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背中に貼られたジュッテンイチイチ(1997)

今年も10月が来て既に半分過ぎました。

私にとって秋、10月と言えば、

高田延彦の季節なのであります。
「前田が泣いてるぞーーー!!…」

 歴史は10月に作られる~平成編~

 復刻版・私説PRIDE.1


先日、武藤敬司との再会を果たしたそうで、

またまた楽しみな一冊が出版される模様です。

1984~1996年といえば、

第1次Uの旗揚げからUインター解散。

即ちプロレス団体としてのUWFの歴史そのものですね。

そして翌1997年からは、

PRIDEの時代となる訳です。

今から5年前に放送したBSスカパーの、

『PRIDE ヘリテージ』#1(参照:BSスカパーで『PRIDE ヘリテージ#1』を観た)で、

高田が語った1997年10.11の記憶を、

今年は振り返りましょう。
PRIDEヘリテージ#1~12

番組ではPRIDE紀元前として、

安生洋二の生々しい告白から始まりました(参照:Yoji Anjo Is Alive 特別編~Yoji Anjo Was Dead...But Alive!~)。
PRIDEヘリテージ#1~28

ヒクソン・グレイシーという、

Uインターにとって最強最大ボスキャラとのストーリー。

その最終章で立ち上がった高田が、

ヒクソンと相対するクライマックスシーンは、

何とも間違いだらけの役作りをしてしまった訳です。

高田
「最初の間違いは…トレーナーがいなかったってこと。全部自己管理です、あれだけの選手とやるのに。えーっと、が故に彼がこの体重だから俺も落とそうっていう、訳のわかんない方向に行っちゃったんですね」

PRIDEヘリテージ#1~高田1

トレーナーというより、むしろ参謀でしょうね。

一言、「高田さん、自信持って行って下さい!」っていう人物がいれば、

精神面も体調面も全く違ったものが出来上がっていたと思います。

事実、沖縄にはフィジカルトレーナーを帯同(参照:記憶に残る図太い勝負論)していたのですから。

高田
「だから今までやって来た、こう引き出しにしっかりファイルしてきた経験とか、いろんなこうスキルとか、いろんな材料を全部鍵を掛けてしまったか、捨ててしまったのか。実戦よりも体重絞ることに全部、時間と労力をかけちゃって。沖縄まで合宿行って、沖縄の陸上競技場借りて、走りまくったりとかね。(体重が)84,5(キロ)まで落ちたのかな? で動けないと思ったの俺、俊敏に。相手は蛇だから。そっち行っちゃったんですよ、今思えば何言ってもしゃあないよね。だから自分のトレーニングの方法が自己流で、勝手にこう、何だろ? 迷い道って感じだよね」

PRIDEヘリテージ#1~高田2

格闘技者、プロレスラーの大きな武器の一つである、

パワーというものを全て排除する様な、

野球選手の肉体作りを実践してしまった、と。

現在ではラグビー選手なんかを見ていると、

100キロ以上の身体で、

俊敏に走り回るのが当たり前であったり、

コンディショニングの認識も大きく変わってきていますよね。

それよりも当時の高田にとって何よりもの失敗は、

自費で呼んだブラジル人柔術家の存在です。

高田
「でアドバイスはね、『殴るな蹴るな、寝るな』。(柔術のコーチ、セルジオ・ルイスは)そう、ヒクソンとね、2回か闘ってるのかな? 柔術で。で、分けたりしてる選手…がね、来てくれたんですよ、道場に」

PRIDEヘリテージ#1~高田3

セルジオ・ルイス…別名セルジオ・ペーニャ。

ブラジリアン柔術の世界では有名だそうですが、

ヒクソンの実力を良く知るからなのか、

コーチとしては最悪の仕事をされてしまいます。

高田
「で、最終仕上げで、その道場で、まぁ技術とスパーとやりながらね、まぁ戦略…戦略って言ってもね、今のが答えだから。『ぐるぐる回って、相手が疲れんの待て』と」

PRIDEヘリテージ#1~高田4

そのままの精神状態で試合当日を迎えた高田。

かつては最高の時間だった、

入場前にガウンを羽織る瞬間も…。

高田
「あの日、ガウンを着る時の僕は…ファイターじゃなかったね」

PRIDEヘリテージ#1~高田5

入場する高田は、

これまでとは違う悲壮感漂うオーラ全開でしたが、

それはそれで物凄く絵になりましたよね。

高田
「これ表現するだけでも、ちょっと死刑台に向かう様な、そういうちょっと暗黒な。光はスポットライト浴びてるんだけど、暗黒のそのポイントに向かう様な…」

PRIDEヘリテージ#1~高田6

右隣りでドームの大観衆を煽る安生、
PRIDEヘリテージ#1~高田7

反対の左隣りに宮戸優光の姿を確認したとき、

Uインターファンの涙腺は決壊しました。
PRIDEヘリテージ#1~高田8

さらにリングイン直前の抱擁で号泣。
PRIDEヘリテージ#1~高田9

一方、闘う当事者の高田にとって、

リングで向かい合った時点のヒクソンは、

最も巨大化していましたが、

試合前から泣いてる場合ではありません。

高田
「でかく見えたね。あと覚えてるんです、でかく見えるなって思えるのと、こう、いい意味で黒光りしてるよね、うん。こうピッカピカっていうかさ。あの時、俺の精神状態どうだったかな? これ不思議なんだけど、初めて…恐らく初めてだと思うんだけどさ、ちゃんとブラジルの国歌聴いたの。なのに、そのブラジルの国歌キレイにインプットされてるの。で、終わってからしばらくしてから口ずさんでるんだよ。『あれ? これ何の曲だっけなぁ?』って。恐らく生涯一回しか聴いたことないんじゃないかな、ブラジルの国歌。そのリングの上で、あの状態で。それがね、あのー鮮明に、こうフレーズに残ってて。それ以前もその後もそういうシーンって覚えてないんだけどね、あの日はよく覚えてるね」

PRIDEヘリテージ#1~高田10

神経が研ぎ澄まされ、

これまでにない、不思議な心理状態にありました。

高田
(生命の危機を感じた)かも知れない。だから何も、一つも聴き逃さないっていうか、見逃さないとかっていうか、何かそれが働いたのかも知れない」
PRIDEヘリテージ#1~高田11

世紀の敗戦も、

今では歴史の必然だったことに気付くのであります。
PRIDEヘリテージ#1~高田12

番組の最後に高田は自戒を込めて、

正直な心情を吐露しています。

高田
「名前と、それからイメージに、完全にこう包み込まれたっていうのかね、飲み込まれたって。だから同じ向かうにしても、その自分が今までやって来たことを信じてね、その練習方法も信じて、足んないものはいっぱいあったとしてもさ、今までやって来たことを信じて。えー…その日まで積み上げていれば、恐らくもう少し違った作品がね、出来たんじゃないかっていう、そういう…反省っていうかね、そういう気持ちは強くね、持ってますけどね」

PRIDEヘリテージ#1~高田13

これについてはUインター時代の高田を観ていた者として、

何度も大きく頷かざるを得ません。

高田
「ウチの嫁さんがね、試合終わった瞬間にウチの嫁さんが
『それは人前で今まで見せてきたパフォーマンスっていうんですか、闘いっていうのを見せてきた、そういう仕事をする人間として、その作品の質ってのをすぐ自分の中にパァッ! っとこう、瞬間的に跳ね返ってくるから』。まぁ、それを受け止めた、リングの上で受け止めた自分…が自分と対話をしてるって感じかな。だからその瞬間、ウワァ!! と、こうね…こう、自分のファイターとしてのこれからとかってのをね、何か、何だろ…こう…何ていうんだろ…映像の早送りじゃないけどさ、文字の早送りなのか、何かわかんないけど。ダーっといろんなことがね、こうバッ、ダッと。『これボロクソ言われんだろ』とかね、『これはいかんわ、何だ何だ!』っていう。何でしょう、自分の思いとか、観てる人たちの思いとか、俺のこれからの先とかね、いろんなことがね、駆け巡ったの、うん。短時間に、うん」
PRIDEヘリテージ#1~高田14

決戦直後、世間からの総攻撃。

この辺の心理状態は、

高田とアントニオ猪木の二人にしか経験のないことだと思います。

インタビュアーの堀江ガンツさんは切り出します。

ガンツさん
「このまま引退しようと思ったんですか?」

真っ直ぐに見据えた目で、

高田は答えました。

高田
「それはもちろん! …どこに行けんの? ってのがあるじゃん」

PRIDEヘリテージ#1~高田16

でも高田はPRIDEのリングから去らず、

自らの現役生命を全うした訳です。

高田
「で、必ずそれは、どこに居たって、ベタって背中に貼ってある訳だから、ステッカーが。イチキュウキュウナナのジュッテンイチイチが。ベターっと貼ってあるの、いつまででも後ろに」

PRIDEヘリテージ#1~高田15

尚且つ高田は現在も、

PRIDEの後継団体であるRIZINを、

メジャーステージに押し上げることを、

自らのライフワークとしています。

そこは既に私が求めていた世界ではありませんが、

イベントとしての完成度は20年前と天と地の差です。

選手の技術水準も20年前と比べるべくもありません。
RIZIN.14~4

しかしながら観る側の意識として、

とにかく応援するプロレスラーに、

どんな手を使ってでも勝ってもらいたいという、

あのヒリヒリする感覚を味わうことはもうありません。

こればかりは絶対に不可能なのです。
PRIDEヘリテージ#1~高田17

1997年10.11から‎2007年‎4.8の3466日間は、

壮大なドキュメンタリー巨編であり、

世界最高峰のリングが、

我が国、日本に存在していた時間です。
PRIDEヘリテージ#1~高田16

そして私の胸の奥にも、

ジュッテンイチイチとジュッテンキュウのステッカーは、

ベッタリと貼り付けられています。

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tag : 高田延彦 ヒクソン・グレイシー 安生洋二 UWFインターナショナル

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Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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