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先駆者

今回は久々に入場テーマ曲に関する考察なのですが、

その前に“破壊王”故・橋本真也と『爆勝宣言』の作曲者鈴木修の友情を書いた過去記事で、

引用部分を大きく間違えていました。

読み返し、それに気づいたので、

訂正させて頂きました。

橋本さん、鈴木さん、登澤三広さん、

そして著者の清野茂樹アナ、大変申し訳ございませんでした。

 友情の『爆勝宣言』
橋本、小川にリベンジ1

…という事で再び引用させて頂きます!!



現状のプロレス界では試合終了の際、

ゴングとほぼ同時に、

勝者のテーマ曲が奏でられるのが通例となっています。

これ平成に入ってからと思われがちですが、

実は最初に行なわれたのは、

70年代後半の全日マットという説があります。
77オープンタッグ・ファンクスvsブッチャーシーク1

1000のプロレスレコードを持つ男表紙
 1000のプロレスレコードを持つ男 より

清野アナ
その歴史は意外と古く、'77年の全日本プロレス『世界オープンタッグ選手権』でザ・ファンクスが優勝した時(テリー・ファンクがアブドーラ・ザ・ブッチャーにフォークで腕を刺された伝説の試合!)にまで遡る。
左腕を三角巾で吊りながらファンの歓声に応えるテリーの姿を「スピニング・トー・ホールド」とともに記憶している人も多いだろう。この年の最後の試合ということもあって、試合後に曲が流れる様子はまるで紅白歌合戦の「蛍の光」のようにフィナーレにふさわしかった。


多くの日本人が目に焼き付いている、

1977年12.15 蔵前国技館での、

世界オープンタッグ選手権最終戦、

ザ・ファンクスvsアブドーラ・ザ・ブッチャー、ザ・シークのエンディングシーンですね。
77オープンタッグ・ファンクスvsブッチャーシーク2

ところが実際には今の様なタイミングとは違います。

清野アナ
ただし、厳密に言えば、ファンクスが『世界オープンタッグ選手権』で優勝した後に流れた「スピニング・トー・ホールド」は試合後ではなく表彰式。


そうなのです。

当時の音響設備や機材では試合直後、

即座に勝者の曲をかける事など不可能です。

ですから本格的に導入されたのは、

1990年4.13 東京ドームでの、

WWF『日米レスリングサミット』から…というのが、

大方の見解となっています。
日米レスリングサミットinTOKYO DOME

清野アナ
封印が解かれるのは'90年、東京ドームで開催されたWWE(当時・WWF)との合同興行『日米レスリングサミット』である。勝利者テーマをすでに採り入れていたWWEに従ったわけで、この日を境にして勝利者テーマは日米マットに定着したのであった。


確かにあの日以降、

新日、全日でも第1試合から全試合入場テーマ曲がかかる事も、

各試合終了直後に勝者のテーマ曲がかかる事も定番化されました。

実際には新生UWF旗揚げ戦から、

既に前者は行なわれていましたが。
新生UWFオープニング入場式

まあ、UはノーTVでしたから置いておくとして、

新日と全日の両メジャーにおいては、

レスリングサミット以降という事になっているでしょう。
カウント3! 激勝!!

話を元に戻して後者、

勝利者テーマ曲の件ですが、

やはり1990年当時においてもプロレスは、

演出面においてアメリカの後塵を拝していた、と。

ところが清野アナは、

これに真っ向から異を唱えます。
89ワールドカップ準決勝・橋本vsウィリアムス

清野アナ
本当の意味で試合後に初めてテーマ曲が鳴らされたのは'89年の新日本プロレスで、『ワールドカップ争奪リーグ戦』準決勝、橋本真也vsスティーブ・ウィリアムス、長州力vs蝶野正洋の2試合からであった。
当時、テレビ朝日の音楽担当だった鈴木修によると「WWEがやっているのを聞いて、勝利者テーマは日本的な余韻に合うのではないかと思った」という。何度かの実験を経て、新日本プロレスでも『日米レスリングサミット』以降に定着した。


ここら辺り、さすが“ミスタープロレステーマ”!!

鈴木氏が先頭切って着手したことで、

現在につながるこのシステムが定着したんですね。
89ワールドカップ準決勝・長州vs蝶野

…いや待って下さい!!

試合後に勝者のテーマ曲がかけられるのは、

1985年12.12 宮城県スポーツセンター

85IWGPタッグリーグ優勝戦
での、

アントニオ猪木、坂口征二vs藤波辰巳、木村健吾(参照:「やったーーーーーーーーーー!!」)においても、

藤波、キムケン退場時に行われていましたよね。
涙の初優勝

会場に詰めかけたファンから、

歓喜の大ドラゴンコールが印象的でした。

さらに言わせて頂くならば、

現在のゴング直後にかかるパターンも、

実は1986年2.6 両国国技館

アントニオ猪木vs藤原喜明
(参照:猪木なら何をやっても…いいんです。)で試みてました。
魔性のスリーパー炸裂!!

しかしながら、この時はゴング直後に、

曲の頭がかかったと同じタイミングで、

前田日明が乱入のハイキック!!
前田怒りのハイキック

すぐに音量は絞られ、

そのまま両軍入り乱れての大乱闘となりました。
ゴンタ顔

ちょっと思い出せませんが、

この前後にも今のスタイルを、

模索していた記憶もあるのですが…どうでしたかね。



それにしても当時は、

音楽担当スタッフも少人数だったでしょうし、

曲をかけるタイミングも手作業でしょうし、

タッグマッチなんかでどっちが取るかわかり辛い試合だと、

曲自体を間違えてしまう可能性もあったと思います。

でも地道な作業の積み重ねから、

今ではプロレス興行そのものに、

なくてはならないものとなりました。
カウント3、オカダ防衛

この勝者テーマ曲が浸透したのも、

プロレステーマ曲を愛する先人たちの、

アイデアと努力によるところが大きいですよね。

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tag : 清野茂樹 鈴木修 入場テーマ曲

comment

Secret

なんと!

これは興味深い話でした。なるほど当たり前の光景だと思ってたんですが、試行錯誤を経て…との新事実!

そういえば初期のプロレスリングノアは勝利者テーマを流す時、三沢小橋などはテーマ曲のイントロから流してたんで、なんだかなぁ…と思ってたのを思い出しましたΣ( ̄。 ̄ノ)ノこれじゃすぐにミサワ、コバシコールいけないじゃん!的な感じで。

No title

勝者テーマ曲の歴史、初めて知りました。色々な試行錯誤があったんですね。

当時はUの最盛期で、不透明決着が一掃されて完全決着が定着してましたね。だからこそ決着直後に流れる勝者テーマは、ムードをより盛り上げたんでしょうね。

これが昭和の不透明決着の時代に使われたら。例えば坂口vsバッドニュース・アレンとかで、坂口がアレンをフェンス外に放り投げた直後にアレンのテーマ曲が鳴り響いたら…。違和感アリアリだったでしょうね(笑)。

No title

今回のこのテーマを見ていて、いつしか試合終了後に勝者の入場テーマがかかる風景を見て


「あれ?試合終わったのにまた誰か入ってくんの?」

と母親が言ってまして。


それをたまたま横で聞いていたビンスマクマホンJrがロイヤルランボーに生かしたとかい(以下自主規制)

あまり関係ないですが、最近は前ほどではなくなりましたが床をドカドカ踏みつける
『重低音ストンピング』
も同級生は
「あれは音響が鳴らす効果音」
と言ってました。



亀熊さん < 確かに反則絡みや不透明決着、ファンスアウト絡みで入場テーマが鳴り響いたら神経逆撫でもいいとこですね(´ºωº`)

No title

テーマ曲は本当になくてはならない
ものですよね。

会場で新日本プロレスのテーマ曲で
高揚感が増していき、入場する選手
の曲が流れオォー!となり勝利者の
テーマ曲で更に盛り上がり。

時々スマホで聴いては自分を鼓舞し(笑)

助けられているなぁ。。。

>オビワン三世さん

興味深い話でした<ご感想ありがとうございます。

初期のプロレスリングノアは勝利者テーマを流す時、三沢小橋などはテーマ曲のイントロから流してた<これに関しては鈴木修氏や木原リングアナがそこに存在していなかった事で大きく変わってきます。
鈴木氏は大物レスラーには試合後のいわゆる“ウィナーバージョン”も用意していましたし、それもかなりのこだわりで編集していたんですよね。木原リングアナがそれを踏襲して全日でも採用していたそうです。

すぐにミサワ、コバシコールいけないじゃん!的な感じ<やっぱり3カウント入ってゴングが鳴らされる瞬間が興奮度ピークですもんね。そこでスローに入られたらちょっと興醒めしちゃいます。

初期のノアといったら選手を覚えてもらう為なのか、タッグマッチでもそれぞれのテーマ曲で一人づつ入場していましたよね。あれも間延びして嫌だったなぁ。

>亀熊さん

勝者テーマ曲の歴史…試行錯誤があったんですね<結構忘れがちなのですが、今の形になるまで良きにつけ悪しきにつけ試行錯誤されていますよね。
選手権試合の試合前と試合後のセレモニーも今ではかなり簡素化されましたが、元々は90年代前半にもそういう流れになっていたんですよね。でも当時のIWGP王者・橋本が自ら改正して国歌吹奏やコミッショナー宣言何かを復活させたのですが…今では全て廃止しましたよね。

当時はUの最盛期で、不透明決着が一掃されて完全決着が定着<88年の夏以降でしたかね? 藤波vs長州がノーコンテストか何かになって週プロが問題的したんでしたよね? ゴングだったかな?
これは逆説的になっちゃうんですが、私は両者リングアウト否定派じゃないんです。両リンはプロレスならではの必要悪というか、全てきれいに決着が着くプロレスの方が不自然に思えちゃうんですよ。流血戦やイス攻撃も含めてプロレスには余分なものがある程度は必要だと思います。

坂口vsバッドニュース・アレンとかで、坂口がアレンをフェンス外に放り投げた直後にアレンのテーマ曲が鳴り響いたら…<まず不透明決着以前にゴングと同時にスナイパー・フロム・ダークネスが鳴り響く異質な空気がたまらないですね(笑)。
あ、フェンスアウトだけは撤廃されて本当に良かったですよね。あれがないから現在、オカダのフェンス越えクロスボディみたいな素晴らしい技も存在している訳で。

>ナリさん

試合終了後に勝者の入場テーマがかかる風景を見て「あれ?試合終わったのにまた誰か入ってくんの?」と母親が言ってまして<お母様には勝ち抜き戦の様相に感じたんでしょうね。

たまたま横で聞いていたビンスマクマホンJrがロイヤルランボーに生かしたとか<それって歴史的な瞬間じゃないですか! 凄い!! ごいごいすー!!

『重低音ストンピング』も同級生は「あれは音響が鳴らす効果音」<あれも自然発生でしたもんね。四天王プロレス発祥ですか? 今のファンは知らない方多いでしょうね。

>みーさん

テーマ曲は本当になくてはならないもの<一番大切な演出かも知れませんね。

新日本プロレスのテーマ曲で高揚感が増していき、入場する選手の曲が流れオォー!となり勝利者のテーマ曲で更に盛り上がり<時にはサプライズで曲が流れて突如姿を現す大物レスラー…とか音楽の力って凄いです。

スマホで聴いては自分を鼓舞…助けられているなぁ<まさに最も身近なパワースポットですよね。

No title

余談ですけど、凱旋帰国直後の藤波は、ビル.ロビンソン「今は鈴木秀樹」と同じテーマ曲でした。

>aliveさん

凱旋帰国直後の藤波は…「今は鈴木秀樹」と同じテーマ曲<へぇ~、それは知りませんでした。
前田日明氏がコバクニで入場して来てたのと同じパターンでしょうかね?
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Author:紫レガ 
46歳のプロレス話


「紫レガのブログは少し滑る感じになってるんです。ですから今、スライディングしながらね。下ネタも使ってですね、巧く腕極めましたね」

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