FC2ブログ

Pride of instinct.9~巌流島の決闘 序の章~(1987)

さあ、8からの続き、

巌流島に皆さんを誘います。
巌流島2

これ以上ない位のコンディションに仕上げたマサ斎藤は、

決戦前日の1987年10.3に羽田空港を発ち、
マサIN羽田空港

空路にて、
マサIN機内

14時45分、山口宇部空港に到着。
マサIN宇部空港

そのまま宿舎である下関の東急インにチェックインするや、

すぐトレーニングウェアに着替えて、

島の見える岸壁まで2.5キロのランニング後、
マサのランニング

夕焼けの中、

しばらく決戦の地を見つめていました。
マサの視線の先には、

一方、アントニオ猪木の方は、

当初、週末に下関入りして『マリンピアくろい』で、

最終調整する予定でしたが、

風邪で体調を崩したため断念。

この日の夜、博多に到着したものの、

熱が40度まで上昇したため入院し、

一時的な処置を受けたのちに下関入り。

試合を待たずに逆境へ追い込まれてしまいました。
無人の巌流島

翌日、1987年10.4の朝5時30分、

まだ日が昇る前から巌流島では、

テレビ朝日スタッフをはじめ200人近い報道関係者たちは、

猪木とマサの到着を待っていました。
夜明け前の巌流島

なぜなら『試合開始は、10月4日夜明けとする』という、

当初の発表があったからです。

朝6時11分に朝日が顔を出すと、
日の出の巌流島

前夜に設置されたリングの全貌が見えてきました。

白一色のキャンバス中央には、

事故や怪我がない様に清めのお神酒とお供え物、
リングにお清め

コーナーポストも4本の鉄柱も白に統一され、

四つ角には盛り塩が置かれていました。
四つ角に盛り塩

しかし試合開始はおろか、

一向に猪木もマサも姿を見せません。

7時10分にはリングドクターの富家孝医師が、

島に入るもすぐにUターン。

約4時間後に再び島に戻った富家ドクターは緊急会見を開き、

「猪木さんは37度5分まで熱が下がった。点滴を200ccやって現在は安静」と発表します。
富家ドクター語る

巌流島の決闘仕掛人の一人、

上井文彦はこう語っています。

Gスピリッツ49表紙
 Gスピリッツ Vol.49 より

上井氏
「ふぐの割烹旅館(略)『みもすそ川別館』の女将さんに“猪木さんを泊まらせてくれる? もしマスコミが来たら、知らんと言ってくれる?”と頼んで、こちらに猪木さんと倍賞(鉄夫)さんが泊まったんです。倍賞さんから“猪木さんが39度くらい熱がある。ドクターは誰か来てないか?”と電話が来て…」


高級旅館『みもすそ川別館』において、

島で待つ報道陣を置き去りにして、

猪木は自らの体調不良と戦っていました。


さらに時間は経過していき、

太陽が高く昇った午前11時には、

一般報道陣らからクレームの声も上がり始めました。

実況の保坂正紀アナがため息まじりに代弁します。

保坂アナ
「もう11時になりました。しかしまだアントニオ猪木選手、マサ斎藤選手、二人とも巌流島に姿を現わしておりません。さすがに報道陣からも『おかしいじゃないか。遅すぎる』と怒りの声が上がっております」
苛立つ保坂アナ

そんな島の苛立ちをよそに、

マサは12時10分にホテルの下に降りて、

昼食を摂りましたが、

食事後再び部屋に戻り昼寝に入ってしまいました。

一方の猪木は、

独自の荒療治で回復を図っていました。

上井氏
「猪木さんは氷をたくさん入れた水風呂に入ったみたいですね。倍賞さんが言うには、口がブルブル震えているのに10分くらい我慢して入っていたと。身体を冷やすと、その後に発汗作用というか内側から熱が出るんですよ。そのやり方で汗をかいて、1度くらい熱を下げたようですね」


体調が戻ってきた12時45分には、

昼食として蕎麦を注文。

さらに12時58分、半紙を取り寄せて、

遺書ともとれる決意表明をしたためました。


そして14時2分、猪木は遂に宿を出ます。

彦島の江の浦へ向かい、

14時19分、江の浦から決闘の地へ舟を出しました。

14時32分、やっと巌流島に一艘の小舟が見えてきました。
猪木が来た!

頭からスッポリとタオルを被り、

付き人の大矢健一(現・剛功)を従えた、

猪木がここで初めて島に上陸です。
猪木上陸

森通船頭から手渡された必勝祈願の櫂を右手に持ち、

控え室となるテントに入りました。
控室のテントへ入る

ここで立会人の坂口征二に手渡された、

上記の決意表明文が公開されます。
猪木の遺言書

『この度 私儀、猪木寛至は戦いの夢であった巌流島決闘が…』で始まる、

全12行の書面は、

『私に万が一の事態が起きたる時はレスラー、社員一同一丸となって、プロレス界の発展につくされん事を願います。』と、

締め括られていました。

この闘いで猪木は、

“死”を覚悟していたのは有名な話です。

そんな中、

15時56分にはマサが乗った小舟も見えます。
マサも来た!

「俺は武蔵だよ」の言葉通り、

猪木から1時間半遅れて上陸のマサにも、

必勝祈願の櫂が見えます。
マサ上陸

立会人から両者には、

『試合開始時刻は16時半』と伝えられました。

試合時間が近付くと、

立会人の山本小鉄さんが、

両陣営のテントに走って入場を促します。
走る小鉄さん

まずはマサが姿を見せ、

ほぼ約束時刻の16時33分、先にリングイン!!

ゴングがないこの試合、

これが開始の合図です。
マサリングイン

低空飛行するヘリコプターの轟音に、

マサは逸る気持ちを押さえ切れない様子ですが、

猪木はそれに応じず、

テントの中から姿を見せません。
出てこない猪木に、

しばし待ちましたが、

一向に動きがない猪木に業を煮やし、

一旦マサはテントにUターンしました。
業を煮やしてテントへUターン

この時、テントの中で何が起きていたのでしょう?

上井氏
「熱を出したのを知っていたので、猪木さんのテントには氷の入った大きなクーラーボックスと乾いたタオルを10本用意しました。試合が終わって片付けに行ったら、そのタオルが全部ビチョビチョに濡れていて、明らかに氷で冷やしていた痕跡がありましたから」


猪木は必死に闘う肉体を取り戻そうとしていたのです。

保坂アナはここで、

立会人である小鉄さんの見解を聞きます。

小鉄さん
「これはもう猪木選手と斎藤選手の心理作戦ですね。
(略)この巌流島に一番先に来たのは猪木さんですね、ところが猪木選手ですね、何を考えてるかってことですよね。まぁ恐らくですね、今、僕が確認取りましたら目瞑っていましたね。それで頷くだけでしたけどね、まぁどうでしょうかね? ここら辺ところですね、駆け引きっていうか逆にいったら面白いですね、はい。それと同時にですね、賭けてると思うんですよね、これ。猪木選手としては負けられないし、もちろん斎藤選手も負けられませんけどね、あのー猪木選手もあとがないですからね」
立会人の二人

上空に飛ぶヘリの轟音だけが響き渡る中、

再びマサは姿を現わすと、

「猪木ーー!!」と叫びました。
再びマサが姿を現わす

それに呼応する形で、

ショートタイツとリングシューズの猪木も姿を見せました!!
猪木も姿を見せるが、

マサはサッと身構えると、

『もう待てない!』とばかりリングへダッシュ!
マサが身構えると、

猪木はただ静かに、

日が傾きかけたリング上のマサへ視線を送ると、
猪木はこの視線

マサは低く構えて既に臨戦態勢。
臨戦態勢のマサ

しばらくこの距離間での視殺戦が続き、
26_R_20190820231309a6e.jpg

痺れを切らしたマサが、

「どうした!!」と一喝した瞬間、
「どうした!」

そのマサの闘争心を削ぐ様に、

またも猪木は、
猪木は、

テントの中に戻っていきました。
またもテントへイン

焦れるマサは思わずロープを叩きますが、

このままリングで待つつもりの様です。
焦れるマサ

もう一度テントから猪木が出て来ました。
もう一度猪木が出てきた

ゆっくりとリングに近付いてきましたが、

全く上がる素振りを見せず、

思わずマサの方からリングを降りました。
マサもリングを降りるが、

すると猪木は距離感を変えずに、

一瞬リングインするかの様な動きを見せつつも、

マサがリングに上がったタイミングで、

またしてもテント方向に歩を進めます。
猪木は距離を置く、

徐々に夕日で照らされてきた表情の猪木は、

改めてリングに近付くと、

何やら一言マサに投げ掛けて、
何やら一言

また少しだけ間を置いてから、
少しだけ間を置き、

17時6分、遂にリングイン!!
遂にリングイン!

試合時間は既に30分以上経過していますが、

ここまでの心理戦、凄まじいものがありますね。

夕日に染まりかけた関門海峡をバックに、

巌流島の決闘、遂に開戦です。
夕刻の試合開始です

このストーリーも10へ続きます。

関連記事

tag : アントニオ猪木 マサ斎藤 坂口征二 山本小鉄 保坂正紀 上井文彦

comment

Secret

No title

まさしく、決闘ですね!!

飛行機内でのマサさんですが・・・隣の席に座ってるのは一般乗客なんでしょうかね?
こんな鬼っ面のバカでかい男が隣の席にいると思うと、気の毒でしかないです(ToT)

トレーニング風景を見ても、これから命をかけた決闘に挑もうとする漢の顔ですね!

>みのるさん

まさしく、決闘<この375年前の日本では真剣による死合が決闘だったんですよね。そしてこの1987年いおいてはプロレスという闘いが決闘に値したと。
だからここからまた400年後くらいに巌流島で闘いが行なわれるときは何で試し合いするのかなぁ…と、まさしく格闘ロマンですよね。

隣の席に座ってるのは一般乗客なんでしょうかね?…気の毒でしかない<そうなんですよ。国内線とはいえ、完全なエコノミークラスでマサさんも窮屈そうですし、しかも後ろの服部レフェリーは隣りが空席で新聞広げてて…。
きっと猪木はビジネスとかグリーン車で移動してるんだろうなぁとか思いました。

トレーニング風景を見ても、これから命をかけた決闘に挑もうとする漢の顔<いや~仕上げてましたよね。凄い身体です。
ベストコンディションのさらにその上を行ってた感があります。

No title

恥ずかしながら、猪木がこんな体調だったとは知りませんでした。。

>平田さん

改めまして、8.13 豊洲PIT『SWAT!170』での快勝!! おめとうございます!!
動画で後追いの観戦でしたが、燃えました。闘う平田さん、文句なしにかっこ良かった!!

猪木がこんな体調だったとは知りませんでした<私もここまでのバッドコンディションだったことは理解していませんでした。
闘魂は逆境ほど…というのは本当ですね。

No title

レガさん

ありがとうございます!

動画はいい所だけ切り取っていますが、危ないシーンがあったんですよー。
勝てて良かったです。。。

>平田さん

レスが遅れました。申し訳ありません。

いい所だけ切り取っていますが、危ないシーンがあった<フルではまだ観れていませんが、最後のラッシュなんかは冷静に相手を見ながら速い回転で…快勝に感じました。
それと平田さんの肉体の充実ぶりも素晴らしい!!

勝てて良かった<流した汗は嘘をつかないんですね。
紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

最新記事
最新コメント
カテゴリ
UFC (1)
ISM (1)
AWA (1)
最新トラックバック
検索フォーム
カレンダー
10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
月別アーカイブ
リンク
来場者数
QRコード
QRコード