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追悼・闘うシロナガスクジラ(1985)

また名レスラーがお亡くなりになられました。

“闘うシロナガスクジラ”キングコング・バンディです。
キングコング・バンディ6

 新日公式 より
【訃報】キングコング・バンディさんが逝去

新日本プロレスでも活躍した元プロレスラー、キングコング・バンディさん(本名:クリストファー・アラン・パリス)が3月4日に逝去した。複数の海外メディアが報じている。享年61歳。

キングコング・バンディさんは、1970年代末にプロレスデビュー。“巨鯨”と言われた196cm、200キロ以上の巨体を活かして、アメリカマットを席巻した。

新日本プロレスには、1985年1月の『新春黄金シリーズ』に初来日。アントニオ猪木との1万5000ドルの賞金をかけたボディスラム・マッチ2連戦はいまでも語り草となっている。

1985年3月にはWWF(現WWE)へ参戦し、ハルク・ホーガンのライバルとして活躍。1986年4月の『レッスルマニア2』では、ホーガンのWWF世界ヘビー級王座にも挑戦した。


引用記事中の“巨鯨”以外に、

“闘うマシュマロマン”、“闘うヒヨコのお菓子”、

実に多彩なニックネームを冠した怪物レスラーでしたが、

あの体型でとにかくよく動けたという印象です。
キングコング・バンディ3

のちのベイダー、ビガロも動けましたが、

ことスピードにおいてはバンディの方が上でしょう。

しかし日本で活躍した期間は実に短かったです。

最も印象に残っているのは、

これも引用記事にありますが、

初来日時の1985年2.5 愛知県体育館と、

2.6 大阪府立体育会館での、

アントニオ猪木vsキングコング・バンディ

賞金15000ドル争奪ボディスラム・マッチ
2連戦ですね。

ボディスラムで投げて賞金を手に入れたものの、

試合の方は猪木が延髄斬りで勝利したという。

同じ2連戦でホーガンvs藤波も行なわれましたが、

あの試合もまた名勝負でした。

しかしながら当時の映像を持っていませんので、

ここは画像で振り返ることが出来ません。

あしからず。

ボディスラムに関しては山本小鉄さんが、

「バンディは内股の隙間がないので、ジャイアントよりボディスラム投げにくい」と、

わかりやすく解説してくれたのが懐かしいです。
藤波、バンディにボディスラム狙い

猪木との3戦目は5.20 広島県立体育館

ノーTVでしたがIWGPシリーズ中の特別試合でした。

ここは流星仮面二世さんのお力をお借りします。

 団塊Jrのプロレスファン列伝 より
あのとき、プロレスにはグランプリがあった パート2

特別試合 60分1本勝負
アントニオ猪木vsキングコング・バンディ
○猪木(9分16秒 回転エビ固め)バンディ

(略)
試合は序盤から体を生かした攻撃で攻めに出たバンディが一時攻勢になりますが…

流星さんよりお借りした画像2
一矢報いるべく序盤から出たバンディだったが…

しかし猪木のアリキック、ナックルパートで形勢逆転を許してしまうと、バンディ必殺のボディプレスも炸裂するが攻めきれず。猪木の手の平に乗せられてしまいます。

流星さんよりお借りした画像1
鬼気迫る猪木の攻撃に怯んでしまったか

コーナーに串刺し、バンディが突進してくるところに猪木の風車の理論爆発。フワリと交わし一瞬の回転エビ固めで猪木が勝利となりました。バンディ、このシリーズあまりにも勝利に恵まれません。


そうです。

この一戦でのフィニッシュ、

猪木の回転エビ固めの形が忘れられません。

上半身を後方に倒すことで、

より足のフックを効かせて押さえ込んだんですよね。

『対巨漢専用のエビ固め』とかって、

書かれていた記憶があります。

そして忘れられないのはこのシリーズの終盤戦、

1985年5.31 大宮市体育館

アントニオ猪木、藤波辰巳、木村健吾vsディック・マードック、アドリアン・アドニス、キングコング・バンディ
です。
猪木、藤波、キムケンvsマードック、アドニス、バンディ1

藤波だけ体調が芳しくないのですが、

他の5人が持ち味を十二分に発揮してるんですよ。
猪木、藤波、キムケンvsマードック、アドニス、バンディ2

マードックの技の入り方なんて、

全てに唸ってしまいますね。

ある意味、試合時間も含めて、

シックスメンタッグのお手本の様な内容です。

この試合でバンディがキムケンの、

ショートレンジからの稲妻レッグラリアートを食いながら、
バンディにキムケンの稲妻!

すぐに反撃に出た場面が忘れられません。

当時の私にとってはかなり衝撃的でした。
バンディに効かず

キムケンといえば稲妻とトライアングルスコーピオンの威力は、

誰もが知るところというか、それ以外はアレというか。

アンドレの土手っ腹=人間山脈の中腹に決まったときは、

結構なダメージがあった記憶あるのですが、

バンディのゴムマリの様なボディには通用しなかったという。

あの場面が目に焼き付いていますね。

ちなみにこの試合、新日プロが追悼企画として、

期間限定で動画を公開しています。

 YOUTUBE より
1985年5月31日 大宮市体育館 アントニオ猪木&藤波辰巳&木村健吾 VS ディック・マードック&アドリアン・アドニス&キングコング・バンディ

この試合を観た事のない方は、

ぜひこの機会にご視聴下さい。

他にもブロディとのキングコング・コンビで、

黄金コンビと対戦したのも印象深いです。

結局このシリーズが最後の来日となってしまい、

新日とのパイプによって移籍したWWFで、

ホーガンのライバルにまで登り詰めましたが、
キングコング・バンディ2

私がその雄姿を観ることはありませんでした。
キングコング・バンディ4

バンディ、あのまま新日を主戦場にしていたら、

どういう存在になっていったでしょうねぇ。

ご冥福を心よりお祈りします。
キングコング・バンディ5

それにしたって今年も、

新旧名レスラーたちが旅立っていきますね…。

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tag : 訃報 キングコング・バンディ アントニオ猪木 藤波辰巳 木村健吾 ディック・マードック アドリアン・アドニス 流星仮面二世

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No title

バンディ…。

オラが最後にバンディを観たのは記事中のキングコングコンビでしたね。
因みに、ブロディを最後に観たのもあの時でした…。

試合後、中島の外で出待ちしていた時、
突然の叫び声と共に現れたバンディ!
超ビビってしまいました!
背後にブロディがいたようですか、逃げてしまった事を覚えてますよ。
確か古舘も襲われかけましたよね?
「マシュマロマンとは失礼な!」
って言って。

そういえばオラが初めて観たレッスルマニアは、
『レッスルマニア2』なんですよ。
レッスルマニアももちろん観たんですが、
かなり後追いでした。メインに興味が全然わかなくて…。
ただレッスルマニア2はホーガンとバンディのケージマッチだったので、安心して借りた記憶があります。

R.I.P バンディ

>HBKさん

最後にバンディを観たのは記事中のキングコングコンビ<あぁ、あれって札幌でしたか。

出待ちしていた時、突然の叫び声と共に現れたバンディ!超ビビってしまいました!<あ~、中高から20歳過ぎくらいまでは出待ち入り待ちとか、裏口のベンチプレス覗いたり…やりましたねぇ。私は一番怖かったのって、断然長州でしたよ(笑)。

古舘も襲われかけましたよね?「マシュマロマンとは失礼な!」って<前年のデビット・シュルツに続いて危なかったんですよね。でもそれを反省して直後に「ひよこのお菓子」って(笑)。

初めて観たレッスルマニアは、『レッスルマニア2』<現在に至るBKっちのルーツですねぇ。

レッスルマニアももちろん観たんですが…メインに興味が全然わかなくて<ミスターTでしたもんね。でもホーガンと並ぶとミスターTも小さく見えましたよね。あれってプロレスラーの説得力ありましたね。

レッスルマニア2はホーガンとバンディのケージマッチだったので、安心して借りた<思えば日本に来なくなった頃のホーガンはWWFにおけるイノキの存在に君臨していたのですね。
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Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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