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追悼・ゴールデンアームボンバー

今年は下半期になってから、

大物レスラーの訃報が続いていますね。

今度はプロレス界のみならず、

日本のプロスポーツ界の頂上に立った人物です。

 yahoo!ニュース より
【悼む】輪島大士さん 天龍の喝に奮起「オレをこけにしたら承知せん」

大相撲の第54代横綱輪島で、「黄金の左」と呼ばれた左差しの攻めにより史上7位となる14度の幕内優勝を果たした輪島大士さん=本名輪島博=が下咽頭がんと肺がんの影響による衰弱で、8日午後8時に東京都世田谷区の自宅で死去したことが9日、分かった。70歳。横綱北の湖としのぎを削って「輪湖(りんこ)時代」を築いた。廃業後はプロレスに転向。タレントとしてお茶の間も沸かせた。


“黄金の左”輪島大士
輪島大士

まず忘れてならないのが、

“第54代横綱”としての時代。
輪島vs北の湖

前にも書きましたが、

私がプロレス好きになったのは祖父の影響で、

さらに祖父母とも大相撲が好きで、

物心ついた頃から、

夕方は一緒にNHKの中継を観ていました。

微かな記憶の中に“輪湖時代”の輪島の姿があります。

ここら辺の思い出は近日また改めて。

当ブログにおいては、

やはり1986年4.13の全日本プロレス入りからですね。
全日入団会見

とにかく輪島の知名度は凄まじく、

連日ワイドショーで取り上げられていました。
芸能レポーターに囲まれる

プロレスが世間を相手に闘っていた時代の話ですね(参照:プロレスと世の中の架け橋)。

渕正信「豪快な人」全日で輪島さん追悼10カウント

名誉レフェリーの和田京平さんは「プロレスをメジャーにしてくれた立役者。入団させた馬場さんが、知名度の高さに驚いていたほど。横綱が来ただけで、日本テレビがゴールデンタイムにスペシャル番組を放送してくれた。話をすると、自分の世界に入っちゃって、なかなかかみ合わない。それで、最後は笑っちゃう。底抜けに明るくて、真っすぐな人だった。みんなに好かれていて、悪く言う人はだれもいなかった」と故人を偲んでいた。


ゴールデンタイムに移行して2年目突入の切り札として、

ジャイアント馬場さんは輪島にエリートコースを敷きました。
アストロドームの大観衆に紹介されるグレート・ワジマ

パット・オコーナー、ネルソン・ロイヤル、ザ・デストロイヤー、ドリー・ファンクJr、

馬場さんに縁の深い名指導者を総動員して、

短期集中特訓で仕上げると、

1986年11.1、地元七尾総合市民体育館でデビュー戦を敢行。
輪島デビュー戦

これまた当時は大きな話題となりましたよね。

“狂虎”タイガー・ジェット・シンを相手に生中継された会場の風景は、

明らかにプロレスファン以外の観客で埋め尽くされていました。
輪島デビュー戦のシン

入団からデビューまでのタイミングの持っていき方は、

プロデューサーとしての馬場さんの面目躍如でしょうね。

翌日が日曜日で、

当時中2の私は確かその月の新日の大会チケット(参照:若さの特権)を買うために、

一人でリングパレスへ行ったんです。

札幌駅に降り立つと、

キヨスクに並ぶスポーツ紙の見出しに驚きましたねー。

プロレスがスポーツ紙の一面見出しを飾るなんて、

当時は北海道じゃ東スポ以外あり得なかったですから。

そこからしばらくは、

初顔合わせの大物ガイジンとの対戦で、

新鮮な話題を提供していましたが、
輪島のコブラツイスト

やはり持ち技の少ない輪島のプロレスは、

すぐに飽きられてしまいました。

そのうち長州軍団が離れたタイミングで、

私も全日の中継を観る事がなくなりましたが、

そこから天龍革命が巻き起こると、

輪島はジャンボ鶴田と共に天龍源一郎の標的となり、

妥協なきハードヒットの洗礼を浴び続けました。
輪島に天龍のラリアート

「相撲じゃ格上でもプロレスだと天龍にやられるままだな」と、

当時の私は見ていたものですが、

3年前スカパーの番組でその時代の試合を観る機会があって、

「輪島、全然しょっぱくない! むしろ凄い受け!!」と思い直した次第です(参照:スカパー無料放送で録り溜めた番組を観た)。

ついでにあの時代ギャグの一つみたいに真似していた、

輪島の“必殺技”ゴールデンアームボンバーですけど、

初期型は掌だけで強引にねじ伏せる、

チョークスラムの出来損ないみたいな技でしたが、

帰国後に使い始めた改良型は、

まさしく“黄金の左”そのものでありました。

一旦左腕でカウンターのラリアートを当てておいて、

右手で相手に受け身を取らせない様に制止。
ゴールデンアームボンバー4

次に大きく相手の上半身を前屈させながら、

自らの身を沈めておいて、
ゴールデンアームボンバー5

一気に跳ね伸びながら叩き付ける。
ゴールデンアームボンバー6

この一連の動き…理にかなっていますよ。

逆方向から見てみると、

ラリアートよりむしろスリーパー気味に左腕が巻き付いています。
ゴールデンアームボンバー1

そしてこの跳ね上げ!
ゴールデンアームボンバー2

これ相撲の立ち合いと同じ角度ですね。

そのまま体重を預けて、

後方に押し倒していく形はSTOにも酷似しています。
ゴールデンアームボンバー3

相撲時代の必殺技、左下手投げの映像を見ると、

右手で相手の左半身をコントロールしているんですよね。

この相撲の技術が、

ゴールデンアームボンバーに生かされていた感があります。

しかしながら輪島はプロレス界がUWFブームの中、

1988年の暮れにひっそりと引退していました。

相撲時代の後輩である石川敬士と共に。



私が再び輪島を見たのは、

『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』で、

お笑い芸人たちからいじられまくる姿でした。
輪島@生ダラ2

元横綱とは思えないくらいの扱いでしたが、

本当に楽しそうに出演していました。

人の良さが滲み出ていましたよね。
輪島@生ダラ1

プロレスラーとして大成する事はありませんでしたが、

オールドスクールなロングガウンの着こなしなど、

昭和の横綱に相応しい“品格”がありました。
馬場、輪島組

プロレスを世間とつなげた功労者の一人に違いないです。

輪島大士さんのご冥福を心よりお祈り致します。

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tag : 訃報 輪島大士

comment

Secret

No title

僕は輪島を全く知らない人でした。
でも、相撲部屋を辞めるとか揉めていたのは知っていたという程度。

親は「輪島がプロレスやるとか大丈夫かいな、サーカスやな」という感覚。
後年、曙がK-1参戦した時も引退から2年だったので輪島のように5年も経過していたら余計にそう思うかもです。


僕も最近(亡くなる前に)天龍同盟との試合を見ていたのですが、確かに技のつなぎなどに甘い部分はありますが必要以上にプロレスっぽくしよう、器用に試合をしようという馴れ合い感はなく飽くまでも
『闘っている』
という雰囲気が漂っていました。


そういえば、当初デビュー戦はドリー・ファンクJrの予定だったらしいですね。
急遽T・J シンに変更になったようですが、結局大正解だった感じです。

実は、金子賢が総合デビューした際にチャールズ・"クレイジー・ホース"・ベネットとの対戦が決まった時に
「輪島vsT・J シンみたいだな」
なんて思ったりしました。

>ナリさん

僕は輪島を全く知らない人でした<一歳違うと文化の認識ってかなり違うもんですねぇ…というか幼児期から大相撲見てた私が奇特なのか(笑)。

必要以上にプロレスっぽくしよう、器用に試合をしようという馴れ合い感はなく飽くまでも『闘っている』<そこなんですよ。既に当時の全日でも私の認識の中では「ショーアップされたプロレス」だったのですが、今の目線で観てもかなり闘っているんですよね。
だから当時の私が今のプロレス観たらどう思うのかなぁ、と。

当初デビュー戦はドリー・ファンクJrの予定だったらしい…急遽T・J シンに変更になったようですが、結局大正解<会場もテレビもかなりの比率で一見さんが観ていましたからね。対立構造のわかりやすいシンは打ってつけだったでしょう。
それにしてもドリーが輪島デビューの相手だったとしたら…ちょっとだけゾッとします。
そして89~90年代のバンバン・ビガロは偉大だったなぁと改めて思う次第です。

金子賢が総合デビューした際にチャールズ・"クレイジー・ホース"・ベネットとの対戦が決まった時に「輪島vsT・J シンみたいだな」<話題性からいうと輪島デビューの何十分の一に過ぎないのですが、確かにそういう角度のマッチメイク臭がしますね。
あと何故か最近ブログを開くと連日、金子賢のマッチョな広告が出現します(笑)。

輪島(。´Д⊂)

中3のとき、母親の実家に行ったときに母親方の祖母が

「テレビでよ~誰かと思ったら、輪島がプロレスやってたんだよ」

と嬉しそうに話してきたんです。母親方の祖母は大鵬・柏戸時代からの相撲ファンでしたが、プロレスは好きでないらしく見てませんでした。でも輪島がプロレスやってるの知ってから、輪島の出てるプロレスは見るようになったそうなんです。この祖母からプロレスに繋がるとは・・・やっぱり輪島ってすごかったんだなぁと、今にしてなお思いました。

で、輪島の下手投げ!!さすがレガさん!!右の使い方に気づきましたか(^o^)

これ、すごいですよね。右の引きがまず強烈。左は上腕まかせじゃなく三角筋上げながら体全体を回してるんですよね。腕だけじゃなく体の回転にパワーを乗せ体全体の筋肉を連動しているんですよね。で、そこにきて、腰ですね。これが相手の重心下に入るんですね。引き、釣り、回転、重心、完璧な投げです。すごいです。本当に涙が出ます(*´-`)

輪島のプロレスも好きでした。横綱まで行った人がはじめからやり直すって、なかなかできないですよね。あの一生懸命な姿が本当に好きでした。ありがとう輪島!!

No title

輪島の事、正直オラは知りませんでしたし38歳と言う年齢が引っ掛かりとても応援できませんでした^^
今ならまだ38歳ならいけるかなとも思いますが、当時は
「なんであんなおっさんが・・・プロレスなめんな!」
なんて思ってました。

 辞める寸前の頃は、だいぶ良くなってきたのになぁなんて思ってた事を思い出します。
輪島スペシャル(オラはこの記事の技の事はそう呼んでおります。ゴールデンアームボンバーは喉輪だとの認識です)は後のプロレス界のトレンドになりましたよね。
ゴールデンアームボンバーと輪島スペシャルを合わせたのが喉輪落としであり、チョークスラムだと。

ご冥福を祈ります。

>流星さん

中3のとき…母親方の祖母が「テレビでよ~誰かと思ったら、輪島がプロレスやってたんだよ」と嬉しそうに話してきた<アレですよね~、こういう訃報に際して我々の脳裏に浮かび上がるのはそれぞれの美しい思い出ばかりですよね。
相撲好きだったおばあちゃんにとって一度は親方になった大横綱が、再び黄金のマワシをショートタイツに変えて闘ってる姿見たら…そりゃあ感動ですよね。

輪島の下手投げ!!…右の引きがまず強烈。左は上腕まかせじゃなく三角筋上げながら体全体を回してる<これは動画で見てて本当に感激しましたよ。プロレスじゃないけど、大相撲も昔と今では隔世の感というか。
特に大一番だと組んでから攻防があるんですよね。吊り合う場面も多いし、水入りになる事も多いし。これは格闘技としても面白いですよね。

輪島のプロレスも好きでした…一生懸命な姿が本当に好きでした<一つの時代を築きながら、30代後半でそれまでと全く違う世界に飛び込む勇気には今だと敬服しかないです。かっこ良さすらありますね。

>HBKさん

38歳と言う年齢が引っ掛かりとても応援できませんでした…当時は「なんであんなおっさんが・・・プロレスなめんな!」<私もそのクチでしたよ。何せ当時、長州も「38歳で身体を作り直せる訳ないだろ」という旨のコメントを出していましたし。
ですから後にFMWに中牧が入って来た時はさらに「横綱でもなかなか通用しなかったのにこんなデブのおっさんがやれる訳ないだろ!」と思ったものです。

輪島スペシャル(オラはこの記事の技の事はそう呼んでおります。ゴールデンアームボンバーは喉輪だとの認識です)は後のプロレス界のトレンド<結局、喉輪落としは全日で田上が受け継いで進化させたんでしょうかね?
輪島スペシャル…だったかな? “二段式なんとかかんとか”って言われた時期もありませんでしたっけ???
やっぱり全日に関しては私の記憶は薄いですなぁ。

No title

本当に訃報が多い様に感じます。

輪島選手の試合見たことあったかな
と考えてみたら私見てないみたいです。

輪島選手の試合も今日みたいと思います。

>みーさん

本当に訃報が多い<今年は特に大物レスラーが多い気がします。

輪島選手の試合も今日みたい<観れましたか? 近いうちに私も試合記事やりたいと思います。

No title

輪島さんの訃報にびっくりしました。本当に今年は訃報が多すぎる。平成最後とは言え。

ワジマスペシャル好きでしたけどね。誰か後を継いでくれないかなこの技?。
ゴールデンアームボンバーとワジマスペシャルを合わせたのが田上明さんの咽輪落とし初期タイプなんですね。

去年かなCS無料放送で全日本の試合が流れてましたが、輪島さんが鶴田さんと組んでザ・ロードウォリアーズのベルトに挑戦したりアニマルとシングルマッチが放送してました。ぼこぼこにやられましたが向かって行く姿がプロレスに向き合ってるなあと思いました。

僕の中での輪島さんはバラエティー番組のいじられキャラでした。ご冥福をお祈りします。

>スライディングDさん

今年は訃報が多すぎる。平成最後とは言え<実に多いですよね。

誰か後を継いでくれないかなこの技?<大鵬の孫あたりが適格だと思いますが、ちょっと安直でしょうか?

ゴールデンアームボンバーとワジマスペシャルを合わせたのが田上明さんの咽輪落とし初期タイプ<田上の喉輪落としは右手を喉元、左手は相手の後頭部付近を掴むことにこだわりがあったそうです。他の使い手は皆、左手でタイツを掴んでいましたね。
…で、やっぱりゴールデンアームボンバーとワジマスペシャルは違う技なんですね?

輪島さんが鶴田さんと組んでザ・ロードウォリアーズのベルトに挑戦したりアニマルとシングルマッチ…ぼこぼこにやられましたが向かって行く姿がプロレスに向き合ってるなあ<出来る事が少ないから、やられる事で見せ場を作ってみせる…まで考えていたのかどうかは謎ですが、とにかく前田氏の長州顔面蹴撃事件のきっかけとなった事でプロレス史の重要人物だった事は確かですね。
紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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