FC2ブログ

天高き季節の再会

2019年9.22 Studio CLASKAにおいて、

プロレス界のスーパースター二人が、

再会を果たした様ですね。

天龍と高田の再会ポスター
 東スポWeb より
天龍源一郎VS高田延彦氏 トークバトルで貴重な証言連発

天龍プロジェクト主催によるミスタープロレス・天龍源一郎(69)と“最強”こと高田延彦氏(57)のトークバトルが22日、東京・目黒区のStudio CLASKAに超満員180人のファンを集めて行われた。テレビのワイドショー番組は、実に6局が取材に訪れた。


23年前にベストバウトを受賞した、

あの壮絶な闘い(参照:すべらないプロレス~前編~同~後編~)も、

天高き、この秋の季節でした。
高田延彦vs天龍源一郎

当時を振り返る高田延彦の言葉です。

高田氏は「当時のUインターの経営は苦しかったけど、試合の話が来たときは『えっ? 本当に神宮球場で天龍源一郎と戦えるの?』というのが正直な気持ちだった。ファイターであり、アーティストであり、格闘家であり、相撲から叩き上げてきた大先輩。対角線上に立って大きな勲章にしたいという気持ちだった」と当時の心境を語った。


Uインターが団体としての求心力を失っていく中、

最後にプロレス界の中心となった一日、

それが1996年9.11 神宮球場でした。

“平成のオールスター戦”と掛け値なしに呼べたその大会において、

メインを締め括った天龍源一郎戦。
長い長い探り合いから、

プロレスの本道から心が離れつつあった高田に、

最後に火を点けたプロレスラーが天龍だったと言えます。

その天龍が最初に高田の姿を認識したのは、

意外と古く、80年代前半の様です。
若き日の天龍

さらに意外なのは御大であるジャイアント馬場さん経由だったという。

天龍は若き日々を振り返り「あのころ新日本プロレスは、毎週金曜夜8時から放送されてたじゃない。いつも猪木さんの横にピッと直立不動で立って、ガウンを受け取っているりりしい若者を見て、馬場さんが『オイ、お前らこの若者を見習わんか。ダラダラとしやがって』と怒ってさ。今までとは別のシステムを導入したんだよね」と意外な事実を明かした。


確かに当時の全日と比較して、

新日の若手は常に気を張っているというか、

特に猪木の付き人というのは特別な存在で、

高田に限らず藤原喜明佐山サトル前田明後藤達俊山田恵一と、

歴代の付き人は常にピリピリしていた印象です。
猪木の入場、付人は高田

それは決してカメラの前だけに非ず。

お互いコインランドリーもない時代に新弟子時代を過ごした2人は、それぞれの苦労話を披露。高田氏が「毎日、猪木さんのマッサージを3時間やってました。でも最後まで僕が抱いていた猪木さんのイメージは変わりませんでしたね」と語るや、天龍は「そのメンテナンスが猪木さんの選手生命を長くしたと思うよ」と正論中の正論を吐いた。


拳を握った人差し指の第二関節で、

猪木が眠りにつくまで続いたというアレですね。

まさしく高田の付き人時代が、

公私ともに最も猪木が疲弊していた時期だったとも言えます。

後年、猪木を倒すという偉業を果たした天龍は、

長く続いた猪木の現役生活の要因として、

高田の功績を労うあたり…実に粋ですよね。

そして試合を振り返る二人です。
長い長い探り合いから、

決戦本番に話が及ぶと「天龍さんと戦うと、宇宙に行ったり、リングに戻ったり、観客席から客観的に試合を見ることができた。これが天龍マジックなのかなあと。あの年に最初で最後のMVPを頂いたのは天龍さんが相手だったからこそですよ」と語った。

天龍は「相撲からプロレスに打ち込んだ天龍源一郎と、UWFという進化系の高田延彦がどう交わるのか。興味があった。結果的に球場が超満員になったし、満足してますよ。しかしキックはスッと的確に入って痕が残ったなあ…」と感慨深そうな表情を浮かべた。


ここはPRIDE解説で培った、

高田独特の言い回しですけど、

『宇宙に行ったり、リングに戻ったり』というのは、

単に天龍のエグイ打撃によるものでしょうかね?
出た!! グーパンチ!!

一方の天龍も、

高田が繰り出す本格的なキックは、

プロレスラーとして未知の領域だった様です。
高田のインロー2発に、

さらに高田はこの試合を美化するかの様に言いますが、

この試合を実際に観たことがあれば、

実にしっくりくる一言ではないでしょうか。

高田氏は「試合をやりながら恐怖感と幸福感を感じつつ、お客さんともキャッチボールを続ける。あんな感覚は初めてだった。チョップは厳しすぎたけど(笑い)。今でも不思議なんだけど、ずっとこの瞬間が続けばいいなと思いながら戦っていた。終わった後は妙に寂しかった。最高の時間や旅は終わると、寂しいんだなという実感があった。天龍さんのプロレスは“色気”がすごかった。天性のものでしょうね」と独特の表現で、こちらもまた感慨深そうな表情を見せた。この言葉に天龍は「(ルーツは)テリー・ファンクですよ」と照れ笑いを浮かべた。


『恐怖感と幸福感』という相反する感情を、

同時進行で味わうという、

これまた未知の領域だった訳ですが、

この一戦独自の感情も、

天龍自身に言わせれば『(ルーツは)テリー・ファンク』

これもまた高田にしてみれば、

当然、未知の領域だったと言えます。
天龍チョップは喉笛に!!

この記事を読むまで私は知らなかったのですが、

天龍は小脳梗塞という病に遭っていたそうですね。

長い期間、激戦を重ねた後遺症とも言えますが、

だからこそ今後は、

ゆっくりと時間の流れるままに過ごして頂きたいです。

それプラス、今回の様なトークバトルで、

たまぁに刺激的な画を作ってくれれば、

プロレスファンは大満足だと思います。

プロレス村から、ほぼ村八分の立場にある高田を、

何の違和感もなくイベントに迎え入れてくれる天龍一家。

高田ファンとしては感謝する以外にないです。
天龍はチョップ、

天龍というプロレスラーは、

内外問わず80年代~2000年代の、

メインエベンターというメインエベンター全てと闘いました。

最後がオカダ・カズチカ(参照:つながった過去と未来~前編~同~中編~同~後編~)でしたから、

2010年代のトップまでも闘ったことになります。
天龍vsオカダ91

そして天龍戦を最後に、

プロレスから総合格闘技にシフトチェンジした高田もまた、

その時代のトップと呼べるMMAファイターばかりと、

周囲からの妬みや批判を浴びながら闘ってきました。

それはもう高田ファンにとって、

誇り以外の何ものでもありません。
ホイスが判定勝ち

手の合う選手と何度も肌を合わせることで、

試合の品質をグングン上げていく方法論もあるでしょうが、

どんな試合になるか想像もつかない相手と闘うことで、

それが良い夢であれ悪夢であれ、

夢を見せてくれる選手…今の時代では難しいかな?
桜庭清宮スパー

関連記事

tag : 高田延彦 天龍源一郎 UWFインターナショナル

comment

Secret

No title

笑っていいともだったかな?高田がゲストだった時、猪木への憧れが強すぎて靴下の匂いをかいだと話していた記憶が、あります。

馬場が高田の佇まいを気に入っていたのも貴重なエピソードですね。

No title

天龍さんのいう「猪木さんの横で直立不動」というのは相撲からきた天龍さんからすると、
『至極まっとう』
な若い衆の姿に見えたんでしょうね。

僕もこの神宮2連戦は見に行ってました。
この日は川田が参戦したり、キモが来たり、桜庭vs折原が面白かったりとなかなか豪華でしたよね。
ところで、この日ともうひとつのデーゲームの神宮も見に行ったのですがメインカードがほとんど記憶がないんですよね…
東京プロレス(FFF?)が来たり、エロー・タイガー・マデューロという面白い名前の外人がいたり…高田vs安生がメインだった気もするんですけど、なんか記憶が曖昧で。


ちなみにこの神宮のメインは天龍さんを応援しまくっていましたので、ムカムカして帰ってました。
「チョップ避けまくってんじゃねえよ!」
とか言いながら 笑
でも、何年もUWFでやっていたらチョップに胸を出すという受けもそりゃあしにくいよなと今なら分かるんですが、そんなことを思える21歳ではなかったです(というか、そうやってカッカ出来るファンでありたい)
しかし、確かにプロレス村からも村八分感がありますし、格闘技側からもPRIDEで関わった選手以外からは微妙な扱いをされている高田ですが今回のようなトークショーをきっかけに声がかかることが多くあっても良さそうです。

なにげにGスピリッツとかでもUインターの話を鈴木健から聞くことはあっても高田から聞くことはないですからね…

>aliveさん

笑っていいとも…猪木への憧れが強すぎて靴下の匂いをかいだ<覚えてます覚えてます!!さらに中学時代、好きな子の体操着の…って意外な匂いフェチぶりがうかがえて良かったです(笑)。

馬場が高田の佇まいを気に入っていたのも貴重なエピソード<ひょっとすると、その時期の印象が強くて旧UWF崩壊時の「前田くんと高田くんだけなら」のエピソードにつながってるのかも知れませんね。
以前、妄想しましたが、あそこで全日入りが実現してたら仲野と再会してガンガンやり合ったり、三沢タイガーのライバルとなったり、のちに天龍同盟で暴れていたかも知れませんね。

>ナリさん

相撲からきた天龍さんからすると、『至極まっとう』な若い衆の姿<猪木に対する高田らの姿勢は、相撲界での関取に付く若い衆と被る部分が大きかったのかも知れませんね。要するに「俺たちはこの人に食わせてもらってる」という。
そこら辺り全日では希薄だったのかも? というのは私の偏見かも知れませんが。

この神宮2連戦は見に行ってました<つくづくナリさんは歴史の証人であります。

もうひとつのデーゲームの神宮…高田vs安生がメインだった気もするんですけど、なんか記憶が曖昧<日刊スポーツ主催の花火とのタイアップイベントでしたね。全ては佐山タイガーのコンディションのせいかも知れません(???)。

メインは天龍さんを応援しまくっていましたので、ムカムカ…「チョップ避けまくってんじゃねえよ!」<そこら辺も当時のプロレス観戦あるあるでしょうね。私なんかは逆に10.9の帰りに「高田、何で北尾戦とかゲーリー戦のときみたいに蹴らないんだよ!」という感じでした。

確かにプロレス村からも村八分感がありますし、格闘技側からもPRIDEで関わった選手以外からは微妙な扱い<私はRIZINにおける高田の役割は既に全うされたと思います。
やっぱり最終的にはプロレスラーだった高田としてリングに関わってもらいたい私がいます。

GスピリッツとかでもUインターの話を鈴木健から聞くことはあっても高田から聞くことはない<来年は10.9ドームから四半世紀の区切りなんですよね。プロレス史においては間違いなく重要な意味を持ったあの大会について、現在の視点で語り合う場があってもいいですよね。
紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

最新記事
最新コメント
カテゴリ
UFC (1)
ISM (1)
AWA (1)
最新トラックバック
検索フォーム
カレンダー
10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
月別アーカイブ
リンク
来場者数
QRコード
QRコード