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ごちゃごちゃ言わんと待ってます(1994)

日本プロレス界の歴史において、

最も多額の現ナマが並べられた日、

それは間違いなく1994年2.15という日。

いわゆる“一億円会見”の日ですね。
一億円会見5

当時、週プロの表紙を飾った『夢と一億円』が衝撃的でした。

確かに現金一億円が並べられた光景は、

なかなかお目にかかれませんが、

あくまでもこの大金は“脇役”で、
一億円会見1

会見の“主役”は、

日本の主要プロレス団体に対する、

5通の招待状だったのです。

全日の三冠ヘビー級王者、三沢光晴と、

新日のIWGPヘビー級王者、橋本真也の2大メジャー団体のチャンプ。
一億円会見3

“ミスター・プロレス”と呼ばれるWARの天龍源一郎に、

かつて同志であったリングスの前田日明、パンクラスの船木誠勝
一億円会見2

以上の5人を“招待選手”として、

この中から優勝者が出た場合のみ、

賞金一億円が手渡されるという爆弾投下!!
一億円会見4

しかし、この爆弾に各団体は強烈な拒絶反応を示し、

トーナメントは既に空中分解の感がありましたが、

唯一、出場の意思を表明した選手がいました。

それが前田氏です。
1994年の前田氏2

しかしながら前田氏の考えは、

自身のトーナメント出陣ではなく、

リングスvsUインター7対7団体対抗戦の提案でした。

これに対してのUインターの返答、

宮戸優光「馬の骨」発言(参照:宮戸語録 vol.10~馬の骨発言の真意~)によって、

事態は一気に泥沼化していく訳ですが、

一億円会見の余韻冷めぬ10日後の興行において、

恒例の鈴木健アジテートから、
恒例の鈴木健アジテート

これまた恒例の“鉄人”ルー・テーズスピーチ。
恒例の鉄人スピーチ

すかさず通訳する小野坂リングアナの姿もまた恒例の風景。
恒例の通訳

Uインターのお家芸とも言えた、

この畳み掛けるマイクの連弾、

実に懐かしいですね。

この日はメインを若い二人に任せ(参照:未来への扉~前編~同~後編~)、

セミファイナルで佐野直喜をパートナーに、

ダブルバウト登場となった高田延彦
高田&佐野

対するはダン・スバーンを従えた“赤鬼”ゲーリー・オブライトです。
ゲーリー&スバーン

1994年2.25 日本武道館

高田延彦、佐野直喜vsゲーリー・オブライト、ダン・スバーン

高田、佐野vsゲーリー、スバーン

試合開始早々、

高田の左ハイキックがカウンターでスバーンのアゴに入り、
いきなり左ハイキック炸裂!

あわや秒殺というところでしたが、

何とか持ち応えて続行。
スバーンあわや秒殺

そこから思わぬ長期戦となったのですが、

佐野もゲーリー相手に大善戦して、

白熱のダブルバウトとなりました。
佐野も善戦し

最後は例によって、

ディフェンスの甘いスバーンが人間サンドバックとなり、

高田の膝蹴りによるKO決着。
膝蹴りによるKOで

聞いた話によると、

スバーンは後年Uインター時代の扱いに関して、

『初めっからジョバーをやらされてた』旨の発言をしているそうですが、

初来日からしばらくの間は、

ゲーリー級のプッシュをされていましたからね。

それが徐々に格を落としていった理由は、

単に“しょっぱかった”からですよ。

そもそも強いとか弱いとか以前に、

Uインターのリング上でお客に笑われてる存在が、

高田、ゲーリーと肩を並べられる訳がないんです。



高田はやや左足を引きずりながら、

勝ち名乗りを挙げました。
高田、佐野の勝利

いつもの勝利者インタビューにおいて、

トーナメントに向けた抱負を聞かれ、
トーナメントへの抱負を聞かれるが、

自らマイクを持ちますが…、

その前にリング下から怒声が響き渡ります。
リング下から、

いつもの事ながらスバーンの不甲斐なさに、

腹の虫が収まらないゲーリーの激しい挑発ですね。
腹の虫が収まらないゲーリーの挑発

それを黙って聞き入れてから、

ゲーリーの退場を見届けた高田が、

改めて天を指差して叫びます。

高田
「前田さんに言います!」

「前田さんに言います!」

どよめく武道館。

高田
「7対7とか、ごちゃごちゃ言わんと」

「7対7とかごちゃごちゃ言わんと」

高田
「トーナメント一回戦待ってます!」

「トーナメント1回戦待ってます!!」

武道館の天井が割れんばかりの歓声の中、

さらに続けます。

高田
「俺が待ってます!! …俺が待ってます!」

「俺が待ってます!!」

メインを控えながらもこの瞬間、

クライマックスを迎えたかの様な空気の中、

高田は左足を引きずったまま退場しました。
高田は左足を引きずりながら退場

この発言…もちろん元ネタは、

1987年6.12 両国国技館の、

前田氏自身の名台詞からです。

前田
「おい、どうせやるんだったら世代闘争とかやらんとな…」

マイクを持った前田氏

前田
「誰が強いか、一番強いかね。決まるまでやりゃいいんだよ、決まるまで!!」

前田のアピールは「最強を決めよう」

『ごちゃごちゃ言わんと』とは言ってないんですよね。

これを考察されている方がいますので、

是非ご参照下さい。

 WWD プロレス観戦日記 Wrestling Watch Diary より
研究・手紙・投稿UWF余話 ごちゃごちゃ言わんと…前田語録

ビデオを見るとわかるが、「ごちゃごちゃ言わんと」とは言っていない。文字起こしする。

オイどうせやるんだったら世代闘争で終わらんとナ、誰が強いか、一番強いかネ、決まるまでやりゃあいいんだよ、決まるまで。

当時の報道をチェック。

(略)前田は全国放送で大阪弁を使わないよう気を付けていたようだ。それでも出てしまったのは、発言が純粋なアドリブだったからであろうか。発言を「オイ」という呼びかけで始めているが、語尾が「終わらんとナ」となって「しまった」と思ったのであろう。「一番強いかネ」の語尾は標準語に戻している。


あ、「世代闘争とかやらんとな」ではなく、

「世代闘争で終わらんとナ」なんですかね?

ここら辺りは当時の音響の限界と、

何より前田氏の滑z(以下略)。

この時の実況席でのやり取りが、

保坂アナ
「今、前田は何て言ったんでしょうか?」

小鉄さん
「ちょっと今、聞こえなかったですけどね!」


解説の山本小鉄さんまでもが、

まさかのサンドウィッチマン風コメント。

しかしこの歴史的事件は、

小鉄さんが前田氏を煽ったからこそ(参照:僕らの小鉄さん)、

三人の足並みが揃ったという既成事実もある訳です。

当時の週プロでシッシーも書いていましたが、

要するに高田が言わんとしたのは、

「“ごちゃごちゃ言うな”と言ってた人が、“ごちゃごちゃ言うな”」と。

高田が知る前田氏の性格なら激昂して、

「そんならやったるわ!!」と来るはずだと思ったでしょう。

それこそ「どっちが強いか決まるまでやろう!!」と。

ところが、1994年3.19 横浜アリーナでの試合後、

満を持して出したコメントはこれでした。

前田氏
「本当にやる気あるんであればね、だからああいうの出す前でも本当にね、お互いにこう、お互いの団体同士でトップを引っ張り出すという事はその団体の、あの、興行的な部分をなんか犠牲にするって事なんで、その部分考えていくと対抗戦っていう方法しかないんですよ。現実問題考えると」

「やっぱりプロというとどういう事なのか? というとやっぱり、あの、ファンによって収入を得て、それで何かやっぱり、あのぅー、人とは違う生活だとかね、人とは違う何か、憧れだとかそういうの持たれて。
(略)あくまでこうやってファンの為にこうやって、自分の身を投げ打す様なつもりでね、やらなきゃいけないな、と。ファンの為に傲慢知己なだけじゃなくて#$%&@。そういった意味で何か、頑張らなアカンなって思うんですよ」
1994年の前田氏1

あくまでもファンが望むのは“団体対抗戦”だ、と。

これには当時、私も違和感を覚えたのですが、

Uインターサイドは『前田氏に高田戦の意思はない』と見て、

結局『200パーセント発言』を発火点として、

安生洋二が前面に出る事で、

不本意ながらも強引に泥試合へ転嫁させました。

 ゴング格闘技2002年3月号増刊 前田日明&リングス「未完の夢」 より

宮戸
「あれは丸く収めるために安生さんが敢えてヒールになってくれたということですからね。トーナメント自体に話題を戻し、高田さんやトーナメントにダーティなものが飛び火しないように話を終結させたということですよ。
(略)あの時点での僕と安生さんの仕事というのはUインターを守ることしかありませんからね。トーナメントの趣旨や目的から外れたり他の人の名前を出されてもこちらは拒否せざるをえなかったというのが、ワールドトーナメントの冒頭から結末までのこちらの一貫した姿勢でした」


最終的には法廷に行っちゃったんですよね…。

一部のファンからは、

『この一億円会見からUインターの転落は始まった』という、

ネガティブな意見もある様ですが、

とんでもない!!

私は大きな夢を描きましたよ。

そして、もしも高田vs前田が実現していたなら、

当時の両者の勢い…間違いなく高田が勝っていたでしょう。



最後に『94プロレスリング・ワールドトーナメント』関連の記事を貼っておきます。

ぜひ、ご一読下さいませ。

 90年代の勇気のチカラ~前編~

 90年代の勇気のチカラ~後編~
最後は高角度の…

 最強の名の下に
ダメ押しの

 世界4位~前編~

 世界4位~後編~
2連発!!

 VADER TIME IN UWF-I
高田立ち上がれず!!

 皇帝戦士二世

皇帝親子6

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tag : 高田延彦 ゲーリー・オブライト 佐野直喜 ダン・スバーン ルー・テーズ 前田日明 鈴木健 プロレスリング・ワールドトーナメント 1億円

comment

Secret

No title

ごちゃごちゃ言うこともありませんが、
私は前田選手好きなので。

1億円 ほしい、、。

>みーさん

ごちゃごちゃ言うこともありませんが…前田選手好き<みーさんは本当に前田氏が大好きなんですね~。

1億円<みーさんの存在そのものが1億円みたいなもんですよ!!

No title

こんばんは。このトーナメント、いま振り合えるとIWGPですね。当然、各メジャー団体のチャンピオンが参戦するはずもないところまで同じ。さらに言えば、それでもファンが夢を抱いたところもそっくりです。

前田の団体対抗戦の提案は、組織を率いる者として当然のことと思います。それに対しての宮戸の「馬の骨」発言は、意図的に言葉足らずに言っていますよね。プロレスラーとしてのキャリア云々を丁寧に説明しては盛り上がりに水を差すと。

高田が「俺が待っています」と言っていたことは知りませんでした。ラブレターか恋の告白みたいです。愛憎という言葉でもまだ足りない。何だか切なくなります。

それにしても、高田、男前ですね。ホント、このコンディションの高田を見ていたファンはヒクソンに勝てると思って当然だと思えます。

No title

こんにちは!
懐かしいですね~。これ確か自分その場にいましたよ。
スバーンは前のめりに倒れて膝おかしくしたんじゃなかったでしたっけ??最初のハイと最後の膝同じように倒れてたような・・・。
最近スバーン色々あることないこと言ってますよね~。やれやれな感じですよ
確かにこの時の高田のコンディションはいいですよね~
この時ならば、誰とやっても間違いなくですよ。
ワールドトーナメントのゲーリー戦なんかは本当に手がつけられないくらい強かったですから。
なんで前田、船木が出てこようが正直Uインターというか宮戸の思惑通りになってたでっしょうね~。

>rascalさん

こんにちわ。

このトーナメント、いま振り合えるとIWGPですね<宮戸にとっては格闘技世界一決定戦と並ぶ猪木オマージュの柱だった訳ですから、そこは当然IWGPだったんでしょう。

宮戸の「馬の骨」発言は、意図的に言葉足らずに言っています<安生と二人して汚れ役を買って出ていましたからね。昔からのプロレスファンにとってみれば宮戸の発言の真意は理解出来たと思うのですが、リングスを応援するファンや前田信者は真正面から捉える事しか出来なかったでしょうね。

ラブレターか恋の告白<ファイターとしての前田氏へのラブコールは最後だったと記憶しています。その後は徐々に距離が出来たいったはずです。

このコンディションの高田を見ていたファンはヒクソンに勝てると思って当然<心技体が充実していましたし、掛け値なしにフィジカル面では日本プロレス界最強だったと思います。

>Fさん

こんにちわ。

確か自分その場にいました<いつもながら、さすがです!

スバーンは前のめりに倒れて膝おかしくした<完全に入っていましたね。最初のハイなんて危険な倒れ方でしたもんね。

最近スバーン色々あることないこと言ってますよね~<ま、有名な柳澤氏の翻訳なので額面通りには受け取っていませんが、Uインター出身者の過去のコメントを読んできたらスバーンの実力はある程度察しがつきます。

この時ならば、誰とやっても間違いなく…トーナメントのゲーリー戦なんかは本当に手がつけられないくらい強かった<当時の強いゲーリー相手にほぼ完封勝利でしたもんね。だからベイダー戦が信じられなかったです。

前田、船木が出てこようが正直Uインターというか宮戸の思惑通りになってた<練習量が桁外れでしたもんね。宮戸も絶対的な自信持ってたでしょうし。
本当に高田は気持ち的な部分が大きかったですよね。

No title

ちょうどこの頃、自動車学校にいってる頃で遅い時間にあぜ道みたいな道を自転車に乗って薄暗い中を一生懸命読んで、家に帰っても学校の間の時間でも必死に読んでいました。
三沢・船木は完全無視、橋本は絶縁宣言、
天龍さんは書面を介してお断り、前田はまさにこれ。
そして、我らの大仁田さんは1億円ならぬ、100万円争奪バンクハウスデスマッチをやっておりました(余談)


当時、そのまんま素直な人格だった私は
「またUインターがやりやがった」
と思いつつも、5人が出場するのではないかとワクワクしていたものでした。

僕もスバーンというのは強い印象がありました。
おっしゃる通りゲーリー並に若手から中堅を投げてKOしていましたね。
ただ、高田にたどり着いたものの割りとあっさりやられてしまい・・・
そこからは中堅扱いになり、UFCで花開き・・・

川崎球場にも進出したIWAジャパンに呼ばれ何故か常連になったりとよくわからない人でした 笑

事の真意は分かりませんが、スバーンにしても、コールマンにしても、負けた人のいうことは心に響きません。

>ナリさん

コメ返が大変遅くなりまして申し訳ございませんでした。
そして台風による被害、心よりお見舞い申し上げます。

遅い時間にあぜ道みたいな道を自転車に乗って薄暗い中を一生懸命読んで、家に帰っても学校の間の時間でも必死に読んで<プロレスの名場面と共に自分の思い出の情景が浮かんでくるのって良いですよね。私もそういうのたくさんあります。

三沢・船木は完全無視、橋本は絶縁宣言、天龍さんは書面を介してお断り、前田はまさにこれ<宮戸としては橋本と船木は出てくると思っていたそうです。

我らの大仁田さんは1億円ならぬ、100万円争奪バンクハウスデスマッチ<スケールも含めて大仁田らしいんですけど、その大仁田が結局UWFと絡んだ訳ですからね…プロレスって本当に先がわからないものです。
今、内藤がよく言ってますけど、『想像している時間がプロレスファンにとって最高の時間』ですもんね。

僕もスバーンというのは強い印象がありました<案外Uインターファンにとっては早い段階から低評価だった印象があります。
UFCで活躍した後、新日に登場した時も藤原組長相手にしょっぱい試合したんですよね。強いのは強いんでしょうけど、本当にセンスないんだなぁと思ったものです。

事の真意は分かりませんが…負けた人のいうことは心に響きません<これまで何度も書いてきたつもりですが、どんな手段を使ったとしてもリング上で手を挙げられた方が強い=正しい、負けを喫した方が弱い=正しくない…それが全てだと思います。
紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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