね。投げっぱなしでしたけど。

No title

後半に紹介されていた猪木インタビューと猪木本 やはり猪木の感性の鋭さ 世間とプロレスの位置
いろいろ感じるインタビューでした
それとホントに冷静に各選手の分析
当時も そしてその選手の着地点も分析していて
興味深いものでした 何より
後を継がせることが出来なかったこと
言葉とは違い やはり
誰かに継がせたかったのは
とても伝わりました 現代のプロレスは
力道山からのプロレスではなくなった
また
勝ち負けだけにヒューチャーされる
現代の格闘技も違う
プロレスの意義 存在意義ですね
人々に感動 感激を与えるという
他のスポーツとは違う
それぞれの人々の人生を投影できる
そんな戦い
人々の空想の中の 夢を実現させる
そんな戦い
激しさ 怒り 我慢 すべてを代わりに表現する
そんな戦い
今回のラグビーワールドカップと同じ
昔から猪木が話していた
大きなムーブメントを 渦を作るには
プロレスにまったく興味のない人を
巻き込む力が必要だ というにわかファンを
熱狂的ファンに変えさせる
そんな戦い
見てくれさえすれば 必ず
明日の活力を与えることが出来る
そんな戦い
それが 昭和42年~44年の若獅子時代
昭和45年~51年の超絶全盛期
昭和51年のアリ戦以降~55年の全盛期後のゆるやかな下降の中での風格時代
には 全て猪木は出来ていたんですね
その後の
昭和56年~59年の新日大ブーム からの動乱時代には多くの選手が ブームが故に自分も出来ている
猪木かいなくても大丈夫 と大きな勘違いをして
内部クーデター 反乱 独立 他団体 いろいろ起きましたが 猪木と同じ大きさのものを
背負う覚悟と表現力と実力を持ったもの
全てを持ったものは結局出ず
猪木が背負った覚悟より はるかに小さいもの
にして 世間とも戦わず
あくまでもブームや「ファッション」
としての大きさの中で
「こんなに大変なんだ」と
思う 決して天下を取ったとは言えない
結末をどの選手もむかえました
踏み込む勇気 踏み出す勇気
時代に選ばれ
師匠との出逢い
永遠のライバルといわれた
まったく個性の違う東洋の大巨人
馬場との出逢い
誰よりもベストパートナーだった
倍賞さんとの出逢い 結婚

猪木インタビュー インタビューアーの
力が試される 企画力 引き出す能力
全てが試されるインタビューでした

猪木のことを話す
前田 蝶野 藤田 子鹿 北沢のインタビュー
個人的には興味深かったです‼️

>aliveさん

先日はお疲れ様でした。また貴重な映像をありがとうございました。

ゲストに北尾が、何故か呼ばれてて試合後に大橋氏が「デビュー戦、頑張ってください。」<当時の思いは推し量れませんが、プロレスファンの性として放たれた一言でしょうな。

現役王者なりたてでUインターで花束激励<画像にも挙げた高田vs北尾ですが、立会人でありながら高田とはガッチリ握手を交わしながら、北尾には軽い会釈のみという…当時のプロレスファンの本心を体現するムーブが今観ても痛快極まりないです。

HOUND DOGのコンサート会場で、たまたま大橋氏と高田が顔会わせて2ショット<本当に映像部長は何でも知っていますね!! すっごい!!

>aliveさん

アーチャー 、幻のプロレス鬼の大技、ネックハンギングからのスープレックス<アーチャー見事に復活しましたよね。アイアンクローも実に良いです。

>たくたくさん

猪木の感性の鋭さ…いろいろ感じるインタビュー<まだ後者は未見なのですが、KAMINOGEについてはターザンの引き出す力、さすがだなぁと思った次第です。

冷静に各選手の分析…後を継がせることが出来なかったこと<猪木イズムを分散させてしまったことで日本のプロレスは幅を広げていった訳ですが、本当の意味での後継者をプロレスに残せなかったことが残念ですよね。

大きなムーブメントを渦を作るにはプロレスにまったく興味のない人を巻き込む力が必要<ジャンル自体を考えるところから猪木プロレスは始まりますが、環状線理論…枠の外にいる人々にも首根っこ掴まえて関心を持たせるという強引さもまた猪木プロレスの幹にありましたよね。
今は…首根っこ掴まえること自体がコンプライアンスに抵触しかねない世知辛さありますよね。

猪木かいなくても大丈夫と大きな勘違い…猪木が背負った覚悟よりはるかに小さいものにして世間とも戦わず<辛辣ですね~。あの長州でさえも、一時期以降は世間と闘うことを回避していきましたから…分散したのも必然だったんでしょうね。

インタビューアーの力…全てが試されるインタビュー<もはやそれが出来る存在自体、貴重となってしまいましたね。

猪木のことを話す前田蝶野藤田子鹿北沢<藤田以外はそれぞれ何度も読み尽くしてきましたが、新たな証言に期待して、手に取る日が待ち遠しいです。
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Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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