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実に美しい!!!

週末のお愉しみ、

日テレG+『至高の昭和プロレス名勝負列伝~力道山・BI砲 伝説の貴重映像一挙公開~』の、

3回目を観た感想文でございます。
G+BI砲3

今回は先週の続きにしてハイライトである、

第11回ワールドリーグ戦優勝決定戦、

アントニオ猪木vsクリス・マルコフからのスタートでした。

これ表記では『ワールド大リーグ戦』となっていますが、

当時のアナウンスなんかだと、

『ワールドリーグ戦』ですよね。
G+BI砲2

いやぁ…まず何よりも、

この試合から猪木の人気が爆発したのも、

納得の内容でありました。

ハッキリと書いてしまうとマルコフ、

非常にドしょっぱいレスラーですよ。

凶器の隠し方と流血箇所への攻撃法以外は。

ヒロ・マツダが言ったとされる、

「猪木は箒相手でもレスリング出来る」を体現する試合運び。

耐えて耐えて、反撃に行きかけて再び耐えて、

耐え抜いた末、さらに耐えて、

そして反撃するという力道山イズム!!

大流血しながらナックルパートを放つ姿に、

会場中が大声援で…これまた鳥肌もんでした。

リング下を見れば星勘の全力応援!

良いですよね~。

優勝決定後の表彰式も各スポンサーからの贈呈で、

私が見出した昭和の後半からは、

こういうのってマスコミ各社の提供だけでしたもんね。

圧巻だったのは試合直後に放送席で、

勝利者インタビューをジャイアント馬場さん同席でやる訳ですけど、

もみくちゃをとっくに超越して、

もはや危険なおしくらまんじゅう状態!!

それでも動じない馬場さんと猪木、

徳光さんはブチ切れながらリングサイドの客を整備。

その中で一生懸命“ハンケチ”で汗を拭うファンと、

おとなしく身を任せる馬場さんの姿(笑)。
G+BI砲1

のどかな時代だなぁ…と思ったり、

いやいや、これ当時でも危ないでしょ! と思ったり。

まぁ現在、棚橋弘至がやってるアレと一緒ですよ。



そして、いよいよ目にすることが出来るダニー・ホッジの雄姿。

…だったんですけど、

ダイジェストの上、ほぼウィルバー・スナイダーの出番ばかり。

結局、今週のBI砲の試合はこれ一試合のみでした。
G+BI砲4

この後は“若馬”ドリー・ファンクJrが主役の様な、

NWA世界ヘビー3連戦。

現地のVTRによるジン・キニスキー戦(NWA奪取)から、

初来日でvs猪木、vs馬場の連続60分フルタイム戦。

…だったんですけど、

待ちに待ってた猪木戦はダイジェスト!!

馬場さんの方は長い尺でしたが、

こっちもノーカットではありませんでした。

でも猪木vsドリーは謎かけの様に、

途中からあからさまに映像が変わったんですよ。

フィルムからVTRに…みたいな。

これノーカット版もあるんじゃないですかね? 実際のところ。

あとは馬場さんの動き、

序盤戦なんか物凄いスピードでしたね。



最後の試合は馬場vsF・V・エリックのアンダーカードでしたが、

ミツ・ヒライの試合なんて生まれて初めて観ましたよ。

あぁ、残すは明日放送の2回分のみですか、

いよいよBI砲の円熟期、最強時代ですね。
G+BI砲6

それと猪木が日プロを追放される端緒となった(?)、

第13回ワールドリーグ戦の決勝戦ですか。

こんなに中だるみもせず、

集中して観入る2時間番組は久しぶりですな。

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tag : ジャイアント馬場 アントニオ猪木

comment

Secret

No title

ドリー戦は、ノーカット版DVD市販化されていますよ。

アントニオ猪木ストロングスタイルの原点というタイトルで販売されていますね。

追記

多分、猪木VSドリー戦はNET放送だったと思われます。

このDVD持ってますけどフルタイム2戦とブリスコ、マードックとのUN戦が収録されています。

>aliveさん

ドリー戦は、ノーカット版DVD市販化されています…NET放送だったと思われます<あらら、そうだったんですか? だとしたら今回はNETの素材が放送されたんでしょうか? それはそれで貴重ですね。

このDVD持ってますけどフルタイム2戦とブリスコ、マードックとのUN戦が収録<ブリスコとマードックのはちょくちょくテレ朝chで放送されていますね。なぜかドリー戦はDVDだけなんですよね。
そろそろフルタイム戦も放送してもらいたいですね。1988.8.8のノーカット版とか。
あとはマサさん追悼の意味でも巌流島フルバージョンを半日くらいかけて放送して頂きたいっ!!

やがて悲しきBとI

終わっちゃいましたね。
でも馬場の追悼興行も含め心躍る二週間でした。
当時はビデオというものがなく見る方も一発勝負ですからTV観戦なのにトイレ休憩さえとんでもないというね。ムフフ。
あらためて当時のプロレスを見ることができましたが何度見ても面白いし都度新しい発見があります。

さてBIに絞って書きたいと思います。
このチームあらためて思うのはチームワーク、タッチワークですね。
猪木を見ていないのに手を伸ばしてタッチをする馬場、タッチしての猪木のムーブを察知しポストに猿のように駆け上がる馬場、馬場に合図をしてから卍に入る猪木。
あとパートナーが攻められていたらリングの上でも下でも救出が早い。
勝ったら二人で抱き合い喜ぶ場面も含めて華がありますよ。
BIに勝ったのはブルクラ、ファンクスとスナイダー・ホッヂですが、スナイダーやはりいいですねぇ。
「当時」のアメリカンスタイル、ラフよしパワーよしテクニックよし。
エアプレンスピンで猪木の頭を鉄柱に行くとこなんかアメフト同僚のキニスキーを彷彿とさせる荒々しさです。
ホッジとのチームはBIとも似ています。
ホッジのリングシューズの紐を見て懐かしかったです。
アリオン・マスカラスのときはマスカラスがんばってたんですが1人だけ浮いてましたね(笑)

Wリーグ決勝のマルコフ戦はまさにアメプロというか普遍的プロレスですね。
当時はやはり外人VS日本という時代背景もありましたが馬場が祝福して猪木が馬場のほうに寄って行くところなんざ今でも見ていてうれしい気持ちになります。
翌年馬場が優勝してさらに翌年の13回同点決勝。
こちらは逆に馬場・ブツチャーの普遍的プロレス、インタビューで「とにかく外人には優勝を渡さないよう話をしていた」という馬場のそばに猪木はいませんでした。
このとき試合中から猪木は挑戦表明の記者会見を始めていたんですよね。

馬場・ブッチャー戦と猪木・デスト戦では猪木のほうが内容よかったです。
プロボクかゴングか記憶にはないけどこの猪木・デスト戦はピストルマッチ(という表現でした)だった?という記事が載りました。
馬場派であるデスト・ブッチャー・コックスの猪木包囲網だったのではないかという内容でしたね。
当時でもそんなとこまで深掘りした記事はあったんですよ。
今回あらためて見ても腕を決められたデストが猪木の喉笛を鷲掴みしたのが一瞬緊張感を漂わせていたくらいですが、はたして鑑定やいかに?
猪木、きっちり仕事をした後、リング下にしばらくしゃがみ込みながら心を決めていたのかなどと思いをよぎらせつつ見ていました。

腕と言えばバレンタインが猪木に腕ひしぎで猪木ブリッジ、これぜんぜん記憶になかったです。
まあ腕ひしぎという技自体当時認知度がなかったですし。
バレンタインと言えば馬乗りアームロックが定番ムーブだったということもあると思います。

ちなみに沖のカウントが急速に遅くなってますね。
あとレガさんの技トーク「卍固め」を読んでの卍の微妙に変遷も興味深いものがありました。
スナイダー・ホッジから取り返した試合のフィニッシュはダブルコブラだつたんですが次の秋田では卍を出してきた。
この辺り進化?意地?しかしこのころのBIは少なくともリング上では距離を感じられなかった。

このBIの距離感。
世代や記憶による万華鏡で何通りにも受け取れるわけですが、猪木が追悼興行でリングに上がらなかったのは、やはり馬場のリングという敬意だったと私の万華鏡には映るわけなんであります。

>アスク御大

馬場の追悼興行も含め心躍る二週間<私も周回遅れの観賞ながら、実に有意義な日々でした。

当時はビデオというものがなく見る方も一発勝負…何度見ても面白いし都度新しい発見<私もその時代の端くれの一人として、おぼろげな記憶を綴ってます。今回は本当に発見から発見の連続でした。

猪木を見ていないのに手を伸ばしてタッチをする馬場、タッチしての猪木のムーブを察知しポストに猿のように駆け上がる馬場、馬場に合図をしてから卍に入る猪木<今のタッグマッチを頭に描いてBI砲を観ると、いかに合体技が少なかったかに驚くと思います。
ただ御大ご指摘の通り、合体だけではないタッグとしての連係プレー、技と技をつなぐタイミングと言いますか…これは歴代のタッグチーム史上最強で間違いないでしょう。
あとaliveさんがコメントしていた『日プロ時代の猪木、意外とカットプレー入る説』ですが、馬場さんとのコンビが定着してからカットプレー率が低下したのではないでしょうか?
そこにはやはりパートナーの強さに対する信頼と、そこから生まれたタッグマッチに対する猪木の哲学が関係してると思います。

パートナーが攻められていたらリングの上でも下でも救出が早い<ダラダラしてないで、行くときゃ必ず行きますよね。そこら辺のメリハリでしょうか。馬場さんも足速いんですよね。

二人で抱き合い喜ぶ場面も含めて華があります<あの場面がフォーマットとなって、日本ではその後の鶴龍コンビや藤波キムケンにつながってる気もします。これが三銃士や四天王になると、お涙頂戴っぽくなって封印された気がしなくもないです。

スナイダーやはりいい…ホッジとのチームはBIとも似ています<役割分担でしょうかね? ただ残念ながら私はスナイダーの良さがそれ程、理解出来ませんでした。

ホッジのリングシューズの紐<御大も細かいところ見てますねぇ。足首に一周巻くんですね? ベースであるボクシング流の履きこなし方でしょうか?

マスカラスがんばってたんですが1人だけ浮いてました<今観ましたが、思うところたくさんあり過ぎて…深夜に記事Upします!!

Wリーグ決勝のマルコフ戦はまさにアメプロというか普遍的プロレス…馬場が祝福して猪木が馬場のほうに寄って行くところなんざ今でも見ていてうれしい<一つ一つの画が実に美しいですよね。当時のリング上や放送席に躊躇なく押し寄せる群衆の空恐ろしさも含めて美しい日本の風景。

猪木・デスト戦はピストルマッチ(という表現でした)だった?という記事が載りました<今もなお語り継がれる噂の試合ですね。71年頃はかなり派閥色が濃くなっていたでしょうし、色んなところで煽ったり、けしかけたりしていたんでしょうね。

腕を決められたデストが猪木の喉笛を鷲掴みしたのが一瞬緊張感を漂わせていたくらい<そこは微妙ですね。

きっちり仕事をした後、リング下にしばらくしゃがみ込みながら心を決めていたのか<会社の意向とは全く関係ない部分でのアピールですからね…あ! それって長州の反逆の原点にもなってる訳ですね!?

バレンタインが猪木に腕ひしぎで猪木ブリッジ<ルスカ戦より遥か以前にそういう攻防があったんですね?

沖のカウントが急速に遅くなってます<あの時点ではかなりの高齢ですよね? でもトルコレフェリーよりは正確な感があります。

技トーク「卍固め」を読んでの卍の微妙に変遷<読み返して下さいまして、ありがとうございます。

スナイダー・ホッジから取り返した試合のフィニッシュはダブルコブラだつたんですが次の秋田では卍<たまたま残ってる映像がアレなのかわかりませんが、猪木が卍で取る防衛戦が多かったんですか? それと別に秋田のお客の入りは凄まじいですね!!

BIの距離感。世代や記憶による万華鏡で何通りにも受け取れる…猪木が追悼興行でリングに上がらなかったのは、やはり馬場のリングという敬意<私も同じ様に思っています。
穿った見方をすれば、元子さんの存在がしっかり結ばれてたはずの『兄弟の絆』を断ち切っていたのかな? なんて言ったら馬場の獅子たちに怒られるでしょうかね。
紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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