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イスラエルの国民的英雄(1995)

久々にUインターの発掘作業が出来ました。

それは1995年3.2(現地時間)

イスラエル・テルアビブ
ヤデリアフ・スポーツパレス大会(参照:幻の映像…遂に目撃!!~其の弐~同~其の参~「if,“U”…」)の、
Uインター、イスラエル大会

前後に行なわれたであろう、

Uインター選手勢のイスラエル観光映像です。
Uインターinイスラエル1

イスラエルにおけるUインターの歓迎ぶりは、

過去記事でも綴らせてもらいましたが、

この映像を観る限りでは実に信憑性がありますよ。

しかも映像の発信元が、

AP通信だっていうんですから驚きます。

世界的なニュース映像に、

高田延彦をはじめとしたBUSHIDOの猛者たちが登場しているのです。

まずはその動画をどうぞ!

 YOUTUBEAP Archive より
ISRAEL: JAPANESE SUMO WRESTLING CHAMPIONS TOUR


イスラエルといえば、

そうです“エルサレム”ですよね。

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という三大宗教の聖地として、

世界中から多くの巡礼者が訪れる場所です。
Uインターinイスラエル2

高田も静かに手を合わせます。
Uインターinイスラエル3

高田
「まあ今の所もそうですけど、厳正なね、重たい、雰囲気のある。そうすね、まぁあのー、たまたまこういう縁でね、運命というか海外進出第一回目がイスラエルということで、これも何かの運命じゃないかと思うんですが。とにかくそういう…皆さんがこうやって色んなものをね、費やして築き上げたこの国で試合が出来るという事が非常に光栄なんでね」

Uインターinイスラエル4

多くの報道陣に囲まれながら歩くと、

地元の人から声を掛けられている様です。

前方に見えるのが“モスク”ですね。
Uインターinイスラエル5

やはり聖地だけあって、

コメントにもあった様に厳正な重たい雰囲気です。
Uインターinイスラエル6

画面は変わって安生洋二の姿です。

ここが“嘆きの壁”でしょうか?
Uインターinイスラエル7

バイリンガルな安生は、

軽やかな英語でインタビューに応えます。
Uインターinイスラエル8

最後に映し出されてるのが、

宮戸優光田村潔司垣原賢人ボーウィ・チョーワイクンの後ろ姿です。
Uインターinイスラエル9

高田の革ジャケットを筆頭に、

映像の中の人々は主に厚着していますが、

異国の地においても田村だけはTシャツ姿ですね。

この一貫性も田村の魅力なのです。



イスラエル遠征に同行した若手選手の一人に高山善廣がいます。
高山快勝

Uインター時代を振り返ったインタビューで、

イスラエル遠征の思い出を楽しそうに語っています。

俺たちのプロレス4表紙
 俺たちのプロレス vol.4 より

高山
「イスラエル大会やったとき、夜はゲーリーたちとでっかいディスコに遊びに行ったんですよ。そしたらDJが俺たちを見つけて、
『BUSHIDOレスラーが来たぞ!』ってアナウンスしたら、『ウォーッ!』ってものすごい盛り上がりになって。とくにゲーリーはメインイベンターでみんな知ってるから、凄かったですよ」

「だからイスラエルは一般の人も『BUSHIDO』は知ってて、とくにファンだっていう人は、ボクのことも知ってましたからね。当時、若手のペーペーだったボクのことを、フルネームで呼ぶから、『えっ!?』と思って」


この歓迎ぶり、掛け値なしのVIP待遇だった訳ですね。

最高潮の気分で飲むゲーリー・オブライトのお酒のペースも、

いつも以上のハイピッチに進んだと見えて、

同行したフロントの木下雄一は、

思わぬ修羅場を目撃してしまいます。

木下
「その時、僕はボーウィーとかジーン・ライディック、ビリー・スコットとか外国人組とクラブに行ってたんです。そしたらゲーリー・オブライトが酔っ払っちゃったんで、置いてきたんです。それでホテルに戻って話してたら、怒り狂ったゲーリーが怒鳴り込んできて、ライディックをボコボコにしたんですよ。ゲーリーも僕には手を出せないし、ビリーは紳士なんで、ライディックがとばっちり食っちゃったんですね。『日本人でも外国人でも、酔っぱらいには近寄らないほうがいいな』と思いましたよ(笑)」


本番の試合においては、

見事なタッチワークでダブルバウトを制した、

ゲーリーとジーン・ライディックでしたが、

その夜(?)は電撃的な仲間割れが待っていた様ですね(笑)。

ゲーリーにはたくさんのお酒にまつわるエピソードがありますが、

大半が実に血生臭いもの(参照:Uインター異人史 vol.3)ばかりです。
ゲーリー、ライディック圧勝

それでも選手、特に若手にとって、

イスラエルでのVIP待遇は楽園の趣でした。

日本では冷遇されていた金原弘光には、

甘い囁きすらあった模様です。

紙のプロレスradical no.56表紙
 紙のプロレスradical no.56 より

高山「イスラエルは凄かったですけどね。特殊警察のトップが僕らを護衛してくれてたぐらいだから」

安生「楽しかったなぁイスラエルは。地中海料理美味かったしなぁ」

高山「ボクも大好きだったなぁ。美味しい所に連れて行ってもらいましたよね」

安生「いまでもトルコ料理屋行くとあの頃のこと思い出すもんな。金原なんか『ここで住むか?』って言われてたよな(笑)」


― 金原さんがイスラエル永住ですか!(笑)


これは新日との対抗戦がスタートしてからの、

プロモーションにおける訪問だった様ですが、

団体が最も危ない時期でも、

イスラエルにおけるBUSHIDOブームは続いていたんですね。
興奮のイスラエル人

もしも金原がイスラエルに永住し、

現地でUインターイスラエル支部が設立され、

後々PRIDEが始まった時に、

金原の指導で純粋培養された現地の格闘家(のちのリングス・リトアニア勢とか)を、

『TEAM KANEHARA』として引き連れて逆上陸し、

高田道場との対抗戦なんかをしていたら…、

金原は“格闘技界のサニー千葉”になっていたかも知れません。
桜庭UFC-J3

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tag : 高田延彦 安生洋二 ゲーリー・オブライト 高山善廣 金原弘光

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エルサレム問題で揉める今こそbushidoを!

>名も無き戦士さん

エルサレム問題で揉める今こそbushido<本当、紛争とか内戦などのニュースを読み聞きするたびに思いますね。世の中には、世界中にはプロレスが足りないと。
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Author:紫レガ 
46歳のプロレス話


「紫レガのブログは少し滑る感じになってるんです。ですから今、スライディングしながらね。下ネタも使ってですね、巧く腕極めましたね」

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