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もしも“両方”の高田がいたなら…。

帰宅時に購入して参りました。


元の三冊を読了していましたので、

とりあえず今日は文庫版の目玉である、

高田延彦×武藤敬司対談を読みました。


高田が語る師匠の話、

響いたなぁ…。

完全版証言UWF表紙
 完全版 証言UWF 1984-1996 より

高田
「本来、両方があったの。
(略)俺はその両方が好きだったんだけど、あそこまで両方できる選手はいないよね」

「大変なことよ。だから俺は両方は無理だな、こっち一本だなってことで、UWFになったのかもしれない」

「でも逆に、プロレス一本でやってたらどうだったかなって思うときがあるね」


この三つの言葉だけで、

またまた妄想がインターナショナルしてしまう訳です。
猪木の延髄斬りは寸でかわしたウェップナー

私は今でもアントニオ猪木を継ぐことが出来たのは、

新日本に残っていた高田伸彦だけだと思っていますし、

例え本人が「無理」と言っても、

高田なら「両方ができた」と確信しています。
さらに噛み付くシン

本当にもしも、

「プロレス一本でやってたら」

どんなエースレスラーになっていたことでしょうね…。
高田お得意のポーズ

そして新日本プロレスは、

「(堀江ガンツさん曰く)武藤プロレス」化することなく、

今も強さを追及する団体だったんでしょうかね。
高田の左ハイ!!

高田が描く両方のプロレス、

観てみたかったですね。

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tag : 高田延彦 武藤敬司 堀江ガンツ 新日本プロレス90'S

comment

Secret

No title

よく週プロはピーク時の高田の事、全盛期の猪木を彷彿とさせると評してましたね。

でも実は猪木VSマサの巌流島の後の闘魂シリーズのパンフには、87年秋の時点の高田で「若獅子と呼ばれてグングンのし上がってた頃の猪木に似てる」てな事、書いていたんですよ。

プロレス初観戦時にニセコ町体育館で買ったパンフに書いてました。

No title

気を害される方もいるかも知れませんが、今から約30年近く前に大仁田厚のFMW(というか大仁田さんのプロレス方針?)を『猪木のプロレスのようだ』
と、例えるプロレス記者の方がいて僕も
「なんでだよ」
と思っていたのですが、その頃に2度だけ食事にいったことのある自称”生まれついての猪木信者”というファンの方から
「大仁田は猪木っぽいんだよ」
と言っていて
「??えっ??」
となったことがあります。

あれから、猪木が起こした世間を相手にしたスキャンダラスな仕掛けやハレンチとも思える仕掛け、今になり記者のいっていること、猪木信者さんの言っていたことは何となくわかったつもりです。

今やプロレス界に強さを追求する団体もなくなれば、強さを追求するプロレスラーもほぼ皆無な状況になり、こうなると
「高田がそれになっていたらなぁ・・・」
と思いますね。

猪木の強さの部分を求めていった高田と、猪木の狂った部分と酷似した大仁田厚
右と左に両極端な価値観のあった両レスラーの振り幅の端と端をもっていたのがアントニオ猪木だとすると、すごい話ですよね。


ちなみに前田日明は今の新日本を「ルチャ」と言ってますが、僕の中ではドラゴンゲートという方が一番しっくりくる感じがします(オカダが出身とかそういう意味ではなく、団体の方針ですね)

>ナリさん

”生まれついての猪木信者”というファンの方から「大仁田は猪木っぽいんだよ」<野心という部分は確かに重なると思います。しかしながら微妙にベクトルはずれているとも思います。

猪木が起こした世間を相手にしたスキャンダラスな仕掛けやハレンチとも思える仕掛け<世間の首根っこを掴んで振り向かせるパワーというは双璧でしょうね。

今やプロレス界に強さを追求する団体もなくなれば、強さを追求するプロレスラーもほぼ皆無な状況<いろんな意味での強さというか、現在のトップレスラーもそれぞれ強さを兼ね備えていると思うんです。でもそれは昔のレスラーが大切にした強さとは少し違うものですね。
極端に一例だけ挙げると、翌日に試合を控えていて大酒呑む様な輩は現在いませんものね。

右と左に両極端な価値観のあった両レスラーの振り幅の端と端をもっていたのがアントニオ猪木だとすると、すごい話<右と左に留まらず、ロマン追求にファンを裏切る結末という、上や下への振り幅をも内包していたんですからね。本当にすごい話です。

前田日明は今の新日本を「ルチャ」と言ってます…僕の中ではドラゴンゲートという方が一番しっくりくる<顔面蹴撃事件当時、新日からのメキシコ行き要請を蹴った前田氏の一言として読めば、それはとても深いですね。
ドラゲー…確かに現在の客層は10数年前にブレイクしてきた頃のドラゲーと重なります。

>aliveさん

週プロはピーク時の高田の事、全盛期の猪木を彷彿<主にシッシーと安西グレイシーでしたかね。

87年秋の時点の高田で「若獅子と呼ばれてグングンのし上がってた頃の猪木に似てる」<あの時期どんどん上半身も大きくなっていましたし、それはうなづけますね。

プロレス初観戦時にニセコ町体育館で買ったパンフ<aliveさん、思い出の一冊ですね。
紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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